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ファミリアに捧ぐ 72

 そして――来たる前日祭。街は朝から大賑わいだ。家を一歩出れば、空には様々な形のガーランドが風に揺られ、街のあちらこちらで奏者が楽器を鳴らしている。外では魔物が蔓延っていることなど忘れ、人々は溢れんばかりの笑顔で街を巡っている。

「これは凄いな……」

 昨日は形があるだけだったのに、とカガリは広がる光景の煌びやかさに目を瞬かせる。自分は子供の頃、この機会には恵まれなかったから、もしこの光景を見ていたら中央にいつか戻りたいと思う日があったかもしれない。

 共に家を出たミアもその光景には圧倒されたようで、早く街を見て回りたいという気持ちが目にも顔にも表れている。

「じゃあ、パパとはここまでだな。明日は少し早めにご飯食べて家を出るから、はしゃぎすぎないように」

「はーい! 行ってきます! アンバー行こ!」

 ミアが駆け出すとアンバーもそのあとを追っていく。ミアの背中が遠くなる頃、カガリもさてと歩き出した。チサトとはギルド前で待ち合わせをしている。

 昨晩散々どういったものがチサトへのお礼になるか考えたが、まともに人に贈り物などしたことがない自分にはまるで考えつかなかった。今もまだ悩んでいるが、ただただ時間が過ぎるばかりである。

 そうこうしているうちにギルド前にまで辿り着いてしまい、厚手の上着に身を包むチサトがこっちだと手を振っていた。

「おはようございます」

「おはようございます。体調はいかがですか?」

「ええ、すこぶる快調です。あとは骨折が治ればってところですかね」

「それはよかった。どこか見て回りたいところはありますか? 私は一ヶ所あるんですけど、時間ができたときで構わないので」

「んー、じゃあ、ちょっと付き合ってください。明日着る服につける装飾品を探したくて。ギルドから貰って有り余ってるやつで着飾りすぎると悪目立ちしちゃうから、もっと豪華すぎないやつが欲しくて」

「わかりました。だと、あの辺りに固まってそうですかね。行きましょう」

 と、カガリは街の一角に見える露店を指し、二人は歩き出した。

 街の中に流れる音楽は、場所を変えるとまた違う音楽が流れてくる。ゆったりとした曲調のときもあれば、激しく叩き鳴らされているときもある。見るたびに必ず一人二人、子供がその音楽に合わせて踊っているのがなんとも愛らしい。

 珍しい異国の食べ物や土産物が並び、物珍しさにどこもかしこも人で溢れている。笑顔で満ちている世界は、いつかどこかで誰かが望んだ光景そのものだろう。

「そんなに悩みます?」

「悩みます」

 異国の髪飾りが数点並んでいるのを前に、チサトが悩み始めて少し経つ。そういうものには無頓着に見えたので、着る服との相性を考えている姿は意外に思えた。

「こっちだと映えはするだろうけど、銀結晶製だから服の色とは被るし、白金結晶製は脆いから加工がしやすい分壊れやすくて、下手に人の多いところじゃつけられないしなぁ」

「飾りにもいろいろあるんですね」

「見てないであなたも考えてくださいよ」

「私もですか?」

「アタシに付き合ってくれるんですよね? じゃあ考えてください」

「私とあなただと多分価値観がかなり違う気がするんですが」

「だからそういう人の意見が欲しいんです。ほら、選んで」

「ええぇ、強引だな」

 チサトに促されるまま、カガリは髪飾りを眺める。何がいいなどとは全くわからない。こういう時品質ばかり見る自身のアビリティは役に立たないなと思う。髪飾りの模様に使われている花や鳥がなんなのかすらわからない。いや、能力を使えば名前くらいはわかるが、わかったところでだ。

 カガリはしばらく腕を組んで悩んでいたが、ふと視界の端に見慣れた形を見た気がして目を向けた。――フェニクスだ。まるで神話に出てくるような美しい姿で彫刻されている。素材は……黒紫結晶。表面に金結晶を溶かしたものを吹き付けてるのか。どちらも素材は悪くない。

