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ファミリアに捧ぐ 23

「また料理台無しにして!」

「歳なんだよ。わかるだろ」

「わかんないわよ!」

 この会話昨日も聞いたなと思いつつ、カガリとイオリのやり取りを同席しているミアが面白そうに眺めているのを見て、チサトも傍観することにした。

 最終的にはイオリが折れる形で会話には決着がつく。こんなやり取りをほぼ毎日しているのによく飽きないなとチサトは肩を竦めた。

「今日はパパとチサトお姉ちゃんどこ行ってたの?」

 イオリが仕事に戻っていくと、それまで見ているだけだったミアがカガリに尋ねた。

「パパのお仕事で、近くにできた新しい洞窟に行ったんだ」

「中どうなってたの?」

「プランクトスがたくさんいたよ」

「プランクトス? ミアも見たい!」

「駄目だ。そこまでは危ないから」

「パパいっつもそう言うもん。ミアだって見たい!」

「プランクトスならいつもそこら中にいるだろう。それで我慢しなさい」

「やだっ、いっぱいいるやつが見たい!」

「ミア」

「中は無理でも、入り口のところまでならアタシが連れていきましょうか?」

 連れていくだけなら別に、と言いかけたチサトだったが、笑顔になるミアと対照的にカガリの眉間に一気に皺が寄ったのを見て、「あ、これは言ったら駄目だったやつだな」と悟った。

「パパ!」

「もっと駄目だ」

「なんでー!」

「ミアには危ない目に遭ってほしくないんだ。そういうのとは無縁のところで生きてもらいたいんだよ。少しでもそういう可能性がある以上、いくらミカゲさんが一緒だとしても許可はできない」

 頑ななカガリにミアはむぅっと頬を膨らませると「もういいもん!」と食事を途中で投げ出し外に飛び出してしまった。

「ミア、最後まで食べていきなさい」

 カガリの声は扉の向こうに消えてしまったミアには届かない。まったく……と残った料理を引き寄せ、大量の香辛料をふりかけ始めるカガリにチサトは肩を竦めた。

「ちょっと過保護すぎやしませんか?」

「わかっています。でも、あの子には穏やかに生きてほしいんです。小さくてもいいから幸せであってほしい。派手なことはなくていいんです。ただ生きて、笑顔であってくれたらそれだけでいいんです。私にはもう、あの子しかいないですから」

「……寂しいこと言いますね」

 他人の事情である以上、チサトが何かを言うことはできない。カガリはチサトの悲しげな表情に言葉を探せず、香辛料の入れ物を元に戻した。

「話を戻しましょう。あの大量のプランクトスをなんとかしないと、調査に支障が出ます。地図はまだ未完成ですし、どうにかしてもう一度行きたいところですが」

「それができてればこんなところで悩んだりはしないですよね」

「そうなんですよね……」

 なかなかいい案が浮かんでこない。ふとチサトが窓際に気配を感じて視線を向けると、イオリが窓を開けていた。なだらかな風が吹き抜けてくる。その風に煽られてプランクトスの触手が靡いていた。どうやら窓の淵にプランクトスが引っ掛かっていたようだ。

「本当、どっから湧いてくるんだか」

 イオリはプランクトスを抱えて厨房のほうへと消えていった。あれは燻製になるのか漬けになるのか。

 食事を進めるカガリの一方で、チサトは風が流れ込んでくる窓をぼんやり見ていた。

「……風」

「え?」

「風ですよ。風で飛ばすんです」

「風で?」

「一時的に退かしたいだけなら風で吹っ飛ばしちゃえばいいんですよ」

「……なるほど? え、でもどうやって」

「それはほら」

「? ――ああ」

 こういうことを相談できる人間には二人とも思い当たる人物がいる。

 若き変人の技術者・ネロだ。



 その頃、サノを飛び出したミアは一人とぼとぼと集落を歩いていた。父親にああして駄目だと言われるのはいつものことだった。

 普段なら大人しく引き下がるミアだったが、今回はチサトがいたから承諾してもらえると僅かな希望を抱いてしまったが為に、いつも以上に落ち込みが激しかった。泣かないでいることで精一杯だった。

「あれ、ミアじゃん。どうした?」

「ハルトお兄ちゃん」

 プランクトスの入った捕獲用網を抱えたハルトの姿を見た途端、カガリの厳しい顔が頭を過ぎってミアの瞳からは瞬く間に涙が溢れ出した。

「ええぇっ!? どうした!? どっか怪我でもしたのか!?」

「うーっ、パパなんて嫌い!」

「カガリのおじさん? なんだよ、喧嘩でもしたのか? と、とりあえず、ちょっと待っとけ。オレ、これすぐギルドに納品してくるから!」

 わんわんと泣き出すミアに大慌てでハルトはギルドにプランクトスを納品し、泣き続けるミアを落ち着かせる為に人の少ない訓練場へと連れていった。

 しばらくもすれば少しミアは落ち着きを取り戻して、サノでの父親とのやり取りを拙いながらに話してくれた。

「そっか、まぁミアはまだ小さいし、カガリのおじさんが危ないって言うのはわかるけどな」

「でもチサトお姉ちゃんもいたもん! ミア一人じゃなかったもん!」

「いくらSランクハンターでも、人守りながら戦うの大変だと思うぞ。大人は足も速いし、魔物にも抵抗できるだろうけど、ミアの今の体じゃ魔物から逃げられないし、魔物に襲われたら抵抗もできないじゃん」

