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15.ガードは固いのです

 ヒルデカルトとイルメラが王都に着いて十日ほど経った。

 今、イルメラの歓迎のための夜会が王宮で国王陛下主催で行われている。ヒルデカルトは屋敷で留守番だ。お義父様は出席を認めなかった。


 二人が王都のバルリング公爵邸に滞在してからジークハルトの周りにいる人たちは神経を尖らせている。イルメラが国王陛下に預かった親書を渡すときはお義父様が付き添った。こちらとしてはイルメラには王宮に滞在して欲しいが彼女がバルリング公爵邸の滞在を望んだ。屋敷にいる間はローレンツが連日来ていて彼女のご機嫌を取ってくれた。みんなが一致団結してジークハルトに近づけないようにした。

 二人の接触を阻むことは出来ているがその状況に不満顔が一人。当の本人ジークハルトである。


「令嬢一人くらい自分で何とでも対応できる。過保護過ぎないか?」


 眉をぎゅっと寄せ悔しそうに唇を噛む。そんな顔をさせたかった訳ではない。でもお義父様やお義母様は過去に守れなかった分“今こそは!”と張り切っているし、何より私は――。


「ごめんなさい。でも、私がイルメラ様と楽しくおしゃべりをするジークを見たくなくて」


「彼女と話をして私が楽しくなるはずがない。それに今の状態はローレンツに負担をかけている」


「ローレンツ様にも申し訳ないと思っているわ。でも、困ったときはお互い様でしょう? ローレンツ様が困っている時は私たちが力になって恩返ししましょう」


 世話になっている方が「困ったときはお互い様」って言っていいのか分からないが、図々しいのは承知だ。でもそれだけ必死なのだ。ジークハルトは人に頼ったり甘えたりするのがとても苦手だ。自分で何もかもしなければならないと考えている。仕事で指示をしたり命令することは別として、個人的な事情で頼るのは抵抗と罪悪感を抱くらしい。物心ついた時点で「人に甘えるな、頼るな」とヒルデカルトに厳しく言われ潜在的に刷り込まれてしまったのだ。


 その点アンネリーゼはずるいと思う。昔からニッコリ笑って「お願い」を得意技としていた。一方的に利用するつもりはないが力を借りたいときは素直にお願いする。もちろん相手に求められれば出来る範囲で協力する。姉のマルティナも甘えられない性格なのでジークハルトが人に頼るのを嫌がる気持ちはなんとなく理解できる。

 ジークハルトは迷惑をかけることを嫌がるが、ローレンツは普段人に頼らないジークハルトを手助け出来るのは楽しいと言っていた。彼はいい人だと思う。だから今は素直に力を借りている。お礼はいずれしますとも。


 バルリング公爵家の侍女頭が一昨日の夜、遅い時間にこっそりジークハルトの部屋に忍びこもうとしたイルメラを発見した。なにやら怪しげな小瓶を持っていたそうな。想像して身がすくんだ。そこは上手く角を立てないように部屋に追い返したらしい。複数の使用人が張り込んで接触を回避することが出来ているそうだ。みなさん有能で有難い。


 イルメラは豊満なスタイルでデコルテの開いたドレスを好んで来ている。即ち胸が強調され思わず目が引き寄せられる。正直釘付けだ。羨ましい……。同じ女性であるアンネリーゼだってそうなるのだからジークハルトは……と思うと泣きそうになる。結局のところアンネリーゼは嫉妬して妨害しているのだ。


 エーレルト王国ではそういったドレスが流行している。それをアンネリーゼが着てもスタイル的にきっと似合わないだろう。そう思うと勝手に敗北を感じてしまう。わが国では可愛らしいドレスが人気でイルメラの着ているようなドレスの女性はほぼいない。国によって流行が随分と違うようだ。


 カタリーナはアンネリーゼの落ち込みに気付いているようで「対抗しましょう!!」と張り切り出した。「イルメラ様は自分の魅力を理解して活かしています。アンネリーゼ様ももっと素敵になりましょう。我が国での流行を取り入れるのです」と叫んだ。


 イルメラは色気を武器にしているのでアンネリーゼには可愛い系で攻めましょうと提案される。いつものきっちりした淑女もいいけど甘さがあった方がいいと力強く言われた。そこでカタリーナお勧めの髪型「ゆるふわ」の登場だ。

 この国では淑女は『隙を見せてはいけない』という考えが根強い。令嬢の髪は綺麗に整えて下ろすか、きっちりと結わく。まとめた髪は一本もはみ出ないようにしっかりと整える。カタリーナの勧める「ゆるふわ」とは後れ毛を出したり、頭部のまとめた場所をふんわりと持ち上げ柔らかい雰囲気にする。崩すのとは違うらしい。


