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ファミリアに捧ぐ 51

「どうだ、つけた感想は」

 ついに待ちに待った防具が完成した。カフに呼ばれ、チサトは新たな防具の着心地を一つ一つ確認していく。

 激しい動きを行うチサトの場合、防具は重装備になりやすい近接武器を扱うハンターとは違い、体力が持っていかれないよう速度に特化した軽装備になる。

 肩の可動域は十分、ネメアの毛皮を使用している為、手触りがよく、内部は空気を通す作りになっておりスレもない。足を覆う靴は足場がよくない場所でもしっかりと踏み締められるよう滑り止めが施され、初めて履く靴だというのに歩いても全く痛みを覚えない。

「とてもいいです。靴なんて特に。足に凄くよく馴染みます」

「素材の質がよかったんだ。かなり薄く柔らかくできたんでな、重ねて使ってるのに重さは従来よりも軽くなってるはずだ」

「ええ、これならいくら動いても足に負担がかからなくていいですね」

「端材は約束通りこっちが貰っちまったがいいんだよな?」

「もちろん。アタシが持っててもしょうがないですし。もう使う予定が?」

「ああ、片手間でな。もし気になることがあったらいつでも言ってくれ。すぐに見てやるからな」

「ありがとうございます」

 ここに来てからいいこと半分、悪いこと半分だな、とチサトは鍛冶場を出ながら思う。

 そしてそれを待っていたかのようにラボから顔を出し手招きしたネロに、あれはどっちに分類したもんかと悩むのだった。



 それから数日、集落は異様な静けさに包まれていた。

 二人目のSランクハンター・ノエのいた集落がリュカオンの襲撃に遭い、壊滅したという報告をユノがもたらしたからだ。壊滅に至るまでの時間は約六時間、チサトの思っていた以上に短かった。

 幸いノエは死ななかったが、左腕をリュカオンに食いちぎられるという重傷を負った。壊滅までの時間が短かった理由の一つには、ノエの予想以上に魔物の群れがリュカオンにより統率されており、瞬く間に仲間がやられてしまったのだと言っていたそうだ。

『それから、ノエさんからチサトさんに向けて言伝を預かっています』

「言伝?」

『ヤツはこれまでの使徒喰らいとはあまりにも力に差がありすぎる。使徒よりも遥かに凶暴かつ残虐、まるでかつて根絶したはずの原初の魔物を相手にしているようだった、と』

「……原初」

『使徒に変化させるな。する前になんとしてでも倒せ。その為の準備はしてやった。とのことです』

「……」

『……チサトさん、あの』

「ユノちゃんのことだからもうとっくに調べてあるんでしょ。原初の魔物のこと」

『……はい』

「うん、じゃあ教えて」

 ユノは小さく息を呑み込むと『わかりました』と声小さく言った。

『かつて存在した原初の魔物は、神々が人間を滅ぼす為に自らの力を分け与えた、無数の個体差を持つ魔物の頂点に君臨する存在、言わば魔物の王です。その体躯はどの魔物よりも巨大で、通常の武器ではまともに傷をつけることすらできなかったそうです。遥か昔にアビリティを使用しての討伐履歴はありますが、それによる討伐者はたった一人。以降原初の魔物を討伐できたのは魔武器の所持者のみだと史実にはありました』

「……魔武器」

 ここに来てその壁か。チサトは胸に苦々しいものを覚える。

「その過去の一例はどんなハンターだったの?」

『チサトさんも名前くらいは聞いたことがあると思います。アテナです』

「……ん?」

『槍使いのアテナ。ファストとアテナのアテナです。座学の歴史学で学びませんでしたか?』

「いや、まぁ……」

 チサトはなんとも言えない表情でこめかみを掻いた。その歴史学の時間、自分はとても怠惰だったという羞恥を晒す気にはなれない。こんなところでその頃の怠惰を後悔する羽目になるとは。

 でもそうか、そんな大昔であれ、実例があるなら自分にも勝ち目はある。

 しかし――。

「槍かぁ、やっぱかっこいいよねぇ」

『はい?』

 その呟きが聞き取れなかったユノが聞き返してきたが、チサトは首を振るばかりだ。

「ノエがいた集落までの間に二つ、別の集落があったでしょ。そこの避難は?」

『完了しています。完璧な無人状態ですが、これまでの傾向を見るからに、リュカオンはその二つの集落を破壊しながらミクロスにやってくるものと思われます』

「日数は?」

『調査隊の話では12日後だと』

「12日……短いな」

 チサトは額を擦り、これからの流れをどうしていくか必死に考えた。12日はあくまで予想だ。それより遅くなることも、もちろん早まる可能性だってある。

『……チサトさん』

「うん?」

 いっそう神妙な顔をしたユノがいくらか呼吸を整え、絞り出すような声で話し始めた。

『あの、私、本当はこんなこと言いたくないんですけど、今回は他の使徒戦とは明らかに様子がおかしいし、いつもチサトさんなら大丈夫って思えていたのが全くそんな風に思えなくて。言いたくないんですけど、もう私ができることはないですし、この通話が定期連絡の最後なので、本当に言いたくないんですけど、今言います』

