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ファミリアに捧ぐ 13

 ガタリと荷車が揺れた。寝転んでいた藁が崩れて顔に降り注ぎ、顔に刺さるそれらを鬱陶しく振り払う。

 ふあっ、と大欠伸を噛み締めて、チサトは髪についた藁屑を落としながら辺りに広がる森と平原、時折覗く岩山の景色を眺めた。

 随分走ったな、チサトは胡坐を掻いて荷物を肘掛けにしながら、隣に置かれている大きな木製の箱に寄りかかる。そんなチサトを乗せた荷車のあとを、上空から一羽の鳥が追い続けている。

「ハンターさん、この先の集落でこいつら休ませてやっていいですかね」

 と、チサトをほんの少しだけ振り返ったふくよかな農夫は、人の良さそうな穏やかな声で言った。こいつら、と指したのは、彼が手綱を引いている魔生物のフェローだ。

 大きさは手綱を引いている農夫の背丈ほどで、性格は温厚。四足歩行の生物で、額に一本角を持ち、顔から蹄までが長い毛で覆われている。その昔、神の名馬・スレイプニルの血を引いているとされるグラニという魔物と、人間の放牧馬が交配して生まれたとされているが、その真相は定かではない。

 急ぐ旅路ではない。そろそろ腹も空いてきた頃だ、ここでの農夫の申し出はありがたい。ついでに酒も呑めたら言うことはないのだが、集落となればさすがに酒場はないかと思いつつ、「どうぞ」とチサトは農夫に返した。

「ありがとうございます。いやぁ、ここいらは魔物が少ないから、こいつらの足でも速いですね」

 フェローは、駿馬と名高いスレイプニルを祖先に持つとは思えないほど足が遅い。子供が走って追いつけるほどの速度しか出せないのだ。その分静かで、荷物を運ばせるには最適だ。のどかな風景をこうして眺めていられるという利点もある。

「もう着きますよ」

 辺りの景色が森の中の道に切り替わる。すれ違った木製の立て札に「ミクロス」という集落の名前が書かれてあった。荷車がゆっくりと速度を落とし、そして止まった。

 チサトは荷物一式を背負うと荷車を下りた。前方の景色には森が切り開かれた土地に人々が住まう集落が見える。

「半時ほど時間をください。水と餌をやりますんで。集落の反対側の出入り口が中央に繋がってます。時間になったらそちらに来てもらえたら」

「わかりました」

「ああ、それとここにはギルドが寄宿舎にしてるサノって宿があるんです。娯楽と呼べる場所はありませんが、そこじゃあ美味い酒とつまみを出してくれますよ。休むならそこがいいでしょう」

「それはすっごくいいところですね。じゃあ、そうさせてもらいます」

 少し諦めかけていたものがあると知れば気持ちも違う。チサトはさっそく集落へと足を運んだ。



 集落は、一日ほどあれば回り切ってしまいそうな小ささだった。

 集落の周りには魔物の襲撃を避ける為だろう、防護柵が設置され、その周辺に一定間隔で見張り台が設置されている。

 見張り台は行き来ができるように橋で繋がっていたが、どれも縄で繋いである為、おそらく魔物に倒壊させられたときのことを考えていつでも切れるような作りになっているのだろう。

 集落の中央にはギルド支部がある。本部はここよりも遥かに大きい、大陸の中央に存在する街にあり、皆一様にそこを中央と簡略的に呼んでいる。支部でも、本部と同様の待遇を受けられ、ハンターであれば誰もが利用できる施設だ。

 そのギルドを中心に、取り囲むように住居が並び、奥には市場らしきものも見えたが、今のチサトが立ち寄る理由は特にない。

「サノ、ここだ」

 そんなギルド支部からさほど離れていない場所にその宿はあった。壁に打ち付けられている看板にサノとある。レンガ造りの三階建ての建物で、おそらく二階より上がハンターたちが寝泊まりする部屋になっているのだろう。

 宿に入ろうとすると、中から数人の子供たちが飛び出してきた。子供たちは急げ急げと駆け出していく。

 その行き先をなんとなく目で追っていると、ギルド支部前に一人の男性が立っていた。大きな襟が立つ白いコートに見慣れた腕章、どれもギルド職員の証だ。

 銀縁の眼鏡姿に長身が特徴的な、見かけも40代後半だろう男性職員はいかにも職員経験が長そうだ。

 彼は手に古びた本を抱えていた。チサトが今いる距離では何の本かは確認ができない。

 子供たちは彼の前に集まり座り込んだ。本を開いた彼の様子から察するに読み聞かせをするのだろう。微笑ましい光景に自然と零れた笑みを浮かべながら、チサトはサノの中に入っていった。