「これ、――あれ?」

 カガリはそれを手に取ってチサトを見たが、つい今し方隣にいたはずのチサトの姿がない。

「お連れさんならあっちだよ」

 と、店主が指差したのは斜め後ろの別の装飾品店だ。なんだよ人に選ぶよう言っておきながら……ぶつぶつカガリは呟く。

「あの、この鳥って、不死鳥ですよね?」

「ああ。こっちじゃ使徒の一種なんだってな。うちの国じゃ、鳳凰様って呼ばれて、崇められてるんだ。魔物とは区別されてるよ」

「鳳凰?」

「仰々しい名前だろう? ほら、人間は神様から火を貰ったとされてるから、うちの国じゃ火を大事にしてるのさ。それで火の生まれ変わりとも言える不死鳥が、こうして飾りになったり崇められる対象になったりしてるんだよ」

「なるほど、理にかなってますね」

 ギルドの広場でチサトの前に降り立ったフェニクスの姿を思い出す。なんとなく、チサトの髪にこれがついていることを想像して、アグニと並び立つ姿は綺麗だろうなと思った。

「……あの、これ包んでもらえますか?」

「まいどどうも」

 カガリはその鳳凰の髪飾りを購入するとチサトを振り返ったが、またいない。今度は奥の店に姿が移っている。

「あの人はまったくもう……」

 一緒に来てる自覚あるのかと文句の一つも言いたくなる。カガリはやれやれと、姿が見えなくなってしまう前にチサトのあとを追った。



「申し訳ない」

「いいですよ、元々あなたが誘ってくれたんですから」

 すっかり一人で物色していたチサトは追いついてきたカガリに引き止められ、自分がカガリの存在を忘れていたことに気がついた。

「何か奢りますよ」

「女性に奢られるほど今は懐事情に困っていないので大丈夫です」

 忘れられたことに多少傷ついた様子のカガリに、そう言わずにとチサトはカガリの腕を取る。

「ほら、セーフリームニルのパイ売ってますよ。あれ美味しいじゃないですか。お酒によく合うし」

「駄目ですよお酒は。医者にも言われてるでしょう。キサラギさんがあなたが気づくと酒場にいるって愚痴を零されてましたよ」

「いいじゃないですかちょっとくらい」

「あなたのちょっとはちょっとじゃないでしょう。あなたが全快したらいくらでも付き合いますから、完治するまで辛抱してください」

「チッ、これだから生真面目は」

「生真面目の何がいけないんですか。ああ、ちょっと待ってください。食べるならこれを」

 カガリは懐から小袋を取り出し、中の薬玉を一つ口に放り込んだ。

「もう大丈夫です」

「回復できてます? それ」

「ええ。以前に比べてずっとよくなりました。嗅覚も少しだけなら。あと何年か経過を見て、続けるかどうか決めるそうです」

「回復してるならよかった。一緒に呑み食いしてるのにあなただけ味を感じないとか寂しいですからね」

「そう言えばあなたにこの件についてお礼を言っていませんでしたね。私の為に動いてくださったとか。あなたのおかげで、こうして魔武器の後遺症が回復しつつあります。ありがとうございます」

「いいですよ、そんな何度も言われたってアタシがただ恥ずかしいだけですから。ほら、パイ買いに行きますよ。全然人が減ってかない。売り切れちゃうかも」

 グイグイとチサトに腕を引っ張られ、その力強さに本当に怪我人かよとカガリは疑いたくなった。でも上着の袖口から見えた腕の火傷の痕が目に飛び込んできて、ハッとさせられる。

 これまでチサトは気にした様子を見せてこなかったが、内心ではこれらの痕をどう思っているのだろう。気にならないわけではないと思うのだが。また一つ、カガリには聞けない質問が増えてしまった。



 午後まで街を巡ったが、とてもではないが露店の数が多すぎて回り切れそうにない。明日の授与式後と後日祭もある為、今日の露店巡りは程々にして、二人は東の国から出店してきたという、甘味とお茶を出してくれる店で時間を過ごすことにした。

「はー、食べたし買っちゃいました。こういうの滅多にないからいろいろ買い込んじゃうんですよね。どの道ギルドの保管庫行きになるものばっかなのに」

 湯気の漂う湯呑みを口にしながらチサトは楽しそうに笑う。

 こうして見ていると、あの日死線を潜り抜けた日の彼女とはまるで別人のように思える。どこにでもいる街人と何ら変わりがない。それでも彼女が受けた傷はその事実をまざまざと見せつけてくる。

「あなたが楽しんでいただけたならよかった」

「十分楽しませていただきました。明日と明後日もこうなってくれるといいんですけど」

 それは明日のチサトとミア次第というところか。チサトは一体どんな話をミアとするのだろう。これまでいろんな出来事を経験と知恵で解決してきたチサトだ、決して悪いようにならないとは思うが。

