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ファミリアに捧ぐ 67

「では、これよりサポートアニマルの登録テストを行ないます」

 担当官の声にカガリは自身がテストを受けるかの如く緊張していた。アンバーはカガリを見上げ、まるでどうしたの?とでも言いたげに小首を傾げている。

 周囲ではこのテストを気にしながらも、自身のパートナーと共に訓練を続けている職員やハンターたちがいた。この普通さだけが唯一安心できた。

「テストは基礎訓練、及び身体能力を測るものと、こちらがあらかじめ選定したいくつかのテスト項目の指示どおりの動きを行なっていただく、二つの方法を採用しています。登録するサポートアニマルが何らかのトラブルが起きた場合でも通常の動きができることの確認も含みますので、突発的な事象が起きることもありますが全てテストですのでご留意ください」

 ――なんだ突発的な事象って。そんなの資料に書いてあったか? いや、ない。断言できる。12回は読み込んだ資料だ、そんなの書いてなかったぞ。

「それではテストを開始します。まずは基礎訓練から。ブリーダーはパートナーを連れ、向こうの白線まで歩行してください」

 白線……指された広場の奥を見ると、確かに白い線が引いてある。担当官の言葉は気になるが。

「よし。アンバー行くぞ」

 カガリが歩き出すと、アンバーが少し遅れて歩き出した。

「パパ、アンバー、がんばれー!」

 ユノに付き添われ、ミアが声を上げた。それを聞いてすぐにユノが「しーっ」と人差し指を口に当てる。

「アンバーが反応しちゃうといけないから、小さい声で応援してあげようね」

「あ、そっか。パパ、アンバー、がんばってね」

 ミアは必死に声を抑えて父とアンバーの応援をする。

 娘の声が聞こえて反応してしまったのはむしろカガリのほうで、アンバーはカガリから視線を逸らしていない。カガリは凄いな、とアンバーを見る。

 その時同行している人間から目を逸らさないようチサトが訓練したのだろう。ミアの声に気を取られた自分のほうが恥ずかしい。カガリは気を引き締めて白線までを歩いた。

 一人と一匹の足が白線を越えると、担当官が抱えている端末に何かを打ち込んでいく。あれがきっと評価を記しているのだろう。カガリが緊張に顔を引きつらせていると、担当官が顔を上げた。

「では次、走行テストに移ります。元いた場所まで駆け足で戻ってください。途中緩急をつけ、歩く、止まるの動作を差し込んでください」

 カガリはこれ以降も言われるがままにテストを受け続けた。障害物の飛び越え、隠されたものの捜索、餌や小動物による誘惑、獲物の追尾・捕獲など、50項目を超え出したあたりでカガリはいくつテストをクリアしてきたのか数えるのをやめてしまった。

「では、このテストが最後となります」

 担当官のその言葉を待っていたとカガリが安堵したその時、上空に一瞬の影が通り過ぎていった。

(……アグニ?)

 頭上を目にも止まらぬ速さで通っていったのはチサトの相棒であるアグニだった。アグニは空を悠々と旋回したあと、地上へと翼を下ろしていく。

 ――気づかなかった、チサトがいる。一体いつから。

 それほどまでに自分が集中していたということなんだろう。チサトは医療部の職員の付き添いのもと、肩にアグニを乗せ、広場をゆっくりと歩いている。時折肋骨のあたりを気にした様子で眉間に皺を寄せていた。

 そう言えば定期検査だとユノが言っていた。もしかしたらそこで医師に、少し歩く程度なら問題ないと言われたのかもしれない。ベッドから出られないことを嘆いていたチサトにとってはありがたい話だっただろう。それこそ広場はこの中央の街で最も自然の空気を感じる場所だ。

 よし、とカガリは気合を入れ直した。チサトが気づくかどうかはわからないが、この様子が目に入ったときにせめて彼女の頑張りに恥じない最後にしよう。

「この最後のテストはブリーダーがパートナーに対し、適切な指示を出せるかの確認をするものです。いかなる状況においても、ブリーダーはパートナーにその時最適な指示を出せなくてはなりません。判断を一歩誤れば、助けられる命を手放してしまう恐れがあります。これから、積み荷を運ぶ商人を魔物が襲うという状況下を再現しますので、ブリーダーはパートナーに、状況の変化に応じた適切な指示を――」

