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ファミリアに捧ぐ 29

「パパ、お願い! ちょっとでいいから!」

「駄目だ。昨日も言ったろう」

 翌朝、食堂ではミアがカガリに必死に頼み込んでいる姿があった。また喧嘩だろうか、チサトが近づくと、「本当にちょっとだけ! すぐに帰るから!」とミアが更に言った。どうやら外に行きたがっているようだ。

「駄目なものは駄目だ。数日は安全が確保できるまで外出は禁止だ。他のお友達もみんな家にいるんだぞ。ミアだけ特別扱いはできない」

「うー……」

「何か外に用事があるんだ?」

「ミカゲさん」

「おはようございます」

 チサトはミアの前にしゃがみ込み、「アタシが代わりに行こうか?」と提案した。ミアは一瞬そうかという顔をしたが、しかしすぐに俯いてしまうと「ううん、だいじょうぶ」と部屋に引き返してしまった。

「余計なお世話でしたかね」

「さぁ、わかりません。昨日からあまり落ち着きがなくて。あ、そう言えばネロさんが今朝早く訪ねてきて、武器を直したから取りに来てほしいと言っていました」

「お、昨日の今日でまた随分早い。というか、半日くらいしか経ってない。半日で組み立てられるなら何故やらないっ」

「ま、まぁまぁ。彼女の中でもいろいろ順番があるんですよ、きっと」

 カガリに宥めすかされ、チサトはいろいろ言いたいことを呑み込んで、急いで朝食を済ませネロのもとへと駆け込んだ。そこには元の状態に戻っている愛用のガントレットが確かにあった。よかった、無事だ。変な改造もされていない。念の為、装着して指周りの動きを確かめる。

「前よりよく動く」

「魔物の血で随分と滑りが悪くなっていたようですので、全て磨いておきました。コーディング剤も新しいものにしてありますので、しばらく錆とは無縁かと」

「腕は確かだ。何かされるんじゃないかとずっと恐怖だったからさ」

「ああ、その必要はもうなくなりましたので」

「うん?」

「今しばらくお待ちください。面白いものが出来上がる予定ですので」

 にやりと不敵な笑みを零し、もう既に何か組み立て始めているネロにチサトは恐怖を覚えた。



 集落は随分と閑散としていた。たった一頭、集落に逃げ込んだだけでこの有様だ。市場も僅かにしか開いておらず、巡回するハンターの姿が店の隙間から窺える。

 嫌な景色だと、そう思う。何度見ても、この魔物に怯える人々の在り方を悲しいと思う。どうすればこれが未来からなくなるのだろう。その昔の人々も、きっとあの頃より今を生きる人々が幸せであることを夢に描いていたはずだ。

 なのに、現実はいまだに魔物の恐怖に怯える日々。大切な人が失われている日々も変わらない。

(……よくないな)

 心が弱っている証だ。気を強く持たないと。

 チサトはガントレットが入った箱を背負い直し、サノへ戻ろうと歩き出した。と、上空からアグニの鳴き声が聞こえた。――ユノからの定期連絡だ。



「カガリさん、この間の健康診断の結果、届きました?」

 端末をいじりながらイチカがからりと椅子を回した。忙しくなったのは本当にイーニスの群れが出現した当初で、やってくるハンターの少ない通常営業の支部内は静けさに包まれている。

 一方のカガリはペンを手に書類と奮闘していた。書類には「企画申請書」とある。

「ああ、俺のは何日か前に届いてた」

「私今朝届いたんですけどね。体重が3キロも増えてたんですよ。3キロですよ3キロ。はぁー、サノのご飯美味しいから食べ過ぎちゃったみたいで……」

「だから今朝の朝会集中してなかったのか。みんなリュコスで大騒ぎだってときに」

「だって朝会前に自分のメッセージボックスに本部から連絡来てないか確認する癖つけろって、カガリさんが教えてくれたんじゃないですか。忠実に守ってるだけですよ」

「……確かに言ったけど」

「ハンターの皆さんは体動かすからすぐに落ちるんでしょうけど、ギルド職員みたいな事務職って落としづらいんですよねぇ。ここに来る前に早起きして散歩でもしようかな……カガリさんは平気でした?」

「まぁ、俺は去年とそんな変わらなかったから」

「男の人って代謝いいですもんね」

 どうしよう、とイチカはお腹周りを擦っている。カガリもこっそりと腹部に手を当てる。

 実はカガリも去年より3キロ近く増えていて、40後半男性の平均体重を超えてしまっているから食事制限をしたほうがいいと診断結果で指摘されていたのだ。原因は味の濃いものの食べ過ぎであることはカガリもわかっている。

