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ファミリアに捧ぐ 3

 午後、場所はチサトたちがいた訓練所の裏手にある、広い敷地へと移動する。

 そこには座学を担当したアサギだけでなく、多くの教官が待機していた。

「基礎訓練は、ハンターに必要な基本的な体力と筋力強化の鍛錬に加え、お前たちが主に使う武器とは異なる、現ギルド本部が認可している十数種類の武器種を一通り使えるようにすることを目的としたものだ。もし自身の使う武器が何らかの理由で手元から離れ、近くに自分が普段使わない武器が捨て置かれていた場合、お前たちはその武器を使って魔物を討伐しなくてはならない。状況に応じて武器が使えなければハンターとしての名折れだ。それを防ぐ為の訓練でもある。また、訓練開始数日間はお前たちの持つアビリティの確認と、適正武器の診断も併せて行う。決して手を抜くな」

 声を張り上げるアサギに、チサトたち訓練生は大きな声で「はい」と答えた。

「では各自、担当教官のもとに向かえ」

 訓練生たちが散り散りになっていくなか、ノエがチサトの肩を叩き「頑張れ」と告げて去っていった。

 チサトはその場から動かなかった。――否、動けなかった。チサトの基礎訓練の担当教官は他でもない、アサギだったからである。

 そして何の因果か、隣には同じくその場から動かないウェルサがいる。

「お前なんかと一緒とはな」

「それはこっちが言いたいんだけど」

「一人は実技試験をトップで抜けてきたやつで、もう一人は筆記試験をトップで抜けてきたやつか。割り振り担当に今度文句を言ってやろう」

 二人を交互に見やったアサギに、チサトは「アンタが筆記試験トップ?」と思わず隣を見た。ウェルサは当然だろうと言わんばかりの表情をする。

「知識習得に時間を費やしたんだ。武器の訓練はここでできるからな」

「嫌味なやつ」

 開始早々にぶつかるチサトとウェルサに小さくため息をつきながら、「無駄口はいい」とアサギは言った。

「まずは全武器種に触れて動きを見せてもらう。その中からお前たちが近接向きなのか遠隔向きなのか判断する。それに応じたお前たち専用の鍛錬メニューを組ませてもらう。最初は遠距離武器からだ。基本的な扱い方を教えたあと、遠方の的にどれだけ当てられるかを見る。こっちへ来い。まずは弓からだ」

 歩き出すアサギのあとを、ふんっと顔を逸らせたチサトとウェルサが続いていく。



 アサギ指導のもと、動かない的に向かって矢を当てる動きはいくつか外しながらも、最低限練習を積めば二人とも形にはなるだろうと判断された。

 が、いざ動いている的を当てるとなると、その差は大きく開いた。ウェルサは比較的安定した動きを見せていたが、チサトの動きがまるで形にならなかった。

「お前、偏差射撃がまるで駄目だな」

「っ……自覚してます」

 チサトは矢が的に向かっていく軌道の予測が全くできなかったのだ。それを見ていたウェルサが鼻で笑った。

「偏差射撃ができないとか致命的だな」

 アサギに言われるならともかく、この男に言われると腹が立つ。文句の一つでも言ってやりたかったが、アサギの手前ぐっと堪える。

「できないならできないなりのやり方を覚えるしかない。偏差射撃が必要ない近距離でぶっ放せば、どれだけ遠距離武器が苦手でも高火力で魔物を仕留められる。チサト、お前はとりあえず使い方だけ徹底して覚えろ。弓はもういい。次はボウガンだ」

 切り替えの早いアサギがありがたくはあったが、チサトは自分でも遠距離武器は向いていないとわかっていた。わかっていながら覚えなくてはならないのがつらい。

「ハンター諦めるなら今のうちだぞ?」

 すっかり勝ち誇った顔のウェルサにムッとなったチサトは「誰が」と口早に返した。



 チサトは訓練所の隣にある寄宿舎で、自身に貸し与えられた私室のベッドに大きく倒れ込んだ。

 慣れない武器を使っての訓練は死ぬほど疲れる。

「ほんっと、遠距離武器向いてない……」

 あの後、ボウガン、銃、投石武器、鎖鎌と言った、自身の手を離れる武器を一通り使ってはみたものの、その全てでチサトはアサギから扱う才能なしという認定を受けた。

 その度にウェルサに鼻で笑われて随分と腹が立ったが、逆にウェルサは近接武器の才がなかったらしく、自分と同じように苦戦した姿にお返しと言わんばかりに鼻で笑ってやった。

