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ファミリアに捧ぐ 32

 それから数日経ったある日。

 リュコスのことが諦め切れず、捜索をいまだ一人で行っているハルトが訓練場にやってくる。すると、いつもはいないはずのミアが訓練場から出てくるところに遭遇した。

「ミア? なんでこんなところにいるんだ?」

 ミアはビクッと肩を震わせ、「なんでもないよ!」と言った。首を傾げつつ、ハルトはここは危ないからとミアを訓練場から遠ざける。

「カガリのおじさんに見つかるとまた怒られるぞ。あんまり見つかりにくいとこには行くなよな」

「ごめんなさい……あの、あのね、ハルトお兄ちゃん」

「ただでさえリュコスが出たあとなんだ。まだいるかもしれないしさ」

「……うん」

 何かを言いかけたミアだったが、その口がそれ以上何かを言うことはなかった。



 午後、今日の見張りの為、たっぷりと睡眠をとったチサトが起き出してくる。

 今日の食事はなんだろうなと一階に下りれば、丁度ミアが戻ってくるところに遭遇した。ここ数日元気がない。

 さすがに気になったチサトが声をかけようとすると、「リュコスだ! 見つけた!」というハルトの大声が建物内にまで響いてきた。ミアが表情を歪ませてサノを飛び出していく。チサトもそれを慌てて追った。



 訓練場には人だかりができていた。「どうする?」「殺したほうが……」とハンターたちの声が聞こえてくる。最初に駆けてきたミアがその中に無理矢理飛び込んでいった。

「ごめんなさい、ちょっと通して」

 追いついたチサトもなんとか人の間を縫う。そうすると、木々の間から力なく眠っている子供のリュコスの姿を見つけた。

 ハルトが槍を構えている。ハンターたちがリュコスの傍にしゃがみ込んでいるので、ミアは近づきたくても近づけないようだ。

「失礼。道を開けてください」

 同じくハルトの声を聞きつけたのだろう、カガリもやってきた。

「カガリさん、どうしますかこいつ」

 ハンターの一人が言った。カガリはリュコスを一瞥し、眼鏡をかけ直す。

「ギルドの規定では、集落に迷い込んだ魔物は追い出すか、それが不可能ならば討伐が望ましいとあります」

「こいつ、さっきからずっと動いてないよ」

 ハルトが槍を握り締める。カガリはそれに目を細め、そうですかと呟く。

「ならば、規定に沿って討伐を」

「ダメ!」

 ミアが突然叫んでリュコスに抱きついた。

「おい、ミア! 危ない!」

 ハルトが言うが、大人たちを掻き分け更に他の子供たちまでもが駆け込んできた。

「お願い! この子を殺さないで!」

「アンバーはあたしたちの友達なの!」

「アンバー?」

 思わずチサトが聞き返した。子供たちは頷き、「目がコハク色だからアンバーだよ」と一人が言う。

「みんなの友達なんだ」

「友達……誰かこの子こと教えてくれる?」

 アンバーと名前をつけられたリュコスの子供を見ながらチサトが優しく尋ねると、子供たちはポツポツと話し始めた。

 この子供のリュコス――アンバーは今よりもっと小さい頃、つまり数ヶ月ほど前に集落に迷い込んできたのだという。それを子供たちが最初に見つけ、それこそその時はみんな怖がっていたそうだが、明らかにお腹を空かせて鳴いているアンバーに次第にその恐怖心も薄らいだ。

 待ってみても他に親らしいリュコスの姿も見つからなかった為、大人に見つかれば殺されるかもしれないと思った子供たちは独断でアンバーを保護して育てていたのだそうだ。

 しかしそれから月日が経つとアンバーも一回り大きくなり、当初匿っていた場所では匿い切れなくなった。そこで場所をこの訓練場の木陰に移したのだが、アンバーが成長するにつれて力も強くなり、最近は子供たちの手にも余る状態になってきた。

 そろそろ野生に帰そうかとなっていたのだが、ミアだけは頑なに自分で世話をすると言って聞かなかった。ミアは特にアンバーの世話を熱心にしていた為、アンバーもミアにはよく懐いていて、引き剥がすのは可哀想だとなっていた。

 だがある日、ミアたちがここに来るとアンバーが姿を消してしまっていた。慌てて集落中を探し回っていたときに、戻ってきたハルトがリュコスが集落に逃げ込んだと言ったので、ミアたちはすぐに訓練場に戻った。するとアンバーは帰ってきており、安心はしたのだが、何故アンバーがここを離れたのかはわからずじまいだ。

