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ファミリアに捧ぐ 61

 それから少ししてカガリとミアが戻ってきた。

「まとまりました。ミカゲさんがここを出られるようになったら三人で出かけましょう。な、ミア」

「……うん」

 ミアは今までチサトが見たこともないような膨れっ面をしていた。――よっぽど不満だったんだな。

「それまではしっかり療養してください」

「わかりました。まぁでも、さっきのもそんなに悪くなかったですけどね」

「え」

「どこ行きたいか考えておいてね、ミアちゃん」

「うん……」

 終始ミアは膨れっ面である。

 今の言葉の意味は、カガリが尋ねようとしたがそれは部屋のノック音で遮られた。

「カガリさん、そろそろ面会終了のお時間です」

 医療部の職員が扉を開けて顔を覗かせた。残念ながらカガリはチサトの言葉の意図を聞けないまま、この日の面会は終了となった。



 午後になり、昨日のカガリの検査結果が出た。経過は概ね良好。あとは自然治癒に任せてよいとのことだった。これでカガリはいつでもミクロスに帰ることが可能だ。

「はー、何事もなくてよかった。チサトの目も覚めたし、アタシもようやく安心して集落に戻れるよ」

 廊下を歩きながら、カガリと共に医師の話を聞いていたイオリはホッと胸を撫で下ろした。少しの間だけではあったが、あの処置室にいる時間はなんとも言い難いものがある。清潔ではあるのだが、どうにも静寂な空気が体に刺さる。

「悪いな、心配かけて」

「まったくだね。で、兄貴どうする? アタシはこのまま集落に戻るけど。帰る足は用意してくれるってユノって子が言ってたし」

「うーん、そうだな」

 帰らなければとは思う。だがどうしてもカガリは気が進まなかった。あんな状態のチサトを一人置いてミクロスに帰るのか。もちろん待っていたところでチサトがすぐに治療室を出られるわけではない。

 一度ミクロスに戻り、復興を手伝いながらチサトが復調するのを待ち、その時だけ中央に戻るという手はある。あるのだが――。

「ちょっと考えるよ」

「そう。アタシはユノって子のところ行ってくるよ。準備は早いうちがいいだろうしね。ミアにもどうするか聞かないと駄目だよ」

「ああ」

 行動の早いイオリにカガリはありがたいと思いつつ、イオリとは途中で別れ、医療施設の出入り口から廊下の奥にある休憩スペースに向かう。そこには椅子に腰掛けているミアとアンバーがいた。アンバーを一匹にさせておきたくないからと、ミアは時間が許す限りアンバーとここでこうして待っているのだ。

「ミア」

「あ、パパおかえりなさい」

「ああ。……ミア、ちょっといいか」

「? うん」

 カガリはミアの隣に屈み、自身の体調が安定したこと、もういつでもミクロスに帰れることを話した。そのうえで、ミアにすぐにミクロスに帰りたいかどうかを尋ねる。

「帰りたいけど……おうちボロボロだったよ?」

 ミアはシロマに迎えにきてもらった際にミクロスにも立ち寄ったのだそうだ。そこで見た光景は幼いミアにとっては衝撃だっただろう。

 集落の中であらゆるものを破壊し尽くしたリュカオンによって、サノは二階、三階共に崩落、一階も瓦礫の下敷きになり埋もれてしまった。とてもではないが人が住めるような状態ではない。

「そうなんだよなぁ。聞いた話じゃ、一時的な簡易宿泊施設を作ってくれてはいるらしいんだけど」

 そういうところは大抵個々の空間はあってないようなものだ。ギルドのほうは大きな被害がない為、ギルドの仮眠室を使うという手もあるが、それはそれで偏見を生みそうである。

「チサトお姉ちゃんは? チサトお姉ちゃんいっしょじゃないの?」

 ミアは当然チサトがミクロスに戻るものだと思っている。そうだった、ミアはチサトが教官になる為に中央に向かうところだったのを知らないのだ。

「ミカゲさんは……ほら、まだ怪我のこともあるしな」

 いきなりミアに、チサトはミクロスには戻らないのだと伝える勇気はカガリにはなく、それらしい理由をあてがってしまった。

「ミア、帰るならチサトお姉ちゃんといっしょがいい」

 その様子はどう見ても先ほどチサトにお願いした件を引きずっているようだった。なんとか説き伏せはしたが、本人のあの申し出は決して一時の気の迷いではないようだ。

「とは言ってもなぁ」

 すぐにチサトはここを出られるわけではないし、本部にずっと世話になるわけにも。カガリがどうしたものかと悩んでいると、廊下の奥からイオリとユノがやってきた。

「そっかぁ、そりゃあ実際に会えたときはさぞ嬉しかっただろうに」

「ええ、私感極まって泣いてしまって……」

 恥ずかしそうにするユノはイオリと随分と親しげに話し込んでいた。さすがサノで長年ハンターを相手にしてきただけある、イオリはあっという間にユノとも仲良くなったようだ。

