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ファミリアに捧ぐ 56

 追ってくるリュカオンの足止めをするカガリはとにかく銃を撃ち続けた。もう銃を握り締めているという感覚も朧げになりつつある。まだ聴覚が生きているのが幸いだ。

 リュカオンは体から血を噴き出しながらカガリを追い続けている。

「まずい! こっちに来るぞ!」

「外だ! 集落の外に行け!」

 ハッとしてカガリは地上を見た。逃げ遅れたハンターが数名集落の外へと駆け出していく。それに気を取られたことで弾倉の入れ替えを怠り、銃が弾切れを起こした。

 しまった、そう思ったときにはリュカオンが大口を開けて飛びかかってきた。その時、チサトが横からリュカオンを殴りつけ、その勢いでリュカオンが倒れ込んだ。

 チサトは共々倒れ込んだが、すぐに起き上がると死に物狂いでリュカオンに拳を叩き込む。カガリもまたこの機会を逃さず弾倉を補充し直し、ありったけの弾を撃ち込んでいく。

 リュカオンが幾度目かの奇声を上げ、動きが鈍り出した。チサトが追い打ちをかけようと拳を掲げたとき、突然スコルが乱入しチサトのガントレットに噛みついてきた。

「こいつ……!」

 いくら振り払おうとしてもビクともしない。スコルの目に生気はない。カガリがあっと身を乗り出す。懸念していたことが起きた、魔力結晶が破壊できていなかった個体が動き出したのだ。

 カガリはすぐにスコルを撃った。おかげでチサトはスコルを振り払うことができたが、ガントレットにはヒビが入り空気が漏れ出ている。スコルの牙が通ってしまったのはガントレットの使用上限をとっくに上回っていたからだろう。

 ――これはもう使えない。

「ミカゲさん!」

「!」

 もたついているうちにリュカオンが態勢を整えた。捨て身の如く突進し、チサトはそれを正面から受け、崩れた住居に突き飛ばされた。リュカオンもまた消耗しつつあるのか、勢いのまま地面に倒れ込んだ。

 魔力結晶の力で一度倒したはずの魔物が起き上がり始め、まるでリュカオンを守るかのように周囲に集まり始める。カガリはそれらをひたすらに撃ち殺していく。

「くっ……! ミカゲさん!」

「オレが行く!」

 リュカオンから目が離せないカガリに代わり、追いついてきたハルトがチサトのもとに駆け込んだ。瓦礫を押し退け、ハルトは中から小刻みに呼吸を繰り返し、うつ伏せに倒れ込むチサトを見つけ起こした。

 傍らには見慣れた写真立てが落ちていた。ハルトと姉のハルヒが映り込んだ写真だ。自らの家が影も形もなくなっていることに、さすがにハルトも内心の動揺が隠せない。

 空からはアグニの鳴き声がする。四回目。もうあとがない。急がないと。

 チサトは朦朧とする意識のなか、ガントレットを脱ぎ捨て、使えそうな武器がないか辺りを見渡した。槍と――半壊したネロのラボが見える。見慣れたケースが地面に転がり落ちていた。

 今の自分じゃあれの本領は出せない。かと言って、素手で槍を握る腕力ももうない。

「……あれを」

「何?」

「あれ、あの箱……あれ持ってきて」

 ハルトはチサトが指したケースを見つけると、それを急ぎ抱え戻ってきた。チサトは崩落している壁の一部に寄りかかりながらケースを開け、中からガントレットを取り出した。それはネロが作った試作品二号だった。使うのは危険が伴うが、手段を選んでいる場合ではない。

 同様に入っていたカートリッジをガントレットに押し込み、それを装着する。

 ……これでまた戦える。

「もういいって! それ以上戦ったら死んじゃうだろ!」

「うるさいっ」

 壁を支えに立ち上がろうとするチサトだったが、あまりの痛みと失血でうまく立てない。咳き込むと血が滴る。口の中が鉄の味で酷い不快感に襲われる。

「死ぬつもりかよ!」

「――そう」

 チサトは再び咳き込んだ。防具も最早元の色がわからないほどに赤黒く染まり上がっている。

「死ぬの。アタシはその為にここにいる」

「っ、ふ、ざけんな……姉ちゃんは、姉ちゃんは絶対生きたかった……死にたいやつなんているか!」

「ハルトッ」

「うああああっ!」

 ハルバートを手にハルトがリュカオンに向かっていく。

 起き上がったリュカオンがハルトを見つけると、咆哮を放って飛びかかった。ハルトはそれを寸前で避け、リュカオンの足を斬りつけた。態勢が崩れたリュカオンの胴体にハルバートを突き刺すが、その体は倒れ込んだものの一瞬で、すぐに体を反転させ立ち上がった。

