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ファミリアに捧ぐ 33

「アンバー、どうなっちゃうのかな……」

 訓練場の片隅でミアが膝を抱えていた。集まっていた人もすっかりいなくなり、カガリがギルドでシロマと話し合っている間、泣き腫らした目をするミアにチサトが寄り添う。

「やっぱり殺されちゃうのかな……」

「どうかな。ミアちゃんはどうして、アンバーを育てようと思ったの?」

「……ミアね、アンバーを見つけたとき、みんなといっしょで怖いって思ったの。ママとおんなじように殺されちゃったらどうしようって。でも、アンバーはすっごくちっちゃくて、お腹空かせてたから、かわいそうって思ってね。ミア、ずっとさびしかったの。パパはずっといっしょにいてくれたけど、やっぱりママがいいなってなるときもね、ちょっとだけあったの。パパにはナイショにしてね」

「うん」

「それでね、アンバーといるとね、さびしいのがなくなったんだよ。すっごく楽しいの!」

「生き物を育てると心が豊かになるからね」

「ゆたか?」

「優しくなれるってこと」

「ふぅん」

 チサトが不意に空を見上げた。ミアもつられて見上げると、頭上にアグニが飛んでいる姿を見つける。チサトが指笛を吹くと、アグニがゆっくりと旋回し、チサトのもとにまで舞い降りてくる。

「きれいな鳥さん」

「アグニっていうの。アタシの相棒。この子ね、魔物の血を引いてるんだよ」

「そうなの? ぜんぜん見えない」

「この子はね、うんと古い神様の使いだってされてる使徒の血を引いてるの。フェニクスって名前でね。使徒の中では珍しく人を襲わない魔物なんだ。じゃあなんで使徒なんだって話なんだけど、フェニクスは縄張り意識が強くて、自分の縄張りに入ってきたものに容赦がないの。その昔ね、集落の近くに棲みついたことがあったらしくて、そのせいで素材の採取や狩りができなくなったんだって。で、ハンターが討伐に向かって、倒すことはできなかったんだけど、追い払ったんだって。その時に残された巣に、卵が三つあったの」

「フェニクス?も、ママだったんだね」

「そう。ハンターはそれをギルドに持ち帰って、ギルドはその卵を人工孵化させた。人の手で魔物を育てられるのか実験をしたの」

「どうなったの?」

「三羽のうち二羽は、残念だけど縄張り意識が強すぎて野生に戻すしかなかったんだけど、最後の一羽だけ、すっごく大人しくて、人間に懐いた子がいたの。生態系を考えれば、実験はそこでやめておくべきだったんだけど、昔の人はどうしても好奇心が旺盛でね。その子と、伝達用として飼ってた相性がいいハヤブサを交配させて、より人に身近な魔物を生み出した。それを繰り返していって、最終的に生まれたのがこのアグニなの。あ、もちろん今はそんな生態系を滅茶苦茶にするような実験はしてないから安心して。伝達鳥の中で魔物との交配種はこの子が最後だって言われてる」

「じゃあ、その子もアンバーといっしょで独りぼっちなんだね」

「そうだね。そうなっちゃうかな」

「でも今はチサトお姉ちゃんといっしょだから、きっとさびしくないよね」

「だといいんだけど」

 チサトはアグニを撫で、再び空に放った。赤く長い尾が風に靡いていく。

「あの子はご先祖様から、空を飛ぶ速さと、フェニクスが持ってた火の中でも生きられる特異体質を受け継いだ。それと、フェニクスの頭がよくて賢いところもね。だから懐かせるのに凄く時間がかかったんだ。言うことは聞いてくれないし、すぐどっか行っちゃうし。でも餌の時間のときだけは絶対戻ってくるの。相棒にするには何年もかかったかな。でもおかげで、魔物でも長く世話を続ければ一緒に生きていけるんだってことがわかったから」

