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ファミリアに捧ぐ 47

 それから、14日間近くの時が流れる。

 チサトが森と夜間の見張りに集落を行き来する生活が定着した頃、ネロによる試作品三号が完成した。新たに冷却ユニットが搭載されたが、元来のものより重量が増えてしまう為、魔力結晶を入れておくカートリッジ部分は元のサイズに戻された。

 威力は以前のものからは落ちてしまうが、連続で使用しても爆発の威力と熱に耐えうるようになり、使用した所感もかなりよくなった。これなら使えるとチサトも判断したが、威力が落ちた分攻撃回数も増える為、そこだけは少々惜しい。

 それでもこれまでチサトが使ってきたガントレットに比べたら遥かに便利だ。体力、気力、筋力共に疲労する速度は一気に遅くなった。以前よりも長く戦えるようになったのは純粋に嬉しい。

「一つ懸念があります」

「懸念?」

 チサトが森に戻る前、ネロが神妙な顔つきで言った。

「冷却ユニットにはこの間発見されたばかりの特殊な水結晶を使用しております」

 特殊、と聞いて思い出すのはあのプランクトスの洞窟の奥で見つけた魔力の放出と吸収を同時にする水結晶のことだろう。

 ……ちょっと待て、知っているのはいいとして、何故それをネロが所持しているのか。

「この水結晶は私の独自調査により、ある一定の温度より上がらないという特徴を持つことがわかっています。故に冷却装置として使用しているのですが、熱による膨張と、水結晶の冷却が常に行われることになりますので、少々耐久度に問題が生じます」

「ほう。つまり?」

「使い倒しすぎると壊れます。もしくは敵からの攻撃でも壊れます」

「どのくらいで?」

「一分の間に三発打つと仮定して、30分で90発、一時間で180発。デットラインはその辺りですね。それ以上の使用は危険です。森から戻りましたら新しいパーツに交換しますので、必ずお立ち寄りください」

「なかなかいいとこ取りってのはできないね」

「現状ですとこの仕様を改善する方法が思い浮かばずでして。いっそ魔力を爆発させる仕組みごと考え直したほうがいいかもしれません」

「まぁ、仕方ないね。前より火力が上がるだけでもよしとするか。あと勝手に洞窟に忍び込んで水結晶を採取してきたことはギルドに報告します」

「っ、そ、そこは武器開発の新しい技術発展の為で致し方なく」

「報告します」

「……」

 このあと、ネロはカガリからこっぴどく怒られたという。

 またこの間、チサトは一度だけ訓練場に立ち寄りハルトの様子を確かめた。訓練は順調に続いているようで、エンハンス使用での動きにも大分無駄がなくなっていた。当初に比べ、エンハンスを発動できる時間も伸びているようだった。アビリティの成長は使い続けることが一番なのだ。チサトもそうして能力を磨いてきたのだから。

 アンバーとの実地訓練も大詰めを迎えつつある。成体により近づいたアンバーの顔つきは大分変わり、魔物と交戦する回数が多いせいか従来のリュコスよりも筋力がついて体躯は一回り近くも大きくなった。ミアと共に暮らすようになれば少しは筋力も落ちる為、この大きさは今だけとなる。

 月日が流れたことで、一日に魔物に襲われる回数が目に見えて増えた。

 この日、チサトは五頭目となるリュコスをアンバーと共に狩った。解体処理を済ませると疲労感が襲う。これ以上はさすがに厳しい。そろそろ野営地に戻るかと汗を拭っていたところ、上空に影が過ぎった。見上げるとアグニが旋回し、チサトのもとに下りてきた。ユノからの定期連絡だ。

 ――嫌な予感がする。



『無限荒野を移動中のリュカオンですが、全く疲れ知らずでして。止まることなく現在も走り続け、予定より早く無限荒野を抜けてしまいそうです』

 ユノの報告にチサトは嫌な予感が的中したことに内心の焦りを禁じ得ない。

 調査隊の予想では、更に14、5日後には荒野を抜け、その六日後には最初のSランクハンターが待機している集落に辿り着くだろうとのことだった。

「一人目のハンターって誰?」

『サジさんです』

「ハッ、あの死に損いのジジイか」

『お知り合いですか?』

「昔ちょっとね。大剣使い、どこまで立ち回れるか……」

『チサトさんの体調のほうはどうですか? 寝不足だったり、疲労が残っていたりはしませんか?』

「アンバーとの森での訓練と夜間の見張りで多少疲労は残ってるけど、訓練は順調だし、七日後には切り上げる予定だから、ヤツが来るまでには回復が追いつくと思う」

『それならよかった……それと一つ朗報が』

「ん?」

『開発部のほうで、飛空艇に使える新しい小型エンジンの開発に成功したんです。裏で秘かに小型飛空艇の設計と製造が始まっていたらしくて、早ければ試運転が10日以内にできるとのことでした。そこで何も問題がなければ、リュカオンが辿り着く前にそちらに救護班と増援を送れるかもしれません』