 再びリュカオンの咆哮が轟き、ハルトを薙ぎ払った。

「うっ……!」

 ハルトは簡単に弾き飛ばされ、地面に転がり込む。ハルバートが手の届かない場所に落ちた。

(クソッ、なんだこれ、体が……)

 体が思うように動かない。ハルバートを取りに行きたいのに鉛のように体が重い。

 ――魔障?

 そうか、これが。あんなにチサトが気にかけていたのに。――まずい、動けない。這うことすらもできないほど体が言うことを聞かない。

 顔を上げるとチサトが何かを叫んでいた。うまく聞き取れない。さっきの咆哮で鼓膜が破れたのかもしれない。

 影がかかる。視線だけをなんとか向けると、リュカオンが目前にまで迫っていた。直観だった、死を前にした。世界の全てが遅く見えた。血がこびりついた無数の牙が視界を覆う。食われる。

 そう思った直後、見慣れた背中がハルトの前に飛び込んできた。リュカオンの悍ましい牙は目の前を遮った、――カガリの体に食い込んだ。

 リュカオンがカガリを咥え込んだまま地面に倒れ込む。ハルトの前でカガリが持っていた銃の一つと弾倉が転がった。「ああああああ!」ハルトは叫んだ。

 武器を、早く武器を――!

 ハルトは力ない腕をハルバートに伸ばしたが、その先に捉えたチサトの姿に息を呑んだ。装着したガントレットから激しい蒸気が立ち昇っている。大量に出血しながら佇み、顔は伏せられて見えなかった。

 チサトはガントレットで拳を打ち合わせた。蒸気が更に激しくなる。チサトが一歩踏み出すと、姿が消えた。その足元に転がっていたはずの槍はどこにも見当たらない。

 チサトの姿は既にリュカオンの傍にあった。凄まじい勢いで槍を手にリュカオンの体を突き、斬り刻んでいる。槍はまるでチサトの手の中で舞っているかのようだった。

 リュカオンが悲鳴を上げる。傷が増え、出血するたびにその返り血がチサトに降りかかった。自身の煮え滾る感情に突き動かされるまま、チサトは槍を振るい続けた。リュカオンがその喉奥から奇声を発した。

「ぐっ……!」

 カガリが咳き込む。それでもなお、リュカオンはカガリを咥え込んだまま離さなかった。強烈な圧迫にまともに息もできないなか、カガリはなんとか残る一つの銃を握り締めている片腕を引き抜いた。

 リュカオンの左目にめがけ残る弾薬の全てをリュカオンに撃ち込むが、緩める気配がない。それどころかますます圧迫され、骨が軋む。このままでは圧死する。

「かはっ――」

 肺に残っていた僅かな空気が漏れる。せめて、せめて彼女の邪魔だけには。そう思うが異様に体が重い。銃を握り締めているだけでもやっとだ。

 カガリはプロビデンスを発動し、黒い霧のようなものがリュカオンと自身に纏わりついているのを見た。――これが魔障か。

「ぐっ、あっ……!」

 力が抜けた体では圧迫に耐え切れない。意識が朦朧としてくる。カガリの手から銃が滑り落ちた。くそっ、限界か。そう思ったとき、カガリの頭上に影ができた。

 ――チサトさん。

 崩れかかった見張り台の上にチサトの姿があった。右手に槍を構えている。ガントレットをつける腕からは激しい蒸気が立ち昇り、それはチサトの背で風に靡かれ揺らめいていた。その姿はまるで、まるで――。

「――アテナ」

「いい加減、しつこいっ!」

 チサトが渾身の力で槍をリュカオンに投げ撃った。槍先がリュカオンの心臓部に突き刺さる。三度の奇声を上げたリュカオンだったが、それでもまだカガリを放そうとしない。

 見張り台からチサトがリュカオンめがけて飛び降りた。自身の頭上で両手の指を組み拳を作ると、落下する力を利用して突き刺さる槍の柄に拳を叩き込んだ。その衝撃で激しい蒸気がガントレットから噴き上がった。

