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ファミリアに捧ぐ 17

 翌朝、昨晩寝過ぎたせいだろう、あまり深くは眠れず、いつもより早く起床したチサトが食堂に向かうと、イオリに混じってミアが手伝いをしていた。

「あ、チサトお姉ちゃんおはよう!」

「おはよう。朝から手伝い? 偉いね」

「えへへ。チサトお姉ちゃん座って! 今日の朝ご飯はお肉です!」

「お、じゃあちょっと豪華なのかな」

 確か肉は少し割高だとイオリが言っていたはず。ミアがパタパタと駆けていく様子を眺めていると、イオリがそぅっと近づいてきた。

「あの子が朝手伝ってるの、お小遣いの為なんだよ」

「え?」

「兄貴から貰ってないんだ。なんかいつもギリギリらしくてね。あの子それを気にして貰わないんだよ」

「ギリギリって……」

 親一人子一人が生活に困るほどギルド職員の給料は安くはなかったはずだが。

 ……まさか借金?

「あ、借金とかはないらしいから安心して。まったく、何にそんな出費してるやら」

 ぶつぶつ文句を零しながらイオリは仕事に戻っていく。

 そうか、借金ではないのか。何やらいろいろと事情がありそうだ。

 肝心の本人の姿は食堂には見当たらない。おそらく既にギルドへ出勤しているのだろう。朝から複雑な家族関係を覗き見た気がして、チサトは思わず苦笑した。



「いいじゃん、ドッグタグくらい」

 朝食を終え、荷物を手にギルドに足を運んだチサトは、朝早い時間にも関わらずカガリに詰め寄る一人の若い青年を見つけた。歳は15、6歳というところか。

 額には特徴的な赤い布を巻き、背には槍を背負っている。妙だ、規則ではハンターは成人する17歳でないと試験が受けられない。あの青年はどう見てもその年齢に達しているようには見えなかった。

 詰め寄る青年にカガリは至極冷静な態度を取っている。

「何度も言っていますが、君は正式なハンターではありません。ドッグタグはギルドが正式にハンターだと認めた者に配布するという規則があります。君が正式にハンターと認められたときに、ドッグタグはお渡しします」

「こっちだって何度も言ってるだろ。何かあったときにドッグタグがないと、身元がわかんないってさ。どうすんの、頭食われて体だけ残ったら」

「その危険が及ばないように、ギルドは君に討伐依頼の受注を禁止しています。私たちも君の受ける依頼の近くで魔物の出現がないことを確認していますし、近くでの討伐依頼がないことの確認もしています。安全に最大限配慮したうえでの判断です。ですのでドッグタグのお渡しはできません」

「ホンット堅物だな! もういいよ!」

「今日のプランクトスの捕獲依頼書をお忘れです」

 大股で歩き出した青年をカガリの依頼書を差し出す手が引き留める。青年は苛立った顔を隠しもせず、依頼書を引ったくるとまた歩き出していく。

「無傷の納品をお願いしますね」

「わかってるようるさいな!」

 青年は声を荒げ、ずんずんとチサトのいる出入り口に向かってくる。

「おばさん邪魔!」

「お、」

 思わず握り締めた拳をチサトは無理矢理引き下ろして道を開ける。ふんっ、と青年は鼻を鳴らして外に出ていく。扉が大きな音を立てて閉じた。

「落ち着け……アタシは大人だ……」

 たかが十数年そこらを生きている子供の癇癪にいちいち腹を立てていては心労が積もるばかりだ。一度呼吸を整えれば幾分心も穏やかになる。それに殴れば間違いなく無事では済まない。あの青年が。

 チサトが受付に腰を下ろすと、カガリが「お見苦しいところをお見せしてしまいました」と言った。

「あの子何なんですかね」

 つい出てくる言葉に棘が出てしまう。せめて自分にあの青年のことを聞く権利くらいあるだろう。

「あの子はハルト君と言って、見習いハンターなんです」

「見習い? そんな制度ありましたっけ?」

「いえ、ありません。あの子はちょっと特例なんです」

「びっくりした。ですよね」

 しばらく俗世の流行りには疎い生活を続けていた自覚はあった為、知らないうちにそんな制度が出来上がっていたのかと思ってしまった。

「あの子にはハンターだった歳の離れたお姉さんがいたんですが、五年前の本部で召集がかかった大規模討伐に参加して、亡くなられまして」

「大規模討伐……ああ、アタシが西の砂漠で遭難してたときのか」

「そ、遭難……?」

「本部の開発部がどんな場所でも狂わない方位磁針開発したって言うから、それ信じて持っていったら砂漠の砂に砂鉄が大量に含まれてて、針が狂いまくって遭難したんです。砂鉄で狂うじゃんかよ、嘘つきやがって。干からびるかと思った」

「それはまた……開発部も考えが甘いと言いますか……」

「ホントですよ。あ、で、なんでしたっけ。そうそう、大規模討伐ね。話には聞いてます。重軽傷者三桁に死者数が30人以上のとんでもない結果になったって」

「はい。私も人伝に聞いた話ですが、その討伐作戦は当初、謎の大量発生したリュコスと、それを率いていると思われたメガロス・リュコスの殲滅を目的としたものだったようです」

