ファミリアに捧ぐ 69
翌日、カガリはミアと共にギルド本部へと向かった。アンバーも一緒だ。アンバーは昨日カガリが見つけてきた犬用のケープを着ている。ますます異質感が目立ってしまった気もするが、気のせいということにした。
アンバーを一度医療施設の外で待たせ、ミアと共に中に入るが、その移動中もミアは不安そうだ。
「お昼には帰れるかな……」
「ん?」
「昨日のね、おともだちと約束したの。あそぼうって。噴水のところで会うんだよ」
「そうか。友達ができてよかったな」
「うん」
チサトがいる治療室まで歩いていると、繋いでいるミアの手に少しずつ力が入り始めた。大人ばかりのところに子供のミア一人はさぞかし緊張するだろう。
「パパ、いっしょにいてね」
「ああ。大丈夫だ」
見えてきた治療室では数人の研究員が行き交っていた。中を覗き込むと、そこには既にトドロキの姿。話を聞きつけたのだろう、ネロもいる。カガリがミアを見ると、ミアもカガリを見つめ返した。大丈夫だ、そう意味を込めて手を繋ぎ直す。
「お待たせしました」
カガリがミアを連れて中に入ると、「ご協力感謝します」とトドロキが出迎えた。ベッドにいるチサトが少しうんざりとした顔をしている。一昨日のあの怒りようを思えばわからなくもない。
「今急ぎで魔力測定機を設置していますので、その間娘さんにはこれまで作ってきたお守りと同じものを作っていただければと思います。材料はこちらに揃えました」
と、テーブルの上にはトレイに乗せられたリュコスの牙と、赤、橙、黄色の三色の紐を指した。準備されている数がどう見ても一人分の材料でないことだけが気がかりだが。
「作るだけでいいの……?」
ミアは少しだけカガリの背後に隠れながら怖々トドロキを見る。
「はい。強いて言うならば、こちらにいらっしゃるミカゲさんのことを想いながら作っていただくのがよいかと」
「ミア、できそうか?」
「……たぶん」
それでもやはり不安そうなミアにネロが目を光らせる。
「大丈夫です、ミアちゃん。何かあれば私がしっかりと抗議致しますので」
「た、ただ作ってもらうだけですから。無理難題を押し付けようとは思っていません」
「無理難題でなければ押し付けてもいいわけではないと思いますが」
「無理難題でなくとも押し付けようとは思っていません」
なんとも大人げないやりとりに、チサトが「40も半ばのおっさんが年下相手に何やってんだか」と呟いた。ということはこの人自分より年下か同い年くらいか。カガリはできれば同じ括りにはなりたくない部類だなと思った。
トドロキが軽く咳払いをし、ベッド脇の椅子を指した。
「と、とにかくですね。まずはいつもどおりにお守りを作っていただければ大丈夫です」
こうしている間にも部屋には研究員が行き交い、魔力測定機なるものの設置がされていく。ミアの表情が終始不安そうで、いつもと違う雰囲気に気圧されてしまっているようだ。
「ミアちゃん、アタシのベッドおいで」
見かねたチサトが毛布を上げて手招きをした。ほら、とチサトが手を差し出すと、ミアはカガリの手を離れチサトのベッドに上がり込む。チサトはトレイを寄こすようトドロキに催促し、それを折りたたんだ毛布の上に置いた。
「見ててあげる。それなら作れるかな?」
「……うん」
ミアはチサトに肩を抱き寄せられながらようやくお守りの材料を手に取った。そこからお守りが出来上がるまでにはさほどかからず、作っている間はミアも集中していたのか、出入りする人の気配は気にならなかったようだ。
編んだ紐を結び、最後にリュコスの牙を手で握り締めると、「チサトお姉ちゃんが早く元気になりますように」と祈るように言った。
「いつもこうするんだよ」
「そっか。ありがとう、ミアちゃん」
チサトに優しく微笑みかけられると、ミアは嬉しそうに頷く。
「魔力測定機は?」