 リュカオンが大量に吐血しながらついにカガリを放す。全身にリュカオンの血を浴びるも、カガリは咳き込んだだけでほぼ無傷の状態だった。魔障の影響でよろめいたが、立てないほどではない。

 空ではアグニが五回目の鳴き声を上げた。――なんとか、間に合、「ミカゲさん!」ふっと倒れ込んだチサトをカガリが受け止めたが、さすがに人一人を抱えられるほどではなく、カガリもチサトの体を抱えながら座り込んでしまった。

「ミカゲさん! ミカゲさんしっかり!」

 カガリの声に、顔すらも返り血で真っ赤なチサトが力なく瞼を開ける。生きているのが不思議なほどの大怪我だ。

「……顔、近い」

「すみません。魔武器の代償が進んで、よく見えないんです」

「……生きてますね」

「そうですね。不思議と生きています」

「……約束、守れないかと思った……ッ」

 チサトの目からは涙が零れた。その涙は返り血を洗い流し、一筋の線にしていく。カガリは唇を噛み締め、たった一つの約束の為に命をかけてくれたチサトを、抱き締めずにはいられなかった。

 と、カガリの視界にハルバートを支えにしたハルトがリュカオンに近づく姿が映り込んだ。

「ハルト君何を!?」

「魔力結晶が壊れてるか確認する」

「しかしまだ魔障が!」

「んなの構ってられるか! 復活するかもしんないんだぞ!」

 ハルトはハルバートを使ってリュカオンの腹を裂いた。チサトから解体作業を教わっていた経験がこんなところで活かされるなんて。

 分厚い皮膚と硬い筋肉に苦戦しつつ、最後は力の入らない指でリュカオンの心臓を切り開いた。中にはチサトが打ち込んだ槍によって砕かれていた魔力結晶がある。

「あった! 壊れてる! もうだいじょう、ぶ」

「ハルト君!」

 突然ハルトが気を失った。魔力中毒の症状だ。

「すぐ、離せば……平気」

 チサトが弱々しい声で呟く。カガリはその言葉に胸を撫で下ろす。

「あの……一個、お願いがあって」

「はい?」

「懐に……煙草がね、あるんですよ……手巻き煙草。アタシに一本、ください」

「こんな時に何言って……」

 懇願するようなチサトの目に、カガリは致し方なくチサトの懐を漁り、ひしゃげている金属ケースから形の崩れた手巻き煙草と火点け道具を取り出した。火を点け、一本をチサトに咥えさせる。

「……ありがとうございます」

 紫煙をいくらか吐き出すと、「これね」と力ない声で続けた。

「魔障の毒を、ちょっと和らげてくれるんですよ……今日、ちょっと、時間、かかりすぎちゃって……」

 もう一度紫煙が吐き出されると、チサトは力を失ったように咥えていた煙草を落とした。

「ミカゲさん……?」

「急いでください! もっと水を!」

「?」

 そこにギルドから桶と医療セットを抱えたネロが駆け込んできた。その背後からは他にも桶を抱えたイオリやシロマたちが続々と外に出てくる。

「退いてください! そのガントレットを外さないと!」

「どういうことですか?」

「チサトさんが今使っているガントレットは熱暴走を起こす試作品二号です! 窓の外から蒸気が見えたのでもしやと思い! このままではチサトさんの腕が熱傷で大変なことになります!」

 ネロはチサトのガントレットの隙間から桶の水を流し込んだ。ガントレットからは湯気が立ち昇る。

「腹部の傷も急いで応急処置をしないと助かりません! どなたか清潔な布を!」

「桶を貸してください。私がもう片方を処置します」

 一気に慌ただしくなった場に、これまで様子を窺っていたハンターたちも怖々と戻ってくる。

「戦える方は魔力結晶で起き上がっている残りの魔物の対処を! それと救助が必要な方をギルドへ運んでください!」

 カガリたちの声を遠くに聞きながら、ぼやける視界に空からやってくる小型飛空艇の小さな影を見つけ、チサトはやっぱり間に合わなかったじゃないか今度一発ぶん殴りに行ってやると心の中で悪態をつく。

 急激にやってきた微睡の奥で、カガリの自分の名を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、チサトの視界はただ暗闇を映すばかりだった。

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