「うー……」

 ポーチの紐を握り締め、ミアは顔を真っ赤にして目にいっぱいの涙を溜めている。

 正直に言えば、カガリの言うことがハルトにはよくわかる。自身も姉を失ってしまった身だ。自分の大切な人に死んでほしくない、危ない目に遭ってほしくないと思うのは当然のことだ。

 けれど今は自分もハンターを目指す身、危険なことは避けられない。何よりミアの冒険心や好奇心はハルト自身も持っているものだ。姉の仇を討ちたいと思う気持ちはもちろんある。しかし同時にいろんなものを自分の目で見たいという探求心もある。

 だからミアの気持ちを全て否定することはできない。

「……今はさ、カガリのおじさんがミアに言うのはしょうがないんだよ。ミアはまだ小さいし、お金だって稼げないし、魔物が来たら助けてもらう側なんだから。ミアがもっと大きくなって、自分でお金を稼げるような歳になったら、その時は本当に自分のしたいことをすればいいんだよ。最後は自分がどうしたいかなんだ。誰に何を言われようと、諦めなきゃいいんだ。今のミアにできるのは思い続けることだと思う。今は言ったっておじさんは頷いてくれないと思うから、とにかく諦めんな。オレ、ミアのこと応援するから。な?」

 ハルトの励ましに、ミアは渋々といった様子だったが頷いた。

「よし、だったらもう泣くな。どうせまたこのあと友達と遊ぶんだろ?」

「うん。ありがと、ハルトお兄ちゃん」

「いいよ。早く行きな」

 駆け出していくミアは「またね!」と手を振り去っていく。これだけ励ましておいてなんだが、さっきの言葉は半分自分に言い聞かせているようなものだった。

「諦めんなって、自分で言うかよ」

 大きなため息をついたハルトは重たげに体を起こし、ポケットからプランクトスの納品完了書とリラ硬貨の入った袋を取り出すのだった。



 昼食を取り終えたチサトとカガリはその足でネロのもとへと向かった。

 ネロは二人からプランクトスを退ける為の道具を開発できないかと相談を持ちかけられると、眼鏡の奥で瞳を妖しく光らせた。

「ふむ、それはなんとも面妖な相談ですね」

 それは興味深いという意味だろうか。ネロの言い回しには独特なものがある。

「空気を弾として放出する特殊な機械、或いは武器を新しく作る必要がありそうです」

「作れますか?」

 カガリが尋ねると、おそらくとネロは頷く。

「発想は突拍子もないですが、とても面白いと思います。空気を押し出すという原理自体はさほど難しいものではありません。簡単な材料で子供の遊び道具も作れます。しかしそれを生き物を退かせる為に使うとなると、子供の遊び道具では威力が不足していますから、設計を一から考えなければなりません。本日中に設計書を書き上げ、材料をかき集めてみましょう。足りないものが必ず出てくるはずなので、その際は調達をお願いすることになると思います」

 不可能でないとわかるだけありがたい。ホッと胸を撫で下ろすカガリの背後で、チサトが何やら目を細めて難しい顔をしている。ネロの正面にあるテーブルの上に、見慣れた金属片が大量に置かれている。

「あのさ、一つ聞いていいかな」

「はい、なんでしょう」

「アタシの武器どうした?」

「こちらに」

 ネロは当然の如く原型の留めていないガントレット、――金属片を指した。

 カガリは内心、うわ……と思った。自らの愛用武器がこんな状態になったのを見せつけられたら軽く発狂ものだ。

「それ、本当に元に戻るよね?」

「綺麗にしてちゃんとお返しします」

「元に戻るか聞きたいんだけど」

「多少違うかもしれません」

「元には戻る?」

「形は」

「形は」

「あっ、と、とりあえずまた明日来ればいいですかね、ネロさん」

 険悪な雰囲気を醸し出し始めたチサトを遮り、カガリは慌ててネロに尋ねた。

「はい、そのように」

「わかりました。ではまた明日。ミカゲさんも、今日は。ね、ね?」

 行きましょうとカガリに背中を押され、チサトは渋い顔で外に出る。ギルドの前まで来るとようやく一安心できた。

「彼女、悪い人ではないんですよ。扱いにくさはありますが、仕事はちゃんとする人です。だから安心してください。腕の良さは私が保証しますから」

「……まぁ、アタシはまだ彼女のことをよく知らないですからね。今回はあなたの言うことを信じますよ。じゃあ、また明日ですね。あなたはお仕事ですよね。残りも頑張ってください」

「ははは……ありがとうございます。では……」

 苦笑いを浮かべながら、カガリはそそくさとギルドに退散した。

 肩を竦めたチサトは不安を残しつつも、午後はどうしたものかなと考え込む。もしあの洞窟の奥に魔物が潜んでいたらと思うと、手持ちのダガー二本と解体用のナイフ一本では心許ない。

 使い慣れないが、短刀の一本でも所持しておくか。そうとなれば行く先は決まっていた。

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