ファミリアに捧ぐ 27
目的の空気砲が手に入ったということで、二人は二度目となるプランクトスの洞窟の調査に乗り出した。相変わらず入り口からはプランクトスが出てきている。
洞窟に入る直前、チサトは何か周囲を気にしたように振り返った。
「何か?」
「……いえ」
チサトは何でもない様子で洞窟に入り込んだ。首を傾げつつ、カガリもあとを追う。
昨日来たときよりも、洞窟内ですれ違うプランクトスの数が格段に増えている。二人が洞窟内を出入りしたことで風の流れができてしまったのだろう。プランクトスは僅かな風で流れていってしまうほど、とても軽い魔生物だ。
問題の鍾乳洞化している場所まで戻ってくる。ある意味不気味なほど大量のプランクトスが周囲を漂う。中には突出している岩に引っかかってしまっているやつもいる。
「何の害もないはずなのに、見ていると気持ち悪くなってくるのは何なんですかね」
「人間にはない動きをしてるからじゃないですかね。ほら、ランタン持って」
「ああ、はい」
チサトはランタンをカガリに預け、魔力抽出装置に魔力結晶を入れ、空気砲に装着した。横の電源を入れると、中で結晶が転がっているのかカラカラと音がする。
「とりあえず、この最初から合ってる『中』のところで撃ってみますか」
空気砲を抱え、適当にプランクトスが密集している場所に砲口を向ける。
……なんだか嫌な予感がするな。
カガリはせめて一番威力が弱いものにしないかと声をかけようとした。――が、遅かった。
「っ!?」
「!」
凄まじい衝撃と共に空気の塊がプランクトスを突き抜けていった。勢いがありすぎて、空気砲の近くにいたプランクトスに至っては見るも無残に裂けて地面に落ちてしまった。
「『中』でこんな……こんなの虐殺ですよ……プランクトスが布切れみたいに……」
「確かに武器だわ……」
「一番、一番弱いやつにしましょう! こんなんじゃ退かすどころか私たちプランクトスの殺戮者ですよ!」
チサトは急いで威力を「弱」に変え、再度試し撃ちをした。今度はプランクトスが裂けることはなく、洞窟の脇へと漂っていく。なんとかプランクトスの殺戮者にならずに済んだようだ。
「さ、これでプランクトスの件は解決しましたけど、問題はどうやって奥に入るかですかね」
二人の視線は狭い奥への入り口に向けられる。チサトが一人で行くにしても、空気砲と繊細だろう地形記録装置を両方抱えて奥まで進んでいくのは無理がある。もしこの奥に魔物が潜んでいたら身構えることもできない。
「空気砲の検証は済みましたし、改めて調査隊の派遣を依頼する形のほうがよさそうですね」
「別に調査だけなら、そこの半人前でもいいんじゃないですか?」
「え?」
チサトが顎で指した先に、岩陰から覗いている槍の先端が見えた。見覚えがある、ハルトの槍だ。
「ハルト君?」
「……わかってたのかよ」
岩陰から出てきたのはやはりハルトだった。チサトは当然と言いたげな顔をした。
「気配を消す術はいつか自然と身につくから。あと足音ね」
ハルトは思わず自身の足元を見た。なるべく音は殺してきたつもりだったのだろう。チサトには筒抜けだったようだが。
「アタシが記録装置を使います。君が空気砲を持って。いざってときは威力最大でぶっ放すだけでとんでもない武器になるから」
チサトがカガリに目配せすると、致し方ないといった様子でカガリも息をつく。
「なるべく、奥の自然は壊さないようにお願いします。あとプランクトスも。殺戮者になるのは困ります」
「勝手についてきたのに、いいのかよ」
「まぁ、もうここまで来てしまったものは仕方もないですし」
「それにこれは討伐任務じゃない。ですよね? ギルド職員さん」
「そうですね。そもそもあなたがハルト君を追い返せばよかっただけの話なんですけど」
「アタシ彼がついてきてるのに気づいたの、ここに着いてからですから」
「さっき気配がどうとか言ってましたけど」
「そうでしたっけ?」
「まったく……今回はあくまで調査任務です。奥に危険がないかの確認ですから。それにここの入り口は私が入れないので。彼女の補佐をしてもらえると助かります。あ、もちろんあとで正式に報酬も払いますよ」
ここで否と首を振れば、ただ洞窟から追い出されるだけだ。勝手についてきただけにも関わらず報酬が出るというならば、ハルトに選択肢はない。
「わかった。手伝うよ」
「よし、じゃあこれ持って。アタシに記録装置の使い方教えてください」
チサトは空気砲と魔力結晶の入った袋をハルトに預け、カガリから記録装置の使い方を教わった。
「危険があればすぐに戻ってきてください」
カガリに見送られながら、チサトとハルトは奥へと進んだ。
ハルトが空気砲で道を開けながら、チサトが記録装置で少しずつ洞窟内の地図を記録していく。しばらくは無言が続いていたが、その状態に耐え切れなくなったのか、「なんで?」と不意にハルトが口を開いた。
「ん?」
「さっきカガリのおじさんが言ったみたいに、オレのこと帰せばよかったじゃん。気づいてたんならさ。なんで帰さなかったのかと思って」
「奥に向かう入り口が狭くてあの人が通れないことはわかってたし、この狭さじゃいくらアタシが動けるって言ったって荷物抱えながらじゃ戦えない。そこに集落を出てくアタシたちを見つけてあとをつけてきた君が丁度よかっただけ」
