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ファミリアに捧ぐ 49

 森の中をリュコスが駆けている。いくつかの木々を抜けた先に槍を構えたハルトが待ち構えていた。目前まで迫ったリュコスに槍を振るうが、リュコスは勢いのまま槍を飛び越えていく。

 ハルトを横切ったリュコスは着地した直後、茂みから飛び出してきたアンバーに喉元を噛みつかれ地面に転がった。そこに追いかけてきたハルトが槍を構え、リュコスの心臓に突き刺すと、呻き声を上げてリュコスが息絶える。

 はぁっ、とハルトは呼吸を忘れていたことに気づく。プランクトスや木人とは違った、肉に突き刺すという感触が生々しく槍を通して伝わってくる。恐る恐る槍を引き抜くと、傷口からは赤黒い血が流れ出す。

 引き抜く際に体を覆う硬い毛皮に刃が僅かに引っかかるのがどうにも好きになれそうにない。刃先に付着する血は、解体処理でも見たものだというのにより赤黒く見えた。

 さて、起き出す前に解体処理を。そう思った矢先、茂みが揺れ動き突然スコルがハルトに向かって飛びかかってきた。槍を構えるのが遅れた。完全に油断していた。リュコスより一回り大きいスコルの影が目前にまで迫る。

 ――やられる。

 そう覚悟したその時、スコルの横にチサトの姿が見え、一瞬にしてスコルがハルトの目の前で殴り落とされた。悲鳴と地面に打ち付けられた衝撃音が響く。足元ですっかり動かなくなったスコルにホッとハルトは胸を撫で下ろした。

「解体処理をする前に周囲の安全は確認すること」

 チサトに言われ、ハルトは息をつきながら頷いた。



 倒したリュコスはハルトが、スコルはチサトが解体処理をする。チサトからスコルを手本に解体のやり方を教わりながら、ハルトもたどたどしい手つきでリュコスの解体を行なっていく。

「うっ」

「どうした?」

「凄く臭い……」

「もしかして胆のう切った? 胃の横にあるやつ」

「わかんないけど、なんか黒い液体みたいなのが……」

「あー、切ったね。胆のうの中に入ってる胆汁っていうやつ。それが破けて内臓にかかるともう駄目。苦くてイーニスの肉みたいになるから食用には向かなくなる。胆汁がかかったとこは罠用にしよう。すぐに取り出して、それ以上内臓にかからないようにして。あと君はこれが終わったら水浴びね。その臭い二日は取れないよ」

「うえー。次から気をつける……」

 血のにおいに誘われたか、アンバーが鼻を鳴らしながら近づいてきたので、ハルトが自身の手のにおいを嗅がせてみた。するとアンバーはガフッと声を漏らしながらくしゃみをしてハルトから離れていく。

 はははっ、とチサトの笑い声が響いた。



 狩りの仕方だけでなく、魚の捕り方もチサトはハルトに教えた。川にいくつか設置した罠には小魚が数匹かかっていた。大型の魚を狙うなら直接手掴みのほうが早い。

「っ、冷てぇ」

 川に素足で入るハルトはその冷たさに身を竦ませた。それは過行く季節を意味した。そうか、もうそんな時季になってしまったのだなとチサトは時の流れを知る。

 ハルトは鳥肌の立つ腕を擦りながら、背びれが見えている魚を追う。岩場に誘導し、動きが止まった瞬間を狙って一気に掴みにかかった。しかし寸前のところで魚はハルトの手をすり抜けていく。

「あっ」

 逃げた魚を目で追っていくと、川に顔を突っ込んでいたアンバーがその魚を見事に横取りしていった。

「おい! それオレのやつ!」

 ハルトが声を上げたが、アンバーは自分が捕った獲物だと離れた場所に座り込み早々に魚を食べ始めてしまった。

「くっそ……」

 再びハルトは川の中を冷たさを我慢して魚を求め歩き回り始める。チサトはそんなハルトとアンバーを微笑ましく眺めている。

 ふと視線を落とした先になかなかいい大きさの魚を見つけた。こういうとき、アビリティのゾーンは非常に役に立つ。一点集中で魚を払うと、魚は逃げる間もなく川の外へと放り出されるのだった。



