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ファミリアに捧ぐ 70

 それから数日後、チサトが大部屋に移動することになり、カガリも顔を出すことにしたが、ミアは頑なにチサトには会いたくないと見舞いには行きたがらなくなってしまった。

 暗にハンターを辞めると言われただけで、まだ集落には戻らないと決まったわけではない。それにも拘らずミアの落ち込みは激しく、チサトがハンターであることがミアにとって何か重要な意味を成すのは明らかだった。

「嫌われちゃいましたかね」

「いや、さすがにそんなことはミアに限ってはないとは思うんですが……」

 単に合わせる顔がないだけなんだろうとは思うが、ミアは頑なにその理由を口にしないのでカガリもお手上げ状態だ。

 ミアが来ないとチサトもさすがに寂しそうな表情が増えて、どうにかしてやりたいとは思うのだが、下手に踏み入ることでミアが今以上に引きこもってしまうのは避けたい。

「……ここを出たら、次はどちらに?」

 なんとかしてこの空気を変えようと、カガリはチサトに今後のことを尋ねた。

「まだ定期検査が終わらないんで、それまでは自宅療養ですね。自宅って言っても、貸し住宅ですけど。独り身なのにとんでもなく広いところに放り込まれるんですよ。安い宿でいいって言ってるのに」

「私が手配してもらった家も、正直ミアと二人で暮らしていくにはかなり広いですね。使い切れてない部屋がいくつか」

「恩賞を授与する人に質素な場所提供したらギルドの体裁がよくないでしょ? だから他のハンターよりもいいところ手配するんですよ。一理あるんで、致し方なく受け入れてますけど」

「ハンターもただ戦うだけが仕事じゃないということですね」

「そうなんですよ。後継はこれを見てるわけじゃないですか。自分のところまで来ればこんないい暮らしができるんだぞって、見せていかないといけないんですよね」

 やれやれとチサトは肩を竦めた。少しいつもの調子を取り戻したチサトに安堵しつつ、ふとカガリは「教官になっても同じ待遇なんですかね?」と質問を返した。言ってから何故こんなことを聞いてしまったのかと少し後悔したが。

「いや、契約の書面上だと、教官はハンターじゃなくなるから、これまでハンターとして受けてきた諸々の援助の一部は受けられないってありました。その分、仕事は本人が続けたいと思うまで続けていいってのと、毎月固定の支給額に、基礎訓練での教え子一人につき手当てが出るってありました。でも面倒見切れないと意味ないんで、大体一人か二人で限界ですけどね」

「なるほど、いろいろ考えられているんですね」

 ここまでチサトが答えられるということはそこそこ資料を読み込んでいるということだ。やっぱりそうだよなぁと、カガリは内心勝手に落ち込んだ。……なんで落ち込んでんだろうなぁ俺は。

「ギルド職員は何かあるんですか? そういう仕事面で」

「ギルド職員は昇進制度を導入していますね。勤続年数に応じて昇進試験が受けられて、合格して役職が上がると給与が上がる仕組みなんです。私はギルド支部の支部長補佐という役職ですね」

「え、それってそこそこ高い役職じゃ……?」

「上から数えたほうが早くはありますね」

「支部長とやたら親しいなとは思ってましたけど、そういうことだったんだ」

「なんだと思ってたんですか」

「いや、昔からの知り合いか何かなのかなぁって」

「勤続年数長いですし、知り合いなのは確かですけどね」

「ねぇ、もうちょっと静かに話してくれると助かるんだけど」

 その声は閉じられている隣のカーテン越しに聞こえてきた。カーテンが開かれ、「薬が効いてて眠いんだ」と体中包帯やガーゼだらけの女性が姿を見せ、続けて言った。

「ノエ!?」

 驚きの声を上げたチサトにその女性、ノエは「よっ」と包帯だらけの右手を掲げた。三角巾で吊るされている、手首から先がない左腕があまりにも痛々しい。

「久しぶり」

「うわー、本当、久しぶり」

 チサトがこれまでに見たこともない笑顔を見せた。

「ノエさんとは面識が?」

 尋ねたカガリに、チサトが深く頷く。

「アタシの訓練生時代の同期なんです」

「そうだったんですか」

 すっかりカガリのことを置き去りに、「元気だった?」「まぁね。そっちこそ元気そうじゃん」とチサトとノエの会話は弾んでいる。

「お互い死に損なったね」

「本当」

 そのやり取りが軽い会話で行なわれるのが、カガリにはなんだか居た堪れなかった。

「そっちはどうするの? その腕で戦える?」

「厳しいかもね。開発部に相談したら、自動装填式のボウガンを作ってみるって言うからさ。なんか新しい技術持った技術者が入ってきたらしくて、それ待ちかな」

 ネロのことだな、とチサトとカガリは目を見合わせてしまった。

「アンタは? さっき教官の話してたじゃん」

「あー、あれね」

 カガリの表情が僅かに曇った。まだ何の心の準備もできていない。さっきから一人で感情の波に翻弄されている。

「悪くない制度だよね。救済措置としてはありがたいって言うか。聞いてくるってことは、悩んでるの?」

「そうなんだよねぇ。まぁアタシもさぁ、教官で食っていくのも悪くないかなぁとは思うんだけどね。でも片腕なくなっても戦えるってんならじゃあやってみようかってなるし。リュカオンには相性悪くて歯が立たなかったけど、飛空戦なら誰にも負けない自信あるしさ。罠を前以上に駆使すればもっと効率も上がると思うんだよね」