「アンバーともいっしょにいられるかな」

「可能性はなくはないと思うよ。ねぇミアちゃん、アンバーにあげてたのはいつも魚だけ?」

「うん。見つけたときはミルクもあげてたよ。体がおっきくなってからお魚あげてたの。お肉は高くて買えないから」

「魚、普通に食べてた?」

「うん、骨まできれいに食べるんだよ」

「……そっか」

 チサトは何かを考え込んだ様子で頷いた。



 その頃、ギルドではカガリ、シロマの話し合いが続き、その間のアンバーの面倒はイチカが見ていた。

 アンバーは一時的に簡易の檻の中に入れられたが、ここに来るまでの道中もほとんど動く素振りを見せず、今も床に伏せてしまっている。どうにも元気がない。

 イチカも当初は怖がっていたが、アンバーがこの状態なので今では心配で檻の隙間から頭を撫でてやっているほどだ。

「難しいな。これが人を襲ったリュコスであれば、すぐに討伐の判断が下せたものの」

 事の次第を聞いたシロマもさすがに悩んだ様子だった。ハルトの言うとおり、魔物である以上、野生に帰した場合に群れを呼び寄せる可能性は大いにある。かと言って、これまで面倒を見てきた子供たちの気持ちを無視するわけにもいかず、その判断は難航している。

「しかし本部に連絡を入れたところで、おそらく返ってくる返答は野生に帰すか、必要であれば討伐をという定型文だろう」

「もうしばらく様子を見て、人を襲う心配がなければ、ハンターに頼んでリュコスの生息域を出ない範囲で遠く離れた場所に放してもらうのはどうでしょう?」

「そうだな。それがいいかもしれないな」

 一旦はその方向で話が進み、カガリは子供たちをギルドに呼ぶことにした。

「そうだカガリ、丁度いいから今のうちに伝えておこう。お前が以前に提案した件、本部の承認が下りたから予算を回せそうだ」

「それはまた、随分早かったですね?」

「私も驚いた。お前の企画書の内容がよかったのかとも思ったんだが、どうにも理由はそれだけじゃないようだ。具体的なことは教えてもらえなかったんだが」

 二人が話し込む一方で、イチカがアンバーの前に水の入った器を置いた。しかしアンバーは見向きもせず、伏せた状態が続いている。

「具合悪いのかな……」

 イチカは不安そうにアンバーの頭を撫でていた。



 ミアを含めた子供たちがギルドに呼び出される。そこには何故かチサトの姿もあった。

「どうしてあなたまで?」

「アタシはその子の様子を見に来ただけですから」

 お気になさらず、とチサトは檻の中にいるアンバーに歩み寄っていく。時折チサトの行動の意図がわからないときがある。彼女のことだ、きっと何か理由があってここにいるに違いない。カガリは今これ以上気にしても仕方ないかと、子供たちに向き直る。

「支部長とお話をして、アンバーをどうするか結論が出たのでご報告します」

 子供たちがごくりと息を呑んだ。カガリがシロマと出した結論を伝えると、子供たちは一様に安堵した表情になる。ミアも安心はしていたが、結果としてアンバーとは離れ離れになる為、心中は複雑そうだ。

「さて、これで話は終わり、とはいきません。ただこれを伝える為だけに呼ばれたとは思わないように。皆さん私の前に一列に並んでください」

 子供たちは顔を見合わせ、恐る恐るカガリの前に並んだ。

「今回は、アンバーがまだ子供だったこと、親が近くにいなかったこと、群れがいなかったこと、この三つの好条件が揃っていたからこれ以上の大きな騒動に繋がらなかったと思ってください。魔物は基本的に人間を襲うように、昔の神様が地上に遣わされたものです。子供とは言え、とても危険な存在であることには変わりありません。これからは自分たちだけでなんとかするのではなく、ちゃんと私たち大人に相談をすること。いいですか?」

 カガリの優しくも力強い声に、子供たちはこくこくと頷いた。

「わかっていただけたならよかった。とにかく今回は皆さんが無事でよかった。怪我がなかったことが何よりです。さ、今日はもう皆さん帰っていただいて大丈夫ですよ。アンバーは責任を持って私たちが面倒を見ますから」

 カガリが子供たちの背中を押すと、子供たちはごめんなさいと謝りながらギルドを出ていく。

「パパ」

「ミアも今日は帰りなさい。会いに来るのは構わないから」

「……うん。あ、あのね、アンバー、お外から帰ってきてからずっと元気がないの。だからね、あのね」

「わかった。様子を見ておくから」

「……明日またぜったい来るから!」

 ミアはアンバーを振り返りながら子供たちのあとを追っていく。その様子をチサトが眺めていると、隣にイチカがやってきた。

「ミアちゃんが言っていたとおり、この子ずっと元気がないんです。人間のお医者様はいますけど、魔物のお医者様なんているわけないし……チサトさん、魔物のことならお手のものですよね? 何かわかったりしません?」

