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ファミリアに捧ぐ 35

 翌日、チサトはアンバーを連れ、鍛冶師のカフのもとへと足を運んだ。その道中、他のハンターや住民たちからは奇異な目で見られた。中にはアンバーの姿を目に入れただけで、道そのものを変えてしまう人もいた。

 こうなることは当然チサトもわかっていて、自身が面倒を見るという、提案した者としての責任を負うことにしたのだ。

「できました? 口輪」

「ああ、丁度今し方な」

 顔を覗かせたチサトに、カフが作業机から出来上がったばかりの口輪を持ってきた。

「自然界ではすることのないもんだからな。なるべく軽い素材にしておいた」

「ありがとうございます」

 チサトは口輪を受け取り、今アンバーがしているものと交換した。嫌がる素振りは見せない。

「アンタも大変だな。魔物を手懐けるなんて。俺には考えもつかねぇ」

「ほとんどの人はみんなそうだと思います。ミアちゃんたちだって、この子が子供じゃなかったら育てようだなんて思ってなかったでしょうし。アタシも面倒見ようだなんて思わなかったと思います」

 アンバーを愛でるチサトにカフは物珍しげな視線を向けたまま、「何かあったらいつでも言ってくれ」と続けた。

「俺も魔物の装備を作ったのは初めてだ。どのくらい耐久がいるかもわからなかったから、感覚で作っちまった。もし装着が甘かったり、変形したり、壊れたりしたら作り直すからな」

「ええ、そうさせてもらいます。あ、防具のほうどうなってます?」

「もう少しで上が完成する。ちょっと合わせてくか?」

「ぜひ」

 チサトはアンバーに「待っててね」と告げる。アンバーは欠伸をした。狭くなっているから鼻が口輪に当たって、爪先でカシカシと口輪を引っ掻いている。チサトは小さく笑みを零し、アンバーの頭を撫でた。



 新しい口輪に慣れさせる為、しばらく集落を歩くかと鍛冶場を出たチサトを、ラボから手招きをするネロが引き留めた。アンバーを外に待たせ、チサトがネロのもとに向かうと何やら不適な笑みで出迎えられる。

「ついに完成致しました」

「完成?」

「試作品一号です」

 そう言ってネロが作業机から持ち上げたのはガントレットだった。チサトの使うものに比べ随分と見た目が違う。チサトのものは単に腕を覆うものとしてとてもすっきりとした見た目をしているが、このガントレットは全体的に一回り大きい。腕部にある何かを装着するような四角い穴はなんだろうか。

「アタシ空気砲の軽量化頼まなかったっけ?」

「そちらはそちらで考えております。形になるのはまだ先ですが」

「……今すぐ必要なものじゃないからいいけどさ。で、これは何」

「これはですね」

 ネロが小さく息を吸い込んだのを見て、「あ、これはやらかしたな」とチサトは思ったが遅かった。

「こちら、チサトさんが使用されているガントレットよりもサイズ感は大きくなっておりますが、重量は同等に抑えてあります。衝撃を逃しやすいようによりパーツを分け、一つ一つの重さを軽くし、従来の重量重視のものから衝撃吸収に特化した素材に変更致しました。というのも、この前腕部に空気砲にも搭載した魔力結晶から魔力を抽出する装置を更に小型化したものを組み込みました。ここに魔力結晶を入れた容器、カートリッジをセットしますと準備が完了です。こちらの第三関節部をご覧ください。個別で押下できるパーツを組み込んであります。こちらがいわゆるトリガー、銃で言うところの引き鉄ですね。ここが魔物を殴りつけた際、ぶつかることで押下され、抽出装置が作動。空気を衝撃と共に射出します。これにより従来の力の三分の一程度で本来の力と同等の威力で魔物に大打撃を与えることを可能としました。あくまで理論上ですが」

