このヒロイン、実は落ち込んでいます
よろしくお願いします。
「それでは皆様、ごきげんよう。」
そう言って彼女、ローズは大広間を去っていった。
難しい顔で何かを告げる従僕に対して高笑いをしながら。
ここは宮殿の一区画、王族用の大広間。それを皇太子の生誕祝の為に、遍く貴族を招いた盛大なパーティーを催すために開放していた。
そこで行われたのは断罪劇。なんでも、下位貴族を高位貴族であるローズが虐げたと言う咎の追求と、それに伴う皇太子からの婚約破棄の要求。
それを見て三人のご令嬢がヒソヒソと話をしていた。
もちろん、他の者たちも囁きを交わすものだから、大広間はさざ波の立つ海辺のようにサワサワとサワサワとしていた。
三人のご令嬢の名前はベロニカ、サルビア、サイネリア。
「聞きまして? 皇太子殿下のお言葉。」
「私めも気にしていましてよ。今までのローズ様のなさりようの酷さを。」
「婚約も無かったことになされるとは、大層御立腹ですこと。」
三人は、社交界の黒薔薇と呼ばれる、公爵令嬢ローズが突然追放されたのに対して驚いてはいたが、自分の立ち位置を確保するのに長けている貴族であるので、すぐに自分達がどちら側に居るのか表明するための会話を始めた。
「それにしましても、私このような場面をどこかで知っているように思いましてよ。」
「そうですわね。私も。」
「いやですわ、お二人。この前一緒に読んだ小説と同じなのですわ。」
サイネリアの言葉にベロニカとサルビアが大げさに驚く。
「それでは、ローズ様はあの…。」
「悪役令…」
「それ以上は言ってはいけませんわ。現実と小説は違いますもの。」
三人は決定的な言葉は口にしない。
ただ、巻き添えを食わないように、傍観者の立場をはっきりさせることに尽力した。
大広間を抜け、宮殿の長い廊下も抜け、先回りをして従僕が呼んだ馬車に乗り込み、ローズは自分の屋敷に帰る。
「なによ、コリン。」
「あのような振る舞いは、慎むべきです。」
「笑ったこと? だって可笑しかったんだもの。皆の顔。」
「ですが。」
「いいのよ。これで、私の計画通りだわ。私は、やりたいことがあるの。自領で事業を起こすのよ!」
ローズは握りこぶしを振り上げ、馬車の中でまた笑った。
「またローズ様が口出しをされて困っていると言う意見書が出されておりまする。」
老人が公爵に頭を垂れながら、陳情する。
「そうか。ご苦労。」
恭しく掲げられた、娘に対する陳情書を執事に受け取らせ、老人―町長を下がらせる。
「それで。この類の陳情書はいくつ目だ?」
「まだ両手で数えきれるほどです。」
「つまり、十に近い。あれが何か事業を起こすと聞いて、任せてみたが、軌道に乗っていたのは最初だけであとは現場をかき乱すだけのようだな。」
「は。」
「婚約破棄の醜聞を消すために領地に引き取ったが、ここでも悪評の方が際立つ。陳情書の件はすでに伝えたのだろう?あれは今何をしている?」
「自室にて、楽しそうに侍女達と談笑しておられます。」
「そうか。あれは逞しい。王都にいても、領地にいても役には立たないだろう。隣国の王子が婚約者を探していた。実りの少ない土地だ。暮らすには厳しいこともあるだろうが、あれならやっていけるだろう。そのように手配を。」
「は。」
自室にて。ローズは侍女達の心配を笑い飛ばしていた。
「事業がうまく行かなかったのは仕方ないわ。そういうこともあるもの。でも、大丈夫よ! 私お父様の役に立つために頑張るわ! 他にも色々と計画を練っているのよ。皆見ていてね。」
その会話の後、公爵付の執事から、隣国への縁組の話を聞かされたローズ。
「早速お父様の役に立てるわ!」と喜んだ。
社交界を騒がせた黒薔薇、ローズが隣国へ嫁いで早五年。
ベロニカ、サルビア、サイネリアの三人―今はすでに令嬢ではなく三人の貴婦人達は、昔話に花を咲かせていた。
「昔が懐かしいわね。」
「そうね。今でもローズ様の高笑いが聞こえてくる気がしますわ。」
「あの方はいつでも笑っていらしたわね。」
紅茶を飲みながら、静かに語る。
「あの頃は私達も幼かったと思いますの。」
「そうですわね。下位貴族を虐げたと言いますが、物言いがきついだけで、正当な事を言っていましたわ。」
「婚約者がいる者にあの距離で接するのは、今思えば、私でも嫌ですわ。」
「ローズ様はそれでも笑って済ませていたのですわね。すごい方ですわ。」
三人はただ褒めている訳ではない。自分より上に立つものが居なくなってくると、下の者達からのやっかみが自分達へと向かってくるのだ。
ローズと近い立場になって分かるものもあった。そして、その対応の秀逸さも。
「そういえば、公爵領での新規事業は完全に断念したと聞きましたわ。」
「それは当然ですわ。軌道に乗るまでほぼローズ様が仕切っていたのに、儲けられるとわかった途端に町の者たちが取り上げて行きましたもの。」
「流石にローズ様、お可哀そう。」
「そしてローズ様が追い出された途端、事業はうまく回らなくなってきたそうですわ。」
「でも、その時も笑っていたと、公爵家から異動してきた侍女から聞きましてよ。」
三人は驚嘆の声を上げながら、顔を見合わせる。
「今では隣国での恵みの黒薔薇と呼ばれているそうですわね。」
「幸せに暮らしていると聞きました。」
「あの時の大広間にいた従僕も、心配して追いかけていったとか。」
「あら、侍女達もですわ。私のところに来た侍女なんて、付いていくことができずに三日間泣いたと言っていましたわ。」
サイネリアの言葉にベロニカとサルビアが、『まあ』と驚いて笑う。
「下々の者にも慕われておいでですのね。」
そして三人の誰ともなくこう言う。
「私達も笑って過ごしたいものですわ。」
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