存在の意味
戦闘も終わり、太郎が拘束したカシラに近寄り質問をした。
「君の名前を教えて貰えるかな?」
「羽多野だ。多々良組若頭。これでいいか?」
「うん。今はそれで良い」
それだけ聞くと太郎はどこかへ電話を始めた。しばらくすると電話を切り、今度は俺の方に近寄ってくる。
「さて、大丈夫かい風村くん?」
「大丈夫に見えるんならお前の目は腐ってるよ……」
「憎まれ口を叩けるなら案外余裕そうだね。今僕の部下を呼んだから、治療を受けるといい」
笑顔でそう言うと太郎はその辺にあったソファに座り込んだ。俺は幾つか気になった事を質問する事にした。
「なぁ、シャオロンってお前の名前か?」
「……いかにも。劉小龍それが僕の名さ。本当は隠しておくつもりだったんだけどね」
「リュウシャオロンって言やぁ有名な中国マフィアのボスのせがれじゃねぇか。ほら、この街の中華街エリアを牛耳ってる。そんな大物がなんたってこんなとこにいやがるんだ?」
羽多野と名乗ったヤクザが割って入ってくる。中国マフィアボスの息子……それが太郎の正体か。
「君に質問を許可した覚えは無いけど?それで、聞きたいのはそれだけかな?」
「中国マフィアのボスの……じゃあお前がさっき言ってたボスって……」
「残念だけどそれは違うよ。僕はオヤジとは縁を切ったんだ」
小龍が恨めしそうな顔をする。どうやら父親の事が嫌いらしい。少しだけ親近感を覚える。俺もクソ親父とは仲が悪い。こいつの場合俺のとはまた重みが違うだろうが……。
「じゃあボスって一体?」
「僕が言うと思うか?」
「思わねぇな。ならボスについては置いておく。最後にもう一個良いか?」
「いいよ」
「お前、何した?倉永は明らかに能力を使おうとして殴りかかった。でも能力は発動しなかったし、パンチはお前の指一本で止められた。何が起きたらそうなるんだ……?」
あー……とどこが間が悪そうな顔をする。しばらく考え込んだあと、一言
「あいつバカだから、能力の発動方法を勘違いしただけでしょ」
と明らかな嘘を言った。要は教える気は無いと言うことだ。ならばこちらも無理に聞く気はない。質問はこの辺で切り上げ、俺は小龍の部下が到着するのを待った。
その間ナナリアは廃工場内を散策していた。隠れている敵がいないかとか、他に回収しなければならない物があるかどうかなどを見ているらしい。するとどうやら奥の部屋に入ったナナリアが、何かを見つけたようだ。
「おい、誰かいるぞ!」
「敵かい?」
「いや、少女だ。敵意はあるが抵抗する様子はない」
「連れてきてよ」
ナナリアが部屋の中に向けて羽多野から奪った銃を向けると、中にいた人物は潔く出てきた。中から出てきたのは高校生くらいの少女だろうか。髪色は茶色でウェーブのかかった髪型の───
「……え?」
もう一度、その少女の特徴を確認する。確かに茶髪でウェーブのかかった髪型をしている。遠目で良く見えないが、その顔にも見覚えがある。服装は……見慣れない露出が多い服を来ているが、間違いない。そこにいるのは優華だった。
「ゆ……優華……?なんで……!」
「あれぇ?知り合いかい?」
「知り合いっつーか……彼女だ」
「それは……あーうん、衝撃的だね」
ナナリアに連れられた優華が、小龍の前まで連れてこられる。その途中で俺に気が付いたのか、あからさまに動揺した様子を見せていた。
「優華!おい優華……グッ!」
思わず大声を上げ、身体に激痛が走る。今の俺の体は恐らく肋骨が折れてるわ、腹部に穴が空いてるわでボロボロだ。そりゃ声を荒げれば痛みだって走る。
「翔……なんでここにいるのよ……」
「なんではこっちのセリフだ。お前、昨日から帰ってないらしいじゃねぇか!」
「そ、それは……どうでもいいじゃない!」
「良くねぇだろ!?お前、何考えてんだ!?グ……!?」
