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ファミリアに捧ぐ 16

 食後、チサトはいくつかの鑑定物をカガリの前に置いた。数種類の原石と、少々大きめの魔力結晶だ。原石のキラキラとした光をミアが好奇心に満ちた目で眺めている。

「原石を見るのは初めて?」

「うん。お店にも置いてないよ」

 小さい集落だ、稼げる仕事も限られているからだろう。あまり売り上げのよくないものは売れない傾向にある為、こうした高値がつきやすい宝石類が売られていないのは頷ける。

「拝見しますね」

 カガリは原石を手に取り、眺め始めた。

 アナライズ――解析のアビリティだ。チサトが持ち込んだ原石の他に、魔物の素材などの品質を数値で見ることのできる能力で、一般的には数値が高ければ高いほど高品質と言われている。それは持ち込まれたものの状態も反映するという。

 カガリが鑑定する様子をチサトとミアが見つめている。傍目から見ればただカガリが鑑定品を眺めているだけにしか見えないが、カガリの目にはそれらが全て数値化されている。

「どうですかね」

 沈黙に耐えかねてチサトが口を開くとほぼ同時に、「素晴らしい」とカガリが視線を持ち上げた。

「どの原石も不純物が非常に少なく状態がとてもいい。87%以上の高品質です。魔力結晶に至っては92%の高純度。これほどの高純度な魔力結晶は他に見ない。おそらくこれの持ち主は……」

 カガリは一瞬ミアを見ると、軽く咳払いをした。

「それぞれの単価はざっと見積もりをつけただけでも30万リラはくだらないでしょう。これら全て換金予定ですか?」

「うーん、数ヶ月滞在できる分でとりあえずいいかなって思ってますけど」

「ならこの魔力結晶一つで充分です。こういった小さな集落ではギルドの金庫から一度に出せる限度額が決まっていて、150万リラが限界なんです。寄宿舎の利用は無償ですし、武具の整備もハンターの利用料はかからないですから、出費も少ないでしょう」

「なるほど。一つの場所に長期滞在したことがないから全然知らなかった。ならそれを換金して、残りは保管しておきます」

「ありがとうございます。よければ残りを滞在期間中はこちらで保管しましょうか? それほど高価なものだと盗難の恐れもあるので」

「あー、そうか、そうですね。アタシも部屋にずっといるわけじゃないし……じゃあ、そうします」

「わかりました。正式な手続きは明日またギルドでします。こちらは一旦お返ししますね」

 カガリが丁寧に元々入っていた袋に原石を戻していく。

「こんなにいいものを拝見させていただいたのは久しぶりです。それこそ何年かぶりくらい」

「そうなんですか?」

「目利きのいい商人がたまに来るといいものに出会います」

 しかし、とカガリは袋をチサトに返しながら続ける。

「どれもよくて70%ほどの品質ですね。物は悪くありません。近年はそういった高品質の素材が採れない傾向にあります。資源にも限りがあるということですね」

「世界人口増えてますもんね。人が増えればそれだけ消費も増えるか」

「ええ。この集落は見てのとおり小さく、名物になるような名産品や場所があるわけではありません。鉱山があるわけでも、強力な魔物が出るわけでもない。あるのはせいぜい初心者向けの、ナーノスが住み着いた古い洞窟がいくつかあるばかりです。今回はとてもいい品を拝見させていただきました。ありがとうございます」

「いやいやそんな、持ち込んだだけで頭を下げられるほどじゃ……」

 何故か頭を下げられたチサトは自身までかしこまってしまい、妙に背筋が伸びてしまった。

「自分自身、この能力は私には過ぎたる能力なんじゃないかと思っていたんです。単に鑑定するだけなら宝石商でも、独自に鑑定技術を磨いてきた商人でもできますから。鑑定眼は養われるものなんです。あとから追いついてくるものなんです。アナライズのアビリティは純粋に鑑定物の品質を見ますが、人の目はそれだけを見るわけではないですから。ですからこうして実物をこの目で見られる機会があったというのは大変喜ばしいことなんです。そしてそれが良い品であるということがわかるあなた自身のハンタースキルの高さ、良い感覚をお持ちです。Sランクハンターの称号に相応しい方だ」

「な、なんか、そんな褒められると、ちょっと照れると言いますか……ありがとうございます。まぁでもね、それもそろそろ終わりなので」

「え?」

「いえいえ。あ、そうだ、ついでと言っちゃなんですけど、武具の手入れをしたくて。どこに行けばできますかね。ギルドの中を見たときには鍛冶場がなかったみたいだから」

「ああ、鍛冶場はあそこでは狭すぎるので、場所が分かれているんです。ギルドの裏に回ってください。そこに施設がありますから。技術者の施設もそこにあります。ただここの技術者、性格にちょっと難がありまして……」

