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ファミリアに捧ぐ 64

 その頃、カガリのほうはと言えば、一面空しか見えない窓に目をやってから、落ち着かない様子で革張りの一人掛けソファに腰かけていた。

「絶対場違いだよな……」

 カガリは彷徨う視線を重厚な書斎机に向けた。綺麗な羽ペンとインクボトル、積み重なっている書類には乱れがなく、無駄なものは一切置かれていない。その席に座る人物がどれだけ几帳面なのかを教えてくれた。

 ミアとの昼食後、戻った家の前では既にジゴロクが待機していた。権限を利用して場所を知ったのだろう。なんだか胸騒ぎを覚えつつ、ジゴロクに連れられカガリはギルド本部に向かった。

「サポートハンター制度については今のところ順調に事が進んでるからな、わしにどんと任せておきなさい。そして敬うがいい」

「頼りになるのか尊厳を失いたいのかどっちなんですか」

「なんだ、まだ反抗期か」

「人をいつまで年頃扱いするつもりですか」

「ああ、そうそう。イーニスの件についても話しておかんとな」

「私とまともに会話する気あります?」

「イーニスについてなんだがな」

「ないんですね」

 我を行くジゴロクに呆れつつ、イーニスの件についてはカガリもユノに話して以来どうなったのかは気になっていた為、話の内容に耳を傾けることにした。

 カガリが飛空艇から見下ろした際には既に姿を消していた巨大なイーニスの群れは、あの時の救護活動の慌ただしさもあり、その移動した瞬間を見た者はやはり誰もいなかった。

 突如として現れ、そして去る理由が、プランクトスの洞窟に描かれていたように使徒を討伐できる者の前に現れ、使徒が討伐されると去るというものならば、図解録の内容に書かれている「ただいるだけの存在」という一文には大きな齟齬が生まれることになる。

 そして現代においては、ほぼ全ての人間がイーニスを存在しているだけの邪魔者としての認識を持つ為、この事実が広まれば誰もが驚きを隠せないだろう。

 また、洞窟に描かれた壁画も大いなる発見として、しばらくは学者や調査班の来訪が続くだろうとのことだ。まだ調査の段階だから決定事項ではないものの、正式な調査結果が出て、これらの内容が全て真実であるとされた際には図解録におけるイーニスの内容を一新、緊急事案として全ての集落や町に速報として発信されるとのことだ。洞窟のことも記述されることになる為、しばらくは人が押し寄せることになるだろう。

「つまり後々やってくるだろう観光目的の人間をあの小さい集落で捌けと? そういうことですか?」

「ま、そうなるな」

「……人が集まるという意味では喜ばしいことかもしれませんが、どう考えても人で溢れますよね。ただでさえ職員は私とイチカさんしかいないのに、絶対捌き切れないぞこれ」

 それにプランクトスの洞窟は後々子供たちがハンター体験をする場所としても解放される。企画、提案をしたカガリにはその窓口を担当するという責務もある。

 ――過労死するな、これは。

「まぁ、その点に関しては追加の職員を検討するしかないだろう。いい人選が見つかればな」

「できれば優秀な即戦力をお願いしたいですね」

「いつになく圧が強いな」

「私の過労死がかかってますから」

「わかったわかった。それと、これらの件に関してお前さんと直接話したいと言っておられたぞ」

「誰がですか?」

 ジゴロクは黙って上を指差した。カガリはその指先のあとを追う。広がるのは陽の落ち始めた空ばかり。

「誰ですか?」

「上だ、上。わしより上」

「上……ということはトップ……トッ、え? と、トップ!? 本部長が!? 私に!? この大陸においては約12万人いると言われるギルド職員のトップがですか!?」

「細かいところ覚えてるな。そう、そのトップがお前さんに会いたいそうだ」

「いやいやいや! こんな一介のギルド職員がトップにお目通りするなんてそんな恐れ多い……!」

「ちなみに今からな」

「は?」

「今から」

「……嘘ですよね?」

「だから本部に来とる」

「――はぁ!?」

 カガリは人生で出したこともない大声を張り上げた。あれよあれよという間に本部の最上階に存在する本部長室に連れ込まれたカガリは気持ちの整理が全くつかないまま、会議で席を外しているという本部長を待つこととなった。