 口早に告げられた膨大な情報にチサトは必死に足りない頭を動かした。

 つまり結論は――。

「とにかく魔物をぶん殴って確かめて感想聞かせろってことでいい?」

「概ねよろしいかと」

「それはいいんだけど、アタシしばらくリュコスの子供の面倒見なくちゃいけなくて、集落の外に出られないんだけど大丈夫?」

「はい、その点はご心配なく。急ぎではありませんので。そして既に私には試作品二号の案が浮かんでおりますので設計に取りかからせていただきます」

 ネロはそう言うとガントレットをチサトに預け、作業机の前に座り込むと製図用紙にペンを走らせていく。

 最初の空気砲の例がよみがえり、チサトはつい口から「使うの怖い……」と零すのだった。



「そう、均等に持つんだ。その持ち方を忘れないで」

 訓練場でカイルの声がした。カイルの傍ではハルトが槍を手にしている。カイルはハルバート使い、同じ長柄武器を使用する者として、よき指導者になっているようだ。

 そこにガントレットの入ったケースを少々鬱陶しそうに抱えながら、チサトがアンバーを連れてやってくる。チサトの指示に従うよう訓練をする為だ。

「あ、昨日の」

「どうも」

 カイルが頭を下げると、チサトは傍にいるハルトに目を向ける。

「代わりを見つけたわけだ」

「別にオレから言ったわけじゃないし」

「僕が教えようかって言ったんです。昨日見かけて。同じ種類の武器を使っているから」

「そうそう。アンタよりよっぽど優しいよ」

「あぁそうですか」

「アンタこそ何の用だよ」

「見てわかるでしょ。この子の訓練をするの」

「魔物には無駄だと思うけどな」

「はいはい」

 ハルトはアンバーを睨みつけ、槍の訓練を再開した。カイルが昨夜言っていた「魔物を受け入れがたい人」の代表であるのは明確だろう。

 そんなハルトとカイルから離れ、チサトはアンバーの口輪を外すと腰から提げていた袋を開ける。途端にアンバーがチサトに飛びついてこようとする。

「アンバー、待て」

 チサトが掌をアンバーの前に出しながら強く言うと、舌を出しながらアンバーはその場に座り込んだ。数秒見つめ合う時間を作ると、「いい子」とチサトは袋に入っていた小魚を一匹アンバーに投げ渡した。アンバーは夢中で齧り付く。

 その様子をハルトがちらちらと横目に見ている。カイルがそれに気づき、小さく肩を震わせた。

「気になるかい?」

「え、いや……」

「リュコスは魔物の中では知能指数が高いほうなんだよ。育てる人間がちゃんとやり方を知っていれば、おそらくとても強い味方になるんじゃないかな」

「……魔物を味方になんてできるかよ」

「どうして?」

「だって、だってあいつらは……あいつらは……オレの……」

 ハルトは構えていた槍を下ろして黙り込んでしまった。その様子にカイルは一度目を伏せると、「少し休憩にしようか」と言った。

 二人は木陰の下で休憩を挟むことにした。ハルトは複雑そうな目でチサトとアンバーのやり取りを眺めている。

「……君さえよければ、話を聞かせてもらえないかな」

「……」

 ハルトは少しの間無言になり、ふと口を開き始めた。

「オレの父さんと母さんは行商人で、あっちこっち行ったり来たりしてたから家にはほとんどいなくて、帰ってきてもしばらく暮らしていけるお金を置いてくとすぐにまた出てっちゃう人たちだった。でも、オレには歳が離れた姉ちゃんがいて、姉ちゃんが母親代わりをしてくれたから寂しくなかったんだ。いつも姉ちゃんと二人きりの暮らしだったけど、楽しく暮らしてたんだ。でもある日突然、父さんと母さんが死んだんだ。仕事にありつけなくて金に困った傭兵が、お金欲しさに襲ったんだ。すぐに他のハンターが駆けつけてくれて、お金は戻ってきたけど、父さんと母さんは間に合わなかった」

