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ファミリアに捧ぐ 19

 最後にやってきたのは見張り台だ。文字通り、魔物の襲撃に備え、ハンターが周囲を見張る為に組まれた足場である。

 ここからだと集落の反対側で、イーニスの長い群れが横断するように道を塞いでいる様子もよくわかる。群れは遥か遠くまで続いている。アグニもなかなか帰ってこれなかったわけだ。

「ミアね、ここが一番好きなの」

 前に一度だけ、カガリに内緒で連れてきてもらったことがあるのだそう。見張り台はハンターとギルド職員しか近づいてはならないという規則がこの集落にはあるらしい。

「……つまりミアちゃんアタシを利用したなこのっ」

「ごめんなさぁい!」

 ミアの体を抱き上げるととても軽かった。自分はこんなに軽くて小さい命を守る立場にいるのだと思うと身が引き締まる思いがする。

「いい景色だよね、ここ。アタシも好きだな」

「チサトお姉ちゃんはいろんなところにいっぱい行ってるんだよね? お外はどんなところ? ミア、お外に出たことあんまりないんだ。パパが危ないから出ちゃダメって」

 カガリの妻はミアを守って亡くなった。大事な一人娘まで失くすことはできない。カガリが過保護になってしまうのは致し方ないだろう。

「どんなかぁ。そうだなぁ。ここからうんと南に行くとね、そこには海があるんだよ。知ってる? 海」

「おっきいお魚さんがいっぱいいるところだよね。ミア知ってるよ」

「そっか。海はね、とっても広くて大きいんだ。いつも波打つ音が聞こえてくる。太陽の光が反射してキラキラしててね。海には砂浜があって、綺麗な貝がよく落ちてる。近くの集落ではそれを集めて装飾品にするんだよ」

「いいなー、ここのお店ではそうゆうの売ってないんだ」

「海遠いもんね。ここから近いのは確か、北西の湖か」

「ほかには? どんなとこ行ったの?」

「あとはそうだね、西にずっと行くと砂漠があって、砂だらけの場所なんだ。太陽が熱くてね。水分補給をしないとあっという間に干からびちゃうんだよ」

「あぶないね……チサトお姉ちゃんはだいじょうぶだったの?」

「いや、だいじょばない」

「えー!」

「危なかったよ。偶然オアシスを見つけてなんとか生きて帰ってきた。オアシスわかる? 砂漠にある湖でね、珍しい果物とかが生ってるんだよ」

「よかった、チサトお姉ちゃんが死ななくて」

 ミアはそう言ってチサトにしがみついた。

「痛いのも怖いのもやだけど、死んじゃうのはもっとやだ」

「……そうだね」

「チサトお姉ちゃん死んじゃダメだよ! 絶対ね!」

「うーん」

 チサトは視線を向けられず、遠く続く森の景色を見つめる。そして小さく息を吸うと「ごめんね」と静かに言った。

「その約束はできないや」

「どうして? ハンターさんだから?」

「うん、だからごめんね。でも頑張るよ。頑張って生きるから。応援してくれる?」

 チサトの優しい声色にミアの口がきゅっと結ばれる。ミアは大きな目を潤ませて、チサトに抱きついた。



 二人が地上に下りるとカガリがやってきた。見張り台から子供の声がするという話を聞いたからだ。

「あ、すみません」

「違うよ! ミアがどうしてもってお願いしたの! チサトお姉ちゃんなんにも悪くないから怒らないで!」

 チサトを遮りミアが声を上げた。思わず口を噤んでしまった。カガリは何か悟った様子で息をつく。

「ミア、見張り台は危ないから近づいたら駄目だ。もう近づかないって約束できるな?」

「うん、ごめんなさい」

「それならいいんだ。ここに来るときに友達が探してたぞ。行ってあげなさい」

「わかった。チサトお姉ちゃんまたね」

 ミアは小さい手を振って駆け出していく。

「あの……」

 言葉に困った様子のチサトにカガリが肩を竦めた。

「ミアが無理を言ったというのは嘘ですね?」

「……わかってたんですね」

「あの子は私に似て嘘が下手なんです。あなたが見張り台の規則を知らなかったのを利用したんでしょう。あの子はここからの景色が好きだから。昔連れてきてからよくせがまれます」

