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ファミリアに捧ぐ 48

「ミカゲさん」

 話を終え、ギルドを出てきたチサトをカガリが追いかけてきた。

「すみません。支部長が失礼なことを。何もあんな言い方をしなくたって」

「いいんです、事実ですから」

 チサトはいつもの穏やかな態度を潜ませ、どこか余裕のなさを見せた。こんなチサトを見たのは初めてで、カガリは少し狼狽えてしまった。そんなカガリの様子を横目に見たチサトは小さく息を零した。

「すみません。考えることが多くて頭の整理が追いついてなくて。あなたにする態度じゃなかったですね」

「いえ……お気持ちはわかるつもりです。先ほどの、Sランクハンターのサジさん?という方はお知り合いですか?」

「ええ、昔ちょっと。教官にパーティを組まされたことがあって。あのジジイのせいで死にかけたことか」

 話しているうちにふつふつと怒りが湧いてきたのだろう、チサトの眉間には皺が寄っていく。そこにようやく少し、いつものチサトの雰囲気を見出して、カガリは内心安堵した。

 チサトはどこか気まずげにすると、カガリに向き直った。

「アンバーの訓練、七日後に終えて戻ってきます。それまでにミアちゃんの迎えを寄越してあげてください」

「わかりました。あの、私が何かできることはありませんか?」

 チサトは首を振り、「今は何も」と返した。

「あなたはここで、銃の弾でも磨いて大人しく待っていてください」

 集落を歩き出すチサトの背中を見送りながら、大丈夫だろうかとカガリは必要のない心配をしてしまう。ハンターでもない自分がする心配など、彼女にとっては何の意味もないだろうに。

「お前さんも年頃か」

「うわっ。もー、また……」

 カガリは背後からの突然の声に驚いて肩を震わせる。気配もなくジゴロクがそこに立っていた。

「なんですか、年頃って」

「ありゃあいい女だ。わしがもうちょっと若けりゃ口説いたんだがな」

「駄目ですよそんな!」

 言ってから一体何が駄目なんだとなったが、カガリは眼鏡をかけ直してその疑問には蓋をした。

「彼女は私たちの為に命をかけてくださってる数少ないSランクハンターなんですから。そんないい加減なこと言わないでください」

「お前さんは真剣に行きたいわけだな。真面目だね」

「……なんか私のことにすり替わってません?」

「ところでお前さん、前に渡したあれはまだ使ってんのかい」

 ジゴロクが意味深な発言をすると、それだけで十分だったのかカガリは頷く。

「ええ。とても助かっています」

「そうかい。まぁ、ならいいんだ。わしは帰るとするか」

 杖をつきながら、ジゴロクはのそのそと帰っていく。カガリは胸元に手を当て、懐の中を覗き込んだ。そこにはまだ、日の目を見ない二つのハンドガンがホルスターの中で静かに時を待っている。



 森に戻る途中、チサトは訓練場へと足を運んだ。ハルトが一人訓練を続けている。以前見かけたときよりも随分と動きがよくなっていた。藁で作った人形に槍を突き刺す姿はなかなか様になっている。

 ――頃合いか。

「いい動きだね」

 チサトが声をかけると、ハルトは突き刺した槍を引き抜き深く息を吐く。

「でもエンハンスの発動時間が伸び悩んでて。まだ三分しか続かないんだ」

「この短期間で三分なら上出来でしょ」

「アンタならどれくらい発動できるの?」

「最低でも30分、最長で一時間かな。それ以上は戦闘を長引かせられないし」

「最低でそれか。単純に今の10倍……気が遠いな」

「長時間持つことより、短時間でもいいから連続してかけられるようになることのほうが今はずっといい」

「そうかなぁ。あ、で、オレに何か用?」

「使徒喰らいの襲来の期間が早まった」

 チサトの言葉にハルトは衝撃を受けた様子で開いた口が塞がらなかった。

「一月もしないうちにここに来る」

「一月……」

 思っていた以上に早かったのだろう。ハルトの顔には緊張の色が見える。槍を握り締める手に力が入るハルトを見るチサトの目が、微かに細められた。

「訓練最後の七日間、アタシと森で過ごしてみる?」

「え……?」

「前に比べて危険度は増してるし、魔物の遭遇率も高いけど、アタシの手の届く範囲なら君のこと守れる。死にそうになったとき助けてあげられる。実戦経験積んどきたいでしょ。どうする?」

