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ファミリアに捧ぐ 44

 翌日、早朝からチサトはネロのラボにいた。試作品二号が完成したのだ。

 ネロは更に進化を遂げたガントレットを掲げ口早に言った。

「衝撃を吸収するパーツには、以前よりも更に吸収性に優れた質のいい素材を採用しました。そしてこちらは新たに排気ユニットを搭載しております。対象物を殴った際に、空気を取り込み魔力結晶の爆発による衝撃を逃がしつつ、この二つの排気口から、取り込んだ空気を輩出することで過度な魔力を放出する役割を担っております。というのも、この仕組みを搭載した結果、カートリッジの容量を増やすことには成功したのですが、殴る回数が増えるとそれだけ魔力結晶の爆発回数も増えますので、ガントレット本体が熱を帯びてしまいます。それも考慮しまして、耐熱性のある素材を組み込みましたが、それでもおそらくチサトさんの一撃の威力でかなりの熱を発するだろうことが予想されます。冷却ユニットを組み込みたかったのですが、その分重量が増してしまう為、体感が変わってしまうと思い今回は搭載を見送りました。その分二つの排出口とは別に、横に細かい排出口を設けておりますので、これらを冷却ユニット代わりと思っていただければと」

 相変わらずの情報量に最早理解することを諦め、チサトは気になるところだけに疑問を提示した。

「水に浸すのは?」

「耐水性ではないので」

「濡らした布とか」

「それくらいでしたら。滴るのは困りますが」

「んー、了解。丁度これからイーニスを一頭狩ってこうと思ってたんだ。試してみる」

「であるならば、私もご一緒させてください。一度自分の目で性能を確かめてみたく」

 すくと立ち上がったネロはチサトが呼び止める間もなく歩き出していく。

「……え、本当に来るの?」



「大丈夫? あんまりいい光景にならないけど」

 チサトはガントレットを装着しながら、この集落にやってきたときから全く動きのないイーニスの群れの前に立つ。

 イーニスは何故かいつも目を閉じて佇んでいる。死ぬ瞬間ですらその瞼が開かれることはない。まるで外の世界の嫌なものを映したくないと言わんばかりだ。

「心を無にして拝見させていただきます」

「……まぁいいけど」

 丸眼鏡の奥できらりと目を光らせるネロにチサトは複雑な感情を抱きつつ、適当な一頭に目をつける。一瞬チサトの目つきが変わり、瞬間で目をつけたイーニスに距離を詰めると頭部を思い切り殴り込んだ。

 僅か一撃でイーニスは倒れ込んだが、他のイーニスたちは見向きもせず、ただただ佇むという不気味な光景が広がっている。そりゃあ魔物も諦めて襲わなくなるわなと、チサトはガントレットの様子を確かめる。

「今の一撃だと熱はそれほどかな。ちょっとあったかいくらい。使徒戦は最初から全力で行くから、一気に熱が籠るんだろうけど、森でもうちょっと試してみるね。連戦だとどうなるか記録欲しいでしょ?」

「……」

「ネロちゃん?」

 ハッとしてネロは我に返った。その様子から見ても予想を超えた威力だったことが窺える。

「申し訳ありません。確かに連戦の記録は欲しいです。しかしながらやはり想像以上にチサトさんが馬鹿力でしたので、戻って今のうちに試作品三号を作っておこうと思います」

「ついに隠さなくなったな」

「やはり冷却ユニットは必須か……おそらくこのままだと排気口から蒸気が出て火傷を負う可能性が」

「火傷したら怒りに来るね」

「……」

 ネロはきゅっと口を結び、「試作品三号に取りかからなければ」とそそくさ逃げ帰っていった。



 いよいよ、チサトはアンバーを引き連れ集落の森へと続く出入り口に立った。

 イオリから受け取った数日分の保存食と、ギルドから借り受けた野営セットを持っている為、なかなかの大荷物だ。

 見送りにはカガリと、何やら寝不足気味のミアが来てくれた。

「食糧、本当にその数日分で大丈夫ですか?」

「ええ。あとは森で適当に魔物を狩ったり、木の実とかを集めてくるんで。最初の数日だけ、魔物の肉の魔力が抜け切るのを待たなくちゃいけないから、どうしても用意してもらわなくちゃいけなかったですけど」

