ファミリアに捧ぐ 65
あまりに自分に関わる事案が一気に押し寄せてきた為、カガリは頭が冴え切れないまま街中を歩いていた。思考がふわふわとしたまま歩いていたので目の前に立っていた人に盛大にぶつかった。
「いって」
「ハッ! すみません! すっかり前を見ていませんで……!」
「こんなところで何ふらふらしてんの、カガリのおじさん」
「あれ、ハルト君?」
ぶつかった相手はハルトだったようだ。カガリは自身がいつの間にか街の出入り口付近にまで来てしまったことに気づいた。
「いけない、買い出し……!」
そうだったとカガリは本来の目的であった夕食の買い出しに大通りに向かうつもりだったのだ。すっかり大通りを通り過ぎてしまっている。
「ハルト君は何を?」
「何をって、帰るんだけど、ミクロスに」
「えっ、帰るんですか?」
「帰るよ。いてもやることないし。功労金の申請も済ませたし。しばらくはミクロスの復興手伝うよ」
「そうですか……あれ、君には滞在命令は出ていないんですか?」
「ああ、恩賞の話? 来たけど、いらないから返した」
「返した!?」
「正式なハンターじゃないやつが貰うとまずいでしょ。オレ単にあの人に迷惑かけただけだし。ハンター称えるもんなんだから、やめといた」
「やめといたってそんな軽く……」
自分のときは貰っておけという雰囲気だったのに、ハルトとは扱いが違いすぎやしないか。
「別に貰えなくていいよ。オレそんなの欲しくてあいつと戦ったわけじゃないし。功労金のおかげでしばらく依頼も受けなくていいし。それに、代わりにオレがハンターになったら無条件で一番強い教官つけてくれる約束取り付けてきたから。元々あの人の教官だった人らしいよ」
「ミカゲさんの?」
ということはあの時処置室で話した人か、とカガリは思い出す。話した印象から察するに、その手にはかなり厳しい人物に思えたが。
「オレ、絶対いつかあの人超えてみせる。だったらあの人が教わった人に教えてもらうのがいいと思ってさ」
「そうですか。いい目標ですね。応援します」
「で、肝心のおじさんはどうすんの?」
「どうとは?」
「集落も家族も守ったわけじゃん。ある意味おじさんの目標は達成したってことなんじゃないの? なんか新しい制度も導入されるんでしょ? 魔武器とか言うやつ、使い続けるの危ないって聞いたけど。どうせ持つなら自分のちゃんとした武器使いなよ。そりゃあ魔武器は強いかもしんないけどさ、自分のこと傷つけてまで使わなきゃいけないような武器なら、オレはないほうがいいと思う。なくたって強い人はいるじゃん。それにさ、自分の実力で倒したときのほうが実感湧くと思うよ。ま、それでも使いたいならそれはそれでいいとは思うけど。オレに使うなとかおじさんに言う権利ないし」
ハルトがそこまで言うと、ハルバートと槍、いくつかの荷物を積んだ荷車を引くフェローがギルド職員の手に引かれてやってきた。
「君がハルト君かな?」
「そうです」
「フェローの足だと君の集落までは五日ほどかかるけど、それで大丈夫かい? 途中簡易の宿泊施設がいくつかあるから立ち寄ることになるけど」
「はい、大丈夫です。中央を見ながら帰りたいと思って」
「ああ、なるほど。本部の建物はどこから見ても圧巻だからなぁ。そういう意味じゃ、とてもいい選択だね。どうする? もう行くかい?」
「行きます。じゃ、カガリのおじさんまた」
「あ、ああ……また」
荷車にハルトが乗り込むと、ギルド職員はカガリに会釈をしてフェローの手綱を掴み、荷車を走らせ始めた。
ハルトはハルバートと槍を抱え、小さくなっていくメシィの街並みを眺めていた。よく見ると、槍の柄の先端には姉の赤い布が結ばれていた。
その姿は少しずつカガリの視界から消えていき、地平線の向こう側へと馴染んでいく。最後まで見えたのはよく目立つ赤い布だけだった。
「……」
ハルトの姿が消えてから、カガリはしばらくその場に佇んでいた。考えさせられる。子供であるハルトに言われたことに。魔武器は強い、カガリが所持する魔銃「イービルアイ」は、どんな悪条件の中でもその使用者が当てたいと思う敵に必ず弾が命中する、奇跡のような能力を持つ。代償は五感。ユノにも言われた、魔武器を使い続けることを医師は推奨していないと。
しかしそれを失ったとき、カガリは唯一の攻撃手段を失ってしまうことになる。銃に拘り続けるなら、射撃の腕を磨くしかない。自身のアビリティ、プロビデンスの力を使っても、できるのは敵の弱点を見極めることくらいだ。その弱点を的確に狙うには、動いている敵に向かって確実に弾を放ち、仕留められる腕を持たなくてはならない。
――今更自分にそんなことができるのだろうか。50も目前の自分が、一から新しい武器を使いこなせるのか。……全く想像がつかない。
カガリは悩みに悩んだが、結局答えが出ないまま、「買い出し行くか……」と大通りへと戻っていった。