「後れ毛を? だらしなく見えないかしら?」


 アンネリーゼやモニカは厳しい淑女教育で「隙を見せない髪型」を叩きこまれているので受け入れにくい。


「学園の女子生徒の中ではすでに流行っていますよ。でも私たちより上の歳の人は抵抗があるみたいでしている人が少ないのです。でも、アンネリーゼ様やモニカ様がしてくれたら認知されやすいと思うのです!」


 たった二歳しか歳が離れていないのに自分とカタリーナは流行の境目にいる。しかも自分は後ろ側だ。なんとも複雑な気持ちになる。モニカは普段長い髪を後ろにしっかりと編み込んでいるのが定番だ。アンネリーゼもきっちりとしたポニーテールにしている。もちろん後れ毛など以ての外だ。


 カタリーナが夜会でそういった髪型をしていることに気付いていたが彼女の姿に違和感はない。柔らかい雰囲気と華奢で儚げな姿にとても似合っているからだろう。年配のご婦人方から眉を顰められているのは知っていたが、アンネリーゼは駄目だとは思わない。その時代の流行があり、カタリーナ世代はそうなんだと思っただけだ。でも、自分がすることはまったく考えていなかった。


「昨日、モニカ様のお屋敷にお邪魔して髪型の指南をしてきました。次の夜会はその髪型で出席して下さいとお願いしてあります。だからアンネリーゼ様もお願いしますね」


 カタリーナは真っすぐでいい子だ。でも真っ直ぐ過ぎてどうしていいか分からない時がある。善意なのは理解しているが、その髪型にして評判が悪いとマルティナやジークハルト、お義父様やお義母様にも迷惑をかけてしまう。返事を出来ないでいるとカタリーナは「駄目?」と甘えた目で訴える。これはずるい。


「それなら今その髪型をしてみて、出席していいかお姉様に聞いてみるわ。それで許可が下りたらでいい?」


 お義母様にも確認したほうがいいか迷ったが、アンネリーゼに甘いのできっといいと言うだろう。マルティナの方が優しさゆえに厳しく注意してくれるので判断を委ねることにした。


「はい」


 侍女を呼びドレッサーの前に座る。するとカタリーナが侍女からブラシを取り上げた。


「説明するので覚えて下さいね」


 侍女は驚いたようだが素直に従った。


「かしこまりました」


「カタリーナ様が直接するのですか?」


 カタログを見ながら侍女に指示を出すものだと思っていたので驚いてしまった。


「はい。私はいつも髪は自分で整えています。人にするのも慣れているのでご安心を。いろいろな髪型を試すのが好きなのです。学園でいつも友人の髪を結っています。アンネリーゼ様の髪を結えるなんて夢みたい。ドキドキします!」


 そんな特技があったとは知らなかった。もう流行の仕掛け人だ。カタリーナは男子生徒からは妖精姫と人気だが女子生徒から姉御と呼ばれていると最近知ったが、その理由を垣間見た気がする……。男女の評価が違い過ぎる。


 鏡越しにカタリーナの手の動きを見ていると、何の迷いもなく動いていく。時折侍女に注意点やこつを伝授している。手際がよくあっという間に出来上がる。鏡を見れば両サイドの髪を一束ずつ緩くねじって後ろに一つにまとめた場所に自然に束ねている。まとめた位置はいつもよりやや低い。カタリーナはアンネリーゼの正面に場所を変えると前髪をワンカールした。耳の横には後れ毛を出して形を整える。


「えっ?」


 後れ毛にはやはり抵抗がある。カタリーナはアンネリーゼがもの言いたげにしていることに気付いてもそのまま続行した。


「髪飾りは何かありますか?」


「こちらはいかがでしょう?」


 侍女がカタリーナに青い花のコサージュを渡す。受け取ったカタリーナは首を傾げながらつける位置を決めつける。


「いい感じです!」


 完成すると侍女も一緒に笑顔で頷いているので改めて鏡を見る。そこにはカタリーナの言う「ゆるふわ」な髪型になった自分がいた。


(見慣れなくて変な感じ。でも悪くないと思う。だらしがない印象は自分でも感じない。想像していたよりいいかもしれない)


 いつもと違う髪型にドキドキする。でも、夜会で失礼にならないか不安だ。


「リーゼ?」


 いつのまにか侍女がマルティナを呼んで来ていた。立ち上がり姉の前に行く。


「お姉様。あの、どうでしょう? 今度の夜会でこの髪型で出席しても大丈夫かしら?」


 マルティナはアンネリーゼの前をゆっくりと歩き一周すると、笑みを浮かべ頷いた。


「ええ。見慣れないからちょっとびっくりしたけど、とても柔らかい雰囲気で可愛らしいわ。そういう髪型が流行っているのは知っていたけど、実際に近くで見ると素敵ね」


「マルティナ様も良かったらどうですか?」


「えっ? 私は結構よ」


 カタリーナが期待の眼差しを向け腕まくりでもしそうな勢いで提案したが、マルティナは怯えるように後退りして断った。まだ「ゆるふわ」のハードルは高そうだ。


 そして夜会当日、カタリーナの指示した髪型に合うドレスも選んで納得したのだが迎えに来たジークハルトはムッとしていた。


「似合わない?」


「違う……。とても可愛い。ただ似合い過ぎて誰にも見せたくない」


「え……」


 彼の真剣な言葉に耳が赤くなりながらも受け入れてくれたと解釈した。イルメラはローレンツが早々に迎えに来てくれたので先に王宮に行っている。会場に着けば「ゆるふわ」な若い令嬢が大勢いた。あらかじめカタリーナが知り合いの令嬢に声をかけていたらしい。これだけの人数がしていればアンネリーゼが浮くことはないだろう。