「ねぇ君たち、リュコスの一日の食事量、どれくらいか知ってる?」

 チサトが子供たちに尋ねると、全員が首を振った。

「そうだよね。あのね、大人のリュコスが一日に平らげる肉の量は、イーニス一頭分だって言われてるの。アタシが調べた限りじゃ、みんなこの子には小魚しかあげてなかったんじゃない?」

 子供たちは顔を見合わせると、「お肉は高いから……」「お魚しか買えなかったの」と口々に言った。

 まだ体が小さい頃ならば、小さい魚を与えているだけで足りていたかもしれない。しかし成長と共に食事量が増え、子供たちがあげている餌の量では足りなくなってしまったのだろう。だから集落を飛び出し、外に餌を探し求め、プランクトスを食い漁る事態になったのだ。

「どうして誰も教えてくれなかったんですか? 誰か一人でも相談してくれていたらこんな騒動にはならなかったはずです」

 カガリの強い口調に、ごめんなさいと子供たちは俯く。

「ミアがみんなに言わないでってお願いしたの。だから怒らないでパパ」

「ミアが? どうしてそんな」

「……ママは、リュコスに殺されちゃったんでしょ? パパに言ったら、アンバーと離れ離れになっちゃうと思って……」

「だからってリュコスを匿うなんて真似」

「ミアのことたくさん怒っていいから! たくさんごめんなさいするから! アンバーを殺さないで!」

 ミアはアンバーを抱き締めわんわん泣き始めた。それに引きずられるように他の子供たちまで泣き始めてしまった。ごめんなさいの大合唱に大の大人たちが狼狽えている。

「……わかりました。処遇は一旦置いておいて、ギルドのほうでその子を一度引き取ります」

「おじさん、絆されんなよ!」

 ハルトが声を上げるが、カガリはそうではないとアンバーを見る。

「私の一存では処遇を決めかねるというだけです。それにいつまでも外にいると、他の住民が怖がりますから」

「アンバー、連れてっちゃうの?」

 子供の一人が泣きながら言った。安心させるようにカガリは笑顔を浮かべる。

「大丈夫ですよ。ギルドで保護するだけですから。皆さんにはあとで話があります。ミアも、あとで一緒にギルドに来るように」

「……うん」

 カガリは眠ったまま動かないアンバーを抱え上げた。一瞬チサトと目が合ったが、カガリはハンターたちの間を抜けていく。慌ててハルトがカガリの前を遮る。

「おじさん、そのリュコスどうすんの?」

「支部長と話し合って、野生に帰すか討伐対象にするか決めます。それにこの子は体躯を見てもまだ子供です。私たちの誰かを襲ったわけでもないのに、ただ殺すのは私も胸が痛みます」

「子供でも魔物だ。野生に帰してもいつか群れで戻ってくるかもしれないだろ。おじさんだって家族殺されてるんだ。憎くないのかよ」

「……確かに、リュコスに対して恨みがないと言えば嘘になります。リュコスは私の妻を殺した。でもそれはこの子ではないんですよ。同じ魔物だからと言って、なんでもかんでも恨みの対象にしていたらキリがない。それに、今このリュコスはどうにも元気がない。この状態で野生に放しても野垂れ死ぬだけでしょう」

「だったら!」

「ハルト君、魔物だって生きているんです。命ある限りは、魔物にも家族があり、子があり、仲間がいます。そのどれかを傷つけられれば怒るのは当然なんですよ」

「魔物と人を一緒にするってのかよ!」

「人と魔物の定義はなんだと思いますか?」

「は?」

「二足歩行をして、言葉が話せて、集落を築いて、働いてお金を稼いでいたら人間なんでしょうか。四足歩行で、言葉を話さず、外の世界で暮らし、本能に従って生きているのが魔物なんでしょうか。でもどちらも子を生しますよね。私たちには私たちにしか通じない言葉を持つように、彼らもまた彼らにしか通じない言葉を持っています。集落という囲いを取り払えば、私たちも外で生きているのと同じ。種族を残す為に、どちらも狩り、狩られる立場となりうる。結局、こうやって区別をしているのは人間で、本来誰かの許可を得たり、意見したりするのはそもそも間違っていて、助けたければ助けて、突き放したければ勝手に突き放せばいいんだと思うんです。でも、豊かな感情を持っている人間は、どうしてもそれができない。……要するに、君一人の意見ではどうにもならないということです」

 言うだけ言って去っていくカガリに、「何なんだよ」とハルトは悔しげに呟く。

「どいつもこいつも。魔物は魔物だろ……」

 そんなハルトをチサトがなんとも言えない目で見つめていた。

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