ファミリアに捧ぐ 28
戻ってきた二人から奥の様子を聞くと、カガリはいつになく真剣な顔になった。
「人間が意図せず生み出してしまったものとは言え、その性質を持つ水結晶の話は初めて聞きますね」
「いくつか採ってきたんで、折を見て本部の研究部にでも渡してください」
「助かります」
チサトから不思議な性質を持つ水結晶の入った袋と記録装置を受け取り、カガリはどこか一安心した様子で息を吐いた。
「奥に魔物が潜んでいないようでよかったです」
「プランクトスは死ぬほどいましたけどね」
「あれはあれで気持ちが悪い……まぁ、少しずつ解消はしていくでしょうけど。ハルト君も、お疲れ様でした」
「別に。報酬の為にやっただけだし」
「それで十分です。ハンターとはそういうものですからね」
軽くあしらわれているようでハルトには全く面白くない。
この後のプランクトスの処置や、水結晶のことは本部と連絡を取り、どうしていくかが決まっていく。それ以降はチサトとハルトの範疇外となる為、あとはギルドに戻って報酬を受け取るだけだ。
三人は洞窟を出て、集落に戻る道へと向かった。
「ん?」
最初に歩き出したカガリが違和感に気づいた。来たときにはなかった、プランクトスの死骸が道のあちこちに散らばっている。
「どうしてプランクトスがこんなに」
チサトが近くのプランクトスの死骸の前に屈み込んだ。食いちぎられたような跡がある。チサトは素早く立ち上がり、カガリに下がるように指示をした。
「それはつまり」
「しっ」
短刀の柄に手をかけ、チサトが身構える。ハルトも慌てて槍を掴んだ。
近くに魔物が潜んでいる可能性が高い。チサトが慎重に道を進んでいくと、目の前を一頭のプランクトスが浮遊していった。と、それに突然何かが飛びかかった。――リュコスだ。
「リュコス!」
「待った!」
槍を手にリュコスに駆け出そうとするハルトをチサトが制止した。
「なんで!」
「黙って」
チサトは注意深くリュコスを観察した。プランクトスに齧りついているリュコスは、体の大きさから見てもまだ子供だ。それに――ふっ、とリュコスと視線が絡んだ。ともすればリュコスが駆け出していく。
「まずい! 集落に行ってる! なんで止めたんだよ!」
ハルトがリュコスを追っていく。遠くなるハルトの姿にカガリもあとを追おうとするが、チサトがリュコスが齧りついたばかりのプランクトスに近づき屈み込むので、リュコスが気にはなりつつ「どうしたんですか、さっきから」と尋ねた。
「リュコスはプランクトスは食べないはずなんです」
「腹を空かせていたんじゃ?」
「リュコスは肉食生物です。プランクトスは水と魔力の塊だから、本来なら見向きもしないはず。というかあれ……子供だけっていうのも気になるし、一頭なのもどうにも。リュコスは群れで行動する生き物のはず。こういう通常と違う状況のときはよく観察しないと」
「……とにかく、私は先にギルドのほうへ。音声放送で住民に注意を促してこないと。念の為、この付近にリュコスの群れがいないか確認していただいていいですか?」
「それは、はい。ハンターとしての責務なので責任を持って確認しておきます」
集落に戻っていくカガリに、チサトはいまだ疑問が解けず首を傾げるばかりだ。
しばらくしてチサトが集落に戻ると、カガリの放送を聞きつけたハンターや動ける大人たちがギルドの前に集まっていた。話している内容を聞く限り、集落に逃げ込んだと思われるリュコスは見つけられなかったようだ。
ハルトの姿がないが、まだリュコスを捜しているのだろうか。
「皆さん、お待たせしました」
そこにカガリがギルドから駆けてきた。手にいくつかの紙の束を持っている。
「支部長と急ぎ協議を重ねて、数日間は厳戒態勢とし、夜間の見張りを増やすことにしました。日中もハンターの巡回を予定しています。その分の追加報酬はギルドから出しますのでご安心ください。住民の皆さんは、お子さんがいらっしゃるところはしばらく外出を控えさせてください。また、夜間と言った人の少ない時間帯に外に出る用事がある場合は近くのハンターにお声がけをお願いします。こちらは巡回の日程表です。急でしたので、一旦は三日分のみお渡しします。もしリュコスの姿をこの三日の間に見かけた場合は、厳戒態勢の延長を考えていますのでご理解ください」
カガリは日程表をハンターや住民たちに配っていく。それはもちろんチサトにも渡された。
「外の様子はどうでしたか?」
「周辺にリュコスの群れはいませんでした。痕跡もなかったです」
「そうですか……でも油断はできませんね」
明らかに動揺が見て取れるカガリに、チサトは励ましの意味も込めて「大丈夫ですよ」と肩を叩いた。
「アタシがいますから。一人で数人分働きますからね」
