ファミリアに捧ぐ 18
「そうだ、いつ頃からこちらの依頼を受ける予定でしょうか」
換金を終え、預かった原石をギルドの保管庫にしまったカガリが思い出したように言った。
「武器の整備が終わり次第かなって感じですかね。防具は控えがあるんで、それを使えばこの辺の魔物には通用すると思いますし。何かあります?」
「夜間の見張りについて、日程を組みたいと思っていまして」
「ああ、そうでした。ハンターにはその義務がありましたね」
ハンターには、ギルドから手厚い保証を受けられる代わりに多くの規定が存在する。集落における夜襲に備えた夜間の見張り、月に一定数の依頼の受注(種類は問わず、達成したものに限る)、一定数の素材納品等々だ。
なお、Sランクハンターのみ、一部条件の緩和や例外があるが、こちらも細部を挙げれば切りがない。
「こちらでは五日に一回、緊急を要する場合を除き夜間の見張りをお願いしています。武器の整備が終わり次第とのことですので、受け取りの当日からお願いしたいと思いますが」
「わかりました。なんだったら三日に一回でもいいですよ。人手足りないでしょ」
「いいえ、それでは体を壊しかねないですから。ハンターは体が資本ですからね。では受け取りが完了した際にまたお声がけください。日程表をお渡しします」
こうして無事換金を終え、ギルドを出たチサトが次に向かったのは鍛冶場だ。周囲とは温度が全く違う鍛冶場の空気をチサトは気に入っている。
汗を滲ませながら鉄を打つ屈強な鍛治師にチサトは声をかけた。
「すみません、防具の修理を頼みたいんですけど」
「? 見ない顔だな」
「昨日来たばかりで」
「ちと待ってくれ。もう少しで一息つける」
鍛治師の手が空くまで、チサトは待たせてもらうことにした。ずらりと並ぶ工具、赤々と燃える火、舞う火の粉、水の蒸発する音、あらゆる景色がそこにある。子供の頃は危ないと言われていたにも関わらず、しょっちゅう顔を出しては怒られていたものだ。
「悪い、待たせたな」
鍛治師が汗を拭いながらやってきた。名前はカフと言うらしい。
「で、防具を直してほしいって? 物を見せてみな」
チサトは荷物の中から胴の部分に大きな亀裂が入っている防具を取り出した。カフは防具を受け取り、隅々まで眺めていく。
「こいつはなかなか年季が入ってるな。だがいい装備だ。素材がいいんだな、よく持ったほうだ。だがここまでデカい亀裂だ、いっそ作り直したほうが早いぞ」
「あー、やっぱりそうですか。そうかなって思ってたんです。どれくらいかかります?」
「この防具と同等のものを作るなら、俺の腕だと上だけなら一月だな。上下セットとなると二月ってところか」
「ですよね。まぁでもイーニスがどっか行かないと動けないし、それくらい待ってもいいか。じゃあ、上下セットでお願いします。素材はこれを使ってもらえたら」
チサトは荷物の中から大きな麻袋を取り出し、毛皮と牙、爪を作業台の上に置いた。
「こりゃまた上物な素材だな」
「オルトロスの眷属のネメアから採ってきたやつ。スフィンクスの両翼とその羽毛から作られてる防具なので、同じ眷属のほうが相性いいと思って」
「なるほどな。Aランクハンターが苦労して倒せる魔物を平然と持ってきやがる。ということはアンタが噂のSランクハンターか」
「どうしてそれを?」
「こういう小さいところじゃそういう話題が出回るのは早いんだ。アンタ、誰かに自分がSランクハンターだって言ったろう」
そんな覚えは、と思ったがそう言えばミアには自分がSランクハンターであることを告げていたなと思い返す。カガリが言いふらすようには思えなかったので、出所はおそらくあの幼き少女だろう。今思えばジゴロクもこちらを迷いなくSランクハンターと呼んでいたことに気づいた。
「Sランクハンターは珍しいからなぁ、今日の夜には大変なことになるぞ」
「まぁ、その辺は慣れっこなので。その素材でなんとかなります?」
「ああ、十分だ。むしろ余りが出そうだが、端材はどうする?」
「身軽でいたのでお好きに」
「そうかい。じゃあしばらく防具一式は預からせてもらうぞ。完成したらこっちから声をかけるからな」
「わかりました。楽しみにしてます」
鍛冶場をあとにしたチサトが続いて向かったのは技術者が暮らす施設だ。他と比べて明らかに時代が一つ先を行く見た目をしている。どこもかしこも機械だらけだ。よくわからないケーブル類がそこら中から垂れ下がっている。
さて、肝心のネロという技術者はどこに行ったものか。山積みの機械を崩さないよう隙間を縫うように奥へ進んでいくと、何か背筋に嫌な気配を感じた。バッと後ろを振り返ると「何やら錆びた鉄の臭い」と下から声が聞こえてきた。