「ああ、兄貴。ユノがいつでも準備してくれるってさ。兄貴とミアはどうする? ミクロスに帰る?」

「いや、それが」

「ミア、チサトお姉ちゃん待ってる!」

 え、とユノが不思議そうな顔をした。まずい、ユノはチサトに教官を勧めた張本人だ。カガリは頭をフル回転させた。どうにかしてやり過ごさなければ。

「あ、あのっ! 娘はミカゲさんのことが心配みたいで! 元気になるの待ってるんだよな?」

「うん!」

 ――よし、嘘は言っていないぞ。

 ユノはそれに納得がいったようで、「心配ですよね、やっぱり」と頷く。本来の言葉の意味には気づいていない。

「あれ、でも確か、カガリさんにはそもそも中央への滞在命令が出ていたはず」

「え、そうなんですか?」

「ちょっと待ってくださいね」

 と、ユノは脇に抱えていた端末を操作し始めた。数分と待たず、「やっぱり」とユノは端末の画面をカガリに向けた。

「チサトさん、ノエさん、カガリさんの三名には、中央への滞在命令が出ていますね」

 カガリは端末を覗き込み、そこに自分の名前が表示されているのを確かに確認した。

「本当だ……」

「カガリさん、もしかして今朝のメッセージボックスの確認、忘れてました?」

「そう言えば……完璧に忘れてました」

 しまった、今朝はチサトの見舞いに行けると知って、すっかりそちらにばかり気を取られていた。イチカには何度も本部からのメッセージを確認しろと言っておきながら、いざというときに限って自分が忘れるなんて。

「これだけのことが一度に起こったんですから無理もないですよね」

「なんだ、じゃあ兄貴はどっち道ミクロスには戻れないか」

「悪い」

「いいよ、本部の命令なら仕方ないさ。となると、ミアは兄貴についていくもんね?」

「うん! ミア、ここでパパといっしょにチサトお姉ちゃん待ってる!」

 ミアは元気よく頷いた。一旦の危機は脱し、一安心しつつカガリは改めてユノに尋ねた。

「キサラギさん、私はもう自然治癒に任せて問題ないと言われているので、ここを出ようと思うんですが、中央の滞在にはどこか指定の場所があるんでしょうか?」

「それでしたら、ギルドが宿泊施設として開放している住居にいくつか空きがありますから、私が手配しておきますよ。カガリさんは滞在命令が出ているので、すぐに鍵がお渡しできると思います」

「助かります。そのついでで申し訳ないんですが、映像通話をお借りしたくて」

「それなら一階に一般に開放されているものがありますからご自由にお使いください。空きはたくさんあると思いますので」

「さすが、最先端をいく街だ」

「遠方との差が開くばかりなので、あまり中央に技術を集めるのはよくないんですけどね。では、私は先にイオリさんのほうの手続きをしてきます。完了次第、宿泊施設の使用手続きをさせていただきますね」

「ありがとうございます。何から何まで」

「いいえ、これが私の仕事ですから」

 と、ユノが去っていく。するとすぐにイオリが首を傾げる。

「わざわざ本部が兄貴を名指しするなんて、お叱りとか?」

「なんのだよ」

「魔武器の使用手続き、正式なもん踏んでないんでしょ? 普通に怒られておかしくないと思うけど?」

「っ、いや、あれはちゃんと、ジゴロクさん介してるからさ……いや、でもあれはあれで問題か……責任問題とかになるのか? いやいや、そもそも俺以外にミカゲさんとかにも滞在命令は出てるしそれはないだろ」

「滞在理由が同じとは限らないでしょ」

「まぁ、そりゃあ……というか怖いこと言うなよ。とにかく、俺はちょっと一階に行ってくるから。ミア、それが終わったらお昼ご飯にしような」

「うん」

 まったく、とカガリは内心恐怖を覚えながらも一階へと続く階段を下りていく。しかし言われると気にはなってしまうもので。「本当に大丈夫だよな……?」と、何故自分に滞在命令が出ているのかその理由に思い当たることがなく、しばらく頭を悩ませることになる。



『そうか、滞在命令がな』

「はい。ミクロスに戻るのにはもう少しかかるかと」

 映像通話を使用して、カガリはシロマに連絡を取った。体調の報告と滞在命令の件、そして現状のミクロスに関してどうなっているかを尋ねる為だ。

『本部の命令なら仕方ない。それに今戻ってきても、お前の療養と、ミアちゃんが暮らしていくことの二つはまだ難しいだろう。こちらではようやく今いる人数分の簡易宿泊施設の組み立てが終わったところだ』

「そうですか。やはり難しいですか」

『ああ。今はハンターたちの拠点になるサノの復興を最優先にしようという話が持ち上がっているところだ。こちらも完成には日数を要するし、ラスさんとも話して修繕よりも建て直したほうが早いだろうということで、一回更地にしてから、イオリさんも交えて設計からやり直すところだ。そっちでしばらく身を置けるならそのほうがいい』

