選択
この間の一件からしばらく経ったが、小龍との連絡はまた途絶えた状態だった。
「あいつって忙しいの?」
ナナリアに聞いてみる。彼女はどこか難しそうな顔を見せたあと「少なくとも暇な人間では無いな」とだけ答えた。
「もしかしてなんだけど、小龍って組織の中で結構な立ち位置?」
「まぁ……例えるなら幹部に当たる人物ではある」
「マジか。いやまぁなんとなくそんな感じはしてたが」
ところで。俺は今ナナリアと共に出かけている訳だがこれには理由がある。少しだけ記憶を遡ってみることにしよう。
事の始まりは朝、洗濯物を干すのにベランダへ出たところ、隣の部屋のナナリアとばったり会った所からだ。
「おはよう、翔。朝からご苦労だな」
「おう。お前は何してんだ?」
「ベランダから見える街を眺めていた。ここから見える景色が中々好きなんだ。ほんとは夜の方が良いんだが……朝も悪くない」
そう言うとナナリアは街の方を指さした。俺にとっては見慣れた景色なので特段これといった感想は無いのだが、まぁ好きなやつは好きなんだろう。
ふとナナリアがこちらに顔を向けた。
「そういえば忘れていた事があった」
「なに?」
「この間のお礼だ。ほら、ナンパから助けてくれた」
「あー?あー……あー。あったなそんな事。色々起きすぎて忘れてたわ」
すっかり忘れていたが、お礼がしたいとかなんとか……確かにそんな事を言っていたような気がする。だがお礼と言っても何をする気なのか。
「で?何してくれるんだ?」
「何をして欲しい?私にできることはなら何でも言ってくれ」
「なんでもって……そういうの軽々しく言わない方がいいぞ。でもそうだな、じゃあケーキ奢ってくれよ」
ナナリアはそんなので良いのか?と聞いてくるが逆にこれ以外思い浮かばなかった。それで良いよと答えると彼女はフッと笑って了承してくれた。
そして今に至る。二人でカフェに向かい注文をした後、小龍について話していたって訳だ。
「俺、正直あいつ嫌いだわ。なんかどっか人を小馬鹿にした態度が気に食わねぇ」
「そう思うのも無理は無い。もとよりあいつは人から好かれる様な性格はしていないからな」
「あ、やっぱお前も同じ事思ってる?話しててムカつくんだよなあいつ」
「……大きな声では言えないがな。正直何を考えているのかが分からない。不気味な男だ」
互いに小龍への愚痴で盛り上がる。俺からならともかく、お仲間からもこんな風に思われてるとは……いい気味だ。
そんな話が続いていくと、話題は自然と能力の話に変わっていった。
「翔。お前が能力を発現したと仮定して、どんな能力望むんだ?」
「あー……そうだな。目の前の邪魔なものをすぐ取り除けるようなのが良いな」
「ふむ、私のような能力って事か?」
「それも良いがもっと直感的なのが良いな。例えばパンチやキックで思いっきり物をぶっ飛ばせるみたいな」
「……倉永の様な能力か?」
「言うなよあの時の事思い出しちまったよ」
食事を終え、店を出るとナナリアの携帯に着信が入る。画面を見て驚いた顔を見せるとすぐにどこかへ行ってしまった。一瞬小龍かと思ったがどうも違うようだ。盗み聞きするのも悪いのでその場で待つ事にした。
しばらくして戻ってきたナナリアは慌てた様子ですぐに行かなきゃならない用事ができたと言い出した。
「随分と急だな」
「すまない、その……ボスからなんだ」
「あぁ?お前らのボスか?」
こちらの問にあぁそうだと返す。その様子はかなり慌ただしく、相当大事な急用である事が伺える。そうであれば仕方がないと、ナナリアとはここで別れることにした。ナナリアは再三謝っていたが、気にするなと伝えると足早に去っていった。
一人ポツンと残される。寂しさを感じているわけでは無いが、なんというか……虚しさを感じる。このまま暇を持て余すのもなんなので、宛もなくブラつく事にした。
街の散策を開始してすぐ、携帯に着信が入る。表示は山崎。あいつからわざわざ電話が来るなど珍しいこともあるもんだ。
「もしもし?どうした?」
「おいっす翔。今暇か?」
「暇っちゃ暇だが……何の用だ?」
「ならさ、久しぶりに出かけないか?行きたいところがあるんだよ」
「えー……。まぁいいや。付き合うよ」
「そう来なくっちゃな!駅前のモニュメントんとこ集合な!」
一体なんの用かは知らないが、せっかくの誘いを断るというのも悪い。誘いを承諾して早速集合場所へと足を運んだ。
