小龍からの呼び出し
あれからしばらく経って、小龍の方から連絡があった。
「やぁ風村くん。久しぶりだね」
「よぉてめぇどの面下げて電話かけてきた?どこにいやがる、ツラ貸せやてめぇ」
「怖いねぇ。言われなくても貸すさ。今から指定する場所に来てくれないかな」
携帯に位置情報が共有される。場所は……街の中にあるこじんまりとしたカフェだ。
「ナナリアも呼んでるんだ。色々君に聞きたい事があってね」
「良いぜ。今すぐ全速力で向かうから頭洗って待ってろ」
「それを言うなら首洗って───」
電話をブツ切りすると俺は特に準備もせず部屋を飛び出した。
指定されたカフェには既に小龍とナナリアが座っているのが見えた。小龍の方なんか、どこか余裕そうにお茶を飲んでいる。俺は一呼吸置いて、飛び切りの笑顔を作り奴らの前に出た。
「ごきげんよう小龍さん!今日も一段と怪しさ満点の顔ですね!」
「ごきげんよう風村くん!笑顔が似合ってなくてかっこ悪いね!」
俺は不意打ち気味に拳を振るったが拳は小龍の眼前をスカり俺は体勢を崩した。ついでに小龍に足をかけられそのまま顔面を地面に強打した。ナナリアは困惑で声にならない声を出し、小龍は爆笑していた。
「てんめぇこのやろ!人をおちょくるのも大概にしろ!」
「いやいやいや……君が勝手に転んだだけじゃないか。こっちのせいにされても困るね」
久しぶりの再会は最悪の形になったが、お互いに……いや俺だけだが、一旦クールダウンして席に着いた。
「それで?何聞きたいんだよ?」
「君に、能力発現の兆しが無いか知りたくてね」
そういうと小龍は一個一個確認するように質問を開始する。と言っても質問自体は簡単な物だった。
「身体に異変はないかい?咳が出るとかそういうのでも良い」
「特にねぇ。健康だ」
「力が漲るような感覚は?」
「ないな」
「俺は今何でもできる!って感じたりしない?」
「ない」
「もう帰ったら?」
「お前が呼んだんだろが!」
そんな感じで質問は続いたがどれも期待に添えられない答えだったようで、小龍は大きなため息を吐いた。ナナリアの方はと言うとどこか安心したような様子だった。
今度はこちらから質問してみる。
「逆に聞きたいんだけど、能力ってどうやったら発現すんの?」
「人によって色々あるが……基本的に肉体的、又は精神的に追い詰められることがトリガーになる事が多い」
質問にはナナリアが答えてくれた。
「あー……それでこいつは俺に依頼とかしてきた訳か」
「戦わせる事が一番手っ取り早い訳だからね。そういう事だから君に色々お願いしたいんだよ」
小龍はニヤニヤした顔で言う。どこか腹が立つ態度だが、まぁ気にしないようにした。
「これで終わりか?帰る前にお前の顔面を殴りたいんだが」
「いやいや。ここからが本題なんだよ」
「んだよまだあんのか?」
小龍は一枚の紙を取り出した。そこには何やら住所が書かれている。これが何か聞くと、奴はニヤっと笑って答えた。
「これね、この間の波多野の事務所だよ」
「はぁ?波多野ってあのヤクザか?」
「あいつ、どうも倉永から取引しようとしたあのブツのサンプルを受け取ってたらしくてさ。回収して欲しいんだよ」
「てめぇ……初めから俺に仕事させる気だったな?自分でやれそんくらい!」
「そうしたいのは山々なんだけど。僕も暇じゃないんだよね。これからボスのとこに行く用事があるからさ」
「けっ!そうかよ。報酬出るんだろうな?きっちり十五万。今度はちょろまかさせねぇぞ」
「君ねぇ。こんな仕事に誰が十五万払うんだい?三万でやってくれ。あぁナナリアも付けるから安心してね。僕の名前出せば大人しく従ってくれると思うから、よろしくね」
そういうと小龍は立ち上がり店を後にした。残された俺とナナリア。向こうも気まずそうにしているが、まぁやるしかない。俺達も席を立ち上がると、ある事に気が付いた。
「あれ?あいつ……会計は?」
カフェから約三十分程歩いて、例の事務所に着いた。ちなみに会計はやっぱり済まして無かったため、俺とナナリアの割り勘で払った。マジで許せねぇ。
少し辺りを見回してみる。事務所の周りにある資材から、おそらく土木系の仕事をシノギしているようだ。事務所のインターフォンを鳴らすとおそらく部下と思われる男が対応してくる。