「とても心強いです。そうだ、先日は断っておいて申し訳ないんですが、しばらくの間、夜間の見張りを五日から、三日に一度にさせていただいてもいいでしょうか」
「なんだ、いきなり謝るから何かと思った。いいですよ、慣れてますから。となると、ネロちゃんにアタシの武器さっさと直せって言ってこないと駄目ですね」
「本当にすみません。あと、その……ここに来る途中、娘を見かけませんでしたか?」
「ミアちゃんを?」
「ミアだけでなく、他の子供たちの誰か一人でもいいんですが」
「もしかしていないんですか?」
「ええ……この騒動で捜しているんですが、ミアを含めて何人か見当たらないんです」
「それは心配ですね。アタシもここに来る途中は見かけてないです」
「そうですか……」
「集落の外には出てないと思いますよ。さっき一周してきたときには見かけてないんで」
「それなら……」
カガリは頷きかけて、ん?とその言葉の矛盾に気づいた。集落は大人の足でも一周するのに数時間はかかる。それをこの数十分で一周というのはどう考えても不可能だ。
チサトが持っている身体強化のアビリティ、エンハンスは確か速度強化。それを使用しても無理がある。一体どうやって。カガリが口を開こうとして、ミアがとぼとぼこちらに向かってくる姿が見えた。最早それどころではない。
「ミア!」
「パパ」
「どこに行ってたんだ、捜してたんぞ!」
カガリが必死の顔で言うので、ミアは「ごめんなさい……」と俯いた。なんだかいつもより落ち込んでいるように見える。カガリは心配が勝って気づいていないようだ。気のせいだろうか。チサトは首を傾げた。
「友達みんなとかくれんぼしてたから……」
「そうか……わかった。とにかく、外は今危ないから、しばらくサノから出たら駄目だぞ」
「っ……うん」
ミアはますます苦しい表情を浮かべた。その様子にチサトは首を捻るばかりだ。
住民たちは不必要な外出を避け、ハンターたちも巡回や、気の早い者は既に見張り台に立っていた。
まだ武器が戻っていないチサトは巡回には参加できない為、空気砲を返しにネロのもとへと向かった。もちろん、武器を早く直せと催促する為なのもある。
「これ、返すね」
「おや、もう出番は終わりですか」
もう少し使い勝手を確認しても、というネロの言葉が続いたがチサトは聞かなかったことにした。
「使った感想はいかがだったでしょう」
「あー、それがさ」
チサトはプランクトスに対して空気砲を放ったときのことを詳細に伝えた。危険すぎて最大威力での確認は行ってはいないこともだ。
「なるほど。改良の余地がありそうですね。弾薬を消費しない代わりに魔力結晶のみを使用する武器ですか。新しいカテゴリの武器になりそうです。ふふふ、想像が形になるというのはやはり素晴らしい体感です」
「……。ねぇ、それさ、もうちょっと軽量化できない?」
「軽量化ですか。所持しやすい形にしてほしいということでしょうか」
「今だとちょっと重いんだよね。抱えなきゃいけないしさ」
「だとマズルが小さくなってしまうのが難点ですね。あと、あまり小さくしてしまうと魔力の爆発に本体が耐え切れません。仮に耐え切れたものを作れたとしても、何度も使用することで暴発しやすい武器になってしまいます。それを考慮した場合、私の計算上ですとこれより一回り小さくすることは可能です」
「5キロにおさまる?」
「現在の重さが7.2キログラム。2.2キログラム下げるには……本体を一回り小さくすることで約1.2キログラムの軽量化が見込めます。残り1キログラムを削減するには……内部に使う部品をいくつか耐久性の高い別の素材に切り替えて……そうすると300グラム削減、残り700グラムの削減はやはり側の素材を変えるしか……5キロを少しオーバーするかもしれません」
「許容できるのは500グラムまでだな。それ以上になると多分ちょっと重い」
「とすると、残り200グラムですね。それなら可能だと思います。――ハッ!」
「え、何」
「今とんでもない閃きを得ました」
「閃き?」
「これを導入すれば少量の力でとんでもない威力を出せるはず……しかしこれではあの奇跡的な軽さが失われてしまう……いや待てよ、衝撃で爆発させるような仕組みにして、本体の素材を重量重視から衝撃吸収の素材に変更すればかなりの軽量化が見込めるはず。その分内部構造に耐久性のある素材を使えば軽すぎるという違和感も払拭できる――ああああっ作りたい! 今すぐ! この溢れ出てくる意欲を形にしなければ気が済まない! 今日中に設計図を作って明日にでも試作品を作らなければ!」
突然発狂し、凄まじい勢いで製図用紙にペンを走らせ始めたネロにチサトはすっかり気圧されてしまった。
「……アタシの武器はちゃんと直しておいてね」




