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ファミリアに捧ぐ 22

 洞窟内は思いの外広く、先を行くチサトの持つランタンの灯りだけでは周囲を照らし切れなかった。

 カガリが背後で辺りを見渡し、持参した紙にメモを取っていく。時折壁に触れ、メモを取りながら独り言ともつかない言葉を呟いた。

「ところどころ岩肌に削られた痕跡がある。ほぼ均等だな……人が住処として使っていた可能性が高いか」

「この辺じゃ珍しいですか?」

「いいえ。この近辺はおそらく昔から魔物の出現頻度が少なかったものと思われます。森が拓かれるまでは、こうして自然にできた洞窟がかつての人々の住処になったんでしょう。こうしたものが見つかることはさほど珍しいことではありません。想像でしかないですが、ここもその一つでしょう」

 カガリの言うように、こうして突如未開の地への入り口が開かれるのは珍しいことではない。太古の昔、まだ神々が地上にいた頃、その強大な力の前に人間はあらゆる地に身を隠したという。

 崖を掘り進め中に住処を作ったり、水の中でやり過ごしたり、神の目も届かないような辺境の地で暮らしたりと、その在り方は様々だった。

「少しお待ちください。今機械の設定をするので」

 足を止めたカガリは抱えていた荷物から長い持ち手のある機材と、映像通話でも使われている画面を映し出す機械を小型化したものを取り出してきた。

 持ち手のある機材の先についているものは中央でも似たようなものを見かけたことがある。情報を発信する装置を小型化したようなものだろうか。

 チサトが不思議そうに装置を見ていることに気づき、カガリはそれを掲げた。

「これは本部支給の地形記録装置です。とんでもなく高価な代物なので、各支部に二機しか支給されていません。持ち出すときにいつもこれを壊したらと思うと気が気でなくて……この手で持つ側の機械からは目には見えない超音波が発信されていて、その反響の仕方でこちらの画面に細かな地形が電子図として表示される仕組みになっています。岩が柱となって裏側がわからないような場合は、角度を変えて記録する必要があるので、何度もデータを重ね合わせていく地道な作業になります」

「もしかしてそれで地図を作ってるんですか」

「はい。ご覧になるのは初めてですか?」

「ええ。アタシ、パーティ戦に向いてないんで、こういう調査依頼は避けてるんです」

「なるほど。確かにあなた、我が強そうですもんね」

「そうやって平然と棘のあること言ってると、夜、安心して眠れませんよ?」

 にこやかに言うチサトに、カガリは軽く咳払いをして「そろそろ行きましょうか」と機械を手に歩き出した。

 カガリが細かく記録を取る為、一歩の歩みは決して早くない。魔物の気配は確かにないが、いざというときの為に動けるよう、警戒は怠らない。昨日研いだばかりのダガーをさっそく使うような事態にならなければいいのだが。

 こういった洞窟内ではどれだけ時間が経過しているのかがわかりづらい。体感としては数時間ほどいる気はしているが、もっと短いかもしれないし、それ以上いるかもしれない。

 本部も絶対狂わない方位磁針なんかより、持ち運びができる時間がわかる機械を開発してくれたらいいのにとチサトは思った。

 画面を見つめていたカガリが不意に小さく頷き、「この辺りは大分データが取れました」と言った。

「ミカゲさんのほうで何か気づいたことや、気になる点はありましたか?」

「アタシ、この手の経験浅いですよ?」

「そういう方だからこそ、慣れた人間にはない着眼点がありますから」

 それはそうかもしれないが。チサトは辺りを見て、僅かに小首を傾げた。人の手が入った形跡は確かにある。カガリが気づいたように、岩壁の一部は凹凸がないほどに削られているし、足元も危険がないよう形が整えられている。

 人が腰掛けられそうな露出した岩を利用した椅子のようなものもところどころ散見された。人がここを利用していた証拠だ。

 トカゲと言った小さい生物の姿も見受けられるので、閉じられていた頃の入り口には誰も気づかなかっただけで、生き物が入り込める隙間があったのだろう。

 しかし入り口には入り口を塞いだであろう崩落の跡はなかった。ということは、ここに入る為の入り口はここを利用していた人間によって人為的に塞がれていたのではないだろうか。だったとしたらそれは何故なのか。

「ここ、本当に人が住んでたんですかね」

「と、言いますと?」

「いや、木製のものはもう朽ちちゃってるんでしょうから、残ってない理由はわかるんですけど、あるのは岩を利用した椅子ばっかりだし、灯りの代わりになるようなものも見当たらない。そもそも入り口も自然に塞がれたというより、人工的に塞いだ様子でしたし。だとしたらどうして塞いであったんですかね。住処として使ってるだけだったなら、別に入り口を塞ぐ必要はないですよね?」

「ミカゲさんも入り口の不自然さには気づいてましたか。私も最初ここの入り口に来たときに同じことを思っていたんです。確かにそうですね。どうしてでしょう。もっと奥に行ってみたら答えも見つかりますかね」

 カガリは視線を深い暗闇が続く洞窟の奥に向けた。二人はその答えを求めて洞窟の深部へと足を進めた。

 それまでは乾いた地形が続いていたが、徐々に湿り気を帯びた空気が漂い始めた。足元で水が跳ねる。チサトがランタンを掲げると、洞窟の一部には水場が広がっていた。

 この近くに海はない為、雨水が長い年月をかけて岩肌から染み出し作られた地底湖と言ったところか。丁度この辺りから洞窟も鍾乳洞化し始めている。

「んー、ちょっと入り口が狭いかな……」

 先へ続く進路を照らしたチサトが眉根を顰める。あまり身長が高くないチサトならばそう苦ではなく進めるだろうが、頭一つ分身長のあるカガリではおそらく通れない。

 どうします?そう尋ねようとして振り返ったチサトだが、地底湖の水をガラス瓶に汲み上げ、訝しげな表情をするカガリが視界に入った。ガラス瓶を持つ手とは反対の手にまた新しい機械を手にしていた。その様子から察するに、水の成分でも調べているのだろうか。