「はいはい、風村くんは落ち着いてねーあんまり騒ぐとお腹の穴が拡がっちゃうよ。それで?君はどこの誰でここで何してたのかな?」
小龍の質問にただ黙ってるだけの優華。次第に目に涙を浮かべ、大きな声を上げ始める。
「何よなんだって良いでしょ!あんたたちになんの関係があるの!翔!もういい帰りましょ!こんなヤツらなんか放っておいてさ!」
「あいにくだけど、俺はちょっと今動けそうにない。見てわかるとおり大怪我を負ってるもんでな。大人しく白状した方が身のためだぞ、優華」
「彼氏くんもこう言ってるんだし、はっきりと言えば良いんじゃないかな?それが世のため人のため、引いては自分のために」
「少なくとも世のためにも人のためにもなるとは思えないがな。だが私もそう思う。はっきり言った方がいいぞ」
完全に追い詰められた形となる優華。さっさと出ていこうにも、もう小龍の部下が正面の入口から来てしまったので出ていくことすらできなくなっている。しばらく悔しそうな表情を浮かべたあと、ポツポツと白状し始めた。
「はぁ……そこで倒れてる男居るでしょ。この廃工場を拠点にしてる」
「あー倉永ね。こいつがどうかした?」
「あたしね、そいつと結構前から知り合いなの。ただの友達とかそういうのじゃなくてね。何度もこうやって夜に会っては楽しんでる仲なの」
「……?友達では無いが親しい中ではあるって事か?」
「あたしより歳上に見えるのに随分とピュアなのね貴女。セフレって言えば伝わる?」
「セフ……?翔、知ってるか?」
「なんで分かんねぇんだよ。そしてよりによって俺に聞くか……?」
最悪の事実だ。こいつは俺と付き合う裏で、別な男とよろしくやっていた訳だ。結局こいつも同じだった。俺の事を自分のステータスを上げる存在としてしか見ていない。結局俺を見てくれている奴なんていない。
「優華、俺にはお前が分からねぇよ」
「何が?」
「お前はさ、要はそこの倉永と……その……やってた訳だろ?」
「えぇそうよ。そりゃもう何回もね。聞きたい?教えてあげてもいいわよ」
「やめてくれ吐きそうだ。お前、昨日俺を誘ったのはなんだったんだ?お前には倉永が居るんだろ。俺としようとなんて……なんでだ?」
「身体はもう汚くても、心は風村くんとが良いー!はやくしたーい!とかじゃないかな。そういう人いると思うよ」
「お前……絶対いつかシバく……!」
実際疑問だ。優華が誘ってきた理由が分からない。頭を回転させて考えてみても思い浮かばない。まさかほんとに小龍の言う通りという訳では無いはずだ。
「はー……言わなきゃいけない?」
「言えよ……言ってくれ。せめて最後にそれが知りたい」
「良いよ言ってあげる。翔はさ、既成事実って言葉聞いたことある?」
「既成事実……いや……お前まさか……」
「そのまさかよ。ちょっと火遊びし過ぎちゃって、妊娠しちゃったのよねあたし。倉永は下ろせって言うけどあたしは嫌だしどうしようかなって思ってたんだけど……丁度いいのがいたのよ。あたしの隣にね」
思わず嘔吐く。最悪を更に下回ってきた。ナナリアに支えられてようやく立てるほど、気分が悪くなる。気持ちが悪いとかそういう次元じゃない。最早こいつが何を言っているのか、脳が理解を拒んでいた。
「倉永に翔の話をしたの。そしたら快諾してくれてね。そいつと子供ってことにしてくれるなら好きにしろって言ってくれたの。だからあの日あなたを誘ったのよ。どうせバカのあなただから、ちゃんと調べれば日程がズレてるなんて事も分からないだろうしね」
「もういい……黙ってくれ」
「でも翔ってば、嫌がって私を振りほどく始末でしょ。正直焦ったわ。思わず泣きそうに成程にね。走り去っても追いかけてこないし。カッコつけてるつもりだか知らないけど、流されてしてくれた方があたしにとっては都合が良かったのに。ほーんとつまらないわよね、風村くんって」