 夜会が始まり最初こそ国王陛下やイルメラの側にジークハルトと共にいたが様子を見てそっと離れた。お義父様とお義母様がフォローをしてくれている。

 アンネリーゼはジークハルトと踊った。その後はいつも通り他の男性にダンスを申し込まれることもないので知り合いと談笑しながらゆっくり過ごす。


 離れたところでイルメラが男性たちに囲まれ楽しそうに笑っている。おかげで平和である。イルメラはゴールドのドレスを着て髪は大きく巻いて華やかに仕上げている。そして耳と首には大粒のエメラルドがキラキラと輝いている。美しいカットで高価なものだと一目でわかる。派手ではと思うがエーレルト王国では普通なのかもしれない。


 彼女が時折ジークハルトへ視線を投げかけていることには気付いていた。ジークハルトと踊りたいのだろう。普通に考えれば滞在先の子息である彼と踊ることは自然なことだ。むしろ礼儀として誘うべきことなのだが、彼は知らん顔で動こうとはしない。昨夜、ローレンツと話し込んでいたので彼に任せることにしたようだ。

 ローレンツは格好良く会話の上手な紳士をイルメラの側に配置した。退屈させないように会話の時間とダンスのタイミングを調整している。これは彼にしか出来ないと思う。女心を満たす才能がある。


 ジークハルトは女嫌いではないだろうが、アンネリーゼ以外には愛想がない。実はそれに気づいたのは最近だった。彼はアンネリーゼにはいつだって優しい表情を向けてくれるので、他の人にもそうしていると思い込んでいた。彼は公爵家嫡男で社交を円滑に進めるためには当然そうする必要がある。今回ローレンツと話す機会が多くそうじゃないことを教えてもらった。


「ジークはアンネリーゼ様以外の女性にはニコリともしないよ。社交を放棄しているのかと思うくらいには冷ややかだね。君だけがジークの特別だ」


 それを聞いてアンネリーゼは顔を真っ赤にした。恥ずかしくて顔を両手で隠した。ローレンツはそれを見て愉快そうに笑っていた。嬉しい、凄く嬉しい。大切にされていることはちゃんと分かっていたけど人に言われると喜びが増す。


 イルメラはエーレルト国王からの親書を持って来ていた。そこには友好のためにジークハルトとイルメラの縁談を望むことを記されているのかもしれないと不安だった。王命で自分たちの婚約が破棄されたらと思うと気が気ではない。

 お義父様は私たちの不安を払拭するために親書の内容を国王陛下に確認して下さってその心配がないことが分かった。内容は予想した通りイルメラに相応しい貴族がいれば紹介して欲しいとのこと。だがその相手がバルリング公爵子息とは書かれていない。本音ではジークハルトが欲しくても婚約者がいる子息を望むことはさすがに言えなかったようだ。だからイルメラは自分の魅力だけでジークハルトを振り向かせなければならない。


 だがそれを我が国の王は望んでいない。バルリング公爵家はダイヤモンド鉱山を所有している。他国の貴族とむやみに縁戚になることで生じる利権問題を危惧しているのだ。


 国内で王家も含めジークハルトとアンネリーゼを破談させてイルメラと結び付けたいと思うものはいない。例外はイルメラ本人とヒルデカルトくらいだろう。ヒルデカルトは初恋の思い出に孫同士を結び合わせたいと思ったのか、その思惑は分からないがそうはさせない。


 アンネリーゼはみんなに助けられジークハルトの婚約者の立場を無事死守できそうだ。そうしてこの日の夜会は何事もなく終わった。


 途中でモニカと談笑する時間が取れた。彼女も「ゆるふわ」にして来ていたがいつもと違う髪型に戸惑っているようだ。でもとても似合っていた。いつもはきつく編み込んでいる所を緩く編み込んで小さな花の髪飾りを散りばめていた。髪を強く引っ張らないので顔が優しく見える。前髪もふわりとしていていつもの淑女然とした印象がガラリと変わる。その甘い雰囲気に子息たちがモニカをチラチラと見てはざわざわとしていた。アガーテが「モニカ。その髪型、素敵ね」とおっしゃり、王妃様も頷かれたことで年配のご婦人たちからの好評を得ることが出来た。私たちの髪型は概ね受け入れられたと思う。

 カタリーナはその様子を満足そうにうんうんと頷いて見ていた。





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