「妙だな……」

「何か?」

「性質は私たちが普段口にする飲料水と変わらないんですが、何故か水に粘度が……」

「……?」

 チサトも気になり、地底湖にランタンを掲げる。水が仄かに青く明るい。よく見ると何かが沈んでいる。手前にあるものなら取れそうだ、チサトは水に手を突っ込みそれを拾い上げた。

 何の躊躇もなくチサトが行動に移したので、カガリが「いくら飲める水だからといって毒がないと決まったわけではっ」と急いで懐からハンカチを取り出しチサトの手を拭った。

「よかったー、溶けたりしてなくて」

「これ水結晶ですね」

「はい?」

「底に沈んでるやつ」

 チサトが顎で水底に転がるものを指した。水結晶は、魔物や魔生物が持つ魔力結晶が、長年水に浸かったことで水の性質を取り込み、青く透き通る結晶になったもののことを言う。装飾品の素材として重宝される代物だ。

「え、ちょっと待ってください。だとしたらとんでもない数だな」

 光が届く範囲だけでも水底には山のような水結晶が沈んでいる。宝庫と言っていいほどだ。

「なんでこんなに」

「……ちょっとここにいてください」

「え、あ」

 チサトは地底湖が続く洞窟の深部へと一人向かってしまった。大丈夫だろうかとカガリがそわそわしていると、少しもしてチサトが戻ってきた。背後を振り返り、「引き返します」と口早に告げた。

「え、何か危険なことでもありました?」

「危険って言うか……」

 チサトが言い淀むと、地底湖の奥から何かが流れ込んできた。半透明のゼリー状の物体が一つ、また一つと流れてくる。それは見ていて気持ちの悪い光景だった。おびただしい数の謎の物体が地底湖の半分をあっという間に覆い尽くしてしまったのだ。

「なんだこれ」

 カガリが恐る恐る近くに来た半透明の物体を掴み取る。長い触手が数本、だらりと水を滴らせている。

「これは……プランクトス?」

 半透明の体、長い触手、クラゲによく似た風貌、間違いない、プランクトスだ。大量のプランクトスの死体が地底湖を占拠していた。

 気づくとチサトが洞窟の奥を見ながら後ずさっている。カガリは暗闇に目を凝らした。何かが近づいてくる。手からプランクトスの死体が落ちた。いつの間にかカガリも後ずさっていた。微かな灯りの中にぼんやりとシルエットが浮かび上がる。

 ――プランクトスだ、しかも大群の。

「うわっ、気持ち悪っ!」

「プランクトスは人畜無害ですけど、この数だとさすがに何があるかわからないんで一旦引き上げます。ほら、急いで」

 チサトはカガリの腕を掴み、洞窟を一気に駆け抜けた。外に出る頃にはカガリはもうくたくたで、少し息が切れているチサトとは違いぜえぜぇと膝をつき咳き込んでいた。機械を抱え込んでいたのだから当然と言えば当然だが。

「死ぬ……」

「そう言えばあなたの妹さん、最近よくプランクトスが出現するって言ってましたね」

「言ってますね……うぇ……あー、気持ち悪っ……昨日の昼もプランクトスの漬け丼だったしな……」

 出所はここか、とカガリは洞窟の入り口を見る。浮遊するプランクトスが次々に中から出てくる。

 プランクトスはチサトの言うとおり人畜無害な魔生物だ。風に流されるままに漂い、そこら中に湧いている。イーニスとは違い食用には向いているので、初心者向けの依頼には重宝される。

「推測の域は出ないですけど、プランクトスが中で生息している状態で入り口を塞いだもんだから、中で大量繁殖と死滅を繰り返したんでしょうね。プランクトスは空気中の僅かな魔力だけで生きていけますから。魔力が尽きれば死に、また空気中に魔力が満たされれば繁殖する」

「水の粘度はプランクトスが死んで水に溶けたからか」

「飲み水として使うにはしばらく放置するしかないですね。生のプランクトスを食べて魔力中毒を起こしたハンターを知ってます」

「水結晶は貴重な資源だから、ハンターや傭兵の出入りが増えるだろうことを考えれば忠告が必須か。問題はあの鍾乳洞の奥がどうなってるかですね。この岩壁を貫通しているのか、行き止まりなのか。中に危険な生物が生息していないかも確認したいところです」

「それが推奨ハンターランクに反映されるんでしたっけ」

「はい。単にプランクトスだけならハンターランクEでも踏破は可能ですが、魔物がいれば引き上げなければ」

「て言っても……」

 二人は同時に洞窟を見る。プランクトスの出てくる勢いは止まらない。水に溶ける性質を持つプランクトスだ、水をかければ死滅するが、何せ数が多すぎる。そんな大量の水は準備できない。

 もう一つの方法として燃やすという手もあるが、これだけの数を燃やせば間違いなく洞窟内の酸素がなくなる。酸素が十分に行き渡るまでにまた日数を要してしまう。

「……少し策を練りますか」

「そうですね。ついでに昼でも食べますか」

「そうしましょう」

 結局行き詰ってしまい、二人はこの日の調査を諦めてサノへと戻るのだった。

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