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ファミリアに捧ぐ 26

 カガリとの会話のあと、結局たいして会話も続かなくなってしまったので、食事を終えるとチサトはすぐに部屋に引き返してきた。

 開け放っていた窓から入ってきたのだろう、アグニが窓辺で毛づくろいをしていた。アグニを撫でながら、窓の外を眺める。相変わらず夜空には星の大河が出来上がっている。絶えず燃え続ける集落の篝火も美しい。

 こういう場所を定住地としていたら、少しは孤独を感じずにいられたのだろうか。作っておけばよかっただろうか、帰ってくる場所を。

「ファミリアか……」

 確か古い言葉で「家族」という意味があったはずだ。現代においてその言葉を使う人間はあまりいない。だが、今は使われなくなった言葉の多くは美しい言葉ばかりだ。失くされていくのが惜しいと思うほどに。

「見つかるかな」

 アグニに話しかけてももちろんその問いかけの答えが返ってくるわけもない。

 まだ遅くないのだろうか、家族を持つということは。



 チサトが部屋に戻った一方で、カガリもまた奥の自室へと戻った。ただどうしても眠れそうになくて、酒を呑む手が止まらない。久しくないほど亡き妻のことを話したからだろうか。

 彼女が生きていてくれたら、もっとうまくミアと話ができていたのではないか。そう思うとどうしても自分の不甲斐なさをしみじみと感じてしまう。傍らに置いている「メシィ通信」の情報紙を掴み、思わずため息が零れた。

 どうせ眠れないのなら本でも読むか。そう思って、内容などとっくに覚えてしまっているアテナ神話の本を取り出してくる。重版で新しいものは日々市場に流れているが、カガリはこの初めの一冊がずっと好きだった。もう随分と色褪せてしまっている。

 それを大事そうに撫でていたカガリはふと思い出した。そう言えば。この数年、すっかり忘れてしまっていた。思い出さないようにしていたと言ったほうがいいのかもしれない。亡き妻と初めてまともな会話をしたきっかけがこの本だった。チサトと同じ尋ねられ方をしたのだ。この本が好きなのか、と。

 まさかそんな大事なことをチサトをきっかけに思い出すなんて。なんとも皮肉な話だ。

 戻れるならば戻りたい、あの頃に。やり直せるならやり直したい。何度後悔しただろう、あの日のことを。隣の集落に行くだけだからと、両親に孫の顔を見せてあげたいのだと、自分の付き添いを断り笑顔で出かけていった妻を思い出す。それが最後になってしまった。

 あの時少しだけならという甘い考えを持たず、付き添ってやっていれば守れた命だったかもしれない。何度後悔しても、あの時をやり直すことはできない。だから、彼女が命を賭して守ったミアだけは、どんなに過保護になっても守り抜いてみせると誓ったのだ。たとえそれが理由で、嫌われるようなことになったとしても。

「……パパ」

「? ミア。どうしたんだ」

 隣にある寝室から眠い目を擦りながらミアが姿を見せた。ミアは顔を俯かせながら、「あのね」と声小さく呟く。

「パパにね、ごめんなさいしようと思って……」

 ずっと勇気が出ず、こんな時間まで起きてしまっていたのだという。寝室の扉の陰に半分ほど姿を隠してしまっているミアに、カガリは微笑むと本を置いた。

「ミア、おいで」

 両手を広げるカガリの胸にミアは飛び込んだ。ごめんなさい、とくぐもったミアの声が聞こえてくる。

「パパこそごめん。ちょっと言葉がきつかったな。でもミアに何かあったりしたら、ママに顔向けができなくなる。ミアが危ないことしたら、ミアのことを守ってくれたママもきっと心配するから」

「うん」

「今は集落の外には出してあげられないけど、いつかミアがもう少し大きくなったら出る機会も来るだろうから、その時までもう少し我慢して待っててくれるか?」

「……うん」

「ありがとうな、ミア」

「……パパ?」

「ん?」

「ママのお話聞きたい」

「ああ、いいぞ。丁度ママのこと思い出してたんだ。ママと初めて会ったときのことを話そうか」

 カガリはミアを膝の上に乗せ、アテナ神話の本を取った。表紙には槍と盾を携えた、翼を持つアテナの姿が描かれている。

「その頃、ママはまだ隣の集落で暮らしていて――」

 穏やかな父の声を、小さな娘は体を寄せて心地よさそうに聞いていた。こうして、この世界のどこにでもいるありふれた父娘の、ささやかな夜はゆっくりと更けていった。



 翌日、ちゃんとカガリとミアが仲直りができたことを朝食の席で知ったチサトは、とにかく安心した。目が覚めて朝一、険悪な親子の雰囲気を見ることになるのかと思っていたから気が重かったのだ。

「お騒がせしました」

「本当ですよ」

 イオリの手伝いをするミアと、それを微笑ましく見ているカガリのいつもどおりの風景に安堵のため息が漏れる。

 無事心穏やかな朝食の時間を過ごせたチサトとカガリは、ネロのもとへと足を運んだ。壁には僅か一日で完成した空気砲の設計図が貼られていた。理論上、この装置を使えば空気を弾として発射できるはずだとネロは自信たっぷりに言った。