数日後、すげー嫌そうな顔だな、とその書類を受け取った職員の目がそう言っていた。
実際、カガリは嫌な気持ちを隠しもせずその書類――ギフトアビリティの研究に関する同意書を提出した。三日三晩悩み、四日目にしてアウラギの言葉を信じて少しの間だけトドロキの検証実験に付き合うことにした。
しかしこれはあくまでついでであって、本当の目的はサポートアニマル制度の登録申請書を提出に来たというのが正しい。
確か別棟だとユノは言っていた。動物を管理するから別棟なのだろうかと思っていたが、実際に行ってみるととんでもない。開放されている広い敷地の中にブリーダーと思われる職員たちが多くの生物たちを訓練していたのだ。この為の別棟だったのかと、カガリはその光景に圧倒された。
担当官に申請書を提出し、詳細を聞く。テスト内容は資料に記載のあった中からランダムに出題され、それぞれの項目の基準値に達しているか、臨機応変な対応ができるかといったことを見るらしい。
テストはカガリの好きなときに受けていいらしく、アンバーの様子をチサトから伺い、問題なければ明日にでも受けさせてみるかとカガリは本部内へと戻ってくる。
チサトがまだベッドを抜け出せない為、ミアも見舞いに共に来たがっていたが今日は留守番だ。いろいろ話したいこともあり、その中にはミアの耳に入れたくない話もあったからだった。
ミクロスだったならば外に遊びに行かせてやれたが、まだ慣れない土地で、更にはアンバーもいないとなると、さすがに一人で出歩かせるわけにもいかないだろう。ご機嫌取りの為にも、せめて帰りに何か買って帰るか。
チサトのいる治療室まで来ると、以前は貼ってあった立ち入り禁止の紙がなくなっていた。順調に回復していると見える。カガリはそれが自分のことのように嬉しくて、扉をノックする音も心なしか軽くなった。
中から「どうぞ」というチサトの声が聞こえてくる。姿を見せたカガリにチサトが笑顔を見せた。少し見ただけで顔色がよくなっているのがわかる。枕を背もたれに体を起こしているのはまだ変わっていないが。
「お元気そうですね」
「今のところすこぶる快調です。今日はご飯三杯もおかわりしました」
「ははっ、そうですか」
「七日後には大部屋に移る予定です」
「それはよかった。外に出られるようになるのはいつ頃ですか?」
「そっちはもうしばらく先です。早く動きたいんですけどね。こんなにベッドの上にいたら筋肉が削げ落ちちゃいますよ」
「それだけの大怪我だったということですよ。しっかり療養なさってください」
カガリは端に置かれていた椅子を引き寄せ、チサトの傍に腰掛けた。
「アンバーの調子はどうですか?」
「アタシが教えたことはちゃんと身についてます。ミアちゃんがしっかり面倒見てくれてたんでしょうね」
「ならよかった。サポートアニマル制度のテストを早ければ明日にでも受けさせようかと思っているんです。そうすればこの慣れない場所でミアを一人で出歩かせても安心できるので」
「ああ、そうですよね。アタシはいいと思いますよ。あとはあの子の頑張り次第」
「わかりました。明日アンバーを連れてテストを受けに行ってきます。それから、今日は他に二点ほどお話が」
「お、なんですか?」
「恩賞の件と、まぁ一つは相談事と言いますか」
「相談。意外ですね、アタシでいいんですか?」
「他に話せる知り合いがここにいなくて」
「ああ、それもそうですね」
「それでね、恩賞についてなんですけど……」
カガリから、アウラギから恩賞のことについて話しをされた際、どうにも自分に授与させたがっている雰囲気を感じたこと、にも拘らずハルトの受け取り拒否にはあっさり引き下がった様子があったこと、そして以前チサトが先手を打ったと言っていたことがどうにも引っかかり、何かあるのではないかと思っているのだと伝えると、チサトは深く頷き、それらの疑問に一つ一つ答えてくれた。
「あなたに恩賞を受けさせたいと感じたっていうのは、もうそのままです。三人ぐらいが丁度いいんですよ、授与式って。多すぎもしないし、少なすぎもしないし。ハルトが拒否してすぐに引き下がったのは、ハルトの言い分が真っ当だったのと、子供にあれはちょっと酷だったんでしょうね」
「酷……?」
「まぁ、それは当日になってのお楽しみってことで」
「え、怖いな……というか、授与式ってどこでやるんですか?」
「あ、そうか。あなた恩賞を貰うのは初めてか。あの授与式、外でやるんですよ」
「えっ!?」
「見世物ですよ、見世物。危険な使徒に挑んだ勇敢なるハンターに大いなる栄光と最大の祝福を、てね。盛大な催しなんです。みんなから注目を浴びるハンターに僕も私もなりたいって、尊敬を集める儀式なんです」
「あっ、だから後世のハンターの為になんて言ってたのか!」
「うまいでしょ? あの人、人を見てどういう言葉なら乗せられるかわかってて言うから。真っ当に見えて性格悪いんですよ。あなたの、そういうことなら仕方ないかって思う心を利用したんですよ」
