ファミリアに捧ぐ 59
街中はどこも人で溢れ返っている。この大陸の中で最も人が集まる場所とされているのがこの中央の街「メシィ」だ。
街は高く厚い塀により守られ、街の中央にはギルド本部の天まで伸びる塔があり、そこを中心に多くの店と家々が立ち並ぶ。どこもかしこも煌びやかな世界だ。
ミアは初めて見る光景に目をキラキラと輝かせている。カガリにとっても久しぶりの街並みだ。もう随分とその光景は変わってしまっているけれど。
「少し見て回るか」
「いいの?」
「ああ」
「じゃあね、ミアね、あのお店行ってみたい!」
ミアが指差したのはお菓子を売っている店だ。子連れの母親で賑わっている。……というか母親しかいないな。カガリは軽く気合を入れ直すと、「よし、行こう」とミアを連れ店に向かった。
そこでしばしミアと楽しんだが、カガリは店を出てからやはり女性が好む場所だったなと少々気疲れを起こした顔をした。長身で体躯のいいカガリの存在はそこそこ稀有な目で見られた。
「パパ、だいじょうぶ?」
そんなカガリを察してミアが顔を見上げてくる。
「ああ……大丈夫だ。次はどこに行きたい?」
「うーんとね、あそこ!」
と、ミアは湯気の立つ大鍋をかき混ぜている店主がいる露店を指した。
「すっごく甘いにおいがするの!」
「そうか、何を売ってるんだろうな」
こうして一つ一つ店を巡り、目的の雑貨屋に向かうまでの道中、カガリはハンターたちが警戒することなくゆったりと食事や談笑をしている姿をあちこちで見かけた。それだけこの中央は安全性の高い場所なのだ。
(こういう場所のほうがミアにとってもいいのかもしれないな)
いつ魔物に襲われるともわからない集落で過ごす日々より、ここに移り住んだほうが余程安全だろう。娯楽もあり、店も無数に並び、同じ年頃の子供たちもたくさんいる。街の外に出なくても、ここだけで全てが賄える。
「……ミア?」
「なに?」
カガリはミアの前にしゃがみ込み、「ここに住みたいって思うか?」と尋ねた。ミアはその意図がよくわからないようだったが、「うーん」と首を捻る。
「見たことないものいっぱいあるし、楽しいこともたっくさんあるし、ずっといたいなぁって思うよ」
「……そうか」
「でもね、ここにはイオリお姉ちゃんもいないし、ハルト君もいないし、ほかのみんなもいないから、きっとすぐにさびしくなっちゃうと思うの。だからね、ミアね、もっとおっきくなって、ひとりでも来れるようになったら自分で来たい!」
ミアは弾けんばかりの笑顔でそう答えた。なんだか娘の成長を感じてしまって、カガリはとても感慨深い気持ちになった。
「そう……そうか。わかった。じゃあ、それまでお小遣い貯めないとな」
「うん! イオリお姉ちゃんのお手伝いがんばるね!」
「そ、……うん。そうだな……」
そう言わせてしまう生活をさせている現実を突然突きつけられて、カガリは心に深い傷を負った。そうこうしているうちに目的だった魔物の素材といった道具を売る雑貨屋を見つけ、二人は立ち寄った。
ミアはしばらく店内を物珍しそうに眺めていたが、そこから何かを掴むとカガリのもとに駆け込んできた。
「パパ、ミアこれにする」
と、言って持ってきたのは綺麗に加工され、紐を通す金具が取り付けられたリュコスの牙だ。紐は別売りで、自分で新しいものを作ってもいい。
「あとね、この色が違うやつ三つ!」
ミアはそう言って、赤、橙、黄の細い紐を差し出してきた。
「ほのおを表す色なんだよね?」
「ああ、よく覚えてたな」
この三色は遥か昔から、炎を表現する色だと言われている。カガリがそれをミアに教えたのは今よりもずっと小さい頃だが、ミアはそれを覚えていたようだ。
カガリはそれらを買って、本部に戻ることにした。
待機所でミアが買ってきた紐を一つに編んでいる。カガリが教えた覚えはないので、イオリにでも教わったのだろう。イオリはミアのポーチもそうだが、意外にも編み物が得意なのだ。
カガリはミアの様子を見つめながら、近くの治療室とある扉に目を向けた。「関係者以外の立ち入りを禁ず」という紙が貼られている。この扉の向こうでチサトはいまだ眠り続けている。
ミアを待つ間、特にすることもない為、この隙にユノから渡されていた端末をいじってみることにした。
「画面綺麗だな……」
支部で使っていたものとは大違いだ。中の表示もデザインが一新されており、ボタンの配置も違う。
どこがどうなってんだと格闘していると、何か画面内の表示を押してしまったらしい。長い読み込みのあとに膨大なフォルダが画面に延々と表示されていく。慌てて元の画面に戻ろうとするが、「過去情報紙発行分」の文字を見つけてカガリは動きが止まる。――アーカイブか。
