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ファミリアに捧ぐ 4

「緊急討伐任務が発令されると、そこで犠牲になったハンターたちの献花と、使徒討伐に貢献したハンターを称える表彰があるんだよ。それを授与式と献花式って言うんだけど、この前日に行われるのが前日祭、翌日に行われるのが後日祭っていう、まぁ盛大なお祭り騒ぎをしますよってこと」

 簡潔に教えてくれたノエに、チサトはパンを口に運びながら「へー」と呑気に返した。そんなものとは無縁に生きてきたチサトにはどこか遠い国の話に聞こえていた。

「この三日の間は街中がいろんな出店で溢れ返るんだよ。美味しいものたくさん出るし、他の大陸の輸入品なんかも入ってくるから珍しいもの見放題だし、新しい武器とか防具とかも出回るから楽しいよ。それに緊急討伐任務のときしかないから、次はいつ開催されるかわからないんだ。これ逃したら次は5年後か10年後か」

「そうなんだ。武器と防具には興味あるなぁ。ちゃんと見て回れるのは前日祭くらいか。そこだけでも行こうかな」

「そうこなくっちゃ。一日かかっても見て回れないから、本当は三日間全部で回れたらよかったんだけどね。訓練生には一定額しか支給されないし、よく吟味しないとだからいろいろ迷うよ」

「ハッ、これだから女ってのはすぐ浮かれるんだな」

 うわ……とチサトは呆れた顔を隠しもしなかった。横から入ってきた声にノエの表情もムスッとしたものに変わる。

 隣の席で昼食をとっていたらしきウェルサがそこにはいた。

「そんなのに行く暇があるなら訓練でもしてたほうがよっぽどマシだ」

「数年に一回あるかないかの機会を楽しんで何が悪いわけ?」

 ノエが声を強くしてウェルサに言い返した。これはまた面倒なことになるぞ、とチサトは早くも遠い目をする。

「あのなぁ。訓練生でいられる時間は一年もないんだぞ。こうしてる間にはどっかでは魔物が人食い殺してるんだ。俺は一日でも早く正式なハンターになって、魔物を殺したいね」

「訓練生を卒業してもすぐに討伐任務はやらせてもらえないだろ。みんなまずはEランクの採取任務から始まるんだ」

「そんなの数こなしてればすぐにDランク、Cランクに上がるさ。お前たちみたいな甘い考えがハンター同士に差を開かせるんだぞ。ま、女と男じゃいろいろ作りが違うから差ができるのは当然だけどな」

「アンタ、ホントに男だとか女だとかうるさいなっ」

「おーこわ。敵わないからってすぐムキになるなよ。――と、こんなのんびりしてる暇ねぇや。訓練が始まるまでは基礎知識に勉強を割く時間にしてるんでね。こんなところで無駄口聞いてる暇あるならお前らも勉強しろよ」

 と、ウェルサはこれまた厭味ったらしく去っていった。

「くっそー、あいつほんっとに腹立つ……」

 ノエは怒りを抑え切れない様子で眉根を顰めた。

「チサトよくあんなやつと基礎訓練一緒にできるよね」

「そう決まっちゃったからね。アタシも正直あいつ苦手だけど」

「だよね。あいつの何が悔しいってさ、間違ったこと言ってないとこなんだよ。魔物の知識を頭に入れるのに時間割いたほうがいいのは確かだしさ。その分だけ差ができるのも当然だし。はー、なんか食欲失せちゃったな。ごめん、アタシ先寄宿舎に戻るね」

「ああ、うん」

 食事にはまともに手をつけず、ノエは退席してしまった。

 ……間違ってない、か。

 チサトは口に放り込んでいたパンをごくりと呑み込み、頬杖をついた。

「勉強かぁ」



 午後になれば基礎訓練になり、否が応でもウェルサとは顔を合わせる。

 この日は二人が主としている武器が本当に適正武器なのかを見るとアサギは言った。

 チサトは槍を、ウェルサは意外にも片手剣と盾を選択していた。

「え、近接に向かないって言われてんのになんで?」

 思わずチサトが尋ねると、ウェルサは至って真面目な顔でこう返した。

「俺の利き腕は右なんだ」

「は?」

「咄嗟に自分の身を護るときに剣を握っていない左手で庇う。だから左手に盾を持っていたほうが合理的なんだ」

「合理的って……」

「無駄に身体能力の高いお前みたいなやつには、護りに徹したい人間の気持ちなんてわかんないだろうな」

「あのね」

「無駄口が減らないようだな」

 強い口調で言ったアサギに二人は揃って閉口した。

「お前たちが本当にその武器でこの先魔物と渡り合っていけるかどうかはこれから私が見て判断する。用意した木人の前に立て。私の合図で二人とも模擬戦闘を開始しろ。エンハンスの使用も許可する」