 掌の汗を拭うこと三回、背筋を正すのにも疲れてきて少しくらいならいいかと肩から力を抜いた瞬間、扉が音を立てて開いた。

「すまないな、待たせてしまった」

「! い、いいえ! お忙しいことと思いますので!」

 なんという瞬間で力を抜いてしまったものか。カガリはすぐさま立ち上がり、入ってきた人物に頭を下げる。

 見かけは60半ば、厳かな雰囲気を纏う、ジゴロクよりも若いその人物こそ、ギルド本部本部長・アウラギ=ヤマトその人である。

「掛けてくれ。そんなに堅苦しい話をするつもりはない」

「は、はぁ……」

 とは言え、カガリにとっては一生に一度見かけることがあるかどうかの人物だ。座りはするものの、緊張は拭い切れない。

 アウラギはカガリの向かいに腰掛けると、上着のボタンを一つ外し、力を抜いた姿勢を見せた。

「突然の呼び出しとなってしまって申し訳ないことをした。丁度隙間ができたんでな。ここを逃すとしばらく時間が取れないんだ」

「いえ! 本当に! むしろ私のような一、職員がお会いすること自体そうそうあることではないですから」

 恐縮しきりのカガリに、「噂に聞くとおりの人物だな君は」とアウラギは言う。噂ってなんだ……カガリに尋ねる勇気はない。

「さて、あまり時間もないから手短に話そう。一つはミクロスにて発見されたイーニスの壁画の件、二つ目は副部長が提案してきたサポートハンター制度に関する件、そしてこの度の使徒・リュカオン戦における本部の対応に関する件の以上三点だ」

「先二点はなんとなくわかりますが、最後の話の意図は……?」

「まずは謝罪をさせてほしい。今回は本部の動きが悪く、本当にすまないことをした」

 アウラギが頭を下げるので、カガリは慌てふためき「そっ、そんなっ、トップともあろう方がそんなっ、私のような一介の職員に頭を下げるなど……!」と思わず誰もいない室内を見渡してしまった。

「君も噂には聞いているだろうが、小型飛空艇の開発を急がせていたのは事実だ。なるべく低コストでより多くの人間を遠くまで運べる手段があれば、それだけ移動時間が短縮され、出現報告からの魔物討伐までの時間も短縮されるはずだという我々上層部の判断だった。それが開発部を急かせる要因となり、本来稼働予定だった日から大幅にずれ込んでしまった。本当に申し訳なかった」

「いや、そんな……」

「我々上層部の判断の誤りを公表したうえで、今後の小型飛空艇に関しては担当を別の人間に変更することにした。それと、研究部と開発部に関しては少し人事異動を行なう必要があるようだ。今のままではまた君たちのような傷つかなくていい人が傷つくことになってしまう。不測の事態に備えられるよう、専用の部隊も作るつもりだ。お詫びと言ってはなんだが、復興費用は惜しまない。良い職人を揃えさせよう。住民たちのケアの為にもしばらくは腕の良い医師も常駐させる」

「公表までしていただくうえに、人材の派遣まで……何から何まで……ありがとうございます」

「いや、これは我々ギルドを管理する者としての当然の責任なんだ。ハンターたちは皆、その瞬間の命を燃やして魔物と戦ってくれている。我々はそれに誠意をもって応えなければならない。公表に関しては少し時間を貰うがな。それに、君はハンターでないにも関わらず、魔武器による代償を支払いながらも集落やその地に住む人々の為に命をかけて使徒と戦ったんだ。私たちにはその頑張りに報いる義務がある。もちろん、集落の為に手を尽くしたハンターや集落の人々にもだ。ミカゲには恩賞を授与することになっている」

「ミカゲさんとは面識が?」

「Sランクハンターには毎年必ず一度は面会時間を設けているんだ。顔ぶれが変わらないことの確認と、本人のハンターを続けたいという意志の確認の為にね」

「そうだったんですか。お忙しいでしょうに」

「これも私の仕事であり責務だよ。そして私個人がそうしたいという気持ちがある。使徒討伐の功労者である君にも、後ほど恩賞の授与がある。その為に君にはここに滞在してもらっているんだ」

「あっ、それで滞在命令が……」

 ということはチサトを見舞ったとき、彼女は既にこの事を知っていたと言うことか。――ちょっと待てよ、先手を打ったってどういう意味だ。カガリは嫌な予感に背筋が震えた。

「あの……私はハンターではないわけですし、功労金を支給いただいただけでも十分ですので、恩賞を辞退させていただくというのは」

「そう言うな。なかなかない機会だ。一生に一度のことだと思って、こういうものは素直に受け取っておくといい。後世のハンターたちの為にもな」

「……やっぱり無理ですか」

 恩賞を賜ることは名誉なことだろう。羨むハンターがいるのも当然で、それを軽々しく辞退するというのもそれはそれで反感を買うことにもなるだろう。チサトに詳細を聞いておくべきだったと今更になってカガリは後悔した。

