新時代の幕開け
怪我を負ってから一週間ほど経過した頃だろうか。自分の身体に異変が発生していることに気付いた。
肋骨の骨折、そして腹部の銃創。その二つから痛みが無くなっていた。まさか痛覚が壊れたのか?そう思ったが服を脱いで鏡を見てみると、銃創の方が完全に塞がっているのが分かった。
「な、なんで?」
流石に困惑の感情が勝る。もしかして、胸の痛みが無いのも骨折が治ってしまったのだろうか。色々考えてみる。そして一つの可能性に着目した。
「もしかして、俺が能力者だからって言うのか?」
無論そんな話は聞いていない、いや知らない。能力者についてなんて何も知らないから飽くまで推測にしか過ぎない。だがそう考えれば辻褄は会うかもしれない。もしかしたら能力者は身体の自然治癒能力が高いのか、或いはこれが俺の能力だとでも言うのか。真相を知ろうと小龍に電話をかけてみたが、出てくれない。
一旦諦めて部屋の中で身体を動かしてみる。試しに軽く腹筋に腕立てをしてみた。確かにどちらの運動でも痛みは一切感じない。やはり怪我が既に治っているようだ。
「嘘だろ……」
正直歓喜より恐怖が勝る。自分の身体が人間では無くなっているような、そんな感覚。おぞましいさを覚える感情だった。
部屋で一人恐怖を感じていたら、テーブルに置いていたスマホが音を鳴らして震える。どうやら着信のようだ。慌てて持ち上げ画面を確認する。しかし期待とは裏腹に画面に映るは「山崎父」という文字。
期待した相手では無いが、山崎の父から俺に電話がかかるとは珍しい。少し落胆しながらも通話を開始した。
「あぁ風村君。おはよう」
「おはようッス。何か用スか?」
「実は君に謝らなければならない事があってね」
「へ?」
わざわざ電話をかけて謝罪とはなんだろう。そう思いながら言葉の続きを待つ。
「実は君の隣の部屋に、今日から入居する方が居てね。ほら君、なるべく隣には人を入れないで欲しいって言っていただろう?」
「あー……あんな中学時代のイキった俺の発言、忘れてくれて良いのに……」
「ははは、まぁ一応当時の君は本気でそう思っていただろう?すまないが、隣人と仲良くするように」
「まぁ実質無償で部屋借りてる身なんで、なんも言えないスけど……どんな人ッスか?」
「若い女性だったよ。確か二十歳だったか?そのくらいの。一人での入居との事だ」
「あーそうスか……まぁ分かりました」
山崎の父はよろしく頼むよとだけ言って電話を切った。今俺が住んでいるマンションは、山崎家の所有物だ。俺には一応風村家がある。だがあそこは俺にとってあまりにも居心地が悪い。養父の仗龍とはあまりにも仲が悪いし、扱いも良くない。何よりあそこにいると色々嫌な事を思い出すし、クソ親父は俺を追い出したがる。
色々と見かねた山崎の父親に将来的に金を返す条件でこの部屋を借りたって経緯でここに住んでいる。故にその辺の事情で俺はあまり強く言えない側なのだが……改めて考えると中学時代の俺って、あまりにもクソガキだったのかもしれない。
そんな思いに浸って居ると、インターフォンが鳴った。早速挨拶に来たのだろう。玄関に向かいドアを開ける。
「どうも。今日から隣に引っ越してきた者だ。これから世話になると思うので挨拶に来たのだが」
「あーはいはい律儀にどうも……はぁ!?」
相手の顔を見て、驚きのあまり素っ頓狂な声を上げてしまう。
「言っただろう?近いうちに会うことになるって」
「いや、確かにそうだけど……!?」
そこに立っていたのはなんとナナリアだった。確かにナナリアはそんな事を言っていたが、まさか隣の部屋に引越してくるって意味だと誰が思っただろうか。
「えーっと一応聞いていいか?」
「いいぞ」
「なんで俺の隣に……?」
「ふ、そう言うとは思っていたが。本当にわかりやすい奴だなお前は。この辺りでどこかいい部屋が無いかと探していて、ふとお前の部屋を思い出してな」
ナナリアはそういうと、静かに粗品を渡してきた。
「中々良さそうな部屋だったので借りる事にしたんだ。丁度お前の部屋の隣を借りられて良かったよ」
