一晩明けて
部屋のベッドで横になり、大きく息を吐く。胸部と腹部に痛みが走り、呼吸が乱れてしまう。昨晩の一件から夜が明けて、肋骨の骨折と銃撃による痛みがより一層激しくなっていた。今日は学校も休み、自宅での療養に努めている。
そんな俺を心配してか、山崎と遊乃の二人が見舞いに来てくれた。と思っていた。
「んで?何やらかしたらそんなボコボコになるのさ」
山崎に詰められる。ちなみに二人には銃撃による腹部の怪我は黙っている。無論言えば大事になるからだ。
「いや……喧嘩に負けただけだよ」
「喧嘩ぁ?お前なぁこの後に及んでそんな嘘は要らないって」
「マジだって……」
山崎はあまり信じてはくれていないみたいで、先程からしつこいくらいにホントの事を聞き出そうとしている。一応喧嘩に負けたはあながち嘘というわけでも無いのだが……まぁ信じるわけはないだろう。
「第一お前がその辺の奴に喧嘩で負けるかよ。一体何に喧嘩売ったんだ?」
「……化け物?」
山崎は呆れてそれ以上聞いてくることはなかった。続いて遊乃が俺に話しかけてくる。
「今日、優華さん来てたよ」
「そうか」
「聞いたよ。別れたんだって?昨日の今日で何があったの?」
「山崎の尋問が終わったと思ったら今度はお前か?」
どうも優華は自ら周りに別れたことを触れて回ってるらしく、もっぱら学園の噂になってるとの事だった。正直この話題には触れたくは無いが、少しくらいなら説明してもいいだろう。
「優華は……他に男がいたんだよ。俺はステータスとして利用されてただけだった」
「あ、やっぱり?」
「んだよそれ。知ってましたみたいな反応だな」
「うん。だってあの人、翔と付き合い始めてからのマウント取り凄かったよ?私にも、友人だかなんだか知らないけど近づかないで貰えますー?って言ってきたくらいだし」
「……マジ?じゃあなんで言ってくれなかったんだよ」
遊乃はどこか呆れた様子で話を続ける。
「言ったって翔はどうせ信じないでしょ。あんたあの人の事完全に信用してたじゃん。それに……」
「それに?」
「あんたはもうちょっと女を見る目を鍛えなきゃダメ!いつまでもああいうのに騙され続けるよ!」
「はぁ!?それで黙ってたってのか!?」
遊乃は手のひらを天井に向け、やれやれと言ったジェスチャーを取る。そんな事を言われたってこちらにどうしろというのだろうか。そんな思いが募る。
しばらく二人と雑談していると突然部屋にインターフォンが鳴り響く。
「今日って荷物とか頼んでんの?」
「いや……そんな予定は無いが」
身体を起こそうとして二人に止められる。山崎が俺が対応してくるよと玄関へ向かっていった。今日は荷物どころか来客の予定もない。誰が来たのかを考えていたら山崎が玄関から走ってきて俺の首元を掴みあげた。
「おい翔!あれは誰だ!どういう関係だ!」
「ちょちょちょなんだよ急に!」
「あんな……あんな……!あんな美人なお姉さんとどういう関係だお前ぇ!!!」
「だー!揺らすな揺らすなあだだだだだ!!」
美人なお姉さんと言う単語に思い当たる節があった俺は、この突然の来客が誰なのか予想が着いた。
「失礼するぞ」
玄関から現れたのはナナリアだった。見舞いに来てくれたのか、何やら手提げの袋を持っている。
「ナナリア……」
「ナナリアさんって言うのか!俺、山崎駿と言います!以後お見知り置きを!」
「え?あ、あぁ。ナナリアだ、よろしく」
山崎ががっつき気味に自己紹介し、手を差し伸べる。握手を受け取ったナナリアは困惑した様子を見せたあと、俺の方に向き直した。
「怪我は大丈夫か?」
「このくらい問題は……痛てて……」
「そのままで良い。果物を持ってきた。食べるか?」
「貰うよ」
「キッチン借りるぞ」
「今切るのか……」
ふと二人を向くと、山崎は恨めしそうな顔を向けていて、遊乃は明らかに困惑している表情だった。まぁそれもそうだ。いきなり誰か分からない大人の女性が現れたかと思えば俺の心配をし、持ってきた果物を切ってくれている状況だ。何が起きているのかよく分からないというのが自然だろう。山崎は……ただの妬み僻みだろう。