「難?」

「変わった人と言いますか……まぁ、会えばわかるかと」

「ネロちゃん、面白いんだよ」

 横からミアが言った。子供に言われるくらいなのだからよっぽどなのだろう。どうやら技術者は女性のようだ、この手は男性が多いから意外に思う。

「他に何か聞いておきたいことはありますか?」

「いえ、今のところは」

 ギルド職の経験が長いカガリの無駄のない対応で、今知りたいことは大体知れた。時間が経てばまた聞きたいことも出てくるだろう。それはその時になって聞けばいい話だ。

 ずっと話を聞いていたミアがうとうととしていることに気づいた。夜を照らす月が高く昇っている。酒盛りをしていたハンターたちの姿も減りつつあった。子供が起きているにはもう遅い時間だ。

「ミア、部屋に戻りなさい」

「んー……まだチサトお姉ちゃんのお話聞きたい……」

「もう眠いんだろう?」

「やだぁ」

「ミア」

「しばらくはここを出ないから、いつでも話せるよ。また明日お話ししてくれる?」

 チサトが優しく諭すと、「……わかった」とミアは不満げにしながら奥の部屋へと戻っていった。

「すみません、いつもはあんなにわがままじゃないんですが」

「いいんですよ。子供は元気なのが一番ですからね。……一つお伺いしても?」

 ミアがいなくなった今なら聞いてもいいだろうか。チサトはカガリの顔色を窺う。カガリも悟ったのか、どうぞと返した。

「奥様、お亡くなりに?」

「……ええ。娘が今よりうんと小さい頃に。五年前くらいですかね。隣の集落にいる両親に娘を連れて会いにいった帰りでした。普段は滅多に出ない街道に、リュコスの群れが出てきましてね。護衛にはハンターが一人ついていたんですが、群れの数が多くて一人では対処しきれず。通りがかった別のハンターが退けてくれたんですが、娘を守ろうとした妻が犠牲に」

「そうだったんですか……。すみません、嫌なことを思い出させちゃいましたね」

「いえ。こんな話どこも珍しくないですから」

 カガリは感情を押し殺すように姿勢を正した。

「ここでは女性ハンターが珍しいので、しばらく娘がうるさいかもしれませんが、仲良くしてやってください」

「あ、それはもう、はい」

「それでは、私も今日はこれで。おやすみなさい」

「はい、今日はありがとうございました。おやすみなさい」

 去っていくカガリの背中を見送り、チサトは小さく息を吐く。確かに珍しい話ではないかもしれないが、大切な人を失う痛みは何に変えられるものではないだろう。

 どれだけ強い魔物を倒せるようになろうが、悲しむ人がいる現実を変えることはできないのだとチサトは思った。

 チサトも部屋に戻り、窓から外の景色を眺める。絶えず燃え続ける篝火は魔物除けだ。周辺を森で囲まれているこのような小さい集落は常に魔物の襲撃に備えている。魔物は総じて火を嫌う傾向にある。火は神が人間に与えたもので、元は神のもの。魔物が神の代物に怯えるのは当然のことなのだと、いつか誰かが言っていた。

 絶やすことのできない火は、その意図に反して美しく夜の集落に点在している。空には無数の星が瞬き、遥か遠くまで続く。世界は広いが、見えている世界の小ささをこういうときに実感していく。

 ふと視界に過ぎった影に体を起こすと、窓際に緑目の綺麗な緋色の鳥がやってきた。チサトの頼れる小さき相棒である、アグニだ。Sランク昇格祝いのときに譲り受けて以来、ずっと共にある。

 今や映像通話などがない辺境な地での重要な伝達係を担い、訓練を重ねたことで軽い荷や偵察を行なってくれるまでに成長した。

「おかえり。随分かかったね」

 チサトが言うと、アグニは大変だったと言わんばかりに鳴き声を上げた。それからチサトの髪を啄むので、「わかったわかった」とチサトは荷物の中から干し肉の入った保存瓶を取り出すと蓋を開け、それをアグニに向けた。アグニは中に顔を突っ込み、干し肉を食い漁り出す。

「最後まで辿れた?」

 夢中で干し肉を漁るアグニに尋ねると、グルルッとアグニの喉が鳴る。

「そう、途中で帰ってきてこんだけかかるってことは、今回のイーニスの群れは相当巨大だ」

 チサトは集落の外でイーニスの群れを見た際、アグニに群れの始まりを辿るように指示を出した。しかし今のアグニの反応は否定を意味する。帰ってこられないと判断したアグニは結果として半日以上を費やし、チサトのもとに戻ってきたのだ。

 この滞在は長引きそうだ。ユノの言っていたとおり、のんびりしていくしかないのだろう。どうせ急ぐ道でもない。どう過ごしていくかはゆっくり考えていくとして、まずは何より休息だなとチサトは窓を閉じるのだった。

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