 それはつまり、今の自分なら許してくれるということか。正式なハンターではない自分に、魔物を狩ることを許してくれるというのか。スコル相手にまともに戦えなかったのに、それでもいいと言ってくれているのか。

 ハルトは無意識に姉のドッグタグを握り締めていた。今のハルトに、それを断る理由などなかった。



 シロマの緊急の招集に、各々見張りや見回りをしていたハンターたちがギルドの前に集合した。

 リュカオンの接近が予定より早まると聞いて、やはりハンターたちも動揺が隠せなかった。

「で、でも、ここにはSランクハンターがいるから大丈夫だよな?」

 ハンターの一人が言うと、別のハンターが深く頷く。

「そう、そうだ。俺らにはSランクハンターがついてる。何も怖いことはねぇ」

「でもさ、そのSランクハンターが倒されちゃったら、アタシらが戦うしかないんだよね……?」

 女性ハンターが言うと、皆うぅんと喉奥で唸ってしまった。シロマはそんなハンターたちを見て静かに首を振る。

「使徒喰らいはその時点で既に魔障を放っています。魔障に耐性のないあなた方ではとてもではないですが戦うことは愚か、立っていることすらままならないでしょう。今からでも遅くはありません。もしこの戦いに参加することが怖いと思う方は、今すぐ避難してください」

 ハンターたちは顔を見合わせ、どうすると口々に言った。

「なぁ、シロマさん。俺らが避難したとして、アンタらはどうするんだ?」

 その中で屈強な体つきをしたハンターが渋い顔をして声を上げた。このハンターは以前、チサトと力比べをして負けたハンターだ。どうやら集落に残る選択をしていたらしい。よく見ると、その他のハンターたちもサノで見かけた顔ぶれが揃っている。

「私たちはギルドに残ります。ギルドはリュカオンが襲来した際の住民たちの避難所です。私たちには住民の皆さんを守る義務があります」

「待ってくれ。俺らが避難するのにアンタらはしないってのか」

「ハンターの皆さんは、一人でも多く生き残ればその分魔物を討伐できます。ですが私たちは違います。あなた方に命をかけて守っていただかなくてはならない身です。守られる側がどうして私たちの為に命をかけてくださいなどと言えますか」

「そんなのおかしいだろう。俺たちはこれでもこの集落とここに住んでる人たちを守ってきたつもりだ」

「そうだよ。アンタたちが残るのに、どうしてアタシらが避難しなくちゃならないんだ」

「俺らは使徒と戦う為にここに残るんじゃない。アンタたちを守る為に残るんだ」

 ハンターたちが次々に声を上げていき、そうだそうだと自らを鼓舞し始める。しまいには「Sランクハンターばっかりにいい顔させるな!」と声を上げる者もいる。

 シロマは素直に喜べず、ぎこちない笑みを浮かべるしかない。

 この様子をイチカがギルドの扉を開けてこっそり見つめていた。ともすれば中に戻り、弾薬を磨いているカガリのもとに駆け込んでいく。

「カガリさん、皆さん残ってくれるみたいですよ」

「そうか」

 喜ぶイチカとは裏腹に、カガリは黙々と弾薬を磨き続けている。

「あんまり嬉しそうじゃないですね」

「俺たちの為に命かけてくださいなんて面と向かって言えないだろう。今回に限って言えば、相手は使徒喰らいだ。死ぬ可能性のほうがずっと高いってのに」

「そっか……そうですよね。カガリさんもその銃で戦うんですか?」

 イチカはカガリの手元に置かれているハンドガンを見る。カガリはそれに視線をやると、磨いていた弾薬を静かに置いた。

「ああ、遠距離武器なら使徒喰らいの魔障も関係ないからな。それに……」

「それに?」

「……いや、可能性の話をしてもしょうがないな。地下の備蓄品に不足がないか確認してきてくれないか。さっきミカゲさんが、余った魔物の肉の塩漬けをいくつか置いていってくれたから、その分が増えているのは数えなくていい」

「はぁ……わかりました」

 首を傾げつつ、イチカは言われたとおり地下へ続く階段を下りていく。カガリはイチカがいなくなるのを見届け、ハンドガンを手に取る。もし予想が正しければこの武器はきっと役に立つ。

 ――あの人にだけ戦わせるなんて、そんなことはさせない。

 カガリはハンドガンを置くと、弾薬を磨く作業を再開するのだった。

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