「えぇ?まぁ……いいか、よろしくな」
微妙にはぐらかされた気がしないでもないが、無理に追求する必要も無いだろう。差し出された粗品を受け取り玄関に置く。ともかく、今日から俺の部屋の隣にナナリアが引っ越してきた。その事実が大事だ。
「あぁそういえば、聞きたいことあるんだけど」
「なんだ?」
「俺の怪我さ、治ってるかもしれないんだ」
「……なんだと?」
先程の疑問をぶつけてみる。ナナリアが失礼と一言かけ、俺の身体を触り始める。胸部から腹部、怪我をしていたところを重点的に、撫でるように触診する。いや、実際には服の上からなので触診と言うには微妙に違う気もするが。
「きゃ!ちょっと廊下で何やってるんですか!?」
突然の大声。しまった。疑問の解消に意識が行き過ぎて周りの目を気にしていなかった。近くの部屋の人間に見られてしまったようだ。
「やっべ!?」
「私の部屋に!」
大慌てでナナリアの部屋に転がり込むと、一旦部屋に鍵をかけ続きを始めた。
「一旦服を脱いでみてくれ」
「お、おう?」
服を脱ぐよう指示されたので言われた通り半裸になる。今度は直に怪我した部位を触り始める。
「……確かに傷は塞がっているようだ」
「これってさ。俺の能力だったり?」
ナナリアは少し考えた込んだ後、首を横に振った。
「残念だが……でもこれで少しはっきりしたことがある」
「それは?」
「この治癒速度は我々と同じだ。それを考えれば確かに小龍の奴が言うように、お前は能力者なのかもしれないな」
ナナリアはどこか納得がいかない様子だった。その様子が気になった俺はまた疑問をぶつける。
「お前、俺が能力者かどうかに対して結構否定的だよな?なにか理由があるのか?」
「そうだな。はっきり言って信じていない」
「理由は?」
おもむろに聞いてみる。ナナリアは悩む様子を見せたあと質問に答えた。
「有り得ないんだ」
「ありえない?なんで?」
「私達以外に能力者がいる事だ。能力者は自然には産まれない」
なんだって?今こいつ相当大事な事を言わなかったか?
「ちょっと待て?でも俺は現に能力者の可能性が高いんだろ?」
「あぁそうだ。でもそれは有り得ない……いや、あってはならないんだ」
真剣な目で答える。嘘等では無いようだ。あってはならない……その言葉が引っかかる。言い換えれば俺が能力者であることは何かがおかしいという事だ。いや、確かに色々おかしいのかもしれないが。俺が思うおかしいとこいつの言うおかしいは意味も重さも違うのだろう。
「随分な言いようだな……じゃあ俺のこの身体はどう説明付けるんだ?」
「そこなんだ。確かにお前は能力者の様だが、それだと我々の計画が漏れていたという事になる」
「計画って能力者の仲間を集めるってやつだろ?だったら別におかしくは無いんじゃ……」
ナナリアの口から漏れた言葉に食らいつく。小龍は確かにそう言っていた。その言葉は言い換えれば、俺のように自覚の無い能力者が世の中に居るという事だ。だがナナリアの言葉は暗にそれを否定している。
ここに一つの矛盾が生まれていた。
「……そうだな。私の考えすぎなのだろう」
どうやらこれ以上この話をしたく無くなったようだ。失言を恐れてかはたまた別な理由か……それは分からないが、この話はこれ以上つつかないで置いた方が賢明だと判断した。
「それよりさ……服着ていい?少し寒くなってきたんだけど……」
「むしろなんでまだ着ないで居るんだお前は?」
───────
部屋を後にしようと玄関に向かうと、ナナリアに声をかけられた。
「小龍は、お前が能力に目覚めるのを期待している」
「だろうな。じゃなきゃ俺を仲間にしようとは思わないだろ」
「お前がどんな能力に目覚めるのかは分からないが、それがきっとお前を苦しめる事にならないよう願っておく」
「ん?お、おう。ありがとな」
それだけ言うとナナリアは口を噤んだ。この会話で見えかけた矛盾。それが解消されるのはもっと先になるだろうか。今はまだ深く考えないでおこう。