トドロキが部屋の隅で機材を設置していた研究員に声をかける。端末を操作していた研究員が「準備できました」と返した。
「ではこちらを少々お借りします」
出来上がったお守りをトドロキが受け取り、魔力測定機にセットされているガラス容器の中に入れた。すると研究員が持っていた端末に表示されている数値がどんどん跳ね上がっていく。最終的には「3147」という数値が叩き出された。
「なっ……たったこれだけでこの数値……何の予備動作もない」
「魔力測定機をご存じのない皆さんに簡単に説明しておきますと、あれは魔力を数値化して人の目に見えるようにしたものです」
と、ネロがこれまた流暢に話し始めた。
「人間の体をこれにかけた場合、人間は魔力を持たない為、0が表示されますが、これが一般的な魔物の魔力結晶などの場合ですとおおよそ300~500前後の数値が表示されます。数値が大きければ大きいほど強力な魔力が宿っていると考えていただいて問題ありません。なお、使徒の魔力結晶の場合、叩き出す数値は3000~5000前後、通常の魔物の10倍近く魔力を有していると言われています」
「つまり、今の表示を見る限りでは、ミアが作ったお守りには使徒の魔力結晶と同等の魔力が含まれているということですか?」
「数値を見る限りはそのようですね」
カガリもさすがに驚き、チサトに身を寄せているミアを振り返った。その背後でトドロキが興奮冷めやらぬ様子で声を震わせる。
「ギフトアビリティは他人を思いやる気持ちの強い人間が授かりやすいアビリティだと言われています。きっとカガリさんの娘さんはその気持ちが特に強いのでしょう。これは類を見ない数値だ、素晴らしい結果です! 試しに私にそのお守りを作っていただくことはできますでしょうか!?」
かなり食い気味のトドロキに子供のミアが目を瞬かせた。そうか、だから材料が一人分じゃなかったのか。カガリはトレイに残っているいくつかの材料を見てため息を隠し切れない。
「どう? まだ作れる?」
チサトが尋ねると、「作れるよ」とミアはすぐにもう一つお守りを作り始めた。先ほどよりも時間はかかったが、チサトに作ったものとほぼ同じものが出来上がった。
「では拝借」
トドロキはそれを再び魔力測定機にかけた。しかし今度は「1328」という数値しか表示されない。先ほどの数値の半分も出ていなかった。
「っ、やはり想いに左右されるアビリティか……おそらくこの数値では魔障を軽減する効果も出ているか怪しいな……」
「あなたの仰るとおり想いの力に左右されるなら、子供のミアちゃんに面識の薄い他人を思いやれというのは大人の都合すぎやしないですかね、トドロキ主任」
ネロの鋭い言葉にトドロキは喉奥でぐっと息を詰まらせた。
「し、しかしこのアビリティはハンターの皆が欲しがるものです。どんなハンターも致命傷は避けたいはず。そして何より使徒の魔障を和らげる働きがある。Sランクハンターには必須のアイテムとなるでしょう。うぅむ、どうしたものか」
「ミアはまだ子供です。一度にたくさんのものを生み出すのは不可能です。アビリティを任意で発動することもできません。時期なお早ではないでしょうか」
カガリの指摘にネロも腕を組みながら深々頷いている。
「研究部の勇足はいつものことです。いくら本部長の許可があるからと言って、やれる範囲の限度と節度は守るべきかと思われます」
「ぐっ、うぅん、そう言われてしまうと……」
「ごめんなさい……ミアがもうちょっとちゃんと作れたらよかったのに」
俯き元気をなくすミアにカガリは大きく首を振り、小さな手を握り締める。
「大丈夫だ、ミア。子供がアビリティをうまく使えないのは当然なんだから」
「そうですよ。このおじさんが無理を言ってるだけですので」
「おじっ……」
トドロキは気まずそうにずり落ちた眼鏡をかけ直した。一方的にトドロキが言われ放題の状況にチサトがまぁまぁと間に入った。