「……そっから気づいてたのかよ」
「こういう生活続けてるとね、耳と感覚は鋭くなってくるの。ん、また来た」
奥から再びやってきたプランクトスにハルトが空気砲を放った。体躯がまだ大人のそれではないからか、撃つたびに体が衝撃に持っていかれている。
「筋力強化のエンハンス使えるんじゃなかった? 使いなよ、こういう時に」
「集中切らすと、まだ長続きしないんだよ」
「じゃあ丁度いい。訓練と思ってどんどん使いな」
簡単に言ってのけるチサトに、それができれば苦労しないとハルトはため息を零した。
それからどれほど歩いただろう。妙に奥が明るいと思った矢先、二人は開けた空間に出た。
「うわ……凄い……」
ハルトが感嘆の声を漏らした。
洞窟の最深部には、青く輝く世界が広がっていた。大量に浮遊しているプランクトスの向こう側で、青い結晶体が岩壁を突き出し、青白く輝いている。二人が立っている場所の周辺に広がる地底湖の底も同じように青く発光している。
「これ全部、水結晶?」
ハルトが尋ねるが、チサトはプランクトスを避けながら近くの青い結晶体に向かっていく。ベルトに提げていた道具入れから折り畳み式の小型ピッケルを取り出し、結晶体の欠片をいくつか掌に転がした。
「これ、装置に入れてみて」
「え、うん」
ハルトは言われるがまま、魔力抽出装置に結晶体の欠片を入れ、電源を入れた。
「で、撃つ」
「?」
何がなんだかわからず首を傾げながら、ハルトは空気砲を近くのプランクトスに向かって放った。空気が放たれ、プランクトスが四方に流れていく。
「これが何?」
「ここの水結晶がどれくらい長くここにあると思う?」
「どれくらいって……何十年とか、何百年とかじゃないの?」
「そう、それくらい放置されてると、水結晶に含まれてる魔力はほとんどが放出されて空になるはず」
「え、そうなんだ。……じゃあ空気砲が動くのはなんで?」
「魔力結晶はね、魔物の体外に出てくると少しずつ魔力が放出されて空になる。それは水結晶みたいに変質したものでもその性質は変わらない。ここにあるのは水結晶も含まれてるだろうけど、それとは全く別物。魔力結晶は他の性質を吸収しやすい。おそらくここの魔力結晶は水に溶けたプランクトスの性質を取り込んでる」
「えっ!? と、取り込むとどうなんの?」
「取り込むと、本来は魔力を放出するだけだったはずの性質に、プランクトスの微量な魔力でも生きていける性質が加わる、と思う。つまり、この結晶の場合は魔力を放出しながらも、微量な魔力を吸収し続けるものになるってこと」
「そうなるとどうなるわけ?」
「半永久的にプランクトスが増え続ける」
「えぇっ、それってありえんの?」
「自然現象としてはほぼありえない。本来プランクトスはこんな狭い空間に大量発生するものじゃないし。ただここにはその条件が揃ってるだけ。この最深部は入り口が開くまではプランクトスの出入りができなかった。いくら空気中の微量な魔力で生きていけるプランクトスでも、大量発生するほどここに魔力があったとは思えない。考えられる可能性としては、かつてここを使っていた人々は中にプランクトスが残っていることに気づかないまま入り口を閉じてしまった。結果、この狭い空間でプランクトスが繁殖と死滅を繰り返したせいで、プランクトスの溶け込んだ地底湖が出来上がってしまった。そして、残されたプランクトスの魔力結晶が、プランクトスの溶け込んだ水の性質を長い年月をかけて吸収したことで、魔力の放出と吸収を行うよくわからない性質を持った結晶が生まれてしまった。簡単に言えば、ここは大昔の人間が生み出してしまったプランクトスの繁殖場ってところかな」
「え、っと。え、これ、じゃあ、どうすんの? こういう場合はプランクトスを討伐処理?」
「入り口を閉じちゃったのは人間の都合だからね。本来なら討伐対象なんだけど、もうちょっとこれ、人間がどうこうできる範疇を超えた異常繁殖なんだよね。ここで本来の依頼を思い出してほしいんだけど、アタシたちは今、調査依頼という形でギルドから仕事を請け負って、脅威がないかどうかを確認してほしいというお願いをされているわけ。つまり、これをどうするかはギルドの判断に任せます、という結論に至るわけだ」
「何もしないで帰るってこと?」
「調査依頼なんてものはそんなもんなの。君の想像してたような依頼とは随分形が違うだろうけどね。さ、残りの地形を記録して、待ちぼうけを食らってるギルド職員さんのところに帰るとしますか。ここが最後みたいだし、魔物もいないから安心して帰れるね」
よかったよかったと、チサトは記録装置を作動させた。ハルトは納得がいかない表情で、漂ってくるプランクトスに空気砲を放った。
チサトの言うとおりだ。Sランクのチサトがカガリと共に外に行く姿を見て、きっと何かの討伐依頼を受けたのだろうと思っていた。だからあとをつけてきたのだ。
しかしそこで待っていたのは単なる調査依頼で、更にはこの大量のプランクトスを討伐もしていかないという、ハルトにとっては大きく期待を外れたものだった。
これなら訓練場で槍の鍛錬でもしていたほうがよかったな、とただ浮遊しているプランクトスを見て思うのだった。