「んー、そっか。あんまり期待しないで待っとくよ」

『いい知らせなんですから喜んでくださいよ』

「その手で最初からうまくいった試しないんだもん。その小型エンジン、まともに動くまでに何回動作確認した?」

『えー……都合13回は』

「でしょー? 絶対エンジンと飛空艇との接続周りでなんか起きるって。想像できるもん」

『まぁ、そうですね……でも間に合えば大きな戦力ですから!』

「そうね。期待しないで待っとく」

『チサトさん』

「はいはい。それじゃあ、もう切るね。忙しくなりそうだから」

 チサトは一方的に通話を切ると、即座に行動を開始した。まずカガリのもとに出向き、借りていた本を返す。

「訓練が終了するまでは持っていただいて構いませんよ?」

「支部長を呼んでいただけますか」

 チサトの口早な言葉にカガリは何かを悟ると、すぐに頷き席を立った。支部長室に消えたカガリは、少ししてシロマと共に出てきた。チサトのほうを見るなり、シロマは早くも意味を理解したか、足早にチサトのもとにまでやってきた。

「お待たせしました」

「使徒喰らいが来ます」

 躊躇わずに言ったチサトに場の空気が一変して凍りつく。離れて様子を見ていたイチカも物々しい雰囲気にカガリの近くまでやってきていた。

「もしまだ片付いていないことがあるなら、早急に終わらせておいたいほうがいいです。アタシもアンバーの訓練を終えたらすぐに集落に戻ります」

「リュカオン、でしたね。現在どの辺りに?」

「無限荒野を進んでいますが、足が止まりません。ずっと走り続けています。予想では14、5日で抜けて、その六日後には最初のSランクハンターがいる集落に辿り着くそうです」

「……そうですか。やはり、ここに来るのは避けられそうにないですね。あなたの予想で構いません。一人目のハンターがリュカオンに勝てる可能性はどれほどあるとお考えになりますか」

 シロマの問いかけに、カガリとイチカも息を呑んでその答えを待った。チサトはずっとどこともつかない場所を見つめており、視線は交わらなかった。

「アタシの予想では……勝ち目はないです」

「それは何故」

「一人目のハンター・サジは、Sランクハンターの中でも最高齢です。大剣使いの大男で、全身を筋肉の鎧で固めています。大型の使徒を主に相手にしてきた歴戦の勇士です。経験年数、実績、共に現役のハンターでは足元にも及びません。それこそ、かつては最強の呼び名を誇っていました。しかし今は体力も落ちて、長年使徒と戦ってきたことによる魔障の影響も出始めています。その状態で気性の荒い使徒喰らいと交戦すれば、結果がどうなるのかはおのずと見えてくる」

「……」

「希望を持ったことが言えなくてすみません。でもこれが現実です」

 チサトから告げられた現状にシロマたちは押し黙るしかない。いまだ視線を合わせないまま、チサトは更に続けた。

「ですがおそらく、自分が勝てないだろうことはあのジジイ……当人が一番よく理解してるはずです。勝てないとわかったうえで、突破されたときのことを考えて致命傷かかなりの痛手を負わせるはず。アタシはその手負いのところを一気に叩きます」

「勝率は?」

「何事もなければ、確実に」

「何事もとは? 私はハンターの皆さんに説明をしなければなりません。具体的にお願いします」

「……。もし、使徒喰らいが戦闘中に使徒になった場合、再び肉体の再構築が始まり、それまで与えた傷がなかったことになります。アタシが消耗し切ったあとにそれが起きてしまったら、はっきり言えば負けます」

「つまり、あなたの死がここの最後というわけですね」

「支部長、何もそんなはっきりと……」

「――殺します」

 思わず間に入ったカガリを遮り、チサトが初めてこちらを向いた。その瞳はカガリですらも初めて見る、なんとも言い表しにくい感情を湛えていた。

「死んでも殺します」

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