「そうみんなで責め立てないでもいいじゃないですか。トドロキさんの気持ちはアタシにだってわかりますよ。魔障の影響が少なくなるならアタシだって欲しいし」
「ミカゲさん……」
「でも子供に無理を強いてまで欲しいかと言われたら首は捻っちゃいますけどね」
とどめと言わんばかりのチサトの言葉にトドロキはついに押し黙ってしまった。
「そもそもこれまでミアちゃんの力なくてもやってきてますし、今すぐでなくてもいつかそれがSランクハンターの手に届く日が来ればいいですよ。ま、その頃にはアタシはもうSランクハンターじゃないですけどね」
あ、とカガリはチサトを見る。ミアが不思議そうな顔をしてチサトに顔を上げた。
「チサトお姉ちゃん、ハンター辞めちゃうの……?」
「アタシもいい歳だからね。年々体力と筋力も衰えてきてるし、ここいらが辞め時かなって。今回すぐに使徒を倒せなかったのも、昔に比べて動けなくなってたからだと思うしね。一人で戦い続けるのも難しくなってきたし。それに上は長くいすぎないほうがいいんだよ。若手の活躍に期待してかないと」
それを聞いたミアがぎゅっと手を握り締め、酷く落ち込んでしまった。――こんなときに。カガリはどうにかしてミアを慰めたかったが、とてもではないがそんな空気ではない。
「ともかく、今回のことに関しては今後の課題としていくべきです。ミアちゃんの成長を待ってからでも遅くはないかと」
ネロが言うとトドロキがいやいやと食い下がった。
「それではSランクハンターの手にこれらが行き渡るのが何十年もあとになるかもしれないんですよ?」
「チサトさんが仰っていたように、Sランクハンターの皆さんはこれ以前もその力なしに戦ってこられた方々です。あればありがたいという気持ちはあるでしょうが、いずれかでいいというならば今すぐ取りかかる事案ではないということです。ならば私としては、将来活躍されるハンターの皆さんの為に少しでも強力で低コストな武器を普及させたいと考えますね」
「しかし魔障は人の体を蝕む危険なものです。汚染されれば療養期間を得なければ魔物と戦うことも難しい。この状態をいつまでも放置していいわけがない」
「人の話を聞いていませんね相変わらず。今すぐである必要がないと私は言っています」
ネロはこちらを見ているチサトとカガリに目配せをし、わざとらしくため息をついた。
「ここでは話になりません。今日やりたかった検証は済みましたよね? であれば続きは研究部で話しましょう。今後の内容についても徹底的に議論させていただきます」
「いいでしょう。今日という日は言わせていただきます」
「というわけで、研究員の皆さんは測定機の撤収作業に移ってください。来たときよりも綺麗にして帰ることを心掛けるようにお願いします」
「何故あなたが指示を出すんですか。私の部下ですよ」
「まだ主任を譲るつもりがないんですね。早く退かれたほうがご自身の為かと思いますが?」
「ふざけないでいただきたい。そもそも何故あなたは今日という日にいらっしゃったんですか。まるで私を監視するかのように。あなたは立場上私の部下ですよ? それをあれやこれやと意見して……」
慌てて機材を片付ける研究員たちを置き去りに、二人は言い合いながら部屋を出ていった。チサトとカガリは呆気に取られて開いた口が塞がらなかった。
「……あれはあれでうまくかみ合ってますね」
「……この場が治まったならなんだっていいですよ」
カガリは眼鏡をかけ直し、俯いてしまっているミアの肩に手を置いた。
「ミア? もういいぞ。友達と約束があるんだろ?」
「うん……」
ミアは力なくベッドを降り、とぼとぼと歩き出す。その姿は一度もカガリとチサトを振り返ることなく、悲しそうに帰っていった。
「アタシ、なんか言ったらいけないこと言いました?」
「……」
今回ばかりはカガリも否定できず、言葉にならない声を喉奥で漏らすだけだった。