「失礼」
「うおっ、びっくりしたー」
足元の機械の隙間から黒い長髪に黒縁眼鏡をかけた若き女性が這い出てきた。施設内が薄暗いせいで人がいたことに気づかなかった。とんでもなく驚いた、心臓が痛い。
「面白いものをお持ちのようで」
おそらくこの女性がネロなのだろう。ネロはチサトが背負っていた木箱の蓋を勝手に開け、中を漁り出した。
「ちょっと……」
「これはガントレットですな。おおっ、なんたる軽さ……! さすが本部の開発部が作り上げた叡智の結晶!」
ネロは取り出したガントレットを見るなり興奮気味にそう言った。へぇ、とチサトは感心した様子でネロを見る。
「一目見て本部の武器ってわかるんだ」
「当然です! わたくし興奮冷めやられません!」
ガントレットを掲げながらネロはわなわなと震え出した。
……大丈夫かこれ。チサトは思った。
「これはティターンの眷属の素材で作られた5種類ある武器の一つ、神腕のガントレット! まさか実物を拝める日が来るとは! はああぁぁあ! この尖ったフォルム! しかし見た目に反して片方5キロの重さで抑えられている軽量化の技術! 指先の可変式システムの繊細さにいくら魔物を殴り続けても凹みすらしない異常なまでの頑丈さ! はぁああ分解したい! 一体どういう仕組みになっているのか部品一つ一つを記録したい!」
「分解して元に戻せるのそれ」
「むしろ錆び一つなく綺麗にしてお返しすることをお約束します!」
「整備してくれるってこと?」
「ギルド本部屈指の技術で作られた最高峰の武器ですよ! バラバラにしてお返しするなんて技術者としての名が廃ります!」
「じゃあ、いいけど。元々そのつもりでお願いしに来たわけだし。でもできれば三日以内がありがたいかな」
「! なんと、なんと……ハッ、ところでどなた様でいらっしゃいますか」
突然我に返ったネロにチサトは苦笑しつつ、自己紹介と、ここにはカガリの紹介で来たことを告げた。
チサトがSランクハンターであるとわかると、ネロは眼鏡をかけ直し、「どうりで。とてもよい身体の締まりをなされている」と言った。ハンターの身体的な部分にも精通している技術者はいい技術者だ。
「任せて平気?」
「もちろんですとも。必ずや元の状態よりも最高の状態でお返し致します」
ネロはいまだ興奮が隠し切れない様子を見せつつ、「ではさっそく」と奥の作業机に向かっていく。その表情には技術者らしからぬ不適な笑みを浮かべ、ガントレットの解体作業にすっかりのめり込んでしまった。
本当に預けてよかったのだろうか。不安になってきた。預けてしまったものは仕方ないので、チサトは施設を出て、さて次はどうしようかと思い悩む。
数日以内でちゃんと返ってくればいいのだが。さすがに武器の控えはない。返ってこなかったときは補助道具のダガーを使うしかないのだが、これも最近斬れ味が落ちている。武具屋に行って砥石を買ってくるか。市場は確か住居が建ち並ぶ区画を抜けた先にあったはず。
「あ、チサトお姉ちゃん」
歩き出そうとしてすぐ、ミアが駆け寄ってきた。どうやらサノの手伝いが終わり、貰ったお小遣いで同じく市場に行くところのようだった。肩から提げているポーチはイオリが編んでくれたものらしく、お気に入りなのだという。
ミアはチサトが武具屋に行こうとしているのを知ると、「ミアが案内してあげる!」と言った。
「いいの?」
「うん!」
「じゃあ、せっかくだから他の場所にも案内してもらおうかな。お願いしてもいい?」
「いいよ! こっち!」
と、ミアはチサトの手を引いて歩き出した。最初に訪れたのはミアも用事があった市場だ。集落中の人が集まる場所であり、旅の商人たちやこの土地の商売人たちで賑わっている。
「すぐそこのお店はね、きれいなお魚さんがたくさんいるんだよ」
「そう。川魚じゃないってことかな」
「うん。イオリお姉ちゃんがいつもまとめ買いするからおまけしてって言ってるの」
「あははっ、そっか」
「でね、あっちのお店はお肉が売ってるんだよ。でもミアのお小遣いじゃ高くて買えないんだ」
「料理も割高だって言ってたもんね」
「あ、あそこがね、ミアがいつもお買い物するお店なの。小さいお魚さんがいっぱいいて、ミアのお小遣いでも買えるんだよ。チサトお姉ちゃん、ちょっとだけ寄り道していい?」
「いいよ」
「ありがとう!」
ミアはチサトから離れ、小魚が売っているという店に駆けていく。子供の小遣いで川魚を買うってどんな理由なんだろうと素朴な疑問が湧き上がる。
少しもして戻ってきたミアは、袋に入れられた小魚をポーチの中に大事にしまい込んでいる。疑問が顔に出ていたのだろう、ミアが「しーっ」と人差し指を立てた。
