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ファミリアに捧ぐ 50

 画面越しでもわかるほど、ユノの顔からは血の気が引いていた。予想通り、リュカオンは無限荒野を抜け、ついにSランクハンターのサジがいる集落を襲撃したのだ。

「その雰囲気はいい知らせじゃないってことがわかるけど、一応聞こうか」

『……突破されました。予想外のことが起こって』

「予想外?」

『リュカオンが発した遠吠えで、周辺に潜んでいたリュコスやスコル、夜にしか活動しないはずのハティまでもが群れを成して集落を襲い始めました』

「……そう」

 正直それほど驚かなかった。予想の範囲内だった。カガリが資料室で自分に尋ねた、「使徒喰らいはリュコスの特性を持っているのか」の答えが出ただけなのだ。

 そしてカガリの予想は的中した。

『集落はほぼ壊滅、迎え撃ったハンターの約半数が死亡、その中にはサジさんも含まれています』

「あのジジイ……ついに死んだか」

『ですがサジさんはリュカオンにかなりの痛手を負わせています。移動速度が急激に落ちたので、次のSランクハンターのいる集落に辿り着くまでには少し日数がかかるかと』

「次の一人は誰?」

『ノエさんですね』

「――ノエ?」

 チサトがその名を口にしたのは、実に数年ぶりだった。最後に彼女と会ったのはいつだっただろう。それが思い出せないほど前だったのは確かだ。

「そう……」

『チサトさん、どうか?』

 様子のおかしいチサトにユノが首を傾げた。チサトはいやと首を振り考え込む。

 ノエはボウガン使いだ。――群れとの相性が悪すぎる。

「罠を使っても半日稼げるかどうか……ごめん、続けて」

『あ、はい……? えぇっと、地図にあるところでぶつかる集落はノエさんのところを除いて残る二つ。そこを越えると――』

「いよいよここに来る、か」

『今調査隊からの報告で、研究部が急ぎ過去の例を漁っています。これまで使徒は単独が主とされてきましたけど、今回はその例を覆しています。そもそも、リュコスから使徒喰らいにまで変化するということ自体が異例中の異例なので、どこまでわかるか……』

「リュコスは群れを成して行動するほど、個の力が弱い。メガロス・リュコスも群れを統率する少し大きいリュコスを人間が勝手にそう呼んでるだけで、基本的な能力はリュコスと変わらない。だから本来のリュコスの行動を考えれば、たとえ死んだ使徒であっても近づかない……はずだった」

『何らかの要因で使徒の魔力結晶を口にしたと考えるのが打倒ですが、その要因まではこちらではわかりかねます。可能性としては、使徒ほどの強力な魔力結晶を魔物が取り込めば、次の使徒になる為、取り込んだ魔物は肉体を変化させます。その時の細胞の活性化でそれまで負っていた傷が治ることまではわかっていますから、ハンターに瀕死の傷を負わされて、命からがら逃げ込んだ先に偶然使徒の死体があった、とか』

「随分想像豊かだね、ユノちゃん」

『あっ、すみません。こんな可能性の話』

「いや? 案外遠からずかもよ。前例のないことが起きるってのはそういうことなんだよ。前例のないことがその前に起きたから、こうして人の目に見える形で表に出てきたって話でさ。いい例なんじゃない? これから先の未来に、こういう前例がありましたっていう特殊な例になるんだから」

『チサトさん……』

「ごめんね、後ろ向きになれなくて」

『……いえ。そういう方こそがSランクハンターに相応しいと、私は思っていますから。そちらの集落に近い他の集落で、ギルドから急ぎ追加のハンターを要請しておきました。そちらにリュカオンが辿り着く前に何人か増援が行くはずです。先んじてそちらの支部長には連絡を入れておきました』

「わかった。そうだ、あの件どう? 魔武器の代償について」

『ああ、あれですか。すみません、今本部もこの件で慌ただしくてまだ聞けていなくて……』

「そっか。いや、急ぎじゃないからいいんだ。……もしさ、何かわかったときにアタシがいなかったら、その内容、ギルド職員のカガリ=シノノメって人に話しておいてもらえる? アタシからだって言えば多分すぐ話は通るから」

『……わかりました。あ、それと小型飛空艇の試運転に関してなんですが、やっぱりチサトさんの予想通り、エンジンとの接続周りでトラブルが起きて、予定から大分後ろに倒れまして……今日、明日の試運転で調整をして、問題がなければ……』

 後半になるにつれ、どんどん歯切れの悪くユノにチサトは苦いものを覚える。

「なければ?」

『……なければ……ギリギリ間に合うかな、と』

「開発部と研究部の主任ってさ、まだトドロキさんが兼任?」

『え、あ、はい』

「今度何かあったら、アタシが生きてるうちに一回殴りに行きますねって言っといてくれる?」

 チサトは怖いくらいに笑顔を浮かべている。ユノは内心に冷たいものを感じながら『えぇっと……はい』と頷いた。

「うん。じゃあ、今度はノエのところ越えたらまた連絡くれる? そろそろのんびりしてられないや」

『わかりました。……チサトさん、どうか、』

 ユノはそこまで言いかけて言葉を切った。それから静かに首を振り、『なんでもありません』と告げられ通話が切れた。

 黒い画面に薄っすらと映る自分の姿がなんとも言えず、チサトはため息にも似た息を吐き出すのだった。



 ギルド前に現在集落にいる全ての人間がシロマの命によって招集された。チサトからSランクハンターのサジが使徒喰らいにやられたと聞き、全員が動揺を隠せなかった。

「アタシの予想だと、いくら手負いの使徒喰らい相手でも次のハンターとの相性が悪すぎる。おそらくそこも越えられる可能性が高い。間違いなくここまで来ると思ってくれていい」