「はい?」
「すまない。小龍からの使いだ。ここにブツのサンプルがあると聞いて回収に来た」
「あーはいはい小龍さんとこの。どうぞ入ってください」
ナナリアの言葉に、すぐ扉を開けてくれた。中から屈強そうな男が出てきて案内してくれる。ソファに座らされ、少し待っててくださいと声をかけられる。周りからヤクザ達の視線が突き刺さるように向けられる。男が事務所の奥に消えるとしばらくして、件の男……波多野が現れた。
「どうもどうも、わざわざこんな所に御足労頂き感謝します」
「御託はいい。例の物を」
「せっかちですねぇ。お茶でも飲んでいけば良いものを」
波多野が部下を顎で使い、アタッシュケースを持ってこさせる。波多野がケースを開け、中身を見せる。中に入っていたのは何かのカプセルのような……薬のような物だった。
「んだこれ?この薬みたいなのがあの時ブツかよ」
「……確かに間違いは無いな。これはこちらで回収させてもらう」
「こっちとしてもこんな厄介な代物、持って帰ってくれるって言うなら助かりますよ。そんなもの使って何するつもりなんだか知りませんが……」
「貴様らには関係ない。これ以上は口を出さないで貰おうか」
ナナリアが立ち上がったのを見て俺も立ち上がる。話はあっさり終わった。なるほど、こりゃ確かに三万程度の仕事だ。帰ろうと歩き出したら波多野に引き止められた。
「なに?帰るんだけど?」
「……そう慌てることないじゃねぇか。お前らがこの間、俺に何をしたか忘れたわけじゃねぇだろう?」
その言葉に呼応する様に、周りの部下達が一斉に立ち上がる。中にはバットやゴルフクラブを持っている者も居て、明らかに臨戦態勢だ。ナナリアが心配そうにこちらを見る。俺は奴らに睨みを効かせた。
「お前らの顔を見てこれはチャンスだと思ったよ。あん時はよくも俺を好き放題殴ってくれたなクソガキ共。こっちはメンツを潰されてんだ。あんまヤクザ舐めんなよ」
「あのクソ野郎……何が名前出せば大人しく従ってくれるだよ?殺るき満々じゃねぇか!」
「おい!お前ら!このガキと女ぶっ殺せ!」
周りのヤクザ達が一斉に襲いかかる。人数はさほど多くは無いが、場所が場所。狭くて動きづらい。隙間を縫うように奴らを一旦捌くとナナリアに駆け寄った。
「翔!?どうするんだ!?」
「どうするも何もやるしかねぇだろ。だけどここじゃ狭い。一旦出るぞ!」
慌てて走り出す。先程の屈強な男がボディブロックしてくるがドアと共に蹴り破った。
「逃がすな!絶対ここで殺せ!」
波多野の号令でヤクザ達が血気盛んに襲いかかる。逃げるのをやめた俺はまず先頭の一人を殴り飛ばす。続く二人の攻撃を躱し両方の頭を掴んでぶつける。
ナナリアはケースを抱えたまま蹴り技だけで応戦している。流石に厳しそうな表情を見せているのでこちらも援護をする。着実に戦力を減らしに行くが、そこは流石ヤクザ。一筋縄では行かないようで根性だけで立ち上がり向かってくる。
ここは一度態勢を立て直すために脇道の坂道を下って行った。
「クソ!キリねぇな!」
「どうする?逃げるのも手だぞ」
「長引けば向こうが何するか分からねぇ。また腹を撃たれるのは勘弁だが……このまま逃げるってのも厳しそうだ」
坂道を走って下りながら考えを巡らせる。辺りを見渡してふと、ある作戦を思いつく。
「この地形……!ナナリア!お前の能力って何でも動かせるよな?」
「流石に限りはあるが……一人の人間の動きを止めるくらいまでならなんとか」
「無機物はどれだけ動かせる?例えば……木材みたいなのとか」
「それなら一度に複数、それもある程度自在に動かせるぞ」
「なら行けそうだな!」
奴らから距離を取りながら思い付いた作戦を伝える。するとナナリアは目を丸くした後
「可能だが……本当に大丈夫か?」
と聞いてきた。問題ないと伝えたところ信用してくれたのか、ナナリアは静かに頷いた。ナナリアだけ先に坂を下っていき、俺はその場で反転して奴らと向き合う形を取った。
「やっと逃げるのをやめたか?これ以上俺たちから逃げれると思うなよ」
「ご生憎、元々逃げるつもりなんて無くてね!」