「パパにはナイショね」
「あ、はい」
子供の秘め事か、そんな時代が自分にもあった。
「武器のお店はこっちだよ」
再びミアに手を引かれ、チサトは市場を行く。小さいながらも質の良い武器と防具を売っている武具屋に案内された。いろいろ見ておきたい気もしたが、ミアを待たせてしまうことになるので、今は目的だった砥石を購入して、次は居住区に向かう。
「ミアの友達がたくさんいるの! 今度チサトお姉ちゃんにも会わせてあげるね!」
「うん、ありがとう」
「あとはね、あのおっきいところがパパのいるギルドで、煙が出てるのがカフおじちゃんがいるところで、硬いものがたくさんがあるところがネロちゃんのお家なの」
鍛冶場と言った単語がまだ出てこないのが子供らしい。機械の表現が硬いものというのも面白い。ネロのいる場所も一応ネロ曰く「ラボ」という呼称があるらしい。あまり根付いた名前ではないようだが。
「それからあとはね……素材屋さん?もあるよ。悪い子をやっつけてもらえるものを、お金とか珍しいものに交換してもらえるんだって」
傭兵用の素材交換所のことだろう。今朝チサトがカガリに原石を換金してもらったように、ハンターはギルド内で正規の値段で換金、及び同等の別の素材と交換が可能だ。
それ以外の交換所ではやはり仲介料が取られて手元に残る金額が幾分か減ってしまう。もちろんハンターも利用は可能だが、ギルドで正規ルートの交換ができるのだから利用する必要性はあまりない。
「チサトお姉ちゃん、ネロちゃんにはもう会った?」
「うん。面白い子だったね」
「だよね! パパも時々ネロちゃんに会いに行ってるんだよ!」
「へぇ?」
それはまた、どういった理由だろう。ギルド職員の仕事はそのほとんどがギルド内で片付く。技術者に自ら会いに行く機会は少ないはずなのだ。
「次は訓練場に行きます!」
ミアに連れられ、集落の奥で森に面した訓練場へと立ち寄る。するとそこには、先ほどすれ違ったハルトの姿があった。木人相手に突きの練習をしている。捕獲任務に出かける前の準備運動といったところだろうか。
ただし彼が受注していたプランクトスの捕獲任務はEランクハンターが請け負う任務だ。何せ、ただ浮遊しているプランクトスをギルドの支給品である捕獲用網で捕まえるだけなのだ。
武器を使う機会はないので、カガリが懸念している魔物討伐への欲求から来るものだろうことは推察できる。
「ハルトお兄ちゃん、ずっとここで訓練してるんだよ。がんばり屋さんなの」
「そう」
チサトはハルトが握り締めている槍を見て、あれはおそらくハルトのものではないだろうと思った。討伐依頼を受けられないハルトにギルドが支給するとは思えない。功労金の受け取りを拒否したハルトが自ら購入したという選択肢も薄い。
何故ならハルトが持つ槍は使い古されてはいるが、子供の手には届かないそこそこ良質な武器だからだ。あれと似たものをチサトは幾度となく武器屋で見かけたことがある。
使い古されているという点で考え得るのは一つ、ハルトの亡くなった姉の遺品である可能性だ。ギルドには亡くなったハンターの遺品や身につけていた装飾品を遺族に返す規定がある。
そう思えばハルトの槍を振るう姿にも健気さが窺える気もするが、今朝のことを思い出すとそんな気持ちは薄らいでしまう。
しかし、とチサトはハルトの動きを見て渋い顔をした。教える立場の人間がいないからだろう、基本的なことがあまりできていない。見ていて苛々してくる。ついには我慢できなくなって、チサトはハルトの槍を振るう手を止めた。ハルトが狼狽えてチサトを見る。
「っ、な、なんだよ。さっきのおばさんじゃん」
「この握り方じゃ手首を痛める。右手は下から握って、左手は体にたいして真横に握るの。持ち方が低いからもっと胴体に持ってくる。常に握りすぎるのは駄目。動かしている間は緩めて、瞬間で締める。左脇はしっかり締めて。それと後ろに持ちすぎてるから、もっと前に持つ」
「なんだよ偉そうに。アンタ、ランサーか?」
「ハンターは試験に受かったあと、どの武器に適性があるか見る為に一通りの武器の扱い方を学ぶの。パーティを組んだときに倒れた仲間の武器を使うこともあるから。君さては、訓練ばっかりに注力しすぎてハンターの基礎知識を疎かにしてるでしょ」
「っ……」
「ハンターになりたいなら幅広い知識を持たないと駄目。基礎を怠る者は基礎に泣くんだよ。これ、先輩ハンターからのアドバイスね」
ぐっと喉を詰まらせたハルトに「依頼達成は早いほうがいいよ。信用問題だから」ともう一つアドバイスをくれてやり、チサトはミアと共に訓練場を去った。