「……そんなことが。大変だったろうね」

「大変だったけど、二人でならなんとかなるって思ってた。でも姉ちゃんは、お金を稼ぐ為に稼ぎのいいハンターになったんだ。オレは、姉ちゃんが死ぬかもしれないって思って、何度も反対したけど駄目だった。姉ちゃんはあっという間にBランクにまで上がって、討伐任務を受けるようになったけど、帰ってくるたびに傷が増えて、オレ、それが怖かった。いつか絶対もっと大きな怪我してくるんじゃないかって思ったから。姉ちゃんの手、凄く綺麗だったのに、マメだらけで。潰れて痛そうだった。稼ぎは前よりよくなったかもしれないけど、姉ちゃんが家にいる日は減ったし、オレ一人が家にいて、その時は寂しかった」

「……お姉さん、そのあとは?」

「……死んだ。五年前の中央の大規模討伐に参加して。報酬がよかったから受けたんだ。それが終わったらしばらくは家にいるって言ってたんだ。……帰ってきたのはこの槍だけだった。ドックタグすら見つかってないんだ」

 ハルトは槍を抱え込み、「オレ……」と何かを呟きかけた。しかし言葉を切ると、不意に顔を上げた。

「……なんでもない。もう十分休憩したよ。続き教えて」

「あ、ああ」

 槍を手に訓練を再開したハルトに隠れるように、カイルは胸元にそっと手を当てる。そこにあるドッグタグが服の下で音を立てた。



 チサトがアンバーと訓練を始めてしばらく経つと、「アンバーだ!」と子供の呼び声が聞こえてきた。ミアを含めた子供たちが駆け込んでくる。アンバーがミアを視界に捉えた瞬間、そわそわと落ち着きがなくなった。それまで続いていた集中が切れてしまったようだ。

 そろそろ休憩にしようかと思っていたから丁度いいか。チサトはアンバーに口輪をつけると、訓練場の敷地内ならという条件でミアたちに遊ぶことを許可した。

 子供たちの明るい声が聞こえるなか、カイルが近づいてくる。ハルトはカイルが指示した動きを練習中だ。教え方が上手いのだろう、チサトが初めてハルトの動きを見たときよりも随分形になっている。

「そちらは休憩ですか」

「ええ。ずっとアタシに訓練つけてくれってしつこかったんで、助かります」

「いえ……ハルト君、見習いなんですよね。正式なハンターじゃないから、本当は僕が訓練をつけるのはよくないんだろうとは思うんですけど」

「教えたい人は教えればいいんですよ。そうじゃない人間が教えても適当になっちゃいますからね。でもね、自信をつけさせちゃ駄目ですよ」

「え?」

「戦えるって、思わせちゃ駄目です。あの子、ハンターとしての知識が浅いんですよね。だから危険なんです」

「ああ……そう言えばハンターが最初に学ぶリュコスのことをあまり知らないようでした」

「あの子は気持ちが先走ってる。戦いたい、戦えるようになりたいって気持ちだけが先行してるんです。アタシはそれで若い頃苦労したんです。同じことにはなってほしくない。でもほら、あんまり言われると人間って反発しちゃうじゃないですか。今丁度その壁にぶつかってるんですよね。知識の大切さはわかってないはずじゃないと思うんですけど」

「……わかりました。教えるのは基礎までにしておきます。知識は大事です。僕はそれを嫌というほど知っています」

「……?」

「ミカゲさん」

 カイルがその瞳に暗い影を落としたことにチサトは何かあったのかと尋ねようとしたが、カガリがやってきたことでその機会は訪れなかった。

「お手隙の際で構いませんので、ギルドまでお越しいただけますか? 支部長が先の件について話をしたいそうで」

「わかりました」

 カガリはミアたちがアンバーと楽しそうに遊んでいる様子を見て、ふっと笑みを零して去っていく。カガリも決してミアからアンバーを引き剥がしたかったわけじゃないのだとチサトは悟った。

 あの日々が当たり前になる日がいつか来てくれたらと、そう思う。

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