ファミリアに捧ぐ 54
遠くで響き渡る矢の放たれる音と共に、魔物の群れが集落に雪崩れ込んでくる。窓からも走り抜けるリュコスの姿を捉えることができた。地上で待ち伏せていたハンターたちの応戦する声が聞こえてくる。
「いよいよか……」
窓から外の様子を探っているシロマが呟く。住民たちは皆祈るように身を固めている。イチカが必死に「きっと大丈夫です。ハンターの皆さんを信じましょう」と励ましの言葉をかけ続けている。
「イチカちゃん、わしも体が震えてな。イチカちゃんに抱き締めてもらえたら治まる気がするんだが」
「あ、ごめんなさいそれはちょっと……」
ジゴロクだけはこんな状況でも相変わらずで、イチカも困惑気味だ。
シロマは何か意味深にそんなジゴロクを見ていたが、ふと辺りを見渡して、先ほど戻ってきたはずのカガリの姿がないことに気づいた。
地下のほうから誰かの話し声が聞こえてくる。シロマが地下に下りて廊下を覗き込むと、カガリと話し込むカフとネロの姿があった。
「お前さんが俺に装備を作ってくれと言いに来たときは正気かとも思ったが……いいか、鍜治場に入ったら手前側の箱を開けるんだぞ。奥のはただの素材だからな」
「わかりました」
「Sランクのお嬢がくれた端材で作ったシロモンだ。そこらのハンターよりいい装備だ。忘れず持っていけ」
「私からも」
と、ネロが眼鏡をかけ直す。
「カガリさんがいつも余分に資金提供をしていただいたおかげで、魔武器用の弾薬の在庫が私のラボにたくさんあります」
「余分……?」
「初めてカガリさんが私のもとにいらした際、弾薬の製造にいくら必要かと尋ねられましたので、少々上乗せした額をお伝えしておりました」
「え、なんで」
「どれだけ出すのかなという、単なる興味本位ですね。まさか本当に言った金額を工面してくるとは思いませんでした」
「そっ……」
何か言いたげに口を動かすカガリにカフが憐れんだ目を向けた。
「おかげで新しい魔武器用の弾薬を二種ほど作れました。一つは貫通に特化させた貫通弾、もう一つは衝突した際に無数の弾が着弾する散弾の二種です。どちらも全てイービルアイ専用の弾薬です。ご自由にお使いください。全てあなたの資産で作られたものですので」
言い表しようのない感情が腹の底から湧いていたカガリだったが、一度深呼吸をすることでその感情をなかったことにした。
「――カガリ」
「支部長」
話し終えた頃を見計らい、シロマが姿を見せる。「行くのか」と短く言ったシロマにカガリは頷く。
「この武器はその為のものですから」
カガリはそう言いながら、胸元に手を当てる。シロマは目を細めると、「せめて一言言っていけ」と言った。その言葉の直後、シロマの背後からイオリが駆け込んできた。
「この馬鹿!」
「いたっ」
胸元に飛び込んできたイオリに思い切り胸を叩かれ、カガリは思わず眉を顰めた。こっそり出ていこうと思っていたが、どうやら気づかれてしまったらしい。
「声くらいかけていきなさいよ! 兄貴が銃を持ち出した頃からわかってたんだから! いつかこんな日が来るんじゃないかって!」
「イオリ……」
「アタシを置いて死んだら許さないから! アタシの兄さんはアンタしかいないんだからね!」
「……。ああ」
カガリはイオリの肩を抱くと、「イオリをよろしく頼みます」とシロマの背後に向けて言った。シロマは驚いて振り返った。
「いつの間に……」
気配もなく、ラスがそこに立っていた。ラスは深く頷いた。
「じゃあ、行ってくる」
イオリを離し、カガリは全員を一瞥すると地上への扉を開けた。
地上に続く経路はいくつかある。一つは先ほどカガリが使用した、見張り台に続く経路。それから市場に出るもの、訓練場、鍜治場、ネロのラボと、主要な施設に続く経路だ。
カガリはまずは防具を優先することにし、鍜治場の経路を辿り地上に出た。魔物の群れが入ってきた入り口はこの反対側の為、まだギルド裏までは来ていないようだ。
今のうちに、カガリは鍜治場に入ってすぐの箱からカフに製作を依頼した防具を取り出し身につけた。期間的にも上半身の製作が限界だったが、着ているだけで気持ちも随分違う。
そのまますぐにネロのラボに向かおうとしたところでついに二頭のスコルと遭遇した。カガリは懐から二丁のハンドガンを掴み取るとすかさずスコルの眉間を撃ち抜く。悲鳴を上げて倒れ込んだスコルの心臓めがけてもう一発放つ。