「えっと……ナナリアさんでしたっけ。どういう関係なんですか?」
「仕事の仲間と言っておこうか。そんなに深い関係ではないよ」
「そうじゃないと困るよ……だって翔も浮気してたって事になるじゃん……」
昨日の事を思い出しそうになり思わず嘔吐く。未だに自分の中でのショックは大きいようだ。またひとつトラウマが増えてしまったかもしれない。
「翔」
「んだよ。ナナリアなら諦めろ。あいつはたぶんそういうのにゃ興味ねーぞ」
「……がんばれよ!」
「どういう意味だおいてめー事の次第じゃマジでシバくぞコラ」
「何を騒いでるんだ?ほらできたぞ。二人も食べるといい」
「センキュー……は?」
果物を切り終わったナナリアが持ってきたそれは、カットフルーツと呼ぶにはあまりにも歪だった。
「切り方を知らねぇなら言えよ……だったら俺が切ったよ」
「お前ようなガサツな人間が切るよりは良いと思ったんだ……。まさか自分がここまで下手だとは思わなかったが……」
「ガサツて!なんなんだどいつもこいつもよぉ……」
とはいえ、変に味付けなどはしていないのでなんだかんだ美味しく頂いた訳だが。軽食済まし少し落ち着いたところで、ナナリアが袋から今度は茶封筒を取り出した。
「なにそれ?」
「小龍から。昨日の依頼代だ」
「そういやまだ受け取って無かったな……おい。なんだこれ。四万だと?」
「依頼自体は失敗だし、その上部下による治療代を差し引いたものらしい。これでも温情を加えた方だと言っていたぞ」
「……んのやろ、次会ったらほんとにシバく」
悪態も程々に金を受け取るとナナリアは帰り支度を始める。
「じゃあ帰るよ。それと二人とも。翔の事、ちゃんと見ててやってくれ」
「はーい!じゃあねナナリアさーん!」
「あぁ、そうだ。翔、私とは近いうちにまた会うことになるだろうが、その時はよろしく頼む」
「んん?どういう意味?」
その質問には答えず、部屋を後にするナナリア。客人が一人減り広くなった部屋を見渡していると、何やら遊乃が考え込んでいる様子だった。
「どうしたんだ?」
「うーん。ナナリアさん……ナナリアさん……」
「なんだ?聞き覚えでも?」
「いや……」
山崎の質問にどこか微妙な反応を示す。ナナリアになにか気になる点でも……いや確かに気になる点ばかりだろうが。そこまで考え込むものだろうか。
そんな事を思っていたら、遊乃はとんでもない事を口にした。
「私、ナナリアさんに会ったことある……かも」
「え?」
「は?」
なんだって?今こいつなんて言った?
遊乃の一言に、俺たち二人の視線が釘付けになる。会ったことがある……とは一体どういう事だろう。
「細かく思い出せる?その時の状況」
「ごめんそこまでは……ただあの人の顔に見覚えがあるの。それにナナリアって名前も聞き覚えがある……どこだったかな……」
遊乃が必死に思い出そうとしているが時間だけが過ぎていく。遊乃自身曖昧な記憶だと言っており、期待する方が悪いだろう。
「じゃあ思い出したら教えてくれよ」
「うん。なんとか思い出せないか頑張ってみる」
「じゃあそろそろ俺達も帰るよ。お前は安静にしとけよ!」
「分かってるっての」
最後までしつこく釘を刺しながら二人も部屋を後にした。先程までの喧騒が打って変わって静寂へと切り替わった。人の居なくなった部屋を見てどこか寂しさのような感覚に襲われる。
誰もいない部屋で一人ベッドで横になっていると、色々な事を思い出す。主に昨日の事だが。
「エヴォリューショナーとか言ってたな」
小龍の言葉を思い出す。エヴォリューショナー、新時代の人類。それ自体にも驚きだが、それ以上に驚愕なのはその新時代の人類自分が含まれているかもしれないと言う事実だ。
「俺が能力者……?ナナリアや倉永のような能力を持ってるかもしれないって事か……?」
仮に自分が能力者だったとして。一体どんな能力を持つことになるのだろう。また、俺は能力を使って何をしたがるだろう。自問自答をしてみるが答えは見つからなかった。
「訳が分からねぇ」
どれだけ考えても思考が空回りするだけだった。最早これ以上の思考に意味は無いだろう。少し悔しい感情を抑えながら、今日は眠る事にした。