「くっそ、そういうことか。今回は乗せられるしかないか。だとまずいな。さすがにこの服で人前には出られないから、何か繕ってこないと」
カガリは着ていた簡素な服を引っ張った。上からは日に日に増してくる寒さを防ぐ為に、この数日でミアと買いに行ったコートを着ているが、そのどれもが盛大な催しだという授与式には不釣り合いなものばかりだ。
「ユノちゃんならいい店知ってると思いますよ。アタシここにはもう何年も帰ってなかったんで情報古いですから、全然お役に立てません」
「あなたも当日はもちろん?」
「ええ、嫌ですけどね、本当は。化粧でしょ、髪でしょ、服でしょ、これまで貰ってきた勲章も引っ張り出してきてつけていかなきゃいけないし」
「恩賞って、そんなにたくさん貰えるものなんですか?」
「使徒を討伐するごとに貰えるんですよ、これ。でも授与式をするのは緊急討伐任務みたいに、大きな出来事として取り上げられたときだけですね。前回は確か七年前が最後だったはず」
「なるほど、だから盛大な催しなんですね」
「ええ。アタシはその前の授与式に出てますね。正直、もう二度と出たくなかったんですけどね」
「ますます何があるか気になるんですが……」
「あなたは一回いくらい経験しておくといいですよ。記念だから」
にやにやと笑っているチサトにこの人こそ性格悪いな、とカガリは秘かに思った。
「しかし恩賞って何を貰うんですか? その言い方ですと勲章だけではない?」
「勲章と、報奨金、贈呈品ってところですかね」
「えっ、功労金に加えて報奨金も出るんですか?」
「功労金はほら、使徒討伐の功労者に渡すものですから、対象が幅広いでしょ? 恩賞の報奨金はまた別扱いなんですよ。Sランクハンターが他のランクや職に比べて高給取りって言われるのは、ギルドが発行する依頼達成時の報酬と、更に恩賞の報奨金が足された額が懐に入ってくるからなんですよね。だからもう正直、一生働かなくていい額が金庫に入ってますね。というか、もういらない。使い切れない」
「依頼に設定できる報酬額には上限があるはずだから、もしかして報奨金、とんでもない額ですか?」
「三度見どころから五度見くらいしそうですね、あなた」
「……やっぱり受け取り拒否しときゃよかった」
頭を抱えるカガリに「いいじゃないですか」とチサトは返す。
「あなたは自分の老後の資金とか思っておけば。あとミアちゃんの将来の貯蓄とかね」
「ま、まぁ、そう考えると……いや、ありすぎて困ってるあなたに言われてもなところありますけど」
「それもそっか」
「ちなみに贈呈品は何が貰えるんですか?」
「それは人それぞれですね。アタシのときはダガーの手入れ道具とか。使徒討伐の度に毎回違うものが届くんですよ。あ、子供には酷だって言ったやつは今挙げたものとは別物なんで」
「別物なんですか!? やっぱり今教えてください!」
「あなたの反応が面白そうだから嫌ですね」
「そういう意地悪なところよくないですよ!」
それからカガリがいくら教えてくれと懇願しても、チサトが口を割ることはなかった。
「で? もう一つの相談事って言うのは?」
結局最も聞きたかった部分を聞き出せなかったカガリはため息を吐きつつ、ハルトに指摘された魔武器の代わりになる武器についてチサトに相談することにした。
「確かにね、魔武器を使い続けることで失う代償が大きいことはわかっているんです。このまま視力を失うことになれば、ミアの成長した姿を見ることもできなくなりますしね。しかしですよ、魔武器を手放すとなれば、私は攻撃手段を失うことになります。仮に普通の銃を使う選択をしたとします。私は今から銃の腕を磨かなくてはならないわけですが、視力が低下しつつあり、更にはもう数年で50の大台に乗るわけです。今から訓練したところでどうにかなるものでしょうか」
「うーん、アタシは希望を持たせることが言えないんで、はっきり言っちゃいますけど、正直無理ですね。動体視力も落ちるし、目の疲れも酷くなるし、あなたの場合視力低下が酷くなると思います。それに通常のハンドガンは威力がかなり落ちますから、通常の生物ならまだしも、魔物は一発で仕留められないですよ。あとあなた、性格的に多分解体向いてない。魔力結晶を取り出すことも難しいとなると、一からってのはやっぱり無理」
「やはりそうですか……」
「護身用に持つなら全然いいと思いますけどね。弾が当たるかは別として」
「はぁ、あれを手放すのは難しいかぁ。弾が自動で敵に当たるなんて代物他にないもんなぁ」
「そうだ、ネロちゃんに相談してみたらどうですか? 現在絶賛ネロ無双ですから、すぐにパッと思いついてくれるかも」
そうかその手が。一般的な武器で不可能だというならば、新しい武器を求めるしかない。それに最適解を出してくれるのは自分の知るなかでもネロくらいだ。カガリはさっそく相談に行くことにした。