「決して悪いものを与えようとは思っていないからな。君にとって良いものであるかはまた別の話だが」

「既に今から怖いです……」

「まぁ、そう言ってくれるな。それと、これは蛇足なんだが、君の娘さんのギフトアビリティについて、トドロキから話を聞いた」

「あ、それは……」

「話を聞く限りでは確かにハンターにとって、特にSランクハンターにとって非常に有用なアビリティであることには違いないだろう。魔障の効果を軽減できるアビリティを持つ人間などいまだかつて存在してこなかった。これも時代の流れなのかもしれないな」

「あの、そのことなんですが」

「トドロキが随分と強引に押しかけて来たんだろう。そしてあの手この手で娘さんを研究対象にしようとしている」

「あ……はい、その……娘のアビリティがハンターの方々にとって有用なのはわかっているのですが……」

 それでもネロの存在に圧倒され、いろいろと露呈したトドロキのあの様子を思い出すと素直に同意書にはサインがしづらい。

「だろうな。私もトドロキには手を焼いていてね。優秀ではあるんだが、研究者の気質が全面に出過ぎていて他者を顧みない傾向にある。出来上がるものは後に役立つものばかりだが、その過程には些か問題がある。しかしこれまでトドロキに取って代わるような技術者が出てこなかったのもまた事実だ。今回の一件を除けばの話だが」

「と言うと?」

「技術者ネロの提出してきた新プロジェクトの企画書は上層部の皆を黙らせたよ。元々彼女は本部にいた人間だったんだがね、あの性格だ。上司との衝突が絶えなくてね。ミクロスに一時的に私が席を置くよう取り計らったんだよ」

「そうだったんですか。小さい集落にいるにしては技術者としての腕がかなり高かったので、何故ミクロスにいるのか疑問には思っていたんですが」

「今回の件に便乗していろいろ手土産を持って戻ってきたからな。どれも大変価値あるものばかりだった。あの当時は若さ故の我が強かったが、技術と能力の高さを兼ね備えて戻ってきた。あの技術者としての腕を使わない手はないだろう。一方で研究者としても幅広い知識を持っている。人事異動はその事も踏まえた上で行なう予定だ。君の娘さんにとって悪いようにはしない。物事を動かすにはどうしても時間が必要でな。それまでは少々我慢してもらうことにはなってしまうが……」

 これは暗にトドロキの処遇について言われているようなものだったが、それだけでもアウラギのこちらの気持ちを汲んでくれようとしていることが十分に理解できて、カガリは安堵のため息が漏れた。

「いえ、実際にどういった動きがあるのか知れただけでもありがたいです。何から何までありがとうございます」

「カガリ君、私たちは君の家族や大切な人たち、そして住む場所を守りたいという気持ちを評価しているよ。その為に副部長の力を使ったのは少々やりすぎだがね」

「っ、申し訳ありません」

「まぁ、君はジゴロクさんについては何も知らなかったんだから責めはしないさ。あの人はいつも突然だから。サポートハンター制度についても突然だったよ。しかし今回の君の一件で我々も気づかされた。人や場所を守りたいのはハンターだけではないのだとね」

「本部長……」

「これを機にいろいろ変えていきたいと考えているんだ。その為の一歩を、君から始めていこう、カガリ君」

「……ありがとうございます。本当に……なんと言ってよいやら」

 カガリは感涙した。巨大な組織のトップがまさかここまで親身になってくれるとは思ってもみなかったからだ。そして人は心からの感謝を感じると、自然と頭が下がるのだなと思った。

「さぁ、話はまだ終わりではないぞ。イーニスの壁画については長くなるから最後に話そう。先にサポートハンター制度に関して話しておきたい。君にも関わるからな。おおまかな内容は固まってきた。噂程度に他の職員たちに流してみたら、君と同じような思いの職員がいたようだ。なかなか好感触だったよ。制度の試運転はやはり始まりとなった君に最初に体感してもらいたい。滞在している間に君には何度か会議に出てもらい、よりよい制度にする為の意見を挙げてもらいたい。発言に遠慮はいらない。君は言わば職員代表のようなものなんだ。他の職員が考えうることは徹底的に網羅してもらいたい。それと日程調整に関してはまた日を改めて――」

 次から次に要件を捌き切るアウラギの決断力と話術に、カガリはすっかり聞き惚れてしまっていた。

 そして肝心の恩賞授与に関する内容を何も聞き出せないまま、アウラギとの会話は終わってしまうのだった。

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