ファミリアに捧ぐ 66
「ふむ。とても端的に言えば可能です」
「え」
開発室にあるネロの席に足を運んだカガリは、予想よりも遥かに軽く返された返答に拍子抜けした。
「そ、そんなすぐに解決できますか?」
「簡単ではないというだけで、不可能ではないですね。ただし眷属ごとに弾を変える必要があるのと、コストが見合わないというデメリットはありますが」
「可能なんですか? 無理じゃない?」
「はい。使徒ごとに相性が存在することはご存知ですよね?」
「え、ええ。使徒を生み出した神同士の相性が悪いと使徒同士で争い合うと」
「そうです。それはやつらが持つ魔力も同様の効果を持っています。互いに相殺し合う関係にあります。これは研究部でも実証済みです。火薬に同眷属の魔物の魔力結晶を砕いたものを混ぜ、相性の悪い魔物に向かって放てば理論上は魔力を相殺しようとする力が働いて、弾道が自動で魔物を追うはずです」
「凄い……本当にすぐに解決した……」
「しかしやはりコストが見合いません。眷属だけで何十種類いるやら。一体に対し相性の悪い存在が複数いれば組み合わせも考える必要があります。何通り騒ぎではありません、最早記憶力の問題になりますね。弾もその分用意しなければなりませんし、どの弾がどの眷属にという見た目の区別もつけなければ」
「そう聞くと確かにコストが凄まじいな……」
「ですがとても面白い試みだと思います。過去の歴史を見ても魔武器の威力を模倣しようとした事例は数多く存在しますが、その特性を模倣しようとした例はありません。魔武器の特性のほとんどが威力増強の効果を発動するからです。イービルアイの特性『絶対命中』は決してイービルアイだけのものではありません。魔弓といった遠距離武器でも同様の特性を持つ魔武器は確認されています。しかしながら同じ発想に至らなかったのは、鏃を弾のように頻繁に切り替えることは不可能であり、ましてや何十種類、もしくはそれ以上に及ぶ矢を持ち運ぶことは到底不可能だからです。仮にその土地に出現する魔物に限定した場合でも、両手ほどの数がある矢を持ち運ぶにはやはり荷物が多いでしょう。とても現実的ではありません。ですがハンドガンの弾であればまだ現実的です。特定の地域、特定の魔物、大型の魔物の出現を考慮しないという限定的なものであれば、持ち込む弾の数は非常に少なくて済むはずです。使徒相手であっても相手は単体ですから、三種類から五種類の弾を使い分ける程度で済むでしょう。そう考えれば可能性は見えてきます」
「おお……」
「そうなると、魔力結晶の燃焼にも耐えうる通常の薬莢の開発と、銃本体の開発が必要となりますね。これだけに限って言えば、おそらく相当数の需要があると思われます。そう言った組み合わせを求めるマニアはやはりどこにでもいますから、特に魔物を相手にするハンター、傭兵あたりは拘る方が増えるでしょう。新たな需要と供給に繋がるかもしれません。魔力結晶は大きいものではありませんから、小型の魔物一頭分あたり十数発程度と想定すれば、より魔力結晶には価値が見出せますね。そしてそれを発案したカガリさんにはもれなく初期開発における試し撃ちをしていただけます。今後も新しい弾が開発されれば、優先的にカガリさんが使用できる権利もあります。サポートハンター制度の導入が始まればカガリさんが費用を負担する必要もなくなりますから、存分にお使いいただけますし」
「え、ということは開発をお願いできるということですか?」
「私は今とても絶好調です。アイディアと創作意欲がすこぶる波に乗っております。いずれは私の手を離れるとは思いますが、この初期開発における今ならばなんでも来いです。新プロジェクトとも相性が良いですし、とりあえずまずは開発許可の申請と、開発費の申請を押し通すところから始めないといけません。銃はマニアが多いですから人はすぐに集まると思いますし、開発に至るのも早いでしょう。数日ほどお時間をください。ギルドにとっても決して悪い話ではないはずなので、最終的に本部長のところに持ち込めばどうとでもなるはずです」
「……危ない単語がちらほら聞こえてきた気もしますけど、今は聞かなかったことにします。よろしくお願いします」
開発室を出たカガリは気がかりだった不安要素が一つ減り、ホッと胸を撫で下ろした。チサトに相談してよかった。そうしなければネロに相談する発想に至るのにもっと時間がかかっていたはずだ。
あとはネロの朗報を待ちながら、明日アンバーが受けるテスト項目の予習と、授与式に向けた服の調達に、昼はミアとの外食にするとして、あと他には何か「カガリさん」……何か「カガリさん、先ほどは同意書のご提出ありがとうございました」……チッ。
「つきましては日程の調整をしたくお伺いしました」
振り返った先にいたのはトドロキだった。余程待ち望んでいたのだと見える、提出してから数時間と経っていない。
「ミカゲさんを対象にアビリティ効果の検証をさせていただこうと思うのですが、ミカゲさんが大部屋に移動されてしまうと、娘さんも他の患者の目があり集中できないかと思いますので、なるべく数日内でスケジュールを組みたいのですが、ご都合の良い日を教えていただけたら」
どこも都合なんてよくねぇよ、カガリは胸の内で悪態をつくが、それを言うことはぐっと堪えた。
「明日は別件で私の手が空かないので、そこ以外でしたら今のところどこに予定を組んでもらっても構いません」
「わかりました。それとこちらをお渡ししておきます。検証には以前お見せいただいたお守りと同様のものを使用させていただくつもりです。材料をリストアップしていただき、研究部の窓口にご提出していただければ全てこちらで準備させていただきますので」
トドロキから渡された経理部に提出するだろう紙を受け取る。つまり経費で落とそうとしているわけか。これくらい自分たちの予算内でどうにかなるだろうと思いはしたが、言うのも面倒だ。
カガリはこれ以上話を長引かせるのも嫌で、会話はそこそこにその場を退散した。
翌日、カガリはミアを連れてギルド本部に向かった。
「カガリさん」
「キサラギさん?」
「ユノお姉ちゃんとアンバーだ!」
ロビーにはアンバーを連れたユノの姿があった。ミアが一番に駆けていき、アンバーを抱き締めている。
「どうしたんですか?」
「今日はチサトさんが朝から定期検査なので、私がアンバーを。サポートアニマルのテストを受けられるんですよね? よろしければ私も見学させていただきたくて」
「それは構いませんが」
「ありがとうございます。チサトさんがどのようにこの子を訓練したのかこの目で見ておきたくて。私がチサトさんに出会った頃にはもうアグニがサポートアニマルとして活躍していたときだったので、過程を知らなかったものですから」
「なるほど。勉強熱心なんですね。私の同僚もあなたを見習ってくれたらなぁ」
「私は単なる興味本位ですから」
「ミアもね、パパとアンバーの応援するの!」
ミアはアンバーを撫でてやりながら力強く言った。ユノが笑って頷き返す。
「そうだね。一緒に応援しよっか、ミアちゃん」
「うん!」
愛らしい笑顔にユノも自然と顔が綻ぶ。そんな二人を眺めつつ、カガリは少しばかり顔を引き締め、「平常心……平常心……」と自身に言い聞かせるのだった。




