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ファミリアに捧ぐ 43

 アンバーとの訓練を終え、チサトが資料室にやってきた。

 しばらくはミアとの接触がなくなるので、アンバーはミアに預けてきたらしい。

 カガリも合流してくると、チサトは椅子の背もたれに寄りかかりながら淡々と話し始めた。

「じゃあ、まずは今回の使徒喰らいについて話しますか。名前はなんて言ったかな……ああ、そうそう。リュカオンだ、リュカオンね」

 リュカオンは、おそらく元はただのリュコスであったと思われるが、何らかの理由で死亡し、起き上がる前の使徒の肉体から魔力結晶を喰らい、時間をかけて使徒喰らいに成長を遂げていったものであるということ。

 また、特徴として過去にハンターとの戦闘経験があるのか、目に傷を持つ。

「片目が潰れているからその分戦いやすい、とは言えない。使徒喰らいは使徒になる前の段階でもう魔障を放ってるから、遠距離武器を持たない君はそもそも戦えない。もって数十秒から一分が限界だろうね」

「魔障って、人間にとって毒、なんだっけ」

「そう。どんな人間も、長時間使徒とはやり合えない。戦闘時間が長引けば長引くほど、魔障の毒に汚染されて体が言うことを聞かなくなる。数十分がいいところかな。体力の限界もあるしね。あと、エンハンス強化なしには戦えない。最初から全ての力を出し切って戦う必要がある。出し惜しみなんてしない。一分一秒でも短く戦闘を終わらせないと、被害はその間にも拡大していくから」

「オレ、まだエンハンスの常時発動できないんだ。どうやったらできるようになる?」

「まぁ、常時発動って言っても、その戦闘の間だけ発動しておくって感じになるから、一定期間が正しいかな。アタシの場合はひたすら討伐任務受受けまくって、気づいたらできるようになってたかな」

「何その自分追い詰めて開花するみたいなやつ」

「当時のアタシにはそれが合ってんだろうね。でもこれかなり力技だし、ハンターにしかできない方法だから君は別の方法を探すしかないね。常時発動って意味では、そこにいる人でも十分参考になると思うけど」

「私ですか」

 カガリは眼鏡をかけ直すと、そうですねと当時の自分を振り返る。

「参考になるかはわかりませんが……私も若いうちは、アナライズの効果を長時間発動することはできませんでした。それこそ一分も続けられませんでしたよ」

「じゃあ、どうやって?」

「集中が切れて、解除されてしまったらまた発動し直して、それを一日へとへとになるまで繰り返していたら、ある日気づくと半日持続するようになっていたんです。それからは、徐々に発動時間が伸び出して、その内一日発動していても平気なようになりましたけど」

「根性理論をぶつけられてる気がする」

 どっちもどっちだなとなるハルトに、そんなことはないとチサトは首を振った。

「アタシだって気づいたらだったし。多分体に覚えさせるのが一番の近道なんだと思う。君はまだ体が使い方を覚えてないんだよ。数をこなして体に叩き込んでくしかないね」

「結局そうするしかないってことか」

「でも時間制限がある」

「……」

「気長にやってる暇はないよ」

「……わかってるよ」

「君がすべきなのは、少しでも長く生き残ることだからね。そこは間違えないように」

「わかってるって」

 二人のやり取りを微笑ましく見ていたカガリが小さく挙手をした。

「ミカゲさん、使徒喰らいについて、私からもいくつか質問をしてもいいですか?」

「ええ、どうぞ」

「元がリュコスということならば、根本的な倒し方はリュコスと一緒なんでしょうか。怯ませて首を狙うか、心臓部を狙う?」

「そうしたいんですけどね。いろいろ難点があるんですよ。まず、気性が荒くて暴れ回るので怯むことがない。むしろ向かってくる。体が再構築されてしまっているから皮膚も厚いし、攻撃が通りにくい。真っ向勝負を挑むと苦戦するので、今回は目の傷を容赦なく狙います。あとはもう、とにかく攻撃を繰り返して弱らせて沈めるだけ」

「やっぱ根性理論じゃん」

 ハルトが即座に言うと、しょうがないでしょとチサトは返す。

「アタシの攻撃手段がそうなんだから」

「仲間を呼ばれる可能性は? リュコスの遠吠えは仲間を呼びます」

「そこが判別しづらいんですよね。リュコスと全く同種なのかと言われたら、別物だとアタシは思ってます。あれは進化とか、そういう類のものじゃなくて、変質なんですよ。肉体構造から思考から人間に対する増悪心まで、とにかく別物なんです。それでも同じ能力を持つなら、呼び寄せる可能性は非常に高いと言えます」

