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ファミリアに捧ぐ 62

 翌日、中央でカガリとミアが滞在することとなる住居の申請が完了したとのことで、カガリは本部を出る前にミアと共にチサトを見舞うことにした。

「チサトお姉ちゃん、今日もまだ体痛い?」

 ミアが枕を背もたれにようやく体を起こしているチサトを心配そうに見ている。

「まだちょっとね。熱は結構下がったんだよ。普通に歩けるようになるのはもうちょっとかかるかな」

「そっか……早く元気になれるといいね」

 ミアはチサトの包帯だらけの手に優しく触れて、「痛いの飛んでいきますように」と撫でてくれた。チサトはそれが嬉しくて、包帯だらけの手で申し訳ないと思いつつ、「ありがとう」とミアの頭を撫でる。

「私とミアはキサラギさんに用意していただいた住居にしばらくお世話になることになりました。ミカゲさんにも滞在命令が出ているんでしたよね?」

「ええ。アタシはもう、先手を打っておいたんで安泰です」

「?」

 何の話だ、とカガリが首を捻る。そこに控えめなノック音と共にユノが訪れた。

「ああ、よかった。まだこちらにいらっしゃっていたようで」

 と、ユノはカガリを見て言った。

「? 私に何か?」

「本部を出られるまでに二点ほど、お伝えしておきたいことがありましたので、まずはこちらをお受け取りください」

 ユノは抱えていたファイル二種をカガリに差し渡した。一つは「功労金申請書」と緊急討伐任務に関する資料、もう一つは「サポートアニマル登録申請書」と「サポートアニマル制度について」と書かれた資料だった。

「功労金申請書はわかりますが、このサポートアニマルと言うのは?」

「順を追って説明しますね。まずはこちらの功労金申請書ですが、カガリさんは使徒討伐に貢献されたとして、こちらに記載されている金額が本部より支給されています。全額受け取りでも、分割での受け取りでもどちらでも選択可能となっていますので、お好きなほうをお選びください。何か不明点がありましたら、担当は経理部となりますので、そちらにお問い合わせください」

「あ、はい」

 カガリはなんとなく支給額の桁を数え、ふと遠くに目をやった。確認の為にもう一度桁を数え直す。見間違えたかと思い、今度は眼鏡を通さずに再度桁を数えた。

 ――間違ってないな。

 そこにはカガリが人生で見たこともない金額が印字されていた。

「あの……この支給額はあってますか?」

「はい、あってますよ。功労金にはいくつか等級があって、カガリさんは二等級に相当しますので、そちらの額が正当な支給額です。ちなみに一等級は使徒を討伐したチサトさんです」

「え……私でこの金額なのに、ミカゲさんだとどうなるんですか?」

「聞きます?」

 チサトは聞かないほうがいいと思いますけど、とでも言いたげにカガリに尋ね返した。カガリは息を呑み込み、「やめておきます……」と返した。

 ただでさえギルド職員の給料10年分に相当する支給額に自分自身が引いているのに、チサトの支給額を聞いたら卒倒しそうだ。

「等級と支給額については一緒にお渡しした資料にも記載がありますから、お時間があるときにでもご覧になってみてください」

「……そうですね」

 ユノには勧められたものの、カガリはとてもではないが見る気になれなかった。書類を持つ手が思いがけず震えている。

「では次に、サポートアニマル制度についてご説明させていただきます。まず、そもそもサポートアニマルとは何なのかという疑問があるかと思いますので、そちらから説明しますね。サポートアニマルとは、その名のとおりハンターの支援を目的とした、特殊な訓練を受けた生き物のことを指します。例えばチサトさんのアグニ、ご存じでしょうか?」

「ミア知ってるよ! 赤くてキレイな鳥さんだよね!」

「そのとおり」

 そう言えば、とカガリは思い出す。リュカオン戦においてチサトの上空では常に鳥が飛んでいた。あれがアグニか。

「アグニは非常に知能指数が高く、人語を単語程度であれば理解します。これを利用して訓練を受けさせ、辺境な地における外部との重要な連絡係を担ったり、討伐対象の魔物の捜索、及び追跡、他にも軽いものであれば荷物を運ばせることも可能です」