 ユノはぐっと奥歯を噛み締め、自身の手元を見つめていたかと思うと、不意にその顔を上げた。

『チサトさん、どうか、どうか無事に、生きてまた私とお話ししてください。あなたは私がギルド職員になって初めて担当させていただいたハンターで、経験の浅い私にどうすれば効率がいいか、どうすればハンターの役に立てるのか、どうすればいい人間関係を築いていけるのか、あなたから学ばせていただいたことがたくさんあります。あなたは私の恩人であり、生涯の憧れの人なんです。だからどうか、生きてまた私とこうしてお話ししてください。わたしっ、まだあなたと直接会ってお話したこと、一度もないから……っ』

 話していくにつれ、ユノは声を震わせ瞳を揺らめかせると、その最後には大粒の涙を零した。ボロボロと涙を流し続けるユノに、そうかとチサトは思い出す。

 ユノが自分の担当についたとき、彼女はまだ初々しさを残す研修を終えたばかりの新人だった。彼女との付き合いは五年ほどになる。数多く変わってきた担当の中でもユノが一番長く、一番付き合いやすかった。最初はそれこそ、申請周りの不備や研究部からの依頼における伝達ミスなど、新人がする失敗は一通りこなしてきたユノが、今やとても頼りになる存在になっている。

 そんな彼女とはいつも通話の画面越しにでしかやり取りをしたことがない。本部からの依頼で各地を転々とする日々を送っていたチサトは当然中央に立ち寄る暇などなく、いつか直接会って話せればいいなと思っていた。

 それが、もう中央は目前だというのにイーニスに阻まれ、更には使徒喰らいに阻まれ、その細やかな願いすらも叶わないのではというところまで来ている。

 今の自分で彼女に何をしてやれるだろう、涙を拭ってあげたいのに、チサトにはそれすらできない。

「……ありがとね、ユノちゃん。生き残ることの約束はできないけど、アタシもユノちゃんと直接会って話してみたいと思ってる。だから、頑張るね。精一杯頑張るよ。だからね、いつもの言葉貰いたいな。できれば笑顔で」

『っ……』

 ユノは溢れて止まらない涙を必死に拭い、目元を真っ赤にしながら凛とした姿勢でチサトを見据えた。

『チサトさん、ご武運を』

 繕う笑顔がなんとも胸に来る。使徒戦前に彼女が必ず言ってくれる言葉だ。この一言で見送られると、その時なのだなという気合も入る。

 ――なんとしてでもここで食い止める。

 チサトは決意を新たに、再び涙を零し始めたユノに心苦しさを覚えながら、最後の通話を切った。



 それからチサトはサノで過ごすことをやめ、見張り台の上で寝食を取るようになった。12日後と聞き、集落にもいよいよかという緊張が走る。ハンターたちは落ち着かないようで、集落を歩き回っている様子が見張り台からも見えた。

 また、ユノが他のギルド支部に要請をし、使徒喰らいの戦いに参戦するハンターたちも続々と到着した。Bランクより以下のハンターがいなかったのはユノが尽力してくれたからだろう。Cハンターは討伐任務の経験が浅い。

 最近はユノとのやりとりで中央までを行き来し、姿を見かける機会の少なかったアグニが上空にいる。アグニは使徒戦においてとても重要な役割を持っている。それも踏まえて、ユノとのやり取りは前回が最後となったのだ。

 アグニが集落とを行き来するまでにはやはり日数を要する。いざその時になってアグニがいないと非常にまずいからだ。

 リュカオンの襲来が近づくにつれ、周囲を彷徨いていた魔物たちが姿を見せなくなった。まるでこれからの戦いに備えるかのように。

 それがハンターたちを落ち着かせなくする要因の一つでもあった。適度な緊張感があるのはいいことだ。いつでも武器を構える姿勢ができているということだから。

 中にはチサトに助言を求めてくるハンターも少なからずいた。自分と話すことで少しでも恐怖心といったものから逃れたいのだろうことは察しがつく。いくら戦う気持ちは整っていても、人間は感情をうまく制御できない生き物だ。

「ありがとう。アンタがいてくれるだけで心強いよ」

「ううん。気が紛れたならよかった」

 チサトは去っていくハンターの背中を見送り、集落の景色を眺める。人が少ないからだろうか、吹き抜けてくる風がやけに冷たい。

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