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ファミリアに捧ぐ 6

 前日祭のこの日、いつもよりも厳しい顔つきでアサギが教室にやってきた。腕には資料の他、何故かタオルと、両手で抱えるほどの箱を持っている。

「明日に授与式を控えていることもあり、今日はお前たちに使徒と魔武器について説明することにした」

 アサギは抱えていたものを教卓に置き、資料を手に取ることなく視線をどこともつかない場所に向けながら口を開いた。

「以前原初の魔物について言及したと思うが、現在の歴史において、原初の魔物は既に根絶されたと言われている。原初の魔物は悪神が自らの力を分け与えた非常に凶悪で獰猛な魔物だったという。数は少なかったが、その力は集落一つを瞬く間に壊滅させるほどだったそうだ。それに対抗しうる唯一の武器が魔武器だったと言われている」

 教卓を叩くアサギの指先が、持ち込んできた箱の上に置かれた。

 その場にいた誰もが察しただろう。その中にはおそらく、魔武器が入っている。

「魔武器は強力な魔物の素材で作られる。やつらの肉体には魔力が宿っていて、強い魔物であればあるほど、強い魔力が宿るとされている。それを基に作られる魔力を宿した武器――魔武器は、まるで意思があるかのように使用者を選ぶ。相性が悪いと力に呑み込まれ、極度の疲労感や倦怠感、場合によっては錯乱、気狂いを引き起こす」

 アサギは箱の留め具を開けると蓋を開けた。それはまだ訓練生たちの目には見えない。教卓に置かれたアサギの指先が一定の間隔で卓上を叩き始めた。

「魔武器は現在、使徒と呼ばれる魔物を倒すことで手に入る魔力結晶と素材で作られている。使徒は原初の魔物が魔武器使いに殲滅されたあと、新たに出てきた下位種のことを指す。今ここにあるものは、かつて私が倒した使徒によって作られた魔刀『イービルキラー』だ」

 箱が回転され、それは訓練生たちの目に晒された。後ろの席に座っている訓練生がよく見ようと数人立ち上がった。

 箱の中には黒い鞘に納められた短刀が入っていた。ただ見る分には普通の短刀に見える。

「魔武器は武器ごとに非常に強力な特性を持っている反面、その特性は代償なしには使えない。例えば、魔剣ならば使用者の体力を消耗しつつ、どんな硬いものも斬り捨てる絶対断刀。魔弓ならば使用者の血を弦に流すことで矢に強力な威力を与える絶対破砕などがある。この魔刀には絶対透水という、まるで水を斬るかの如く魔物の骨を裂く特性がある。代償は失血だ」

 誰かの息を呑み込む音が聞こえてきた。

 その手の知識に疎いチサトでも、アサギの様子を見れば目の前にあるものが異常な武器であることがわかる。

「魔武器はAランク以上のハンターが使用申請を出せるものだが、申請を出した者の中で実際に魔武器を使える者は少ない。私も現役時代に申請し、実際に手に取ったが、どの魔武器とも相性がよくなかった。相性が良くないとどうなるか、今お前たちに見せてみよう」

 アサギは箱から短刀を掴み取り、柄を強く握り締めた。

 教室内が静まり返る。最初の数秒間は何も起きなかった。だが、目を凝らして気づく。アサギの短刀を持つ手が徐々に震え始めている。

 顔面からはみるみる血の気が引き、唇が真っ青になり、額には脂汗が滲み出ている。

 ノエが思わず立ち上がり、「教官もういいです!」と叫んだ。

 それでもアサギは手を離さなかった。次第に息遣いが荒くなり、見る間に腕の震えが全身に回り始めた。見かねた他の訓練生たちが「教官!」「アサギ教官!」と声を上げ始めた。

 チサトはもしかして、と席を立った。急いでアサギに駆け寄り、アサギの短刀を掴む手を開かせようとした。

 ――硬い。

 強く握りすぎて開かなくなっている。チサトが開かせようとするのを察し、近くの訓練生も協力してアサギの手を無理矢理短刀から引き離した。

 短刀が床に転がると共にアサギが胸を押さえて膝をついた。額から汗が滝のように流れている。チサトはタオルを掴み、アサギの汗を拭った。

 アサギはしばらく息を乱していたが、次第に落ち着いてくるとチサトからタオルを受け取り立ち上がった。

「すまない、面倒かけたな。もう大丈夫だ。席に戻っていい」

 すっかりアサギの顔色もよくなり、ホッとしてチサトたちは席に戻っていく。

「今私が見せたのはあくまで一例だ。他の人間が手にしたときにはまた別の拒絶反応が起きることもある。魔武器を使う選択をし、選ばれるかは時の運だ」

 その表情に疲労を見せながら、アサギはタオル越しに短刀を掴み、箱の中に戻した。

「魔武器の話はもういいだろう。使徒の話に戻る。使徒は現在Sランクハンターのみが討伐することを許されている。それまでの経験と知識、アビリティの研鑽、それらの全てをぶつけることで初めて討伐が可能となる強力な存在だ」

「教官、質問をいいでしょうか」

 ウェルサがそう言って手を挙げた。

「ちょっと」

 と、ノエがウェルサに声をかけたが、アサギはそれを制止した。

「なんだ」

「アサギ教官は、使徒との交戦で魔障の影響を受け、その後遺症で引退されたと聞きました。他のSランクハンターの中には後遺症が出ながらも現役であり続けるハンターがいます。アサギ教官は何故現役を退かれたんですか?」