魔武器は威力が高い為、銃であれば小型の魔物の心臓に一発撃ち込むだけで魔力結晶が砕ける。これを徹底していかないと、魔物が魔力結晶の力で起き出してくる。
ハンターたちの張り上げる声が響く。ギルドの表は既に混戦状態のようだ。その状態が続けば、いずれ魔力結晶が壊れなかった魔物が起き出してくるだろう。急がなければ。銃声を聞きつけたのか、駆け込んできた数匹のハティにカガリは容赦なく銃を向けた。
「駄目だ! そっちに行くと挟み撃ちに合う!」
見張り台からハルトが声を荒げた。地上ではハンターたちが押し寄せてくるリュコスやスコル、ハティと交戦中だ。
チサトがハルトに頼んだことが二つある。
一つは、高所からのハンターたちへの指示、及び誘導だ。集落に来て日が浅いハンターたちは集落の地形がわからない。その為、この集落に住むハルトがハンターの誘導をするのが一番勝機があるとチサトは踏んだ。
もう一つは見張り台にいるハンターたちの矢の補充だ。上から誘導しつつ、絶えず矢を放ち続ける為に補充係は必須だった。ハルトも本当は戦いたかったが、自分にだから任せるとチサトに言われ、カイルから譲り受けたハルバートを背負うだけ背負ってこの任についた。
地上はところどころ乱戦になり、砂煙が立ち視界が悪い。
「クソッ! 風向きが悪いな!」
自分の指示一つでハンターたちの分が悪くなると思うとハルトは気が気でなかった。見張り台を必死に走り回っていると、「ハルト君!」とカガリがハンターたちの間を抜け、見張り台を駆け上ってきた。
「何してんだよ! こんな中で危ないだろ!」
「大丈夫です、戦えますから」
カガリは視界に飛び込んだ、ハンターの背後から飛びかかろうとしているハティに弾を撃ち込んだ。
「ミカゲさんは?」
「あーもう! あそこだよ!」
ハルトは集落の外を指差した。入り口から次々に入り込んでくる魔物の様子に苦いものを覚えながら、更にその先、ありとあらゆるもの薙ぎ倒し荒れ狂うリュカオンと対峙しているチサトの姿を捉える。リュカオンの猛攻を掻い潜り、瞬き一つの間に一撃を食らわせている。
「凄い速さだ……あれがSランクハンター」
「感心してる場合じゃない! 来たならおじさんも指示出し手伝って!」
「ああ」
チサトの様子が気になりつつも、カガリもハルトと共に攻撃と指示に加わり出した。
――皮膚が焼けるように熱い。
魔障の毒だ、皮膚から入り込んでくるから異様な熱を持つ。つい先ほど左腕を一瞬掠ったヤツの爪で肉が裂けた。血が流れ出て、ガントレットの中に染み込み気持ちが悪い。避け方が甘かった。もっと早い段階で避けなければ。
空に旋回するアグニが鳴く。一回目。あと三回。
急げ、もっと早く、もっと、もっと――!
左目の傷にもう一度拳を叩き込む。奇声を上げるリュカオンに、今度は骨が砕けて歪んでいる右後ろ脚に一撃を入れる。これはおそらくノエが仕込んだ罠で負った怪我だ。交戦したときには既にこうなっていたから。
よろめいたリュカオンに続けて二発目を打ち込もうとしたとき、倒れるのをかろうじて防いだリュカオンの咆哮が轟いた。
「っ、!」
チサトは咄嗟に体を急旋回させ距離を取った。かなりの至近距離だった、耳が痛い。周りの音はまだ聞こえる、幸い鼓膜は破れずに済んだようだ。
リュカオンが態勢を整え、チサトを睨んだ。傷が開いたのだろう、左目からは大量の血が流れている。グルルッ、と唸り声を上げ、リュカオンがチサトに猛進し飛びかかってくる。数ヶ月暴れ回っているのにまるで疲れ知らずだ。
攻撃の手を休めるな、殴って殴って殴り続けろ!
チサトは自身を奮い立たせ飛びかかってきたリュカオンの下に潜り込み拳を構えた。――と、ドッという鈍い音と共にチサトは突如として横から受けた衝撃に呻き転がり込んだ。
「ぐっ、はっ……!」
何が起こった、チサトはすぐに体を起こし顔を上げる。先ほどまでいなかったはずのリュコスが取り囲んでいる。今の咆哮が引き寄せたか。
まずい、ハンターたちは集落を守ることだけで手いっぱいだ。チサト自身もリュカオン一体を相手にするのが限界だ、取り巻きを相手にしている暇はない。
……賭けるか。
思い立ってからのチサトの動きは早かった。わざと目立つ形でリュカオンの前を横切り、自身のあとを追うように仕向ける。リュカオンとリュコスの群れがチサトを追いかけ始めた。




