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ファミリアに捧ぐ 37

 その頃、ハルトはこの数日でカイルから習った基礎を徹底的に体に叩き込んだことで、自分の成長を確かに感じていた。プランクトスだって的確に魔力結晶を狙って突けるようになったのだ、この調子で行けばきっと魔物相手にもやり合えるようになると息巻いていた。

 ハルトの中に避難するという二文字は初めからなかった。使徒が相手だって怖くともなんともないのだと、そう思っていた。

 この日もハルトは訓練をつけてもらおうと、サノに滞在しているカイルのもとに向かった。しかし訪れた部屋では、荷造りを終えたカイルがいた。

「え、カイルさんなんで?」

「僕は今回の戦いには参加しない。あいつらはもう魔物の領域を超えている。化け物なんだ。僕みたいなBランクハンターは足手まといでしかない。手も足も出ない相手に挑むのは無謀すぎるからね」

「それでもハンターだろ! 戦うのは当たり前じゃん!」

「すまない。基礎は教えたし、これ以上教える時間はもうないと思う。君も可能なら逃げたほうがいい。足手まといになる」

「なんでそんなこと言うんだよ! 他のみんなは残るって言ってるのに!」

「怖いんだよ」

「っ……」

「怖いんだ、戦うのが。だから戦わない。逃げるんだ。本当にごめん。だからここを去る前に、」

「っ、んだよ……」

 カイルが胸元のドッグタグを取り出そうとしたとき、ハルトがギリと拳を握り締めた。

「臆病者! 見損なったよ! ハンターのくせに!」

「ハルト君!」

 ハルトは部屋を飛び出し、サノから自宅へと一直線に駆け込んだ。そして扉付近に立てかけてあった槍を掴むと、そのまま集落の外にまで駆け出していってしまった。

 この流れをアンバーと共に訓練場に向かう途中だったチサトが偶然にも目撃していた。何事だと思って立ち止まると、サノから旅装束のカイルが慌てて出てきたのでおおよその察しはついた。

「あ、あのっ、ハルト君は!?」

「今無謀にも外に行きましたよあの半人前」

「大変だ、早く追いかけないと……!」

「一応何があったか聞いても?」

「……僕が、魔物と戦うのが怖いと言ったせいで」

「あのクソ生意気なガキめ。魔物が怖くないハンターなんていないってのに」

「ミカゲさん!」

 と、カガリが息を切らせながらやってきた。カガリは今日は確か、見張り台で半月に一度の定期整備を行っていたはずだ。

「ハルト君が森に向かったようで! 今さっき見張り台から見えて!」

「そこからだとよく見えたでしょうね」

「そんな呑気なこと言ってる場合ですか!」

「いや、まぁ、追いつこうと思えばすぐ追いつけるというか」

「?」

「あの半人前、槍の扱いはどこまで進歩したんですか?」

 チサトがカイルを振り返ると、カイルはどこか苦々しい顔をした。

「基礎しか教えていません。あなたに言われたとおり、自信をつけさせるのはよくないと思ったので。木人相手にしかやっていませんでしたが、でも見ていないところでプランクトスを練習台にしていたみたいです」

「ははぁ、あの生意気な半人前のことだから調子乗ってるな」

「ミカゲさん、急がないと」

「丁度いい、この子に捜させますか」

 チサトは視線を足元で座り込んでいるアンバーに向けた。最初に見たときよりも随分と背筋が凛としている。目はチサトを見つめていた。

「闇雲に捜すより効果的ですよきっと」

 頼んだよ、とチサトはアンバーを撫で、口輪を外した。

「あなたはどうします?」

 突然チサトがカイルに向き直った。カガリがカイルを見ると、旅装束の下で拳が握り込まれている。それが震えを抑える為であることはすぐにわかった。カイルの顔が瞬く間に青ざめていったからだ。

「僕は……僕は……」

「無理しなくていいですよ」

「……いえ。いえ、行きます。僕が情けない姿を見せたせいで、ハルト君が飛び出してしまったんです。行くだけ、行きます」

 言葉を詰まらせながらカイルは吐き出すように言った。その様子が妙に気になって、カガリは小首を傾げるのだった。



「なんだよ。戦うのが怖いって……」

 一方、外に飛び出したハルトは文句を零しながら、辺りに生い茂る草木を槍で払い除けた。

 ハンターは魔物と戦う為にいる、そんな当然のことが怖いだなんて馬鹿げている。毎日毎日プランクトスの捕獲ばかりで、ハルトには鬱屈したものが溜まり続けていた。

 頑なに討伐依頼を受けさせてくれないカガリもカガリだ。口を開けば規定だなんだと、魔物を倒せるハンターは一人でも多くいたほうがいいに決まっているのに。見習いでもなんでも、使えるものは何でも使えばいいじゃないか。