「そうそう、ユノちゃんから聞きました、イーニスの件。使徒を運ぶもの」

「ああ」

 そう言えばチサトにはミクロスで言いかけたままリュカオンの襲撃に遭ってしまい、結局言えずじまいだった。

「まさかあの迷惑極まりないイーニスにあんな意味があったとはねぇ。ただいるだけの存在なんていないってことですかね」

「かもしれません」

「というか、使徒が来るならもっとわかりやすく教えてくれよって話ですよね。大昔みたいに神様と人との距離が近くないんですから。人に通じる言葉で話してくれりゃあ、こっちだってもっと早く討伐してるのに」

 カガリは啜っていたお茶を危うく噴き出しそうになった。自分が思ったこととチサトが全く同じことを言ったものだから、お茶を飲んでいなかったら大笑いしていたところだ。

「はー、しっかしつまるところ、アタシ本当に呼び込んじゃいましたね、災い」

「いやいや、とんでもない。あなたは私からしてみたら女神ですよ」

「それこそいやいや。なんですか女神って」

「私が使徒に拘束されている間、あなたは必死で私を助けようとしてくれた。最後に槍を掲げたあなたの姿がね、そっくりだったんですよ。私が子供の頃に焦がれてやまなかった、翼持つ戦神アテナに」

「……」

「だから、あなたは災禍なんかじゃない。あなたは私にとって、戦いの女神、戦神アテナなんですよ」

 ――これは、あれか。なんだ、素で言っているのかこの人は。

 チサトはじわじわ照れ臭さがこみ上げてきて、口角が歪むのを我慢できなかった。

「それはー、あのー、なんですか。口説いてるんですかね」

「え? ……いやいやいや! そんなことはっ! 誓って! いや、でも今の言い方はどう考えても口説いてるように聞こえる……そんなつもりはまったくですね!」

 途端に慌て出したカガリにチサトは次第に可笑しさのほうが勝ってきて、ふふっと肩を震わせた。カガリは気まずげに口を閉ざすと、そうだと思い出したようにコートのポケットを漁り出した。

「これ。買っておきました」

 カガリはポケットから露店で包んでもらった髪飾りを取り出し、チサトに渡した。

「あ、髪飾り」

「気にいるかどうかはわかりませんが」

「すみません、頼んでおきながら今の今まで忘れてました。開けても?」

「どうぞ」

 チサトは包み紙を開け、中から鳳凰の髪飾りを取り出した。

「フェニクス」

「お店の方の故郷では鳳凰と呼ばれて、崇められているものだそうですよ。かつて人が神から貰い受けた火を大事にしている国なんだそうです。その火の生まれ変わりと考えられている不死鳥は信仰の対象みたいですね」

「へぇ。――なんだ」

「いたっ」

 チサトが思い切りカガリの肩を叩いた。

「自信なさそうだったくせに、いいもの選ぶじゃないですか。アタシ好きですよ、こういうの。アタシのこと見てくれてるんだなってわかりますから」

「それならよかった……」

 少しは加減というものを。カガリは明日痣になりやしないだろうかと肩を擦った。

「つけていきます、明日の授与式。いつものアタシじゃなくてびっくりするかも」

「お、それは楽しみですね」

 チサトは髪飾りを大事そうに包み紙に戻すと、「それで?」と続けた。

「あなたが行きたい場所はどこなんですか?」

「もう散々食べて歩いたんですから、お疲れでしょう。いいですよ、私が個人的に行きたかった場所なんで、あとで一人で行ってきます」

「そういうね、優しさは時に残酷だったり相手を傷つけることもあるんですよ。アタシとあなたの仲じゃないですか。今更遠慮なんてしないでくださいよ。最後まで付き合いますから」

「……そうですか?」

 まだ遠慮がちなカガリにチサトは深く頷く。カガリは少しの間考え込み、じゃあと口を開いた。

「言っておきますが、楽しいところでも、美味しい食べ物が出るわけでもないですよ?」

「どんな場所だっていいですよ。お墓とかでも」

「……」

「え、当たった?」

「……ま、行けばわかります。この一杯飲んだら行きましょうか」

 カガリは眼鏡をかけ直し、ゆっくりと湯呑みを傾けた。

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