 アサギの指摘では、ウェルサはどうやら魔物に接近しての攻撃に恐怖心があるらしかった。そういうところが知識欲に繋がっているのだろうとも。

 なんだかかえって自分が惨めな気持ちになり、チサトはウェルサを笑うに笑えなくなった。

 ――勉強するのも向いてないんだよなぁ。

 チサトは部屋に元々置かれてあった本棚に目を向けた。訓練生に向けた魔物の図解録がそこにはぎっしり詰まっている。

 なんとなくその中からリュコス図解録とあるものを手に取った。それをパラパラ捲ってはみるが、その本がチサトの手から離れるのはそう遅くはなかった。



「今日は私たちが討伐するべき存在である魔物について学んでもらう」

 翌日の座学で、資料を手に教卓に立つアサギの言葉をチサトはなんともつまらなさそうな表情で聞いていた。今にも欠伸を噛み締めそうだ。

「ノエ、私たち人間が何故魔物を討伐しなければならないのか答えてみろ」

 一瞬チサトはドキリとして背筋を伸ばした。アサギの視線は自分には向いていない。背後のノエが席を立つ。

「魔物はその昔、悪神(あくしん)が人間を滅ぼす為に遣わしたとされていて、魔物は人間を見るとそのほとんどが敵と認識し、襲い、殺しに来るからです」

「そうだ。その知識についてはおそらくほとんどの者たちが子供の頃から教えられるものだろう」

 ノエが着席すると、チサトはホッと胸を撫で下ろす。おかげで開始早々に襲い始めていた眠気から少し解放された。

「かつてこの世界を創ったとされる神々は多くの生命を生み出した。その中には私たち人間も含まれる。人間は自らの意思を持って行動し、言葉を話し、そして世界の大半を占めるようになった。これを面白く思わなかった神がいた。その神が生み出したとされるのが魔物だ。しかし現代においては、魔物はその全てが私たちの敵と言うわけではない。ウェルサ、現代における魔物はどのようにして分けられているか答えろ」

「はい」

 今度は隣にいるウェルサが立ち上がる。自分の身の回りばかり当てられているのがなんだか意図的な気がしなくもない。

「現代における魔物は三種類に分類されます。人間を見つけるなり襲ってくるもの。向こうに敵意がないか、こちら側から刺激しなければ人間の敵にはならないもの。そして人間との共存を望んだもの。共存を望んだ魔物に関しては、魔物とは分類され、魔生物と呼ばれます」

「よろしい。基礎知識としては合格点だな。この魔物の分類に関してだが、ギルドの研究部や調査班、歴史学者といった様々な観点から、現在はより細分化されている。――そうだな、リュコスを例に挙げるか」

 アサギは黒板を振り返り、白墨(はくぼく)を掴んだ。

「リュコスは現代においてはフェンリルの眷属に分類される。このフェンリルと言うのは、かつて世を蹂躙した原初の魔物と呼ばれる凶悪な魔物のうちの一頭を指す。こうして細分化させることによって、知識として覚えやすい形にしたわけだ。さて、ではチサト」

 ビクッ、とチサトは小さく肩を震わせた。ウェルサが着席するのを横目に、チサトは「はい」と席を立つ。

「魔物は一度殺すだけでは死なないとされている。それはかつての神々がそうしたからだ。それは何故か?」

 ――落ち着け、大丈夫だ。

 それくらいならば基本中の基本だ、子供でも答えられる。

「魔物は昔、心臓を一つしか持っていませんでした。ですが人間が知恵をつけ、武器を手に取り魔物を倒すことが簡単になると、それに怒った神々が簡単には魔物が死なないように、心臓の中に核となるもう一つの心臓、魔力結晶を埋め込みました。この魔力結晶が体内にあると、心臓が止まっても魔力結晶に込められた魔力の力で起き出します。だから魔物を殺したあとは、必ず魔力結晶を体内から取り出す必要があります」

「よし、いいだろう」

 内心大きく息を吐き出したチサトは安堵の表情で腰を下ろす。掌の冷や汗が凄い。

「今三人が説明したように、魔物は我々人間にとって非常に危険な存在となる。大陸一とも言われる高い防護壁を誇るこの中央の街、メシィですらも、大型の魔物が束になって迫れば防護壁は破られ街の中にまで侵入を許してしまうかもしれない。そしてこの街の外では更に多くの集落や村がこの危険に常に晒されている。これからハンターとしての道を歩むお前たちが、命を賭しても守るべき人々がそこで暮らしているんだ。人間に仇なす魔物は死んでも殺せ、いいな」

 力強いアサギの言葉に訓練生たちは引き締まった顔で頷いた。

 こうしてこの日の座学が過ぎ、昼を告げる鐘が鳴ると、アサギが資料を抱え言った。

「一部の者たちは既に知っているだろうが、三日後は緊急討伐任務において使徒を討伐したハンターサジの授与式と、使徒の犠牲となったハンターたちの献花式が行われる。これにより、前日祭(ぜんじつさい)は午前の座学のみとなり、当日の授与式はお前たち訓練生全員に準備と後片付け、そして防護壁での見張りが義務付けられる。当日は早朝、陽が昇る前にギルド本部前に集合するように。なお、後日祭(こうじつさい)は通常通り、座学と基礎訓練を行う。以上だ」

 口早に告げたアサギが教室を去ると、「前日祭どうする?」「授与式かぁ、見たかったなぁ」「お昼削って後日祭、献花だけでもしたいな……」と訓練生たちは口々に話し出す。

「チサト」

 それらをどこか他人事のように聞いていたチサトの肩をノエが叩いた。

「お昼どう? 説明したほうがいいでしょ」

 その言葉をチサトはありがたく受け取ることにして、ノエと共に食堂へと向かった。

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