 二人はそれぞれ離れた位置にある木人の前に立ち、武器を構えた。

 一瞬の静寂の後、アサギが「始め!」と声を上げた。

「!」

 一陣の風が走り抜けた。ウェルサはその風の行方に驚いて目を瞬かせる。

 走らなければならないほどの距離が空いていた木人まで、もうチサトが迫っていた。手の中で振り回される槍は木人を何度も叩き、激しい音をさせている。

 ウェルサはぐっと息を呑むと、止めていた足を走らせ木人に向かっていく。

「……」

 その姿を遠くで見つめていたアサギは、何か考え込むように腕を組み佇んでいた。



「そこまで」

 アサギの声が響き渡ると、ずっと動き続けていたチサトとウェルサが息を切らせて膝をついた。

「お前たちの武器の扱い方はわかった。結果は追って言い渡す。給水時間を設ける。しばらくの休憩の後、基礎体力作りに入れ。それが終わり次第寄宿舎に戻っていい」

 二人は肩で息をしながら「わかりました」と武器を置いて訓練所のほうへと戻っていく。

 それに入れ替わるように訓練所からはサジが姿を見せ、アサギのもとにやってきた。

「よう。今年はどれくらい有力候補がいるんだ?」

「成績を見る分には三人だな」

「ハッ、俺らの時代に比べたら減ったもんだ」

 どこか自嘲気味に笑ったサジに、「当然だ」とアサギは返した。

「あの頃とは違うんだ。魔物の強さも、平和さも、使徒の数もな」

「減らしたのはどこのどいつかね」

「さぁな。それで、そんなことを話に来ただけなら休養でもするといい」

「ソーマが死んだ」

 僅かに動きが止まったように見えたアサギは何か言い淀んだあと、「聞いてるよ」と小さく呟いた。

「会いに行かなかったのか」

「面会謝絶だった」

「最期のときは解放されていた。死に際に見たかったろうさ」

「感傷に浸りに来たのならよそでやれ。私は後続育成で忙しいんだ」

 変わる様子のない態度に、やれやれと言わんばかりにサジは肩を竦めた。

「前日祭、俺と久しぶりに呑まないか」

「……当日は表彰だけされて、また行くのか」

「ああ。使徒は待ってちゃくれねぇからな」

「お前もそろそろ後続育成に入ったらどうだ。後遺症が出てないわけじゃないんだろう?」

「何言ってやがる。俺は生涯現役だ。後続育成はお前に任せたんだ。それじゃあ、前日祭に迎えに来るわ」

 ひらりと後ろで手を振り、サジは訓練所へと戻っていく。

 取り残されたアサギは深く息を吸い込んだ。それは少しもして、重いため息となって吐き出されるのだった。



 翌日の座学は歴史学だった。

 教室の黒板には「ファストとアテナ」という文字が見える。

「アテナは槍の使い手として、類まれなる才能を持っていた」

 資料を片手に、アサギが訓練生たちの間を歩いている。

「体躯にも恵まれ、原初の魔物を初めて討伐した人物として名が残っている。一方のファストは歴代の鍛冶師の中で最も有名な職人であり、このファストこそが最初に武器に魔物の素材を使うことを考案したとされている。そして、この二人が出会って生み出されたのが、現代で最も強力な武器と言われている魔武器とされ――」

 アサギはチラと視線をチサトに向けた。器用に座りながら寝息を立てている。

 ノエがそれに気づきチサトの背中をつついたが、時既に遅し。

「いっ……!」

 チサトは脳天に受けた拳の痛みに飛び起きた。しかしその瞬間、アサギの冷酷無情な視線を浴びて身を縮こまらせた。

「次、お前が寝ているところを見かけたらどうなるか言ったはずだな?」

「……はい」

「よし。座学終了後、お前は午後の基礎訓練までリュコスの図解録の書き写しをしろ」

「ひ、昼は?」

「飯抜きだ」

「そんなっ」

「これに懲りたら二度とするな」

 これまた無慈悲に告げたアサギは再び資料を手に「この魔武器は非常に強力な武器ではあったが」と話を続けていく。

 痛みに唸りながら心の中で「鬼め……」と悪態をつきつつ、視線を感じてチサトは隣を見た。ウェルサの呆れ返った顔が見え、悔しいやら情けないやら痛いやらで少し泣きたくなった。



 座学終了後、空腹を抱えたままチサトはリュコスの図解録の書き写しを一人教室で行っていた。

「……お腹空いた」

 空腹の胃を擦りながら、なかなか進まない羽ペンにため息が漏れる。

 それが何度か続いたとき、不意に教室の扉がそっと開かれノエが忍び込んできた。

「よっ」

「ノエ? どうしたの?」

「これ、食堂からくすねてきた」

 と、ノエは抱えていた包み紙の中からパンに野菜と肉を挟んだものを取り出し、チサトに差し出した。

「え、いいの?」

「基礎訓練前には食べといたほうがいいでしょ」

「ありがとう」

 心からの感謝を述べて、チサトはそれにかぶりついた。

「んー、生き返る」

「ははっ、そりゃよかった。そうだ、午後の基礎訓練、今日はハンターサジが見てくれるらしいよ」

「あの人が?」

「うん。だからその為にもしっかり腹ごしらえして、気合入れないとね。現役Sランクハンターに動き見てもらえるんだから。はー、緊張するなぁ。アンタも図解録の書き写し頑張ってね。じゃ」

 言うだけ言ってノエは立ち去っていった。昼を持ってくるのはあくまで口実で、本当はサジに動きを見てもらえるという興奮を誰かに共有したかったのだろう。

 ノエらしいとは思いつつ、なんでまた急にそんなことになったのだろうという疑問を持った。当然ながら、その疑問に答えなんて出るわけもない。

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