「そんななんでも屋みたいな言い方。でも、思い当たらないことがないわけじゃないけどね」

「そうなんですか?」

「予想が正しければね。すみません、この子ちょっと外に連れ出していいですか?」

「? ええ、ギルドの敷地内であれば構いませんが」

 チサトに尋ねられ、カガリは訳もわからぬまま頷いた。

「よし、じゃあちょっと外に行こうか。つらいかもしれないけど、辛抱してね」

 チサトは檻の鍵を開け、アンバーの体を抱え上げた。



 アンバーを建物の脇に連れていったチサトのあとにカガリとイチカも続く。チサトはアンバーを地面に下ろし、突然水筒を取り出すと右手に水をかけ始めた。

「何を?」

 カガリが首を傾げると、チサトは「ちょっと」と言いながらアンバーの口を開いた。そして唐突に水をかけた右手を口の中に突っ込み始めた。

「え!?」

「わっ! 大丈夫ですかそんなことして!」

 カガリもイチカもぎょっとして声を上げた。チサトは手をぐっと奥まで入れたあと、一気に腕を引き抜いた。アンバーはむせながら胃の中のものを吐き出した。半透明の溶けた物体が地面に落ちる。

「やっぱり」

「なんですかこれ?」

 と、イチカが不思議そうに尋ねる。

「未消化のプランクトス」

 チサトが返すとカガリはハッとなった。アンバーは確か最初に遭遇した際、プランクトスを食べようとしていたことを思い出す。

「よしよし、まだちょっと残ってるかな。もう一回だけ頑張ろうか」

 チサトはもう一度同じことを繰り返し、アンバーが胃の内容物を全て吐き出すのを見届けた。すると先ほどまで伏せっていたのが嘘のようにアンバーは体を起こし、鼻先についた未消化のプランクトスを気持ち悪そうに払い落とし始めた。

「凄い、本当にどうにかできちゃった」

「どうしてその子が消化不良を起こしているってわかったんですか?」

 カガリからの問いかけに、残った水筒の水で手を洗いながらチサトは答えた。

「プランクトスは水と魔力の塊です。生食には向かず、生の状態で食べると魔力の多さに人間は魔力中毒を引き起こす。だからプランクトスを食す場合は空気のない密閉容器に入れて、そのまま二日ほど放置して魔力抜きを行う必要があります。魔物の場合、大人だったら胃袋が強くて生で食べてもほとんどの個体は大丈夫なんですけど、子供の場合はそうはいかなくて、まだ胃袋が未発達だから魔物である以上魔力は吸収できても、水分量の多さで消化不良を起こしやすいんです。本来だったら仲間や親がプランクトスは食べるものではないと子供に教えるはずなんですけど、この子はその期間をミアちゃんたちと過ごしてしまったんで、プランクトスを食べてはいけないということを学べなかったんです。だから消化不良を起こしてしまったというわけですね」

「さすがチサトさん、やっぱりSランクハンターなだけありますね」

 イチカはすっかり感心しきりだ。

「嘔吐物やフンは、そこにどんな魔物や魔生物が生息しているのかを教えてくれるから。魔物の生態系は知っておいて損がないの。ごめんね、苦しかったでしょ。もう大丈夫だからね」

 アンバーを撫でるチサトの表情はとても穏やかだ。カガリはそんなチサトを見て不思議な気持ちになり、思わず眼鏡をかけ直した。

「……いつからその事にお気づきに?」

「さぁ、いつからでしょうね」

 チサトは口を濁した。ということは、チサトは少なくともアンバーの存在をもっと前に知っていたか、悟っていたのだろうとカガリは推測した。濁した理由は、おそらくミアだ。ミアが一番にアンバーの世話をしていたと子供たちは言っていた。

 観察は大事だと、そう言ったチサトの言葉が蘇る。ミアを観察して、きっとチサトはアンバーに辿り着いたに違いない。

 ――勝てないな、この人には。

 カガリは人知れず息を零した。

「そうだ、ちょっと映像通話お借りしますね」

「ええ、それは構いませんが……」

 突然のチサトの申し出に今度は何を思いついたのやら。カガリはチサトを見るが、彼女はアンバーを撫でるばかりでその視線には気づかなかった。

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