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ファミリアに捧ぐ 24

「お、生意気な見習い君」

「げっ、アンタかよ……」

 チサトが武具屋を尋ねると、そこにはハルトの姿があった。

「よそ見するんじゃない。刃が立ってるぞ」

 武具屋の店主に言われ、ハルトは慌てて視線を手元の砥石に向けた。どうやら刃物の研ぎ方を教わっているようだ。ふぅん、とチサトはその様子を覗き込む。

「何、そういうことは教わるんだね」

「うるさいな。使ってたら切れ味が落ちたり欠けたりするだろ。研ぐのは普通じゃん」

「へぇ、そう」

「何なんだよ、遊びに来たのかよ」

「ごめんごめん。ちょっと武器を見繕いにね。すみません、短刀を見せてください」

 チサトは店主に声をかけ、短刀が置かれている一角に足を運ぶ。単に短刀と言っても形は様々、長さも違う。

「どういったものをお求めでしょう?」

「刃幅は広め、ダガーの刀身より長めのものを。あと背面の腰に提げて使うので、柄は長めで、鞘は装飾のないもの、それとは別に革の帯刀ベルトもお願いします」

「メインでお使いになる武器ではないということですね」

「ええ」

「でしたら最近ですとハンドガンのほうがお手軽かと思いますが」

「あー、すみません。遠距離武器はちょっと」

「左様ですか。でしたら先ほどの条件に当てはまるのはこの辺りのものが――」

 店主がいくつか見繕ってくるものをチサトは眺める。

 それらを手に取り、鞘から出して刃を確認してみるが、どれもチサトの理想とする形からは少し遠い。

「こっちの刃だとちょっと薄いな……多分数回で刃こぼれする。できれば皮の厚い魔物相手でも刃こぼれしにくいものを見せてください。金額はその分上がってもいいので」

「もしや、お噂のSランクハンターの方ですか?」

 店主が言うと、聞き耳を立てていたハルトが僅かに顔を上げる。

 すっかり自分のことが広まってしまっているようだとチサトは苦笑しつつ、堂々違いますと嘘を言えるような人間でもないので素直に頷いた。

「やはり。でしたら遠距離武器がお得意でないのも頷けます」

「と言うと?」

「私たちの間では、Sランクハンターは近接武器を好むというのが定説となっているんです。Sランクハンターは使徒を相手になさるでしょう? 確実に使徒が死んだかを確認する必要があるという点において、近接武器を好まれる方が多いんですよ」

「へぇ、なるほど。確かにアタシの知ってるSランクはほとんどが近接ですね。遠距離武器もいなくはないけど、圧倒的に少ないですし」

「でしょう。しかしそうとなれば、一般的なハンターに向けた武器をお出しするのはよくありませんね。表に出していないものを持ってきます。少々お待ちください」

 店主はそう言って店の奥に消えた。さほどかからず、三本の短刀を手に戻ってくる。一目見てわかる、どれもこの辺の魔物を倒して手に入るような素材で作られた武器ではない。

 この様子をすっかり手が止まっているハルトが食い入るように見つめている。

「こちらの短刀はヨトゥンの眷属で、ギガスの角から作られています。非常に硬く頑丈ですが、重いのが難点ですね。こちらは縁あって手に入れたヒュドラの毒牙から作ってもらった短刀です。重さは通常の短刀と変わらず、毒の付属効果を持っています。三本目はキマイラの角から打たれたもので、切りつけた相手に魅了の効果をもたらします。通常の短刀より頑丈に作られていますよ」

「確認しても?」

「どうぞ」

 卓上に並べられた短刀を、チサトは一つ一つ確認していく。重さ、扱いやすさ、鞘からの抜き差し、満足が行くまで全ての短刀を確認し終えると小さく頷く。

「このギガスの素材で作られたやつをください。少し重いほうがしっくりくるんで」

「かしこまりました。ベルトもご覧になりますか?」

「種類があるならぜひ」

 こうしてチサトは短刀とベルトを合わせて7万8千リラで購入した。短刀の代金が7万という金額だったので、短刀がいかにいい代物であったことが窺える。

 これらの金額をこっそり聞いていたハルトの表情は、チサトが横目に見ただけでも面白いほどに驚いたものになっていた。

 ――当然だ、武器の相場は初心者用の武器が3千リラほど、中級者向けが約5千リラ、上級者向けが8千リラからと、最大でも1万リラを超えるくらいが通常の価格帯だ。

 チサトが普段使用しているガントレットは本部開発の非売品の為、明確な金額はわからないが、金額に換算すればおそらく数十万リラはくだらない代物だ。

 武器に金は惜しまないが、さすがに自身の金銭感覚が馬鹿になってきている気がしてチサトは内心苦笑した。

「いい買い物ができました。ありがとうございます」

 店主に礼を言い、チサトは短刀を手に店を出た。少し体に慣らしておきたいと思い、訓練場へと向かっていると「ちょっと! 待って!」とハルトが追いかけてきた。

「何」

「頼む、オレに訓練つけてほしいんだ」

「まだ言ってる。知識を疎かにする子供に教えるものはありません」

「そういうのはあとからついてくるもんだろ! アンタだってオレとおんなじ歳くらいのときそんなこと考えてたのかよ!」

「だから苦労したの」

 チサトの強い言葉にハルトは口を結んだ。

「その時の自分があまりにも無知だったから、凄い苦労した。確かに、君と同じ歳の頃、知識を大事にしていたかって言われたらそうじゃない。君みたいに戦うことを主体にしてきた。戦闘技術では他の誰よりも自信があったし、それでハンター試験にも受かった思ってる。でもね、そのあとの教官指導で、知って当たり前だって言われてた、魔物の知識で他のハンターに遅れをとった。最初の討伐任務を受けられるようになるまでに数ヶ月かかったの。その頃には同期だったハンターは早い人でもう二つ、三つ上のランクに行ってた。その遅れを取り戻す為に、とにかく討伐依頼をこなしまくった。その時間は凄くつらかった。埋まる差なんて微々たるものだったよ。自分が知識を疎かにしたことをその時ほど悔いたことはなかった。それだけ戦場では知識が重要視されるんだよ」