「ねぇ、アタシ結局今まであんまり罠使ってこなかったんだけどさ、これ使っとけってやつある?」

「ないの? 使っときなよ、金なんて腐るほど貯まるんだから。アタシのオススメは地面に埋める鉄線網だね。準備に時間はかかるけど、上にいるやつにも地上にいるやつにもよく効くよ。体がデカいやつとかは抜け出す時間が早いけど、動けない時間があるってのは強いよやっぱり」

「鉄線網か……催眠玉は? もう古い?」

「あー、あれはねぇ、最近あれに勘づくやつがいるんだよね。年を追うごとに改良が加わってにおいが変わったんだと思う。自然の中にないにおいなんだよきっと。やるならもう直接口に放り込んでやったほうが早いかも」

 ハンターとしての尽きない会話に盛り上がる二人を見て、カガリはそっと席を立った。邪魔をしてはいけないという気持ちもあったが、感情の行き場を失っていたのも事実だ。

 当てもなく本部を彷徨っていると、職員たちが集っている休憩所らしき場所に出た。軽食が取れるよういくつか店も入っているようだ。昼まではまだ時間がある、少し立ち寄っていくかとカガリは休憩所に入っていく。

 店だけでなく、飲み物を入れてくれる機械もあるようだ。内容を見てみると、カガリが知っているものとそうでないものも並んでいる。

 ギルド支部にも置いてあったピクロスの実から抽出した、苦みの強いお茶は小さじ一杯程度の砂糖を入れて飲むのが主流だ。クシノスの実から抽出する酸味の強い水は何故か少量の塩を入れると、爽やかな果実のような風味を持つ飲み物に変わる。

 他にもいくつかあったが、その中のカリダの実の抽出液はカガリも知らないものだった。試しにこれにしてみるか。グラスに注いでみると見かけは水と変わらない透明度だ。カガリはそれを手に窓際のカウンター席に座り込んだ。

 街の景色を眺めながら、カガリは恐る恐るグラスに口をつけた。幸い、ユノから教えてもらった薬玉のおかげで最近は味覚が戻りつつある。

 口に含んだカリダの実の抽出液は見かけは水だが、かなり甘い飲み物だ。まだ鈍さを持つカガリの舌でもそう感じるほどなのだ、実際はもっと甘いに違いない。――というか美味い。カガリは自然とまたグラスを傾けていた。

 ぼんやりと景色を眺めていたが、ふと思ってカガリは懐から端末を取り出し、画面をいくらか操作した後にアーカイブの欄から「教官制度について」という項目を見つけた。

 少しの間考え込んでいたカガリは、思い切った様子でその項目を選んだ。が、すぐに「閲覧権限がありません」と表示されてしまい、元の画面に戻されてしまった。……何してるんだか。カガリは端末の電源を落としため息をつく。

「カガリさん?」

「? ああ、キサラギさん」

 声をかけてきたのはユノだった。肉と野菜が挟まれたボリュームのあるパンが二つと、湯気の立つスープが乗ったトレイを手にしている。

「ミアちゃんは一緒じゃないんですね?」

「ええ、今日はちょっと」

「よろしければお隣いいですか?」

「どうぞ」

 ユノはカガリの隣に腰掛け、「昼前なんですけどお腹が空いてしまって」とパンを大口を開けて頬張り出す。ここまで豪快に食事をされるとかえって気持ちがいい。

「んっ、カガリさんは今日は、チサトさんのところですか?」

 頬張ったパンがつかえたのか、スープを飲みながらユノが尋ねてきた。

「ええ。大部屋に移られたと聞いたので」

「チサトさんの怪我、順調に治っているようで私も一安心です。あとは授与式に向けた準備をしないと」

「何かするんですか?」

「それは当日までの内緒です。そうだ、まだ正式に決まったわけじゃないんですけど、授与式、次の満月の日がいいんじゃないかって話になってるそうです」

「次の満月……とすると、17日後」

「ノエさんがその二日前にここを出られるそうなので、それに合わせるみたいです」

「そうですか。じゃあ、私もそろそろ服の調達をしてこないと」

 いよいよか、とカガリは少しばかり緊張に背筋が伸びる。

「そんなに硬くならなくても大丈夫ですよ。大勢の観客の目はありますけど、別に何か話すわけではないですし」

「ですかね……。あの、こういう時の服、どこに売ってますかね? なかなか街を歩いていて見つけられなくて」

「ああ、でしたらお教えしますよ。カガリさんの端末、貸していただけますか?」

「あ、はい」

 カガリは慌てて端末を差し出した。ユノが端末の電源を入れ、何か操作をすると街の地図らしきものが表示される。

「大陸の地図を開いてもらうと、左上の一覧に検索欄があって、街の名前を入力すると検索候補が出ます。この時に、この地図のマークが表示されているものを選ぶと、その街の地図が表示されるんですよ」