「アタシはついでに、使徒戦において最も重要な時間経過を知らせる訓練をさせてます。使徒との戦闘を開始すると、そこから10分間隔で鳴いて知らせるように訓練したんです」

 そうか、だから一定間隔で鳥の鳴き声が聞こえてきたのか。カガリは感心して、「それは凄い」と思わず口走った。

「名に違わずな働きぶりですね。しかし、何故それを私に?」

「正直に言いますと、このままアンバーを連れて外に出た場合、一般の方にほぼ間違いなくギルドに通報されると思います」

 苦い表情をするユノに、あっとカガリは気づいた。当たり前のようにそこにいるものだからすっかり忘れていた。アンバーは本来、敵と認識されるリュコスなのだ。魔物が普通に街中を歩いていたら通報されて当然だ。

「アンバー、悪いことしてないのにつかまっちゃうの……?」

 不安気なミアにユノは笑顔を浮かべ、「そうならないようにしてあげたいの」と続ける。

「ですので、ブリーダーの資格を持つチサトさんの訓練を受けたアンバーなら、おそらく本部が定めた項目の基準をクリアし、サポートアニマルとしての登録が可能になるのではないかと思ったんです」

「ブリーダー……」

 そう言えばジゴロクが似たようなことを言っていた。アンバーをここまで訓練させられたのはブリーダー経験があるからだとかなんとか。

 カガリから視線を向けられたチサトはどこか呆れた様子だ。

「アタシ、アグニしか訓練してないんですけどね。それでブリーダーって言われても」

 と、あまり納得がいっていないようだった。

「チサトさんは凄いんですよ。知能指数の高い生物って、やはり利口なので自分が従うべき人間を選ぶんですよね。他の職員がなかなかアグニを手懐けられないなか、チサトさんにはかなり早い段階で懐いて」

「そのあとが大変だったけどね。あの人なんでアタシにくれたんだか……」

 チサトはその時のことを思い出したのか遠い目をしている。

「アグニがちゃんとサポートアニマルとして活動できるようになったのは、チサトさんがアグニを預かるようになってから三年後です。それだけ訓練に費やしていればブリーダーとしての資格は十分かと」

「まぁ、おかげでアンバーの訓練には何も苦労はなかったけどさ」

 それでも納得はいかないとチサトは言う。Sランクハンターという立場としてもいろいろあるんだろうなとカガリは思ったが、果たしてこれで何か変わるのだろうかとも思った。

「サポートアニマルについては理解しました。ハンター支援が目的なら、本来はハンターが利用する制度ということですね」

「ええ、本来はですが」

「この制度を利用して、アンバーが基準を満たして登録を行なうと、何か劇的に変わることがあるんでしょうか?」

「言われるだけだとわかりづらいかも。ミアちゃん、そこの窓開けてもらってもいい?」

「うん」

 ミアはチサトに言われるがまま、近くの窓を開けた。指先を覆う包帯をずらし、チサトが指笛を吹く。するとどこからともなくアグニが舞い降りてきた。

「この子がアグニです。アグニ、挨拶してあげて」

 チサトがそう言うと、アグニはキィッと鳴き声を上げて首を垂れた。その後は気ままに羽の毛づくろいをしている。カガリはそこまでできるのかと驚きを隠せない。

「本当に賢いですね」

「正確には単語を聞き分けて、それに付随する動きをしてるって感じですかね。アグニというのが自身を呼ぶものであること、挨拶というのが鳴き声を上げる、頭を下げるの二つの動作をするものっていう認識です。ま、それは今は置いといて。その子が身につけてる装飾品、わかります?」

 アグニを改めて見ると、胸元には外部とのやりとり用だろう、手紙を入れる筒と共に金細工の小さい首飾りのようなものがつけられていた。吊り下がっている余りの鎖部分がよりアグニを特別な鳥のように見せている。