「っ、でも、戦闘訓練だって大事だろ。体が動かなかったらいくら知識があっても魔物は殺せないし」

「戦闘訓練は訓練所にいる三ヶ月で教官がこれでもかってほどしてくれる。アタシは知識が追いついてなかったから卒業試験も一回突破できなかったし、討伐任務を受け始めた頃も、やっぱり知識も戦術も足りなくて苦労した。何度も死にかけたし、使徒を初めて前にしたときは知識不足で戦闘を長引かせて、魔障の毒で数週間体が使い物にならなくなったときもある。別の使徒では破壊した角が時間経過で再生することを知らなかったばっかりに、再生した角で突き上げられて、防具を貫通して脇腹に穴が開いたことだってある。動けるようになるまで数ヶ月かかったし、傷跡も残った。知識を疎かにすることは死ぬことと一緒なの」

 訴えかけるように言葉を紡ぐチサトに、ハルトはついに黙り込んでしまった。小さく息をついたチサトは力が入ってしまったことにこめかみを掻く。

「今のアタシの話を聞いてもまだ知識はあとからだって思うなら、悪いけど別のハンター探して」

 そう言って歩き出すチサトをハルトが追えるはずもなかった。



「はぁ」

「カガリさん、そのため息もう7回目ですよ」

 イチカに指摘され、カガリはうぅんとこめかみを掻く。

 ポツポツとやってくるハンターたちの対応をし、それなりに時間が経ってくると、ミアに少しきつく言いすぎてしまったかもしれないと思い始めてきた。だがチサトに伝えた言葉は本心だし、ミアに危険な目に合ってほしくないという気持ちも譲れない。

「あー……」

「もうっ、何なんですかさっきから。こっちまで暗い気持ちになりますよ。どうかしたんですか?」

「いや……君に話してもなぁ」

「そんなに重たい話なんですか」

「そういうわけじゃ……ちょっとミアに、きつく言いすぎたことがあってさ」

「ミアちゃんと喧嘩したんですか」

「喧嘩というかさ……。まぁ、喧嘩なのかなぁ。俺としては、親として当たり前のことを言ったつもりだったんだけど」

「カガリさんも父親してるんですねぇ」

 呑気なイチカの言い方に、カガリはやっぱり話したのは間違いだったかと眉間に皺を寄せた。そんなカガリの様子には気づくわけもなく、イチカは椅子をからりと回す。

「私も小さい頃、よくお父さんに陽が沈む前に帰ってこいって言われたの思い出しちゃいました。でも他のみんなと遊んでるのが楽しくて、ついつい帰るのが遅くなっちゃって。で、こっぴどく叱られるんです。ほら、灯りの届かない場所ってちょっと脇に逸れると真っ暗じゃないですか。それで道に迷って、間違って森に迷い込んで魔物に襲われたらどうするんだーって」

「親としては当然だろう」

「そんなことわかってるんですよ。死ぬほど言われまくってるんですから。そういうこと言う親って、みんな大体小さい頃の自分を忘れてるか、ちゃんと言われたとおりの時間に帰ってきてたいい子ちゃんだったんだなって思ってます」

「いい子ちゃん?」

「そうですよ。そういういい子ちゃんだった親はわからないんですよ。あんまりにも楽しくて、もうちょっとだけって思って帰るのが遅くなっちゃった子が、その楽しかった時間を否定してほしくないってこと」

「……」

「楽しい時間を駄目だって頭ごなしに否定されるの、悲しいしつらいんですよ? そりゃあ危険なのはわかってますけど、怒るのはいいからせめてその楽しいことを否定してほしくないんです。楽しかったのはよかったね、でも危ないからもうちょっと早く帰ってこようねって言ってくれたら、自分のことを否定したいわけじゃないんだなって、ちょっと嬉しくなりますもん」

 なんだか妙に説得力のあることを言われて、カガリはどこともつかない場所を見つめた。

 イチカの言うことを噛み砕くなら、あの時自分がミアに言ってやるべきだったのはすぐにそれを否定することではなく、「もう少し大きくなったら一緒に行こう」と伝えてやるべきだったのかもしれない。そうすればいつかは行けるという希望を持たせてやれただろう。

(ああ、そういうことか)

 自分は選ぶ言葉を間違ってしまったんだなとカガリは気づいた。それをまさかイチカに教えられるなんて。自分もまだまだ人間ができていないということか。

「なんか、わかった気がする……」

「わかっちゃいました? カガリさんも父親として一つ成長ですね!」

「……」

 その言われ方は何か違う。

 カガリの中でのイチカの評価は上がり下がりを繰り返すばかりだ。

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