 夜、水浴びをしてきたハルトが寒いと叫びながら野営地に戻ってきた。戻ってくるなり焚火の傍に座り込み、冷えた体を何度も擦っている。

 チサトは手帳のようなものを広げ、何かを書き綴っていた。なんとなく気になっていたハルトが盗み見たそれには、「雑食」という文字が見え隠れした。

 木の弾ける音にチサトが顔を上げたので、ハルトは慌てて視線を逸らす。チサトは手帳を閉じ、火で焼いていた魚の串焼きを一つハルトに差し出した。味付けは岩塩のみだ。

「――美味い」

 ハルトは一日動き通しで空腹だったのか、ガツガツと魚を頬張り出す。一人増えただけで随分と賑やかだ。離れて寝そべるアンバーは時折聞こえてくるこちらの物音に耳を微かにそばだてている。

「野営って、いつもこんな感じ?」

 早くも二尾目に突入しているハルトに、チサトは魔物の肉をしっかりと火で炙りながらその時々だと言った。

「滞在する場所と環境で、どう過ごしていくかは変わる。食べるものだって、生息する魔物だって違うし、砂漠地帯もあれば沿岸地帯のときもある。ここは自然の恵みが豊富だから食糧には困らないけど、砂漠じゃオアシスでもない限り魚はいないし、魔物や生き物も骨と皮ばっかりだから、肉のついたやつを探すのには苦労する。水場探しが一番大変。砂漠では何回か死にかけてるし。アタシが行くところはどこも辺境な場所で、集落も小さいところばっかりだから、食糧にありつくのも一苦労だよ。未開拓の場所なんて最悪。地図もないし、本部の研究部からは珍しい植物の種を採取してこいやら、生物の生態調査やらを押し付けられるしね」

 余程不満が溜まっていたのか、チサトはハルトが会話を挟む隙間なもなくそこまでを言い切った。そして一呼吸置くと、今度は静かに淡々と話し始める。

「ハンターの敵は魔物だけじゃなくて自然もだね。ハンターってのはさ、運のいい人たちの集まりなんだよ。どんな熟練のハンターでも、食糧難と自然には勝てない。経験がものを言うのは確かだけど、その経験が当てにならないことも多いし、運が悪ければ魔物にだって遭遇しない。そう考えると、アタシはあんまり運の良さには恵まれてないかな」

「ふーん、そういうもんか」

「そういうもんなんだよ」

 話が途切れ、魚と肉を食べ続ける時間が続く。ハルトがあとで錆びつかないように槍の手入れでもしようかと視線を背後の槍に向けると、チサトも槍を見て「アタシさ」と口を開いた。

「昔ランサーになりたかったんだよね」

「そうなの?」

 チサトは頷くが、「相性悪くてさ」と続けた。

「見てわかるとおり、アタシ身長低いでしょ。どう頑張っても槍を振り回すときの遠心力に体が持っていかれるんだよね。筋力強化のエンハンスが使えてたらそれも克服できたんだろうけど、人は望む才能には恵まれにくいもんだからさ。だから君が羨ましいよ。アタシがやりたかったこと全部できるんだから。君は才能に恵まれてる。きっといいハンターになれるよ。だから死なせない」

「……」

「若い芽は摘ませない。だからみんな君を魔物の戦いから守ろうとしてくれてる。若くて将来ハンターになれる可能性のある逸材は貴重なの。住民を守るのもそうだけど、君は君のことも守らなきゃ駄目。君は生き残って、立派なハンターになんなさい」