「では、残っているハンターも無駄ではないということですね?」

 二人の間で行われているアイコンタクトに、ハルトは小さく息を呑み込む。

 不意にチサトが笑みを零すと、「だといいですね」と言った。その答えで満足したのか頷くと、「話を遮ってすみません」とカガリはまた聞き役に徹する。

 なんだったんだ今のやり取り。これが人生経験の違いってやつなのか。ハルトはこのやり取りの意味を怖くて聞くことができなかった。



 夜、チサトは見張り台にいた。本来ならばこの日、チサトは夜間の見張りには入っていないはずだった。それだけハンターが減り、人手が足りなくなってしまったのだ。それでもベッドで眠れる日があるだけありがたい。

 たとえどれだけ人数が減ろうが、集落を囲う篝火を絶やすことはできない。夜空を覆う星の輝きも変わらない。変わったのは居住区から漏れ出る灯りの数くらいだろう。今やギルドとサノ、かろうじて残った住民の家から薄っすらと差し込むばかりだ。

 チサトはこれらの光景をなんとも言えない眼差しで眺めている。ここから見える景色は広大で美しい。それを脅かそうとしている存在が近づいてきている。できるならば来てくれるなと、胸の内で何度も思う。

 ふと、見張り台の階段から足音が聞こえてきた。目を向けると、カガリが姿を見せた。手には湯気の立つカップを二つ持っている。

「お疲れ様です。よければどうぞ」

「あ、どうも」

 差し出されたカップからは香草のような澄んだ香りが漂ってくる。

「薬酒です。リンゴの蜜を溶かしているので味は美味しいですよ。血行を良くして、体を温める効果があるんです」

 今夜は少し冷えますから、と続けたカガリに心が温かくなる。この集落に来た当初、まだ季節の変わり目を感じる程度だった風は、いつの間にか冷たい風を運んでくるようになっていた。

 カガリは見張り台から集落を眺め、とても寂しい目をした。

「ここも随分と人が減りました」

「……ですね。でも多いほうですよ。使徒が付近に出現した集落は大体が空っぽになりますから」

 カガリの隣に並び立ちながら、チサトはカップに口をつける。甘さと薄荷に似た味が、すぅっと胸の内に落ちて、じわりと体に溶け込んでいく。

「あなたはそんな集落を数え切れないほど見てきたんですね」

「ええ。なるべく集落から離れた場所で、使徒の討伐を目指してるつもりなんですけどね。行動範囲の広い使徒とか、一回の移動距離が長い使徒だと、集落にまで足が及んで住居が壊されることがあるんで、なかなかうまくいかなくて」

「それで何か、あなたのハンターとしての職務に影響が出るようなことは?」

「今のところは。ギルド本部が、被害を受けた集落には必ず三年間の間、支援物資と復興資金を出してくれてるんで、何か言われたことはないんですけど。そういう話も聞かないですし。でも、一度壊されてしまった家は元には戻らないですから、愛着のあった場所を失うことは、きっと心苦しいだろうなと思います」

 チサトは一呼吸置くと、「ちょっと身の上話していいですか」と言った。カガリはただ小さく、どうぞと返した。

「アタシね、この大陸のうんとうんっと西にある、ここよりももっと小さい集落で生まれ育ったんですよ。あまりにも辺境すぎて、ナーノスすら住処にしないような場所で。小人すら寄り付かないってよっぽどだと思いません?」

 笑うチサトに、カガリは曖昧に頷く。

「一応ギルドはありましたけど、もう形だけみたいな。常駐の職員もハンターも片手で数えられるくらいしかいなくて。あわせてですよ? どっちもあわせて片手で事足りるんです。それだけ平和でした。まぁ、つまらない場所ですよ。名産品なんてないし、道もほとんど整備されてなくて移動も不便だし、商人も来ないからいっつも自給自足で。集落全体が家族ですっていうくらい距離も近くて」

「それはそれでいいところな気もしますけど」

「家の扉に鍵はかかってないし、他人が平気で顔出してくるんですよ? いつだったか、朝起きたらご飯作ってたの母親じゃなくて、隣の家のおばさんだったんですから」

「それはまた、なんとも言い難い……」

「仕方なく食べましたよ。美味しかったですけど」

「はははっ」

 声を上げて笑うカガリにチサトもつられて肩を震わせた。でもね、と息をついたチサトはカップに口をつける。

「そんな集落でも、一回だけで事件があったんですよ」

「事件?」

「群れからはぐれたんでしょうね。ナーノスが一匹迷い込んだんですよ。そのたった一匹が迷い込んだだけで、集落がこの世の終わりが来たみたいにもう大騒ぎで。結局、ナーノスはすぐに駆けつけてくれたハンターが追い返してくれて、騒ぎなんて数時間も続かなかったんですけど。それでね、アタシ子供ながらに思ったんですよ。こんなんじゃ駄目だ、あんな魔物一匹が来たくらいで大の大人たちが大騒ぎして、恥ずかしいって。まぁ、実際はナーノス一匹でも十分危険なんで、その時のアタシは本当にただの子供でしたね」

