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ファミリアに捧ぐ 30

「使徒喰らいが……? 近くに来ているんですか?」

 チサトから話を聞いたカガリが焦りを隠せない様子で身を乗り出してきた。今のところは、とチサトはそれを制止する。

「あくまで出現したという情報までです。枯れた大地はここから人の足でも数ヶ月、足の速い魔物でも頑張って二月かかる距離です。仮に近づいてきていたとしても、今すぐどうこうできる段階じゃないです。ただ、念の為知らせておくに越したことはないと思って」

「なるほど……さすがにこの話を私一人が抱えるのは無理がありますね。今支部長に話を通してきますので、この話を支部長にもしていただけますか」

「ええ、いいですよ」

 カガリは席を立つと、奥の支部長室のほうへと消えていった。少しもすると、カガリが部屋から出てきてチサトに来るよう促した。中に入ると、そこにいたのはカガリよりもいくらか年上で、体躯は細いがどこか厳かな雰囲気を纏った男性だった。

「カガリから話を聞かせていただきました。あなたがSランクハンターのミカゲさんですね。お初にお目にかかります。このミクロス支部で支部長を務めているシロマと申します」

「どうも」

「さっそく本題に入らせていただきますが、使徒喰らいの件について。現在集落はリュコスの騒ぎで随分と慌ただしくなっています。そこに、まだ可能性の段階である使徒喰らい出現についてを周知するのはあまり得策ではないと私は思っています。住民たちが混乱し、更なる騒ぎを招く事態になりかねません。私としては、今回のリュコスの騒動が落ち着いてから。もしくは使徒喰らいが枯れた大地を出て、こちらへと南下してきた時点で住民に周知したいと考えています」

「それは尤もな話だと思います。判断はそちらにお任せします。アタシは使徒喰らいが来たら戦うだけですから」

「とても心強いお言葉です。Sランクハンターが一人常駐しているというだけで、随分と住民たちも気持ちが違うでしょう。引き続き、この集落のことをよろしくお願い致します」

 集落の中には余所から来た人間のことをあまりよく思わないところもあるが、ここではハンターとの協力体制が根付いているし、この土地と、この土地に住む人々を守りたいという思いがよく感じられる。こういうところだと、守ってやりたいという気持ちにもなる。

 話を終え、支部長室を出るとチサトはカガリを振り返った。

「アタシの武器返ってきたんで、今日から見張り、入れますよ」

「あ、それはよかった。では、本日から夜間の見張りをお願いしたいと思います。日没後、見張り台に向かっていただければ。……すみません、この数日あなたに世話になりっぱなしで」

「いいえ。一瞬が大事な人生ですから、何が起こるかわからないほうが楽しいですよ。そこそこ楽しんでハンターやってますんで、気になさらないでください」

「そう言っていただけると。しかし、問題はリュコスですね」

「今も捜索は行ってるんですよね?」

「ええ。しかし目撃情報もなくて。一体どこに行ったのやら。どこかに隠れているのか、もう集落を出ているのか……」

「或いは動けないとか」

「動けない?」

「……いや、予想で言うのはやめておきます。アタシも捜索に加わりますね」

 日没まで時間があるし、とチサトはギルドを出ていく。取り残されたカガリはそっと胸元に手を当て、懐を覗き見た。そこにはハンドガンが一丁、納められている。



 結局この日もリュコスは見つからず、人々が恐怖に怯えるなか、チサトは見張り台の上で一人、イオリが持ってきてくれた夕食のパン生地に包んだプランクトスの野菜炒めを頬張っていた。プランクトス様様の料理だ。よく料理の底が尽きないなと思う。

 そこに気配を感じて視線を向けると、隣の見張り台から橋を渡ってハルトがやってきていた。どうやらハルトも今日は当番だったらしい。討伐でなければ見習いでも見張りには駆り出されるのか。

「持ち場を離れるのはいただけないね」

「すぐに戻るよ」

 ハルトは夜食を頬張るチサトをじっと見て、「いつもどおりだな」と呟いた。

「なぁ、他のハンターたちとか大人たちがリュコスで慌ててんのに、なんでアンタはそんなに平然としてられるんだよ。最初にリュコス見たときもやたらに冷静だったし。やっぱり使徒とか相手にしてると、リュコスみたいなのは怖くなくなるわけ?」

「そんなことない。今でも魔物の前に立つと緊張するし、立ち回りに失敗したらどうしようって思うことがある。あのね、ハンターは戦うことだけが仕事じゃないの。魔物を観察して、こちらに害を与えないものならやり過ごすこともできる。不用意に手出しすれば、自分だけじゃなくて仲間の命も危険に晒すことがある。だから観察は大事なんだよ。リュコスには闘争本能があるから、子供でも人間の姿を捉えたら本来は威嚇してくるのが普通なの。でもあの子供のリュコスは違った。自分が危ないと察知して逃げた。リュコスが本来持ち得ない思考を持ってる」