 ハルトの中でそれまで我慢してきた感情がふつふつと煮え滾り始めていた。

 基礎を学び、秘かにプランクトスで訓練をしてきたことで、ハルトは慢心していた。今ならリュコスを相手にすることだってできる。適当に一頭倒して、魔力結晶の一つでも持って帰れば自分だって戦えるのだと証明できるはずだ。

 リュコス一頭、やってやれないことはない。こっちはいつでも戦う準備ができている、さぁ来いとハルトは草木を掻き分ける。――と、奥の茂みが微かに揺れ動いた。ハルトは咄嗟に槍を構えた。その瞬間、出てきたのはプランクトスだった。

「んだよ、つまんないな」

 ハルトは漂ってくるプランクトスを槍で適当にいなした。すると、再び茂みが揺れ動いた。刹那、何かの影がハルトに向かって飛びかかった。



「ハルト君!」

「返事をしてください! ハルト君!」

 チサトは先頭を歩きながら、アンバーにハルトのにおいを辿らせていた。その背後でカガリとカイルが懸命にハルトに呼びかけている。三人はそれぞれの武器を携え、森の中を突き進む。

「ハルト君! ――ッ!」

「大丈夫ですか?」

 木々の隙間を縫って、プランクトスが風に流れてくるとカイルは大袈裟に飛び退いた。カイルは青い顔をして、「だ、大丈夫です……」と返してきたがとてもそんな様子には見えない。しまいには背後から漂ってきたプランクトスに驚き、小さい悲鳴を上げて尻もちをついてしまった。

「無理せず集落に戻ったほうが……」

 さすがにカガリもここまで怯える人間に森の中での捜索をさせるのは気が引けてしまう。

 カイルが体を起こすのを手助けしていると、アンバーが周囲をウロウロと歩き回り始めた。チサトが折れた枝葉の先に赤い布が引っ掛かっているのを見つける。カガリがそれを見て、「ハルト君のです」と焦りを隠せない様子で近づいてきた。

「以前はよく、お姉さんとお揃いだと自慢していました」

「これ、爪か何かで引き裂かれてますね」

 布を広げると、右上から左下にかけて大きく引き裂かれた跡がある。チサトはその跡を見て眉間に皺を寄せた。

「この布を巻き込み方……爪先に巻き込まれたんだ。リュコスの爪は地面に対し平行に伸びていて、こんな風に巻き込んで布を引き裂くことはできない」

「ということは、あの子を襲ったのはリュコスではない?」

「かぎ爪状の爪、リュコスの爪は四つに対して、傷跡は五つ。大きさはリュコスよりも二回り大きい。日中に活動し、人を襲う同種の魔物――スコル」

「スコル!? そんな馬鹿な!」

 声を上げるカガリの傍で、カイルが落ち着かない様子で辺りを見渡した。

「スコル……別名・太陽を喰らう者。日中に活動し、人間を積極的に襲ってくる、フェンリルの眷属ですね。生息域は大陸の北、枯れた大地に隣接する無限荒野のはず。この辺りに生息域を移したとは聞いたことがないですね」

「そうですよ、ありえないです! 私は40年近くこの土地にいますけど、スコルなんて見たことない!」

「理由はわからないですけど、アタシのハンターとしての知識はスコルしか考えられないって言ってます。そうでなかったとしても、あの半人前が襲われてるのは事実です。なりふり構わず逃げたなら痕跡が残ってるはず。この周辺で枝が折れたり草が踏まれていたりしないか捜してください。そう遠くへは行っていないはず。アンバー、よく嗅いで」

 チサトの指示のもと、カガリとカイルは再び手分けしての捜索に戻る。アンバーもハルトの布のにおいを嗅ぎ、また森の中を進んでいく。



 ――あんなやつ見たことない。

 ハルトは額にできた傷から流れる血を拭う暇もなく、必死に走っていた。あとを追ってくる、リュコスとは全く違う、大きさも色も異なる四つ足の魔物。大きく開かれた口からは唸り声が響き、その一歩は凄まじい勢いでハルトとの距離を詰めてくる。

「っ! クソッ!」

 森を駆け抜けた先、目の前を遮ったのは頭上高い岩壁だ。振り返ると追いついてきた魔物が激しい威嚇と共に吠えた。自分の体の半分以上はある大きさに、ハルトは構えた槍を握り締める手が震えていることに気づいた。

 今にも飛びかかろうとしてくるのを槍を振るうことでなんとか阻止し、魔物が一瞬怯んだ隙に何度も突きの攻撃をしたが、その体躯に見合わず俊敏な動きで全ての攻撃をかわされてしまう。

(当たんねぇ……!)

 徐々に距離を詰めてくる魔物にハルトはいよいよ背中に岩壁が迫り引き下がれなくなった。

 どうにかして、どうにしかして退路を――。

 そう思った矢先、魔物の背後でプランクトスが数匹浮遊しているのを見つけた。そうか、あの洞窟が近いんだ。狭い場所なら攻撃も当たるかもしれない。

 そんな単純な思考で、ハルトは再び駆け出した。

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