「女がいねぇな?先に逃がして自分一人カッコつけるつもりか?」
「へっ!言ってろよ!ここからが俺のターンだ!」
これまでと打って変わって坂道を駆け上がるように距離を詰める。複数のヤクザ達が集まる中を突っ込んで行き、真っ先に波多野を狙う。部下がそれを止める為に木刀を振り下ろしてくる。それを白刃取り要領で受け止めると、腕を捻るような動きで武器を奪った。
木刀を振り回しヤクザ達を挑発する。頭に血が上った一人が今度はゴルフクラブでこちらの頭を狙う。それを木刀で受け止め、押し返す。
流石に数の差が厳しい。背後からバットを持った男が思いっきり振り回してくる。身を翻すように躱そうとしたが、反応が遅れ当たってしまう。幸いクリーンヒットとはならなかったが酷い激痛が襲ってくる。
「いってぇなクソが!」
身体に力を込め立ち上がる。先程より力が漲る様な感覚を覚える。地面を力いっぱい蹴り、思いっきり踏み込んで木刀を振り回す。ヤクザ達を吹き飛ばし、波多野に剣先を向けた。すると波多野は懐から拳銃を取り出した。
「取り出したな?つまり追い詰められたって訳だ」
「なんとでも言えクソガキ。てめぇの脳みそに風穴開けてやる」
お互い睨み合う。心臓の鼓動が大きくなるのを感じる。緊張するな、俺。大丈夫だ問題ない。
きっとナナリアは間に合うはずだ。
「翔!」
ほら来た。ナナリア呼ぶ声がする。坂の上を見上げると、ナナリアが坂道の先に立っていた。大量の鉄パイプを宙に浮かせた状態で。
「あいつ逃げたわけじゃ……!?お、おい!それどうするつもりだ!?」
「どうするって?坂道に丸い鉄パイプなんて……決まってんだろ!」
俺が合図すると、ナナリアはその鉄パイプを投げ落とした。坂道に沿って大量のパイプが転がってくる。
「う、うおおおおお!?」
「ナナリア!頼んだ!」
地面を限界まで強く蹴り飛び上がった。ナナリアがそれを見て俺に能力使う。俺の身体が空中で静止する。俺の下を鉄パイプ達が音を立てて転がっていく。男達の悲鳴が鳴り響く。しっかり巻き込まれて一緒に坂道を下って行ったようだ。全てが流されて行ったのを確認して下ろしてもらう。
これが俺の考えた作戦だった。ナナリアを先に行かせたのは逃がす為ではなく、迂回させて奴らの事務所にあった資材を持ってこさせる為だった。
「作戦成功ってか?」
「危なかったが……なんとかなったな。あいつらは大丈夫だろうか……」
「気にすんなよ。どうせ生きてるって。大事になる前にとっととズラかろうぜ」
俺たちは足早にその場を後にした。
一旦先程のカフェまで戻ってくると、小龍が席で優雅にお茶を楽しんでいた。
「あ!おかえり!遅かったねぇ」
「小龍!貴様!」
「てめぇマジでふざけんなよ!」
「アハハ!その様子じゃ中々酷い目に合わされたみたいだね?やっぱり僕が行かなくて良かったよ」
「……ボスと会うって話だったのでは?」
「あぁ。それね、案外大したこと無くて……すぐ終わっちゃったんだよ」
俺もナナリアも呆れて声が出ない。ここ最近こいつに対する怒りばかり募っていくような気がしてやまないが……まぁそこはいい。ナナリアが例のケースを小龍に渡す。
「そういえば、それの中身……何かの薬みたいだったが。一体なんなんだそれは?」
「中身を見たのかい?……ナナリア?」
「見せたのは波多野だ。私では無い」
あの時、明らかに止めるつもりは無かった様だがそこは黙っておこう。小龍にとってどうやらこれは俺に見せたくはないものらしい。
「うーん……まぁこれについては忘れてくれ……って言って忘れてくれるわけもないか」
「当たり前だろ?それでなんなんだよこれ?気になるだろうが」
「残念だけど教えるつもりはないよ」
いつもの飄々とした態度と違う、冷たい雰囲気で言い放つ。その目は完全に凍てついており、これ以上踏み込む事は危険であることを教えてくれていた。その目を見て思わず息を飲む。
しばらく沈黙が続いた。
「それじゃあ僕はこれを持って帰らなきゃ。じゃあね風村くん」
去っていく小龍の背中をただ黙って見ているしか無かった。人の威圧でビビったのはいつぶりだろうか。あの背筋が凍るような感覚……小龍という人間の底知れない恐ろしさを感じた。