「持ってたら倒さないって判断になるのかよ」

「魔物と魔生物の違い、知ってる?」

「なんだよ急に。そんなのハンターじゃなくてもみんな知ってるよ。人間を襲うか、そうじゃないか。簡単だよ」

「その考えで言ったら、魔生物を刺激して攻撃して来たら、その魔生物は魔物ってことになるけど」

「それは……」

「逆に言えば、魔物でも攻撃をしてこないなら、その魔物は魔生物ってことになる。それってなんかおかしくない?」

「……」

「人間を攻撃し、食い殺すものを魔物。人間と共存し、害を与えないものを魔生物。そんなのさ、結局人間が決めた定義なんだよ。あのリュコスの子供だってそう。リュコスは人を襲う、人を食い殺す。そういう人間の固定概念が魔物に分類させているのであって、じゃあ本当にリュコスの全部が人間を襲うのかって言われたら、それを証明できる術はない。でしょ?」

 至極真っ当なことを言われ、ハルトは口を噤んだ。チサトは残り少ない夜食を一気に放り込んでしまうと、パンパンと両手を叩いた。

「だからさ、戦わないでいられるならそれに越したことないの。向こうだって生存本能に従って生きてるんだから。アタシたちがまず最も気にするべきは、余計なことをしないことなんだよ。わかったかな? 半人前君」

「……それでも、魔物は魔物だ。オレは、倒すべきもんだって思う」

 ハルトは厳しい顔でそう言うと、持ち場へと戻っていった。その後ろ姿にチサトはふふっと肩を震わせる。

「悩め悩め若人よ、ってね」



 その頃、サノでいつもどおりミアと共に夕食をとっていたカガリは、ミアの食事の手があまり進んでいないことを気にかけていた。

「ミア、具合でも悪いのか?」

「……へいき」

「でも全然食べてないじゃないか」

「なんでもない……ごちそうさま」

 ミアは椅子から飛び降りると、力ない足取りで部屋へと戻っていってしまった。

「……」

 テーブルにはポツンと、ミアが残したスープが残されている。



 キィッ、と何かの鳴き声でチサトは目を開けた。朝が来ていた。朝日の光が眩しく差している。何事もなく夜が明けたようだ。それを告げたのはアグニだった。集中していると時間の感覚が遠くなる。

「ありがとう」

 アグニを撫でてやりながら大きく伸びをすると、体の節々が悲鳴を上げた。ベッド生活に慣れ始めていた体に久しぶりの見張りはなかなか堪える。

 軽く肩を回していると、視界の端に何か映り込んだ。――ミアだ。何かを抱えて訓練場のほうに走っていく。あれだけカガリに言われていたのに、寝ている間に隙を見て抜け出すなんてよっぽどなのだろう。それを問いただすのはさすがに野暮ってものか。

 チサトはそっとその姿を見たことに目を瞑った。



 他のハンターたちも問題はなかったとのことで、各自部屋に戻ったり朝食を食べに向かったりと散っていく。チサトは朝食を食べ終えたあとにゆっくりと睡眠をとるつもりだ。サノに向かい、辺りを見渡せばカガリとミアが朝食を囲んでいる。

「おはようございます」

「あ、おはようございます。お疲れ様でした。昨夜は何もありませんでしたか」

「ええ、ナーノス一匹すら見てません」

 チサトがカガリたちのテーブルに座り込むと、ミアがふあっと欠伸を噛み締めた。

「あら、寝不足かな?」

 チサトが顔を覗き込むとミアがドキリとなる。

「夜更かしでもしたのか?」

「……ちょっとだけ」

 ミアはもぞもぞと体を動かし、パンを食べ始めた。やはり今朝のことは言わないか。

 チサトは忙しくしているイオリに「ミルクとスープと胡桃パン三つ、バターたっぷりで」と頼んだ。

「リュコスについてですが」

 カガリが話し出すと、隣でミアがビクッと小さく震えた。チサトはそれを横目に「どうなります?」と返した。

「支部長と話し合いまして、明日まで見つからなければ集落の外に出たものとして扱い、以降の警戒態勢を解くことになりました」

「そうですか。よかったね、ミアちゃん」

「っ、うん」

 ミアはパンをごくりと呑み込み、慌てて頷いた。これらを見てチサトは理解した。

 ――何か知ってるな。



 カガリがギルドに向かい、ミアがイオリの手伝いをしている姿をチサトは眺めていた。心ここに在らずといった様子だ。

「んー? 変だなぁ」

「?」

 イオリがカウンター席の後ろで何やらゴソゴソと探している。テーブルを拭いていたミアの目が泳ぐ。

「どうかした?」

「いやさ、昨日アンタたちに配ったパンの切れ端を取っといたはずなんだけど見当たんなくて。アタシの朝ご飯にしようと思ってたんだ」

 どこ置いたかな、イオリはカウンターのあちこちを探している。チサトはそっとミアの様子を窺った。ミアはちらちらイオリを見ながら、もう何回も同じテーブルを拭いている。面白いくらいに挙動不審だ。

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