「リュコスとメガロスならそれほど討伐には苦労しないはず。でもそれだけの被害が出たってことは、予想外のことが起きた?」

 カガリは頷き、眼鏡をかけ直した。

「――正体不明の魔物が出現した」

「?」

「と、生き残ったハンターたちはそう口にしたそうです。見かけはリュコスに似ていたのに、大きさも凶暴さも別ものだったと。メガロス・リュコスの亜種ではないかと思われていましたが、証言を集めてみても似ていたのは見かけだけで、中身はリュコスとは似て非なるもの。フェンリルの眷属の新種ではないかという話も上がっていましたが、調べようにも逃亡したあとは以降、姿を見せていないので、調査隊も現在は捜索を打ち切っていますね」

「正体不明ねぇ」

 いくら下位ハンターの集まりだったとしても、たった一頭に死者が30人越え。普通に考えれば使徒クラスの魔物だ。対峙したハンターたちの恐怖や悔しさは計り知れない。

「そいつの犠牲者の中に、その子のお姉さんがいたわけですか」

「ええ。ご存じかと思いますか、ギルドはハンターがそういった討伐任務で死亡した場合、遺族に対し多額の功労金と勲章をお渡しします。残されたハルト君にも当然贈られるはずのものだったのですが、ハルト君はそれらの受け取りを拒否しました」

「それはまたどうして?」

「当時のあの子の心情を考えると、きっとそのような形でお姉さんの死を片付けられてしまうのが嫌だったのでしょう。代わりに、自分をハンターにしてくれと」

「なるほど、それで見習いハンター」

「ハンター試験を受けられるのは17歳以上。当然ハンターにはできるはずもなく、しかし功労金を拒否されるとギルドとしても体裁が悪い。そこで妥協案として、魔物の討伐はさせないという条件付きで、ギルトはあの子を見習いハンターという特別枠で受け入れたんです。ハルト君も当初はそれで承諾したんですが、時が経って成長もしてくると、やはり魔物を討伐したいという気持ちが出てきます。最近は討伐依頼を受けさせろと聞かなくて」

「それでドッグタグ云々の話に戻ってくるわけですか」

「あれはあれでまたちょっと話が変わってくるんですけどね」

「大変だねぇ、お前さんたちも」

 と、突然隣の受付から声が聞こえてきた。視線を向けると、そこにいたのは80は過ぎているだろう、杖を持った老人が座り込んでいる。

「ジゴロクさん、またいらしてたんですか」

 カガリが老人の名を呼びながら、その相手をしていたであろう女性職員を見た。昨日依頼の処理に手間取っていた職員だ。胸元の職員カードにイチカと書かれているのが見える。

 イチカはどこかうんざりした顔をしていた。その様子を察するに、ジゴロクという老人、ここには何か用事があって来ているわけではないようだ。

「若いやつは大抵そうだが、血の気が多くていかん。死に急ぐなんてもってのほかだ。アンタもそう思うだろう? Sランクハンターさん」

「あー、そうですねぇ」

 唐突に話を振られて、チサトは少し困惑気味に答えた。

「若い頃が血気盛んなのは、割とみんな一緒かなとは思いますけど。死に急ぐのはよくないですね」

「だろう。みんな若いうちはそこのカガリの坊主みたいにしなっとしとけばいいんだがな」

「ははは……」

 カガリは苦笑して、「私は臆病者なだけですから」と頬を掻いた。

「?」

「またカガリさん、そういうこと言う」

 チサトが首を傾げている傍でイチカが膨れっ面をした。

「ハルト君に言われたのは気にしなくていいって言ってるじゃないですか」

「でも言われたことは事実だからな」

「そんなこと言ったら私だって臆病者ですよ。魔物が怖いだなんて、みんな一緒ですよ」

 話の流れを読むに、ハルトは以前カガリに対して臆病者と言ったことがあるようだ。確かに、カガリのギルド職員としての風貌は魔物と戦うことに積極的には見えない。

「カガリさんも言い返せばいいのに。だからハルト君、カガリさんにあんな横柄な態度取るんですよ?」

「どうしようもないものを前にして悔しい気持ちは誰にだってあるさ。相手が大人ならまだしも、彼はまだ子供だから。言い返したところで納得のできない気持ちはきっと変わらないよ」

 それにね、とカガリは続ける。

「あの子の中にはきっと焦りがあるんだ。あの子は今15歳、二年後、ハンター試験が受けられるようになっても受かるかどうかはわからない。受からなければその時は見習いでもなくなってしまうから依頼も受けられなくなる。少しでも経験を積んでおきたいという気持ちの表れだと俺は思うんだ。だから俺としては、せっかく筋力強化のエンハンスが使えるんだから、それを常に使えるように訓練をしたほうがいいと思っているし、伝えているんだけど、なかなかなぁ」

「子供は納得ができない生き物ですからねぇ」

 イチカがぼやくと「素直なだけだ」とカガリは言う。

「大人はいろんな経験をして、感情は律して然るべきものだと学ばされてしまうから、子供の素直さを見るとどうしても羨ましくなる。いつかはあの子も、今の俺たちと同じような立場になる日が来るんだ。今は抗わせてあげればいいんだよ」

 そう穏やかに告げるカガリにイチカは少し不服そうだ。ジゴロクがそんなイチカを見やって「若いね」と呟く。

「さぁ、そろそろ仕事をしないとな。ジゴロクさんも、あんまりイチカさんの仕事の邪魔はしないでください」

「堅物なところはちとなんとかしたほうがいいな」

「すみません堅物で。お待たせしました。素材の換金をさせていただきますね」

 すっかり仕事の顔に戻ってしまったカガリに、チサトは何も言えないまま魔力結晶が入った袋を取り出すのだった。

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