「あ、そうなんですか? うわ、ずっと使ってるのに知らなかった……」

「地形記録装置を使ったことは?」

「あります」

「あれのデータが元になってるんですよ」

「へぇ、そうだったんですか」

 まだまだ使いこなせていない技術がたくさんあったのか。カガリはもう少し端末に触る機会を増やそうと決心した。

「でもハンターの方々には地図を配るほうが荷物にならないし、簡単に書き込みもできて重宝されるので、これが役に立つ場面って実はあまりないんですよね。もっと小型に軽量化できたらいいんですけど」

「ネロさんに相談したら解消するかもしれませんよ」

「ミクロスから戻っていらした方ですよね。あのトドロキさんとやり合ってるって、今本部内じゃ結構有名です」

 それが手に取るように想像できて、「彼女らしい」とカガリは肩を震わせた。

「あっ、と、話を戻しますね。この地図、ただの地図じゃないんですよ。例えばこの本部のところを選んでみますね」

 ユノが地図上で高く聳えているギルド本部の建物に指先をあてがう。すると建物の名称と外見の画像、周辺の特徴的な建物の情報まで表示される。

「わ、凄い」

「初めて行く場所でも迷いにくいように作られているんです。私が知っている店で男性用の服を扱うのはこの二つですね」

 と、ユノは二つの店を選び表示した。一つは比較的新しそうな店、もう一つはなかなか味のある店構えをしている。

「保存しておきますね」

 ユノの指が再度建物を選ぶと「保存」という文字が表示され、それを押すと画面の端に店の名前が二つ連なって表示された。

「保存をすると、地図を閉じて再度表示したときに、この情報が表示されたままになるんです。消したいときはまた同じように選んで、削除の表示を押してもらえれば消せますよ」

「そうなんですね。ありがとうございます、助かりました」

「いいえ。よければミアちゃんの服のお店もお教えしましょうか? お父さんが着飾るなら娘のミアちゃんもそうしてあげたほうがいいでしょうし」

「いいんですか? そこまで」

「ええ。ちょっと待ってくださいね」

 端末を操作するユノの手つきには迷いがない。すぐにいくつかの候補を選び、保存していくと、「これでよし」と端末をカガリに渡した。

「ありがとうございます。もっと使いこなせるように頑張ります」

「ぜひそうしてください。便利な機能がたくさんありますから」

 ユノは頷いて、またパンを頬張り始める。カガリは少しの間端末を操作していたが、不意に端末を置き、ユノに向き直る。

「あの、一つお伺いするんですが、教官制度について詳細をお聞きしたくて。私の権限では教官制度に関する資料の閲覧ができなかったものですから」

「ああ、教官制度の資料には現教官、及び歴代教官の名簿が一覧で載っているんです。現在の居場所も載っているので、資料の閲覧は原則Sランクハンターの担当官のみとなっているんですよ」

「あ、そうだったんですね。どうりで」

「それで、何を?」

「あぁ、その……教官というのは、やはりハンターとの両立はできないんでしょうか? 教官になるとハンターの権限の一部が失われるということは話に聞いたんですが」

「そうですね、ハンターとの両立は規定で不可能とされています。というのも、やはりSランクハンター自体が遠方に出向く機会が多く、一つの場所に留まることが少ないんです。そして何より、他のハンターに比べて群を抜いて死亡率が高い。その状態で教官を務めると教え子の定着率が悪く、またその時の担当教官が亡くなると、全くやり方の違う教官が代わりを務めることになります。やり方が違うとまた一から覚え直さなくてはいけないので、その手間を省く為にも規定で教官とハンターの両立は不可とされています」

「……そうですか」

 元気のないカガリの様子を不審に思い、ユノは「どうかされました?」とその顔を覗き込んだ。カガリは一瞬口を開きかけたが、いやとすぐに首を振る。

「ミカゲさんとノエさんがその話をしていらっしゃって。ハンターを続けるか、辞めるかの二択しかないのかと思ったものですから」

「あぁ……ノエさん、ハンターを続けようとなさってるんですよね。あの大怪我で。凄い精神力だと思います。私だったらきっと、諦めてると思いますから」

「それは、私でもそう思います。ハンターは前向きでないと務まらないんでしょうね、きっと」

「何か後ろ向きになることでもあったんですか?」

 さすがはチサトの担当官だ、察しがいい。しかしこれを話すには、ユノはあまりにもチサトに近すぎた。

「くだらないことですよ。……ええ、とてもくだらないことです」

 しかしそのくだらないことに延々と悩み続けている自分はもっとくだらない人間だなと、カガリはグラスの中身をぐっと傾けた。

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