「それ、ギルドに所属するサポートアニマルの証なんですよ」

 ユノが代わってカガリに伝えた。

「証?」

「魔生物は見かけだけでは魔物とは区別がつきませんし、珍しい種族だとやはりその種を知らない一般の方もいらっしゃるので、区別をする為にも登録済みのサポートアニマルにはギルドから装飾品をお渡ししています。形は種族ごとに様々です。アグニの場合は飛行の妨げになってはいけないので、軽くて錆つきにくい首飾りで対応しています。馬のような種族であれば一目でわかる鞍、犬ならば首輪といった具合ですね。一般の方々はまずそれを見て安心できる存在か確認しています。特に中央はその確認の目が多いですね。それがあるのとないのとではかなり差が出るはずです」

「なるほど……店の前で待機させているときなども人の目はありますから、登録はしておいたほうがいいということですね」

「はい」

「……わかりました。すぐに申請手続きをします。その間アンバーはどうすれば?」

「私のほうで一時的に預からせていただきますね」

 ユノが頷くと、「ついでに」とチサトが先を続ける。

「研究部に一回アンバーの生態記録を提出しちゃいます。引き続きあなたの傍で暮らしていく許可も取ってこないと。そのほうがミアちゃんも安心できると思うんで。あとちゃんと訓練を忘れてないかも確認しておきます」

「それは助かりますが、大丈夫ですかそんな状態で」

「動かしてないとかえって体固まっちゃって。足に大きな怪我はないし、歩こうと思えば歩けるんですよ。ちょっとだけなら」

「本格的なリハビリはまだ先ですからね、チサトさん。少なくとも貧血が解消するまでは動き回らないでください」

 厳しい顔をするユノに「はぁい」とチサトは肩を竦める。

「キサラギさん、いろいろと取り計らっていただいてありがとうございます。とても助かりました。うちの支部にも若い職員がいるんですが、あなたを見習うように今度伝えておきます」

「いいえ、そんな、私もチサトさんにいろいろ教えていただいて今の自分がありますから」

 ユノは照れ臭そうに笑って首を振る。

「それでは、私はこれで。アンバーは責任を持って預からせていただきます。あ、サポートアニマル制度の担当は一階の渡り廊下を抜けた先の別棟にいますので、お間違えのないよう」

「――失礼します」

 ユノが最後を言い切る前に突如として扉が開かれた。カガリとチサトが同時に、げっという顔をした。訪ねてきたのはトドロキだった。

「カガリさんがこちらにいらっしゃると聞きまして」

「なんでしょうか」

 カガリはサッとミアの前に立った。接触させたくない気持ちがありありと見て取れる。

「本部長に許可を頂き、娘さんのギフトアビリティの研究に関して正式な書類をお持ちしましたのでお渡しさせていただきたく」

 トドロキから差し出されたファイルをカガリは内心嫌々ながら受け取った。確かに同意書には本部長の押印がある。ついでに心の中で舌打ちも追加しておいた。

「日程に関してはまた後ほどご連絡させてください。ネロさんのほうのプロジェクトで研究員の移動があり、まだこちらのメンバーが揃っていませんので」

「……なるべくゆっくり支度していただければ」

 カガリが感情をどこかに置いてきたような顔で言う。そんな顔のカガリをチサトは初めて見た。――親子揃って面白いな。

「この研究は間違いなくハンターの将来を担うものとなるはずです。迅速な対応を心がけさせていただきます」

「人の言葉聞いてました?」

「では私は人員確保がありますのでこれで。数日以内には一回目の検証を行なえるよう入念な準備も進めていきます」

「ゆっくりでいいですからっ」

 カガリが言うが、まるで聞こえていない様子でトドロキはさっさと立ち去ってしまった。

「人の話聞かない人だな……」

「今度一発ぶん殴りに行く予定なんで、あなたの分も殴っておきますよ」

「よろしくお願いします」

「ミ、ミアちゃんの前では穏便にお願いしますね」

 互いに意見が一致したチサトとカガリにユノは苦笑を隠し切れない。これらの話についてこれていないミアは終始小首を傾げるばかりだ。

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