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ファミリアに捧ぐ 15

「アタシと年齢変わんなそうなのにSランクハンターかぁ。アンタ凄いんだね」

 再びサノを訪れたチサトから話を聞き、サノの女主人・イオリはカガリが言っていたとおりすぐに二階の一室に案内してくれた。

「ここじゃあアンタが相手にするような化け物じみた魔物は出ないから、きっと物足りないだろうね」

 既視感を覚える会話だ。チサトはさすがに同じやり取りをする気になれず、曖昧な返事で返した。

 イオリは部屋の窓を開け、ゴミや埃がないことを確認し、一人頷いてみせた。

「うん、大丈夫そうね。この部屋好きに使っていいから」

「ありがとう」

「食事はどの時間に来てもいいけど、早朝と夜中はさすがに寝てるから気をつけて。うちの旦那、そこらへん時間がいっつも決まってるから」

「あ、旦那さんが料理担当なんだ」

 旦那という単語を聞いて、内心少し動揺する。それはそうだ、自分たちの年齢で相手がいないのはハンターか傭兵家業とこの時世言われるくらいなのだ。

 その言葉に違わず、チサトもこれといった特定の相手は持っていない。

「そ。アタシ料理だけは全然駄目でね。炭にしちゃうから包丁も触らせてもらえないんだ」

「炭……」

「ああ、あと、ここシャワーが廊下の奥にあるんだけど、発電機で動いてるやつだから音がうるさくてね、魔物の注意を呼ぶ可能性もあって夜中は電源を落としてるんだ。落とすときはちゃんと声かけるから」

「あ、うん」

「じゃ、なんか困ったことあったらいつでも呼んで」

 イオリは颯爽と一階へと下りていく。

 炭……自分も料理は得意なほうじゃないが、さすがに炭にはしないな、とチサトは思った。

 荷物を置き、よく整えられた清潔なベッドに思い切り飛び込みたい気持ちをぐっと堪える。この数日野営が続いていたので、先にシャワーを浴びておきたい。そう思うと途端に移動の疲れが押し寄せてくるから不思議だ。

 防具や道具入れを外せば一気に体が軽くなる。シャワーを浴びたら一眠りだな、とチサトは持ち込んだ荷物から着替えを取り出した。



 一体どれだけ眠っただろう。チサトが目覚めたときには日はどっぷりと暮れていた。開けた窓の向こうに見える景色は夜の森ばかりで、防護柵の周辺には煌々と燃える篝火が焚かれている。

 住居の灯りが僅かに溢れているのが人の存在を感じられて少しだけ安心する。吹き抜けてくる風が微かに冷たい。もう時期夜が冷え込む季節になる。

 昼間に満たされた胃はすっかり空っぽで、空腹を訴えかけてくる。住居から灯りが漏れているということはまだ夜中ではないのだろう。こうした静かな場所の夜はいつも時間の感覚を疎かにさせる。

 食事を求めてチサトが一階へと下りると、ハンターたちの姿でいくらか賑わっていた。卓上のいくつかで酒盛りが始まっている。どうやら夜の食堂は酒場に変貌するらしい。

 ふと窓際の席を見ると、カガリの姿を見つけた。隣には6、7歳ほどだろうか、女の子が座っている。確か最初にここを訪れた際、すれ違った子供たちの中にいた子だ。

 すぐに察した、あの二人親子だ。

「あ、起きたの?」

 酒を運んでいたイオリがチサトに気づいた。

「全然起きてこないから心配したよ。よっぽど疲れてたんだね。お腹空いてるだろ、酒と一緒にすぐ出すから適当に座って待ってなよ」

 イオリはチサトが何かを言う前に酒を近くの席に置き、すぐに厨房のほうへと向かっていく。確かにお腹は空いている。

 適当な席、と見渡すが空いているのはハンターたちが酒盛りをするテーブルの合間合間だ。あの賑やかさに入る気力を今のチサトは持ち合わせていない。

「あの、よろしかったら」

「?」

 声をかけてきたのはカガリだった。カガリは自身の正面の席を指している。親子の食卓に入っていいものか。悩んでいると「相席は慣れてますから、どうぞ」とカガリが続けて言うので、その言葉に甘えることにした。