 その為の手助けはすると言うチサトに、ハルトはただただ頷くばかりだ。



 この日々を七日間繰り返し、アンバーの訓練は終わりを迎えた。それは即ち、アンバーがチサトの手を離れ、ミアと共に集落を去ることを意味する。

 見送りにはこの日、カガリ、イオリ、チサトが来ている。

「ミア、向こうでもいい子にしてるんだよ」

「うん……」

 イオリに頭を撫でられるが、ミアはどこか落ち着かない。

 一方チサトはアンバーに口輪をつけ、「しっかりね」とその額に自らの額を重ね無事を祈る。

「……パパ、ミアやっぱりパパといっしょにここにいる!」

 迎えのハンターが待つなか、ミアはポーチの紐を握り締め、カガリに今にも泣き出しそうな顔をした。カガリはミアの前にしゃがみ込み、その小さな両肩に手を置く。

「約束したろう。ミカゲさんが頑張ってアンバーを凄くいい子にしてくれたんだ。アンバーがいたら行く約束だ。約束は守らないとな。さ、行っておいで」

 カガリに促され、ミアは顔を歪ませながら小さく頷く。チサトからアンバーの鎖を受け取る際、ミアはポーチから掌におさまるほどの赤い小袋をチサトに渡した。

「これは?」

「お守りなの。チサトお姉ちゃんがケガしませんようにっておねがいしたんだよ」

「そう。ありがとう、大事にするね」

「あとね」

 ミアが小声になるので耳を寄せると、「それパパとおそろいなの」と言った。ミアはニコリと笑うと、今度こそチサトからアンバーの鎖を受け取った。

 ハンターに手を引かれながら、ミアは最後の最後まで「約束守ってね!」とチサトとカガリを振り返って言い続けていた。

「……行っちゃいましたね」

「ええ。行ってしまいました」

「胸貸しましょうか?」

 目を細めているカガリの顔を覗き込み、チサトは悪戯に笑う。隣でイオリがにやにや笑っている。なんだ、最近周りがやたらにチサトとの関係を冷やかしに来る。カガリは居心地悪そうにしながら「やめておきます」と首を振る。

 ふと視線を逸らした先にハルトが槍を手に立っていた。どうやら密かに見送りに来ていたらしい。

「君も逃げるなら今のうちだよ」

「誰が」

 チサトが声を張り上げると、ハルトはふんと鼻を鳴らして去っていく。おそらく訓練場に向かうのだろう。

「おーい、カガリさん! 柵の強化に使う木材、どこに置くか教えてくれ!」

 遠くでハンターがカガリに手を振る。来たるその日までできうる限りのことをしようと、ハンターたちは防護柵の強化をしたり、建物の内部に入り込まれないよう入口や窓に木の板を打ちつけたりと、日々は忙しく巡る。

 ギルドも一時的に依頼書の発行を停止し、残った住民も総出でハンターたちを手伝っている。それはカガリも例外ではない。

「すぐに行きます!」

「アタシも手伝います」

 チサトの同行に素直に「ありがとうございます」と礼を述べると、突然イオリがカガリの背中を引っ叩いた。

「いって! なんだよ!?」

「しっかりやんなさいよ」

「いややってるだろ! そんなにサボってるように見えるのか俺は!?」

 二人の軽快なやり取りにチサトは久しぶりに心穏やかなものを感じた。

 チサトと言えば、ここ数週間の訓練の疲れを癒す為、数日をサノで過ごした。それはカガリからの強い勧めでもあった。

 丁度ガントレットはネロに整備をしてもらっているところだったのでその言葉にはありがたく従うことにした。防具もそろそろ完成するとのことで、戦う準備は着実にできつつあった。

 しかしその間も、リュカオンによって棲み家を追われたスコルやハティといった魔物が集落周辺を彷徨き始め、以前にも増してハンターたちが討伐に出向く機会が増えた。

 夜間の見張りを担当していたカガリが銃を抜く日も少なからずあり、数が多くハンターたちでは対処しきれなくなった場合はチサトが出て辺りを一掃した。

 チサトのあまりの強さにハンターたちも負けてはいられないと奮起し、士気が高まりつつあるなかで、その知らせは突如としてやってきた。

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