 チサトの揺るぎない言葉に皆が顔を見合わせた。「あのサジさんでも駄目だなんて……」「俺たちなんて手も足も出ないぞ」とハンターたちの弱音が聞こえてくる。チサトが軽く咳払いをすると、その声も静まり返る。

「正直に言う。アタシは他のハンターの動向に構ってる暇はない。そして使徒喰らいとの戦いにおいてあなたたちの助力にも期待してない。だからあなたたちにはアタシが敢えて無視する取り巻きを引き取ってもらいたい。数がどれだけ来るかわからないけど、おそらく数十頭は相手にすることになると思う。もしかしたら使徒喰らいを倒すまで延々湧き続けてくるかもしれない。こっちにとっては消耗戦でしかない。でもやってもらわないと困る。この集落と住民を守る、あなたたちにはそれに命をかけてもらう。――アタシができないことを、あなたたちに任せます」

 ハンターたちは顔を見合わせ、「わかった、雑魚は任せろ」「それなら得意分野だな」と決意を固めた表情で頷き合った。

「ハンターの皆さん、私たちの為にあなた方の命をかけていただくこと、本当に感謝してもしきれません。それでも許されるならば、この集落を、そしてここに住む人々を守る為に、どうかお力をお貸しください。よろしくお願い致します」

 深く頭を下げるシロマに、並んで立つカガリとイチカも揃って頭を下げた。

「よしてくれよ、シロマさん。カガリさんもイチカちゃんも。これが俺たちハンターの仕事なんだから」

「そうそう。生き残れたら仲間に自慢できるぜ、こんなの」

「アタシらだって覚悟決めてハンターやってんだ。感謝はされてもお願いされるのは筋違いってやつだよ」

 ハンターたちは力強く言うと、時間が惜しいと元いたそれぞれの持ち場に戻っていった。

「――さ、アタシらも気合入れてかないとね」

 張り詰めた空気を一新するかのようにイオリが手を叩いた。

「残ったアタシらはやれることをやろう。柵の強化だって全部終わってないんだ。ギリギリまで忙しいよ! さぁ散った散った!」

 イオリが手を振り払ったので、残った少ない住民たちも不安な色は隠せないまま散っていった。イオリはシロマたちを振り返り、あとは任せろと言いたげに頷くとサノへと戻っていく。

 この時カガリがカフを呼び止め、何かを頼んだ様子だったが、それに気づいたのは近くにいたシロマだけだった。

「はー、相変わらずイオリさんって肝の据わった人ですよねぇ」

 と、イチカが深く関心した様子で言った。

「カガリさん、イオリさんにああいう精神全部持ってかれちゃったから優男って感じなんですかね」

 くはっ、とそれを聞いたチサトが吹き出した。肩を盛大に震わせるチサトに、「聞こえてたぞ」とカフとの話を終えたカガリが戻ってきて咳払いをする。

「兄妹だからって性格が似るわけじゃないからな」

「? カガリさんとイオリさん、そっくりだと思いますけど。お昼ご一緒するときいつも思いますもん。仲良い兄妹だなーって」

 カガリは思わずイチカをまじまじと見つめてしまった。首を傾げるイチカとのやり取りを微笑ましく見ていたチサトは、ふと視線を感じて二人から少し離れた場所にいるシロマのほうへと向かった。

 シロマはカガリとイチカが見ていない隙に声を潜めて尋ねてくる。

「ミカゲさん、二人目のSランクハンター、ノエさんでしたか。どれくらい持ちそうですか」

「……半日持つかわかりません。彼女はボウガン使いで、本来は飛来系使徒の討伐を専門にするハンターです。地上戦では多量の罠を使用した戦い方が特徴的で、正面から使徒に挑むことはしません。なので長期戦にもつれ込むと体力の底が尽きるのが早くて、押し負ける可能性がとても高いです。そこでどれだけ削ってくれるかが勝負ですね」

「なるほど……Sランクハンターと言えど得意分野はそれぞれなんですね」

「ええ。だからアタシみたいな近距離武器を扱うハンターは飛空戦が大の苦手です。アタシは特に銃火器がまるで使えないので尚更ですね。なので今回の使徒喰らいにおいては非常に有利に戦えます。前にも言いましたけど、アタシは死んででもヤツを殺します。ですけど、集落への多少の被害は覚悟してください。ギルドに近づかせるのはなんとしてでも阻止しますけど」

「わかっています。その為にギルドは集落の復興費に費用を惜しみません。あなた方の心に少しでも負担がないようにというギルド創設者たちの想いから作られた制度です。こんな言い方は良くはないのかもしれませんが、心置きなく戦ってください」

「――なるほどね」

「はい?」

「あの人がやたら丁寧になるのはあなたの影響ですね。上司が真面目だと部下も真面目になるみたいですよ」

 チサトがカガリを振り返りそう言った。シロマはイチカと話し込むカガリを見つめ、苦笑する。

「カガリとの付き合いも、もう随分と長いですから」

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