山崎は既に集合場所で待っていた。こちらの存在に気付くと、にこやかな顔で向かってきた。
「よぅ!とりあえず歩こうぜ」
「あぁ?行きてーとこがあるんじゃなかったのかよ」
「いいからいいから!」
山崎の提案に乗っかり駅の周辺を練り歩く。他愛のない会話を続けながら街を歩くというのは実に久しぶりだ。
「そういや駅前のラーメン屋潰れたの知ってる?前にお前と行って大変な目にあったやつ」
「なんだっけ。他の客の真似して謎の呪文唱えながら頼んだらバカみてぇな量のラーメン出てきたとこか?」
「そーそー、そこ。店主の横暴な態度が原因で大炎上して客足が遠のいたってさ」
「俺らん時も態度悪かったもんな。下調べもせずに来んな!クソガキ!とか言われて腹たったの思い出したわ」
「それで店主に言い返した翔も大概だけどな。危うく他の客巻き込んでの喧嘩になるとこだったんだからな?あの場を収めた俺に感謝してくれよ」
「悪かったって……もうその店は無いんだろ?忘れてくれよ」
山崎はその言葉に笑っていた。ただその様子はどこか上の空といった様子で、どうも何かを隠しているように見える。とりあえず本題に入るまでは様子見してみる事にした。
「なぁ翔」
「んだよ」
「ナナリアさんとはそれからどうなんだ?進展はあったのかよ?キスくらいはしたんだろ?」
「お前なぁ。そもそもそういう関係じゃないんだっての」
「……じゃあ逆にどういう関係なんだ?」
急に山崎の表情が真剣になる。その雰囲気に思わず息を飲む。
「仕事の間柄って言わなかったか?」
「どうだったかな。言ったような言ってないような」
山崎はとぼけた様な態度をとる。座ろうぜという提案に承諾し、目の前のベンチに座る。山崎の表情はどこか怒っているかのように眉間にシワが寄っている。
「正直なところ、この際ナナリアさんはどうだっていいんだ」
「はぁ?じゃあなんでそんな踏み込んでくんだよ」
「お前、この間ナナリアさんと一緒に居ただろ?街中のカフェでさ」
「……いたな」
「その時、もう一人……見覚えのある男がいたんだ。あの不気味な笑顔。忘れない、あいつは前にお前の事を探してたやつだよな?」
小龍の事なのは明確だった。小龍の依頼で波多野の事務所に行った時のやり取りを見られていたということだろうか。
「見てたのか?」
「たまたま通りがかった時に。お前とナナリアさんが見えたから声かけようと思ったんだけど、あの男が見えてやめたんだ。なぁ翔、お前一体何を……いや、何に首を突っ込んでるんだ?」
山崎が明らかに怒った様子で聞いてくる。正直この件は色々ややこしい。説明してもわかって貰えないだろうし、何より巻き込みたくない。適当な言葉で誤魔化そうとしたが、向こうがそれで許してくれる訳もなかった。
「別にいいだろなんだって……お前にゃ関係ねぇよ」
「関係ないか。確かにそうかもしれない。でもさ、俺はお前が心配なんだよ。翔、この間怪我してただろ?」
「あぁそうだな。否定はしない」
「あん時も言ったけど、俺は今更お前がそこらの奴に喧嘩で負けるとは思って無いんだよ。お前が負けるような事になる相手なんて……どんな事に首突っ込めばそうなるんだよ」
「……俺だって世界最強ってわけじゃない。負ける時は負ける。それだけだ。別におかしくないだろ?前にもそういう事はあったんだ」
「だけど!」
「しつけぇよ!関係ねぇっつってんだろ!?俺には変な事に首突っ込むなっていう癖にお前は首突っ込んでくんのか!?あぁ!?」
「俺は……!お前が心配で……!」
山崎のしつこさに、声を荒らげてしまう。向こうもムキになって食い付いて来るが、段々話は平行線になっていく。お互いこんな状態でまともに話が出来るわけが無いと判断し、一度クールダウンした。
「翔、カッコつけないで教えてくれ。あんな奴らと連む意味はなんだ?」
「別にカッコなんかつけてねぇよ。あいつが俺を探してたのは依頼をしたかっただけで、俺は依頼を受けて仕事をしてただけだ」
「……分かったよ。今は一旦それで納得しとくことにする。でも俺はまた聞くに来るからな」
「好きにしろよ」
その言葉を最後に山崎はその場を後にする。胸の中に何かがつっかえる様な感覚を覚える。果たしてこれで良かったのか……いや。良かったと思おう。これは俺の問題で、あいつを巻き込む必要は無い。そう思いながら、俺も帰路に着いた。