「もし何か危険な状況に陥った際にはすぐに戻っていらしてください。今朝の報告で、森を巡回していたハンターがスコルに遭遇したと言っていたので。スコルがいるということは、おそらくハティもいるはずです」

「そうなんですよね。ハティはスコルとは逆で夜行性、おまけにスコルより凶暴で、遭遇すると朝まで追いかけてくる死神みたいなやつだから」

「あの、やはり今この状況で、森の中でミカゲさんとアンバーが過ごすのは危険では……今からでも遅くありません。森での訓練は中止されては?」

「そうしたらミアちゃんに預けられないですよ」

「……」

 そう言われてしまうとカガリも難しい表情になってしまう。チサトは眠たげなミアの前にしゃがみ込み、寝ぐせで少し立っている髪を梳いてやった。

「夜更かししたの?」

「……ちょっとだけ。あのね、ほんとうは今日、チサトお姉ちゃんにあげたかったの。でも間に合わなくて……ごめんなさい」

「何か作ってくれてたの?」

 ミアはこくりと頷くと、「もどってきたらあげるね」と声小さく呟いた。

「そっか。じゃあ、それまで楽しみにしとくね」

 チサトは荷物を抱え直し、アンバーを連れ森へと向かっていった。本当に大丈夫だろうか、カガリの不安は尽きない。

「チサトお姉ちゃん、ケガしたりとかしないよね……? アンバーも大丈夫かな」

 思うところは一緒のようだ。カガリは眠たげなミアを背負い、遠くなるチサトの背中を見送る。

「大丈夫だとは思いたいけどな。……さ、サノに帰ろう。ミアはもう少し寝ないとな」

 森に消えゆくチサトを気にしつつ、カガリはサノへと戻るのだった。



 ――まずは水場と野営地になる場所を探さないと。

 チサトはアンバーを連れ、森の中を進む。

 なるべく集落からは離れた場所にしなければ。比較的安全だった場所は、今では使徒喰らいに棲み家を追われた、危険な魔物の潜む地となってしまっている。見回りをしているハンターに被害が及ばないようにする為にも、十分な距離は必要だ。

 ベルトに提げていた水筒を掴み、荷物の中から手巻き煙草用の巻紙を取り出し水をかけた。それをアンバーに嗅がせ、「探せ」と指示を出す。アンバーは地面を嗅ぎながら水場を探し始める。

 この辺りにはいくつかの水源がある。探すこと自体はそれほど難しくはないはずだ。イオリも言っていたが、川が多く、そこでは魚も捕れる。余程のことがない限りは食糧と水には困らないだろう。

 あとは――狩りの対象となる魔物が出るのを待つだけだ。



 一方、ハルトは朝から訓練に勤しんでいた。エンハンスで体を強化しながらの訓練はいつも疲労が伴う。それはハルトがまだ自身のアビリティをうまく使いこなせていないからだ。

「っ、ハァッ、ハァッ……」

 たった数分、アビリティを使用しただけで激しい息切れと疲労が襲ってくる。全身から汗が吹き出し、槍を握る手が汗で滑る。俯くだけで頬や髪の先からも汗が滴り落ちた。

「クソッ……」

 何度も諦めたくなるが、そのたびに胸元のドッグタグが目に入る。姉のハルヒがもう少し頑張れと背中を押してくれる。

「……」

 ハルトは掌の汗を拭うと、息を整えて木人相手に槍を構えた。時間がない、少しでも長くエンハンスが続けられるようにならなければ。

 ただの足手まといにはなりたくない。生き残れと、言ってくれる人がいるのだ。ハルトは意識を集中させ、再び木人に槍を振るい始めた。

 その様子をカガリが遠くから眺めていた。表情には複雑なものを抱え、しばらくもすると訓練場を去った。カガリの姿はギルドへと向かっていた。

 ギルドはまだ始業前、人の姿はカガリ以外には見られない。カガリはギルドの奥へと向かい、厳重に施錠されている扉の鍵を開けて中に入った。

 無数の金庫が並んでいる。その内の一つの前に立ち、ダイヤル式の鍵を開けると中にはもう一つの魔銃「イービルアイ」が入っていた。それを手に取り、カガリは少しの間眺めていたが、何かを決意したかのように懐のホルスターに銃を差し込む。

 二丁のハンドガンがカガリの懐に納められた。

 カガリは服の上から銃があるあたりに手を置き、金庫の扉を閉めると部屋を出ていく。魔銃は、その出番が来るのを静かに待っている。

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