「寝起きであの騒がしさはつらいでしょう」

 カガリは賑やかなハンターたちのテーブルを見やった。

「お気遣いいただいてありがとうございます」

「いいえ。お疲れでしょうから」

 それはさりげない言葉に聞こえたが、なんだかカガリの言い方には含みがある。

「パパ?」

 小さくか細い声が聞こえた。カガリの袖を幼い少女の手が引っ張っている。やはり親子だ。

「ああ、今日来たハンターさんだ。しばらくここにいるんだそうだ」

「チサトって言います。こちらにしばらくご厄介になります」

 チサトが膝を揃えて頭を下げると「ミアはミアだよ」と少女は自らの名前を名乗った。

「ミアちゃんか。可愛い名前だね」

「ママがつけてくれたんだよ。ね、パパ」

「ああ。娘も気に入っています」

 ――あ、これは。

 チサトは喉まで出かかっていた、「娘さんはお母様似ですか?」という言葉を呑み込んだ。ここにはいない人に対しての会話の仕方だ、聞けばきっとこの場の空気が凍る。

「チサトお姉ちゃんは強いハンターさん?」

 続ける言葉に困っていたチサトの心中を気づくわけもないミアは、不意にそんなことを尋ねてきた。

「ん?」

「あ、すみません。娘が女性ハンターには何故か必ず聞く質問なんです」

「へぇ。んー、どうかな。一応Sランクハンターだから、強いと言えば強いかもね」

「ほんとう? ほんとうに強いハンターさん?」

「ミア、あんまり聞くのは失礼だから」

「いやいや、大丈夫ですよ。ミアちゃんの言う、強いハンターってどういう人のことを言うのかな」

「んーとね、悪い子をいっぱいやっつけて、みんなを守ってくれる人!」

「そっか。ならアタシは強いよ。たくさん魔物倒してきてるし、いっぱい人助けしてきたから」

「ミアね、ミアね、強いハンターさんがいいの!」

「んー?」

 なんだか要領を得ないミアの言葉に首を傾げていると、「お待たせ」とイオリがチサトの前に酒と料理が盛られた皿を運んできた。

「こっちは薬酒ね。疲労回復効果のある薬草が入ってるから。花の蜜を溶かし込んでるから呑みやすいよ。それでこっちがここいらの川でよく取れる魚を使った酒蒸しね。今煮付けとたたきを作ってるから、できたらすぐ持ってくるよ。あ、魚の種類はよくわからないから聞かないでね」

「ははっ、そっか、わかった。ありがとう」

 料理を炭にするというイオリが魚の種類をわかるはずもない。

「ミアはどうする? いつもの骨揚げ食べる?」

「食べる!」

 即座に手を挙げたミアに、チサトは首を捻ってイオリに尋ねた。

「骨揚げ?」

「川魚は小さいから骨が柔らかくてね、油で揚げるといい硬さの揚げ物になるんだ。ここいらの子供がよく食べてるよ。岩塩で食べるんだ。アンタも食べる?」

 物欲しそうな顔をしていただろうか。確かに興味は持ったけれど。

「んー、貰おうかな」

「じゃ、待ってて。そんなにかからないよ」

 イオリが再び厨房のほうへと向かっていく。言われるがままに頼んでしまっているが、もしまた次にイオリが来た際に料理が増えてしまったら食べ切れるだろうか。それを察しただろうカガリが苦笑した。

「あいつ、ああいう性格なので気づくとテーブルが食べる予定のなかった料理でいっぱいになるんです。ある意味商売上手というか。でもハンター登録をしている人の食堂の利用は無償ですし、全てギルドで賄うので正直利益も出ないし、頼んだ側も食べ切れなかったら廃棄が出るだけですから、無理はなさらないほうがいいですよ」

「ですよね……次は何を言われても遠慮しておきます」

「そうしてください」

 他の料理がやってくるまでの間、何が気に入ったのだろう。チサトはミアに質問攻めにされた。

「チサトお姉ちゃんはずっとハンターさんなの?」

「うん。成人してからハンター試験を受けて、それからずっと」

「悪い子いっぱいやっつけてきたの?」

「そうだよ。いっぱいやっつけて、頑張ってSランクになったの」

「がんばったら何かもらえるの?」

「んー、勲章とね、って、勲章じゃよくわからないか。強くて悪い子を倒してくれてありがとうっていうお礼に綺麗な飾りと、いろんなことに役に立つ道具が貰えるんだよ」

「ふーん。でも強くて悪い子をやっつけるの怖くないの? チサトお姉ちゃんもあぶないんでしょ?」

「危ないけど、戦うことができない人たちがたくさんいるから、守ってあげないと」

「ケガとかしない? チサトお姉ちゃんだいじょうぶ?」

「怪我はたくさんするよ。いっぱいする。痛すぎて死ぬかもって思うこともたくさんある。でも誰かが戦わなきゃ。人の命は魔物みたいに二つあるわけじゃないからね」

 そこまで言うと、ミアが少し勢いを失って、「痛いよね……」と呟いた。それまで聞くことに徹していたカガリがどこか慌てた様子で言った。

「ずっと娘の質問ばかりですみません。あなたのほうで何か尋ねておきたいことはありませんか?」

「え、あ、あぁ、えーっと。そうだ、明日手持ちの素材の鑑定をお願いしたいんですけど、誰が担当ですかね」

「鑑定ですか? 鑑定なら私が兼任していますよ。よければ食事のあとにでも見ましょうか」

「え、あなたが鑑定を?」

「はい。ちゃんとギルドの鑑定証も持っています。不安でしたら持ってきますよ」

「いや、職員ってほら、大体担当分野決まってるから兼務してるのにちょっと驚いて」

「この集落はあなたもなんとなくおわかりになるかと思いますが、人手が少ないので、補える部分はこうして補い合っているんです。私はたまたまアナライズのアビリティを所持していたので、それで」

「パパ凄いんだよ。あっという間に終わっちゃうの」

 ミアが自慢するかのように言った。子供は気持ちが切り替わるのが早い生き物である。

「へぇ。じゃあお手並み拝見といきましょうかね」

 と、顔を覗き込むチサトに、「なんかそう言われると緊張するな」とカガリは眼鏡をかけ直した。

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