「えぇっと、前はどこまで話したかな……」

 本のページをいくらか捲る男性職員に「アテナとファストが会うところだよ!」と集まっている子供の一人が声を上げた。

 男性職員は「ああ、そうでした」と本を開き直した。

「じゃあ、二人の出会いのところから始めましょうか。――魔物の素材から武器を作り出すという偉業を成し遂げたファストのもとに、その噂を聞きつけた稀代の槍使い・アテナが訪ねてきました。アテナはファストに言いました。私に武器を作ってはくれないかと。そう言ってアテナは巨大な魔物の牙をファストの前に差し出すではありませんか。なんとアテナはその腕一つで原初の魔物を相手にしたと言うのです」

「原初の魔物ってそんなのに強いの?」

 子供の一人が不思議そうに小首を傾げた。それを聞いた隣の子供が「馬鹿だなぁ」と返す。

「当たり前だろ。原初の魔物は使徒より強いんだぞ」

「ハンターみんなやられちゃうの?」

「そうならないように、これからファストとアテナがするんですよ」

 男性職員はにこやかに言って、再び本に視線を落とした。

「ファストは驚きながらも、願ってもない機会に喜んでアテナに槍を作りました。そうして生み出された槍はとても硬く丈夫で、どんな魔物も一振りで薙倒せるほどだったと言います。アテナはその槍で再び原初の魔物に挑みました。――さて、皆さんにここで問題です。この武器は後にある武器として名が広まります。それはなんと言う名前でしょう」

「はい! はい!」

 と、威勢よく後ろのほうにいる子供が手を挙げた。

「魔武器だよね!」

「はい、正解です。アテナは難なく原初の魔物を倒すことに成功しますが、戻ってきたアテナを見てファストはとても驚きました。アテナは全身が傷だらけだったのです。どれも魔物にやられた傷ではありません。槍を使ったことで体に傷を負ったのです。強力な魔物の素材から作る強い武器は、そうした代償なしには使えない危険な魔の武器だったのです。そうして生み出された魔の武器――魔武器は、原初の魔物を討伐するには欠かせない武器と言われるようになりました」

「原初の魔物は魔武器がないと倒せないの?」

 と、また子供の一人が尋ねてきた。

「千年も前の話ですからね。現代においては技術も随分進歩しましたから、あの当時は魔武器なしには倒せなかった魔物も、今なら普通の武器で倒せるかもしれませんね」

「でも変だよ」

 更に別の子供が首を捻り声を上げた。

「アテナは原初の魔物を魔武器を使わないで倒したんでしょ? 魔武器がなくても原初の魔物は倒せるってことなんじゃないの?」

「お、鋭いところに気づきましたね」

 男性職員は笑うと「そう、史実では確かにアテナは魔武器を使う前に原初の魔物を討伐しています」と続けた。

「これには歴史学者が様々な説を提唱していますが、中でも最も有力なのは、当時はまだ発見されていなかった複合アビリティを、アテナは既に会得していた可能性が高いという説です。アテナがエンハンスの筋力強化を持っていたことは有名な話ですが、それでもあまりに当時のハンターの中では強すぎた為、他にもゾーンなどのアビリティを持ち、更には複合アビリティを会得していなければ、原初の魔物を魔武器なしに倒すことは不可能だろうと言われているんです」

「じゃあじゃあ、原初の魔物は複合アビリティがあれば倒せるんだ!」

「必ずしもそうとは限りませんが、強力なアビリティであれば可能だったのかもしれませんね」

「アテナってやっぱ強いんだ!」

「一回会ってみたかったなー」

「Sランクハンターにだって会えないのに、アテナになんか会えないよ」

「今のSランクハンターにはアテナみたいに強いハンターいるのかな?」

 子供たちが口々に話し出すなか、後ろのほうで話をずっと聞いていた、ポーチを肩から提げた少女が手を挙げた。

 男性職員は少し柔らかい表情になって、「はい、ミア」と少女の名前を呼んだ。

「アテナみたいに強い人がここにいたら、パパ……職員さんはうれしいですか?」

 ミアという少女からパパと呼ばれた男性職員は、「そうだなぁ」と少し考える素振りをして頷く。

「私個人としては嬉しいけど、ギルド職員としてはこんな小さなところに留まらずに、他の皆さんの為に強い魔物の討伐を願うかな」

「……そっか」

 少女は何やら考え込んだ様子を見せた。男性職員は首を傾げつつも、本を抱え直し言った。

「じゃあ、続きに戻りましょうか。えーっと、どこまで読んだっけな」

「カガリさん! 大変だ!」

 カガリと呼ばれた男性職員は集落の出入り口から駆けてきたハンターの焦った様子に、穏やかな表情を真剣なものに変えた。

「どうしたんですか?」

「出た! あいつらが出たんだ! 大変なことになるぞ!」

「あいつら?」

「こんな急に出るやつなんて限られてるだろ! あいつらだ! イーニスだよ! イーニス!」

「……なんですって?」

 その名前を聞いた途端、カガリは怪訝な表情で本を閉じた。

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