 担当官がそこまで話し終えたとき、広場が何やら騒がしくなり出した。――と、先ほどアグニが通り過ぎていった小さな影とは明らかに違う、カガリの体を覆うほどの巨大な影が頭上を駆け抜けていく。

 カガリはそれを図解録でしか見たことがなかった。それほどまでに人前に現れるのは珍しいとされている存在、使徒のフェニクスだった。

「――どうして」

 アンバーが突然吠え出した。これまで一度だってそんなことをしたことがないアンバーが、まるで興奮したかのように吠え続けている。

 フェニクスは慌てて逃げ惑う人々を見向きもせず、赤く美しい尾を揺らめかせながら広場を大きく旋回すると、地上へと向かって翼をはためかせた。その先にいるのは――チサトだ。

 その瞬間、アンバーが突如として走り出した。あまりの勢いでカガリはアンバーを繋ぐ鎖を離してしまった。

「アンバー!」

 カガリは慌てて駆けていくアンバーのあとを追った。人間の足ではとてもすぐには追いつかず、アンバーがチサトの前に飛び出しフェニクスに向かって威嚇をし始めた。フェニクスは地上に降りる寸前でそれに遮られ、その嘴から自身に向けられた威嚇に対し抗議するような鳴き声を上げる。アンバーは臆しもせず吠え続けた。

 本来魔物は使徒を本能的に避ける傾向にある。アンバーがそうしないのはチサトにそう訓練を受けたからだ。使徒への危機感がチサトを守ろうとする行為に繋がっているのだろう。

 しかし、とカガリはチサトを見る。チサトはフェニクスの羽ばたきで巻き起こる風に髪を乱し、目を細めてはいるが、その表情に魔物を前にしたときのあの鋭さがない。何かおかしい、そう踏んだカガリはかつてチサトが自分に言った「通常と違う状況のときはよく観察する」という言葉を思い出した。

 カガリは走りながらプロビデンスの能力を発動した。――不思議だ、使徒であるフェニクスからは使徒特有の魔障が発せられていない。リュカオンで見たような黒い霧が見えなかった。

 カガリはアグニを連れたチサトが平然としている様子と、そこに現れたフェニクスを交互に見た。

(――敵じゃない)

 直観でそう思ったカガリは、息も絶え絶えになりながら威嚇を続けるアンバーに飛び込み抱え込んだ。

「アンバー! 落ち着け! 敵じゃない!」

 カガリの体から乗り上げてまで吠え続けるアンバーを、カガリは必死に抑え込んだ。

「敵じゃない! 落ち着けアンバー!」

 アンバーの顔ごと脇に抱え込み、吠えようとする口をなんとか閉じさせた。唸り声を上げるアンバーに、「アンバー!」とカガリが大声を張り上げた。するとアンバーは唸るのをやめ、カガリの腕の中でようやく大人しくなった。

「よし、いい子だ」

 アンバーを撫でてやりながら、カガリはふとチサトを見上げた。チサトは乱れた髪を直しながら、その口元にゆっくりと弧を描く。

「合格です」

「……は?」

「いつもと違う状況のときは観察を怠らないこと。ブリーダーとして大変よくできました」

「……どういうことですか?」

 カガリの背後で一際大きな風が吹き、フェニクスが地上に降り立った。チサトのもとには担当官が駆け寄ってくる。

「ミカゲさん、ご協力ありがとうございました」

「いいえ。この子も会いたがってたんで」

 と、チサトは肩に乗っているアグニを撫でた。アグニはフェニクスに向かって鳴き声を上げている。フェニクスの大きな嘴がまるで挨拶を交わすようにアグニの体を撫でた。

「シノノメさん、お疲れ様でした。これでこちらが用意した全72項目のテストは終了です。突発的な事象への対処も問題ありませんでした。最後まで終了した時点で、あなたのパートナーのサポートアニマル制度への登録は完了となります」

 突発的な事象……担当官から出た言葉に、カガリはそれがこれか!とフェニクスを振り返った。最初にユノが、チサトが定期検査だと言っていたときから既に仕込まれていたのだ。

「いくらなんでも心臓に悪いですよ……」

 すっかり力の抜けてしまったカガリに、チサトが笑顔で「すみません」と頭を下げた。

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