「もうやめてくれ」
「山崎も言ってたけど風村くんのカッコつけってほんと重症よね。性的なことに否定的な俺、かっこいい!女の子を大事にしてあげれてる!って感じ?あーはいはいカッコイイですねって感じ。正直話しててもつまんないしデートしててもつまんないし、ほんと顔だけねあなた」
「やめてくれ!」
心が辛い。ようやく、ようやく心を許せる相手を見つけれたと思っていたのに。こいつはこうまで思っていた。心の拠り所だと思っていたのは俺だけだったんだ。勝手に好きになって勝手に心を許した自分がバカだった。もう何も考えたくなかった。
「もういい……もういいよ。お前の言いたいことは充分伝わった。家に帰れ。お前の母親が心配してたぞ」
「そう。別にどうでも良いけどね。でもまぁ今日くらいはお言葉に甘えさせていただくわ。バイバイ翔。二度と顔を合わせることも無いでしょうけど」
「んー僕としては色々聞きたいことがあったんだけど……まぁいいか。通してあげて」
小龍の指示で部下たちが道を開ける。そこをゆっくりと歩いていく優華。その後ろ姿はどこかスッキリした様子だった。
気まずい沈黙が辺りを包む。小龍もナナリアも俺に遠慮してくれているのだろう。ふとナナリアが口を開く。
「小龍……?」
「なんだいナナリア」
「セフレってもしかしてセック───」
「さーて!僕の自慢の部下たちよ!風村くんの治療をしてあげて!」
─────
倉永は連れていかれ、羽多野はもう開放された。小龍の部下たちの手によって応急処置を受けた俺は、少しだけ動けるようになった身体を引きずって帰ろうとしていた。
が、小龍によって止められる。
「おいおい。まだ動かない方が……」
「いい、止めるな。今日は帰らせてくれ……」
「……そうかい。まぁそうだよね。分かった。家まで送るよ。そのくらいの義務はあるさ」
「悪いな……」
小龍が部下に指示を出し車を持ってこさせる。目の前に停車した車に、ナナリアに支えられながら乗り込む。外は既に明るくなり始めていた。
「じゃあ出発するけど、大丈夫かい?」
「出してくれ……」
車が発進する。今日の出来事を今一度振り返って見ると、あまりにも様々な出来事がありすぎた。優華の件、倉永という能力者、この依頼の内容。気になる事は沢山ある。
「なぁ小龍」
「ん?」
「お前ら能力者って何を目的として動いてるんだ?ナナリアも言ってたしお前もボスって言ってたくらいだからそれなりの組織なんだろ?」
「そうだねぇ。風村くんはさ、僕たち能力者を見てどう思う?」
「どう思うって……不思議だなって思うよ。未だに存在を信じられない。でも実際に能力は存在して、俺はそれに負けた」
「そうだ。能力者は存在している。僕だって能力者だからね。僕らはね、自分たちを新時代の人類だと考えてるんだよ」
「新時代……?」
「あぁそうだ。これから先の未来を担う存在だと思ってるのさ。ほら、人類はもう進化しない生き物だって言説、あるだろ?それの反証ってわけさ」
「……聞いたことはあるな」
「能力者になれるものは次の時代を生きていける存在として、僕達は多くの仲間を作ろうとしている。最終的な目標は、人類の完全なる進化だ」
「それで俺も仲間ってわけか」
「そういう事。僕達は進化した人類"エヴォリューショナー"なんだよ、風村くん」
「……よくわかんねぇな。俺がもしほんとに能力者だったら……わかるのかな」
「今はそれで良いよ」
小龍がどこか意味ありげに言う。俺はただ、自分の存在を見つめ直していた。俺はなんなんだろう。なんのために生きているのだろう。
こいつらに付いていればいつかはわかるのだろうか。今すぐに見つかるわけもない答えを考えながら、朝日の登る景色を車窓から眺め続けていた。