「でも、それで今はSランクですよね? 凄いことですよ。才能があったんですね」

「才能があっても守るものがなくなったら、意味がないですよね」

「?」

「アタシがね、一番守りたかった故郷はもうないんですよ」

「え……?」

「アタシがハンターになってしばらく経った頃、アタシに手紙が届いたんです。母からでした。集落が解体することになったから、アタシに移住の手伝いを頼みたいって。ほら、ギルドってハンターとその家族に優先的に住むところを手配してくれるじゃないですか。他に頼れるところもなかったんでしょうし、中央に移住の手続きをしました。両親と弟は今でも中央で暮らしてます」

「そんなことが……解体はどうして?」

「簡単ですよ。人がいなくなったからです。集落には最低限、これだけの人が必要ですよって基準があるんです。その基準を下回ってしまったんですよね、若い人がどんどん外に出ちゃって。中央に移り住んだ家族は、元いた場所より便利で住み心地がいいって喜んでましたけど。故郷に何かあったときはって思ってたこっちとしては、いろいろ複雑ですよね」

「……そうでしょうね」

「だからあなたの、この集落を守りたい、家族を守りたいって気持ちはわかるつもりです。アタシもそうでしたから。でも自分一人で守り切れるなんて思わないことですよ。相手はSランクハンターが死に物狂いで戦ってやっと勝てる相手なんですからね」

「肝に銘じておきます」

 頷くカガリに本当かよと、チサトは思ったが今更かとも思う。なんとなくこのまま会話が途切れてしまうのが嫌で話題を探してしまう。

「そう言えばミアちゃん、アンバーを預けたときにちょっと顔を見ただけで、今日は全然見かけないですね。妹さんの手伝いもしてなかったみたいですし」

「ああ。ずっと部屋にこもって何かしているんですよ。私にも教えてくれなくて。明日には出てきてくれるといいんですけどね。しばらくあなたと顔を合わせる機会がなくなるんですから」

「あ、そうだった。アタシ夜の見張りには戻ってきますから。二日に一回」

「なんで一日減ってるんですか。三日に一回でいいですよ。ハンターがいなくなった穴埋めは私がしておきますから」

「疲れは目に来ますよー? いくらあなたの銃が百発百中だとしても、獲物を目で追えなかったら意味ないでしょう」

「この集落を守る為ならなんでもできますから」

 ――その為には五感を失うことも厭わないと?

 チサトは喉まで出かかった言葉を呑み込んだ。もし自分がカガリと同じ立場だったら、きっと自分も同じ選択をしていたはずだ。

 だが、自分が守りたかった故郷はもうないし、魔武器にも選ばれなかった。選ばれる人間との差はなんなのだろう。失う覚悟だろうか、それともお前には必要ないだろうという、魔武器側の選定なのか。

「しばらく、あなたとこうしてお酒を呑むこともなくなりますね」

「あらら、寂しいんですか?」

「……まぁ? 気の合う方とお酒を呑む機会ってのもなかなかないですから」

「それもそっか。アタシだってそうだし。……あの、一つお願いしてもいいですか」

「なんでしょう」

「もし使徒喰らいとの戦闘でアタシが生きていられたら、とびきり美味しいお酒、奢ってくれません?」

「え?」

「そうしたらアタシ、頑張れる気がするんで」

「……」

 この世界の娯楽は限られている。テーブルゲームか読書か、酒を呑むか。男女それぞれで楽しむものも違う。腕っぷしに自慢のあるハンターが互いに腕を競い合う闘技場も、身綺麗にしたい女性が装飾品や衣服を買い求める服飾店も、それぞれにありはするが、そのほとんどは中央に集まっている。

 チサトのような転々とする生活では、ますます娯楽とは無縁だろう。そんな彼女が嗜むのは、命の駆け引きに持ってくるのは、一杯の美味い酒なのだという。

 Sランクハンターはこの世界において一番の高給職だ。中央の一等地に豪華な家を持つことも、店を丸ごと買い占めることも、生涯遊んで暮らすことだってできるのに。チサトはそのどれをも選ばず、人に奢ってもらう美味い酒が呑めることを選ぶのだ。

「いいんですか? あなたの大切な命に、その一杯は釣り合うものでしょうか」

「いいんです。アタシは美味しいお酒が呑みたいんです。あとつまみもあってくれたら言うことなしですね」

 カガリはふふっと微笑んで、「いいですよ」と返した。

「お約束します。最高の一杯をご馳走させてください」

「うわっ、楽しみ」

 この夜、二人は遅くまで語り合った。

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