「――死んじゃ駄目だって言われました」

「……」

「で、約束はできないって返しました」

 チサトはハンターだ。一瞬の隙が命取りになる。死なないことの保証はできない。

 カガリは少し言い淀み、「すみません、ミアもきっとわかってはいると思うんです」と続けた。

「いえ。そう言ってもらえて嬉しかったです。お礼を言われたり、無事を祈られたりはするけど、死なないで、なんて言われたこと久しぶりだから。ほら、アタシの相手って基本的に死ぬこと前提?みたいな魔物ばっかなんで」

「それは……そうかも、しれないですけど」

「アタシ、依頼を受けたら必ず家族に手紙残してるんです。で、生きて帰ってこれたらそれを毎回燃やすんです。死ぬ覚悟を決めて、しぶとく生き残ってます。それの繰り返し」

「……あなたが死んだら、悲しいですよ。あなたとは知り合ったばかりですけど、知り合った人が死ぬのは、悲しい」

「お、アタシの為に泣いてくれます?」

「そりゃあ……いや、泣くかどうかはその時になってみないとなんとも」

「はは、正直」

「すみません、嘘がつけなくて」

「いえいえ、あなたあの生意気な見習いハンター君に正直に戦うのが怖いって言える人みたいだし、それがあなたのいいところなんでしょうから」

 否定しないチサトにカガリはどこか安堵したような表情を見せた。

 チサトは高く昇っている太陽を眩しげに見上げる。そろそろ昼時だ。体内時計は正直だ、そう思うとお腹が空いてくる。

「お腹空きましたね」

「この後サノに戻って昼食にしようと思っていたんです。よければご一緒しませんか」

 どの道食事ができる場所と言えばサノくらいしかない。チサトは頷いて、カガリと共にサノに向かうことにした。



 さすがに昼時はサノも繁盛している。ハンター、傭兵、商人の声が響き渡っていた。イオリが忙しそうに注文を捌いている。

「熱いからね!」

 と、イオリが沸々と湧いているビーフシチューとパンを運んでくる、シチューにはチーズがこれでもかとふんだんにかかり、いい香りが漂う。

 一気に胃が刺激され、スプーンを手に取ったチサトだが、目の前のカガリが器に大量の香辛料をふりかけ始めたので「えっ」とびっくりして手が止まってしまった。

「ちょっと! またそんなにかけて! ウチの人の料理にケチつけてんの!?」

 それに気づいたイオリが声を荒げてカガリを睨んだ。自分の旦那の手料理だ、それは怒りもしたくなる。

「いや、美味いよ。ただ味が薄いってだけで」

「兄貴が薄い薄い言うからそれでも濃くしてんのよ! 味覚バカなんじゃないの! 体ぶっ壊すよ!」

「歳なんだよ。わかれよ」

「わかんないわよそんなにぶちまけて! 元の味なんてわかんないでしょうが!」

 二人のやりとりを唖然と見ていたチサトは、ぶはっと我慢できずに吹き出した。カガリとイオリは突然笑い出したチサトに閉口した。

「ははは……いや、見た目似てない兄妹だなって失礼ながら思ってましたけど、なんかあれですね。似てますね、やっぱり」

 肩を震わせるチサトに二人は顔を見合わせる。なんだか不思議な顔をされた。

「――でしょ!」

「っ!?」

 唐突にイオリに背中を叩かれ、チサトはむせ返った。咳き込むチサトにカガリが大丈夫ですかと慌て背中を擦る。

「アンタいいこと言うじゃない! あとで木苺のパイ出してあげるよ!」

「っ、それはっ、どうも……」

 もう大丈夫だとカガリに告げ、けほけほと息を整えながらなんだったんだ一体と上機嫌に去っていくイオリの背中を見送る。

 カガリはカガリでなんとも言えない顔で香辛料まみれのビーフシチューを口に運んでいるし訳がわからない。ミアはミアで秘め事があるようだし、隠し事の多い一家だなぁとチサトは小首を傾げた。

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