 調子に乗ってパーツを寄せ集め、組み立てる直前まで寝ずにやってしまったという。……チサトのガントレットの組み立てを放置して。

「これをたった一日で……」

「ネロちゃんやるねぇ。アタシの武器を放置したのはちょっといただけないけど、まぁ今回は大目に見ようか」

「そこはかとない殺気を感じますが、私の頭脳にかかればこれくらいのものはなんてことありません。ただし、やはり素材は足りませんね」

 ネロは空気砲の構造について話し始めた。まず、空気砲には大量の魔力結晶が必要になるという。魔物が核として持つ魔力結晶は、その名のとおり魔力を含んだ結晶体のことだ。

 長年研究されてきた結果、死した魔物の体を生ける屍として動かしているのは結晶体に含まれる魔力によるものであることが判明している。

 この魔力には強大なエネルギーが秘められており、近年はこれを利用した新たなエネルギー開発が開発部によって進められている。身近なところで言えば、発電機に使用されている動力源は魔力結晶からだったりする。

 いろいろ使い勝手がいい魔力結晶を、ネロは今回の空気砲に導入したのだ。

「第一段階として、魔力結晶から魔力のみを抽出する装置を作り、それを空気砲に組み込みます。装置の中は密閉空間となりますので、魔力が外に出ようとするのを防ぎます。魔力は密度が濃いと少しの衝撃で爆発する性質を持ちますので、これを利用して、発火する瞬間に空気砲が空気を吸い込み、魔力の爆発で一気に外に押し出すという仕組みになります。これは魔武器である魔銃に使われている原理と同じものです。魔力に爆発しやすい性質があるとわかった研究部が、開発部と共同で開発したのが魔銃です。こちらの仕組みとしては、魔銃は魔力結晶から抽出した魔力を火薬代わりに、魔物の骨から作られた特殊な薬莢と組み合わせ、トリガーを引く際の衝撃で魔力を爆発させ、強力な殺傷能力のある弾を発射するというものです。その応用として、今回この空気砲ができるわけなのですが、肝心の魔力結晶の数が圧倒的に足りません。洞窟探索ならば長時間いることを考えてそこそこの量が必要になるでしょう。ちなみに、今話したことの全てをおふたりがすぐに理解できるとは思っておりませんので、端的にお伝えしますね。大量の魔力結晶をご用意ください。空気砲が使えるようになります」

 とんでもない情報量を一度に言われ、全く理解が追いついていなかった二人は最終的に出された結論に「あ、はい」と口を揃えて頷くしかなかった。

「でもそんなすぐに魔力結晶って準備できます?」

「難しい話じゃないですよ。魔力結晶が大量に出る場所を私、よく知っていますから」

「?」

 カガリは自分に任せろと言いたげに頷いてみせた。



「おっと」

「ごめんなさい!」

 ネロのラボを出ると、チサトは走ってきたミアにぶつかった。

「ミア、どうしたんだ?」

 カガリが声をかけるも、ミアは答える間も惜しい様子で走り去ってしまった。あんなに慌てた様子の娘を見たのはカガリも初めてだ。

「何かあったんですかね」

「さぁ……」

 気になりはしたものの、一旦は調査任務を優先することにした二人が向かったのはサノだった。

 どうしてここに来たのか、チサトには疑問ばかりがつのったが、カガリがイオリと何か話すと、イオリが厨房のほうへと消えていき、程なくしてその手に大きな袋を抱えて戻ってきた。

「これくらいあれば足りる?」

「ああ、多分大丈夫だ」

「え、これ全部魔力結晶?」

「そうよ」

 ほら、とイオリは袋の口を開け、中を見せた。そこには大量の魔力結晶が詰め込まれている。

「最近やたらプランクトスが捕まるから余りまくってんのよ」

「ギルドでも定期的に引き取ってはいるんですが、一番これを必要とする本部への道が今は絶たれているので送れなくて。溜まる一方なんです」

「消費してくれるならありがたいよ。毎日大量に出るんだ。発電機に使うにも限界があるしね。そのうち置く場所もなくなるよ、これじゃあ」

 と、イオリは肩を竦めて言った。

 とにもかくにも、簡単に魔力結晶を入手することに成功した二人は再びネロのもとへ戻った。

 ネロ曰く、魔力を抽出する装置は取り外しが可能で、魔力が少なくなってきたら新しい魔力結晶と入れ替えればいいとのことだった。

「あ、ちなみに威力には三段階ありまして。横のダイヤルを回していただければ調整が可能です。まだ試作段階ですので、一番強い威力は魔物が出た際にのみ使用することを推奨します。空気を押し出すとは言え立派な武器ですので」

 とても不安になる話をされた。最も強い段階で魔物に使用できるほどならば、その前の段階でも相当な威力なのではないか。

 二人は聞くのが恐ろしくて、訓練場で試し撃ちをしてみようなどという軽い気持ちすらも失せてしまった。

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