 ……とは言ってもなぁ。

「なんだ、揃いも揃ってため息か」

「ジゴロクさん、また来たんですね」

 イチカ側の受付前の席でジゴロクが腰を落ち着けていた。相変わらず気配もなくやってくる人だ。……というか。

「不必要な外出は避けてくださいって何度言ったらわかるんですか」

「いいじゃないか、日中は」

「昨日は夜ですよ」

「ああ、そうだったかな」

「すっとぼけやがって……」

 カガリは文句の一つも言いたかったが、相手はご老人だ。ぐっと堪える。

「わしはちょっと太ったくらいじゃイチカちゃんのこと嫌いになったりせんからな」

「そういうこと言わないでいいですよ! 余計気になっちゃいます! やっぱり朝散歩しよ……」

「わしが付き合おうか」

「結構です」

 端末を手にしたまま落ち込んだイチカにこっちまでますます気になってきたと、カガリも脇腹辺りを擦っているとギルドの扉が突然開き、チサトが映像通話に向かって駆け込んでいった。

「チサトさん、何かあったんですかね」

 その様子を見ていたイチカが言った。不穏な空気を感じたのか、「今日はお暇しよう」とジゴロクが帰っていく。

「足元気をつけて帰ってくださいね。……珍しいですね、ジゴロクさん、いつもならまだ居座るのに」

「……」

 カガリは扉の向こうに消えたジゴロクを気にしながらもチサトを見やった。妙な胸騒ぎがする。



『この連絡をチサトさんにするのはとても心苦しいんですが……』

 画面に映し出されたユノの表情は思わしくない。

「いいよ。聞こうか」

『どこからお話すればいいのか。……まず、調査隊が枯れた大地を進んでいたところ、二頭の使徒の衝突に遭遇しました。やはりヨトゥンの使徒とフェンリルの使徒でした』

「そう。怪我人は?」

『十分距離を取っていたので、調査隊に被害はありません。問題は、招集をかけたハンターたちのほうで。あ、誤解のないようにお伝えしておきますが、集まったハンターは四名。ハンターたちは二組に分かれてそれぞれの使徒を引き離し、ヨトゥンの使徒については討伐が完了しています。フェンリルの使徒も、討伐には成功したんですが……』

「何か起きた?」

『……討伐した直後、使徒喰らいが乱入してきたそうです』

「使徒喰らい……これはまた厄介なのが来たな」

 チサトはわかりやすく頭を抱えた。

 使徒喰らいは、何らかの原因で死んだ使徒の魔力結晶を体内に取り込んだ魔物のことを指す。使徒の魔力結晶には強大な魔力が宿っている為、それを通常の魔物が喰らうと、その強大な魔力によって肉体が再構築され、時間をかけて次の使徒になっていく。

 ハンターたちが必ず魔力結晶を魔物の体内から取り出すのはもう一度起き上がらせない為という意味もあるが、そこにはもう一つ、新たな使徒を生み出さない為という理由も含まれている。

 なお、肉体の再構築の過程は魔物にとって酷く苦痛であるものとされ、使徒になる前の状態が一番気性が荒いと言われている。

「種類は?」

『同じ系統のフェンリルの眷属でした。左目に大きな傷があり、元はおそらくただのリュコスであったと思われますが、最早その原型がわからないほどの巨体で、リュコスの見た目も変貌していたと』

「倒した使徒の魔力結晶は?」

『残念ながら』

「喰われたか……見た目の変貌が始まってるなら、過去に既に別の使徒の魔力結晶を喰らっているはず。だと、いつ使徒になってもおかしくない」

『完全にこちらの落ち度です。使徒同士が衝突している間は他の魔物が寄り付かないという思い込みが、使徒喰らいの乱入を許してしまいました。調査隊の行動範囲をもっと広げてもらうべきでした』

「後悔したってしょうがないでしょ。不測の事態はつきものだし。乱入されたハンターたちは無事?」

『一人は無事でしたが、もう一人は足を……ハンターを続けていくことは、おそらく』

「そう……耳の痛い話だね。で、問題の使徒喰らいは?」

『魔力結晶を喰らってすぐ逃亡を図りました。今調査隊が急ぎ行方を追っているところです。他のハンターたちは既に一度使徒と交戦してしまっているので、使徒喰らいを追うことはできませんから』

「ここに来て四人が討伐に参加できないのは厳しいね。動けるハンターは今何人いるの?」

『現時点ですと三名です』

「アタシも含んで?」

『……はい。すみません、その他のハンターたちは今ほとんどが遠方の討伐に出払ってしまっていて』

「だからそうやって暗いこと言わないの。もし使徒喰らいがこの近くに来るようなことがあればすぐに連絡して。幸い、魔障の影響はもうなくなったし、武器も整備から帰ってきた。あとは防具を作り直してるから、それが来ればもう万全だからね」

『助かります。こちらもなるべく人を集められるようにします。救護班を待機させて、いつでも出動が可能な状態にしておきますから』

「お、ということは久しぶりに飛空艇が動くんだ。あれいいよね、もっと普及してくれたらいいのに」

『コストがとんでもないので、まだ有事の際にしか動かせないんです。でも今回は事が事ですから。私、全力でサポートします』

「うん、ありがとね」

 ユノとの通話を切ると、チサトはしばらくその場を動けなかった。どんどんよくない方向に向かっている。いつもの調子でいることが難しくなってきた。

「……伝えとくか」

 念の為カガリには知らせておいたほうがいいだろう。席を立ち、歩き出すチサトの足取りは重い。

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