「建て直しか……わかりました。であれば、しばらくの間はこちらで過ごさせてもらおうと思います。イオリは今日中には中央を立つので、数日後にはそちらに帰宅する旨をラスさんにお伝えください」

『わかった。サノの建て直しが終わったらこちらから連絡する。それまで息災でな』

「ありがとうございます」

 通話を終えたカガリは、ふっと息をついた。建て直しか、ぼんやりとその現実を受け入れる。ミクロスに暮らすこととなって40年近く、あらゆる時間をカガリはサノで過ごしてきた。

 幼き子供時代、引き取ってくれた養祖母が亡くなり、慌ただしい日々をイオリと共に助け合い、イオリが連れてきた後の夫となるラスとの食事会はラスが無口で全く会話がなく、自分が後の妻となる女性を連れてきた日には「大丈夫!? こんな冴えない兄貴で!?」とイオリに言われ、ミアが生まれた日にはサノで集落中の人をかき集めぎゅうぎゅう詰めで祝いもした。

 妻を亡くし、子育てに追われた日々、魔武器を手にしたときの想いも、代償で味覚を失い始めたときも、その一日の終わりをカガリはサノで過ごしてきた。

 そしてチサトと出会い、食事をし、酒を酌み交わした日々も、それらは半日とかからず瓦礫の中に埋もれてしまった。カガリの記憶の中にしか存在しないものとなってしまった。

「また一からやり直しだなぁ」

 カガリは大きく背筋を伸ばすと、重く腰を上げるのだった。



 その頃、チサトは起きては眠り、眠っては起きるを繰り返す時間を過ごしていた。痛み止めは服用しているものの、骨身に染みるような疲労からの倦怠感がなくなるわけではなく、熱の上がり下がりも繰り返している為、睡眠が浅いというのが理由の一つに挙げられた。

 数十分感覚の微睡から何度目かの覚醒を果たしたチサトは、水、と思って傍の棚に置かれていた水差しとグラスを見た。参ったな、体が重すぎて動かせない。

 どうにかして枕を背もたれに体を起こせないか、奮闘するも力の抜けた体は思うように動かない。体をもぞもぞと動かしていると、部屋の扉が開く音がした。

「ハッ、酷い姿だな」

「……アサギ教官?」

「元な、元」

 部屋にズカズカと乗り込んできた女性、チサトの元教官であるアサギは白く染まり結い上げた髪を揺らしながら、ちらと水差しを見てそれに近づいた。

「面会できるっていうから来てみた。随分派手にやり合ったそうじゃないか」

 アサギは水をグラスに注ぎ、「起きれるか」とチサトの背中を支え水を飲ませてくれた。

「っ……ありがとうございます」

 ようやく落ち着けたチサトは再びベッドに沈み込んだ。

「派手にやり合って、派手に死に損いました」

「そうだな。お前がこんな大怪我したのいつ以来だ?」

「あの筋肉ジジイにキマイラ二頭がいる縄張りに放り込まれた以来ですね。ヒュドラのときもきつかったですけど、毒がつらかっただけでしたし」

「そうか。サジのが最後か」

「あれは今でも恨みます。背中にデカい傷残ったし」

「あの時のお前には確かにあの数は早かったな。そのサジのやつも、ついに逝っちまいやがった。いよいよ私だけだ」

「……あの人がヤツに与えた傷をなかったことにしてしまいました。命を賭して手負いにしてくれたのに」

「誰も死んだあとに使徒化するだなんて思うわけがない。実際、戦闘中に使徒化したのはリュカオンってやつが初めての例だ。いい教訓になったじゃないか。これからは発見次第即討伐か、使徒化したあとに叩くのが鉄則になる」

「そうですけど」

 不満気な顔をするチサトに肩を竦めると、アサギは窓の外から見えるメシィの街並みを眺めた。

「献花式をするそうだ。そのついでに授与式もな」

「え」

 チサトは眉根を顰めた。後者の授与式という言葉を聞いてだ。

「まだ公にはなってないがな。お前とノエと、確かカガリって男には中央の滞在命令が出てるはずだ。サジはまぁ、死んじまった以上は口出しなんてできないからあの世でさぞ頭を抱えるこったろうさ。久しぶりの見ものだな」

 ニヤリと不敵に笑うアサギにチサトは元々悪かった顔色を更に青くさせた。即座にベッド脇に設置されていた小型の映像通話機を引っ張り出す。

「誰か! 誰でもいいからユノちゃん大至急呼び出して! 今すぐ! すぐ!」

 あっはっは、と高笑いを上げたアサギは「また来るよ」と部屋を出ていった。

 その後すぐさま駆けつけてきたユノに「今すぐ本部長に時間作れって言って!」とチサトは体の倦怠感も忘れて掴みかかったという。

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