 ウェルサの質問に「今それ聞くか?」「空気読みなさいよ」とひそひそ話し込む訓練生の声が教室内で聞こえ始める。

 チサトの背後でもノエの大きなため息が聞こえてきた。

 チサトはアサギを見た。アサギは特にウェルサの質問には大きな表情の変化は見せなかった。むしろ取るに足らない質問だとでも言いたげだ。

「質問はそれだけか?」

「はい」

「お前の質問に答えるには、まず魔障の説明をしなくてはいけないな。魔障とは、使徒が体から放出している、人間の目には見えない強力な魔力毒素の壁のこと言う。体内に魔力が納まりきらないと、魔障として放出されるわけだな。この魔障だが、人間にとっては非常に有害なもので、人間が魔力を持たない為にその魔障の毒に拒絶反応を示すのだという研究結果が出されている」

 元の顔色が戻ってきたアサギはまたいつものように教室内を歩き始めた。

「この魔障の毒に汚染されると、一時的な筋力低下や感覚麻痺、精神汚染などの症状が現れる。これが慢性化すると、後遺症となってその症状が残るわけだ。私の場合は感覚麻痺が後遺症として残った。私の左腕は、もう一定の重さ以上のものが持てないんだ。大槌を武器としていた私にとって、その後遺症は致命的だった。これで答えになったか?」

「……なるほど。ありがとうございます」

 ウェルサは静かに頭を下げた。周りの訓練生はウェルサをよくないものを見るような目で見ていたが、チサトにはウェルサがただの興味本位で聞いただけのようには見えなかった。

「丁度いい。他にも質問したいやつはいるか? どうせ今日は座学だけだ。遠慮はしなくていい、どんな質問でも受け付ける」

 アサギの言葉に訓練生たちは顔を見合わせ、「今まで一番強かった使徒を教えてください!」「地図にない場所も行きましたか?」「Sランクになるまで大変でしたか?」と次々に声を上げ始めた。

 背後でノエも「Sランクになる秘訣を教えてください!」と身を乗り出していた。その勢いは前に座るチサトにも伝わって肩を震わせる。

 この時の質問で、ウェルサがもう一度手を挙げることはなかった。



 昼の鐘が鳴り、座学そっちのけで質問大会になっていた教室もようやく静かになった。……いや、むしろ静寂にすらなっていた。

 というのも、アサギが三月後の卒業試験について言及を始めたからである。

「訓練所を出てハンターとして活動するには、三月後にギルド本部で行われる卒業試験に合格する必要がある。筆記と実技、両試験とも1000点中700点の合格ラインを超えられなければハンターとして活動することは許されない。合格ラインに到達できなかった者は後日追試を行う。それにも合格できなければ座学を一年通して学ぶことになる。心してかかるように」

 まるで冷や水でも浴びせられたかのように訓練生たちは押し黙った。試験という言葉を聞いていい気分にはならないだろう。アサギがいなくなった教室で、真っ先に立ち上がったウェルサを除いては。

 他の訓練生もちらほら席を立ち始めたが、チサトは完全に項垂れてしまっていた。わかってはいたことだが、いざ現実を突きつけられると言葉も出ない。

「ねぇ。ねぇちょっと」

 ノエが背後からチサトの肩を叩いた。

「現実迫って気分沈むのもわかるけどさ、今日は前日祭だよ」

「……それが?」

「それがじゃなくて。美味しいもの食べて店回って気晴らしでもしよう」

「こんなときに?」

「こんなときだからこそだよ。ほら、行こう」

 ノエに腕を引かれ、チサトは渋々席を立った。



 訓練所を一歩出れば、そこには賑やかな世界が広がっていた。

 そこかしこから聞こえる音楽の音、漂ってくるいい香り、はしゃぐ子供たちの声、出店がずらりと並ぶ街並み。

 それらはチサトが今までに見たこともない世界だった。

「うわ……人がたくさんいる」

「そこ気になるんだ。まぁ、ここ以外にこんなに人がいる場所なんて他にないか」

 ノエは辺りを見渡すと、チサトの腕を掴んで「あっち行こう」と歩き出した。

 多くの店の間を抜けてノエが一番に向かったのは一軒の武器屋だった。そこには様々な形と大きさをしたダガーやナイフなどの短剣がずらりと並んでいる。

「あったあった。一本欲しかったんだ」

「ノエだったら持ってるんじゃないの?」

「持ってるけどさ、今のやつ父さんのおさがりなんだよね。解体用に自分のやつ一本欲しくてさ。アンタは?」

「アタシはまだいいよ。すぐにハンターになれるかも決まってないし」

「ってことは持ってないんだ。よし、買おう」

「ええっ」

「こういうのは勢いが大事なんだよ。買ったら使おうって気になるじゃん。最初の一本はいいやつにしときな。長く使えるから」

 ノエはチサトが何かを言う前に「触らせてもらってもいいですか?」と店の主人に声をかけてしまった。

「……アンタには負けるなぁ、もう」

 なんだかんだ言いながらもチサトはノエのこの勢いが嫌いじゃなかった。

 結局チサトも短剣を買うこととなり、その後もいくつか店を回っていると、二人はサジとアサギが一緒に歩いているところを目撃した。

 ノエがチサトにこっそりと耳打ちする。

「あの二人、昔恋人だったんじゃないかって噂があるんだ」

「そうなんだ」

「別れても交流があるっていいよね。アタシも将来ああなりたいな」

「別れる前提ってこと?」

「別れたとしても良好関係でありたいってこと」

 サジとアサギは一軒の酒場に入っていった。

「突撃してみる?」

 にやりとノエが不敵な笑みを零した。

「やだよ。今教官の顔見るだけで試験のこと過ぎりそう」

「ははっ、そりゃ駄目だ。よーし、次は美味しいもの食べまくろう」

 二人はその日、晩くまで前日祭に賑わう街を巡り続けた。

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