いつか、きっと。
死と愛が隣り合わせな日常の中で決して失えない欲望と希望と、わずかな隙間から幸福を探そうとする話の詰め合わせの予定です。
すべてがハッピーエンドではないし、すべてがバッドエンドでもありません。
生命の起源は海にあるという。
ならば、目を開いていちばんに見えたコレが海なのか。
◆
「ツボミ」
呼ばれたと同時に手を握られて、少女は呆けていた視線を上げた。
「こっち」
薄っぺらな靴裏は柔らかく、廊下に足音が響かない。
白一色の景色を見渡しながらツボミは手を引かれるまま歩いた。長い廊下だ。背の低いツボミでは外の景色が見えない位置に窓が続いており、日の光が頭上を通り過ぎている。
「だれ」
小さな手を包み隠し、真っ直ぐと前を向いて進む少年に問いかけた。薄緑色の肩に届かない髪は、太陽に照らされると明るく光っているようだ。
ツボミの質問に答えようとしたのだろう。少年が目線を合わせると、前髪が器用に編まれ、あらわになった表情は体格に似合わず大人びていた。
おれは、と口を開いたところで、二人の正面から足音がして幾人もの少年少女がすれ違って行く。笑っている者もいれば、憂鬱そうに引きずられている者もいる。十代後半から二十代と思われる彼らは、初対面のツボミにも慣れたように声をかけ風のように通り過ぎて行った。
勢いに呑まれて彼らの背中を追いかけ、見つめていると「行くよ」と手を再び引かれる。真っ白な背景に真っ白な背中が同化してようやくツボミは少年を見上げた。後ろ髪を引かれるが、しかし優しい手つきに促されると足は勝手に動き出す。
あっちに行かなくていいの。とツボミは聞いた。
会わせたいやつがいる。と少年は答えた。
いつの間にか窓がなくなり、代わりにドアが並ぶエリアになっていた。小さな足を動かし、ツボミはただ歩いた。
そしてようやくたどり着いた突き当りのドアを少年は躊躇なく開く。室内に入っても景色は変わらない。白に統一された狭い四角。
その真ん中に横たわる、少年よりも濃い緑色をした髪を床に散らす青年。
「チグサ」
「……ハツメ」
「新しい子だ。おれたちの弟だよ」
突然手が離される。あ、と心細さが襲い掛かる前にハツメと呼ばれた少年の手が肩に乗せられ、ツボミは一歩前に押し出された。
眠っているようにも見える青年、チグサを見つめていると、伏せていた瞼がゆっくりと上がる。乾いて線の入った唇はかすかに笑ったようだった。
「……ようこそ、ツボミ」
おれたちのゲージへ。