カガリはそのフォルダを開き、更に年ごとにまとめられているフォルダの一つを選び中を表示させた。いくつかのファイルを流し見していったあと、操作していた指が止まる。
一つのファイルに辿り着いたカガリはそれを開いた。表示されたそれは「メシィ通信」のものだった。見出しには「大規模討伐作戦、失敗に終わる」とある。
「……」
それはカガリにとってはとても見慣れた記事だった。何度もその文字列を目に滑らせた。何か新しい情報は、見逃している情報はないかと、毎日必死に眺めていた。――今やそれは妻を思い出すときにだけしかしない行為になってしまったが。
だが、カガリには一つ、先日のハルトの話を聞いてもしやと思ったことがある。ハルトの言っていたことが正しいのならば、五年前の大規模討伐作戦でリュコスを統率し、多数の死傷者を出した体躯のあまりにも違うリュコスは、チサトが死に物狂いで討伐したリュカオンということになる。
……フェンリルの眷属は、自分より強い魔物が縄張りに侵入すると本来の生息域を離れる傾向にある。
大規模討伐作戦が行なわれたのは無限荒野だ。もしあのリュカオンがその討伐作戦時に既に使徒喰らいに変化していたら、或いはそれに近しい存在であったならば。
生息域を追われたスコルやハティが南下し、そのせいで更に棲み家を追われたリュコスが、本来出現しないはずの街道に出現したと考えることもできるのではないか。
最愛の妻が死んだのも、全てはあのリュカオンが原因だったのだとしたら? 何故、何故だったんだと、あの時の自分はどうにかして自分の過ちから目を逸らしたい一心でその理由を探していた。それがまさか、五年も経った今になって答えが出てくるなんて。
(そして、その元凶たる使徒は、ミカゲさんが命をかけて討伐した)
カガリは端末を置き、眼鏡を外して手で顔を覆った。これも何かの運命か。深く息をつくと、「おじさん」と自身を呼ぶ声にカガリは眼鏡をかけ直した。
「? ハルト君」
そこにハルトが訪ねてきた。あれから時間が経ち、少し落ち着いたようだ。ミアは紐を編むことに集中しているようで、ハルトが来たことには気づいていない。
「歩いて平気ですか?」
「ずっとベッドにいたからかえって体がだるいよ。……聞いた、まだ覚めてないんだって?」
と、ハルトは閉じられている扉を振り返る。
「ええ。絶対安静だと聞いています。今は容態が安定していますが、悪化する可能性もあると」
「……オレが勝手に突っ走ったから」
「君はまだ子供です。自分の感情を抑え込めと言われてそう簡単にはできないでしょう」
「でも、あんなデカい傷、絶対一生残るだろっ」
「……」
「クソッ、自分が嫌になる」
「ならば君はどうしますか。ハンターになるのを諦めますか?」
「それは……嫌だ」
「だったら、今回の反省を未来の自分に活かしてください。チサトさんが君を助け、生かした理由、わからないはずはないですよね?」
「……」
「さ、いくら歩けると言ってもまだ本調子じゃないでしょう。部屋に戻ってください。集落に戻れば復興で忙しいですよ」
カガリに諭され、ハルトは頷いて戻ろうとしたが、ふと思ってその足を止めた。
「あの人、本当はランサーになりたかったんだって」
「え?」
「でも相性が悪くてなれなかったんだって言ってた。エンハンス強化も筋力強化が欲しかったって。オレのこと羨ましいって言ってた。でもさ、あの人槍使ってたじゃん。相性が悪いって言ってたけど、使えないとは言ってなかったなって思ってさ。……オレ、強くなる。絶対。Sランクハンターが羨ましがる能力持ってんのにさ、もったいないじゃん」
ハルトは言うだけ言って去ってしまった。
「……ミカゲさんが、槍を」
なんだ、それじゃあ本当にあの人は――。
「できた!」
響き渡ったミアの声にカガリはビクッと肩を震わせた。一体どれだけ集中していたのか、ミアはあっという間に紐を編み込んでリュコスの牙のお守りを作り上げていた。
「ああ、いたいた。兄貴、定期検査」
と、待機所に顔を覗かせたイオリが言った。
「あっと、もうそんな時間か。ミア、パパちょっと行ってくるから。自由にしてていいけど、あんまり歩き回るんじゃないぞ」
「うん。わかった」
カガリとイオリが「なんでついてくるんだよ」「まだなんか隠してたら困るからね」と二人して立ち去る姿を見送ると、ミアはできたお守りをポーチに入れて椅子から飛び降りた。その足で「医療施設出入り口」とある扉まで向かうと、扉の向こうでアンバーが待機していた。
「アンバー、行こ。ユノさんって人さがさなきゃ」
鎖を掴みながら廊下を歩き出したミアのあとをアンバーが続いた。




