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後継〜神皇帝新記 第二章  作者: れんおう
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『7』

『7』

 エイブベティス王宮の全容をほぼ視界に入れることができる程度の距離に建つセイトゥナ園は、子供達を教育する学舎だった。王国街には他にも幾つかの学舎があったが、セイトゥナ園が最も古い歴史を持っていた。

 教育の質及び量ともに他を圧倒しており、子への野心を隠そうとしないような親達からの人気は極めて高かった。

 通園対象となる子供の年齢は六歳から十三歳とされ、希望すれば誰もが入園できるわけではなく、難関とされる試験と面接を突破する必要があった。希望者は当然、様々な対策を積んだ上で試験等に臨むわけであり、そこには当人の資質に加え、貧富の差が少なからず影響してくることは否めない。

 畢竟、王宮幹部や王宮内で働く者、或いは王宮を相手に仕事をする比較的裕福な王国街民らの子弟が多く通っていた。だが、裕福な家庭の中にもさらに格差はあり、それがそのまま園内で学ぶ子供らの中の階層へと結び付いていた。

 より裕福な者は、そうでない者の上へ。上にある者は、下にある者と目線を合わす際、見下ろしているのだと意識しない。上にある者は、無謬であることを疑わない。上にある者の支えとなっているのは、下にある者である。だが、下にある者の涙や汗は、上へとは零れない。

 今、セイトゥナ園では、先日の定期試験における優秀者への表彰が行われている。

 六歳と七歳のオヌ、八歳と九歳のジェリ、十歳と十一歳のテナ、十二歳と十三歳のビョル、四つそれぞれから各二名ずつ、最上位とそれに次ぐ成績を収めた者の名が呼ばれていた。若年層から始まり、全部で八人になる。

 そして最後に呼ばれた名は、スピネ・ワレント。十二歳のこの者が、階層の頂にいた。


 王君アツンドは、王宮内で執務にあたる際、自室ではなく、玉座の間の一隅に設けた机にあることが多かった。他国からの使者をはじめ、謁見の場となる玉座の間に執務机を持ち込むなど極めて稀であった。

 王君の自室より、玉座の間の方が広さがある分、入室しやすいという気持ちを抱けるのではないか。多くの者達が気兼ねなく王君を訪ねてきてほしい。訪ねてきた者達と肝胆相照らして議論したい。そんなアツンドの思い・願いが込められており、扉前には衛兵の姿も無かった。

 だが、やはりそれは容易いことではなく、実践できる者は限られた。また、実践できる者でも躊躇いがちに玉座の間へと続く扉を開ける者がほとんどだった。

 しかし今、そんな躊躇いとは無縁の態で右政武代のノールンが玉座の間へと続く扉を開け、中へ入っていった。

 入室後も迷いなく、ノールンはアツンドが座る執務机の前に進んだ。アツンドの眼前に立つと、深々と頭を下げた。

 王太子不支持派とされるノールンだが、それがそのまま実父であるアツンドへの不支持とはならない。あくまで王太子シザサーには次期王君としての資質が備わっていないと判断しているだけで、むしろアツンドの王君としての政や振る舞い等は高く評価していた。従って、ノールンがアツンドへ不遜な態度を示すことは皆無で、最大級の礼を持って接し、忖度することなく必要なことは進言した。

 アツンドもまた、そうしたノールンの家臣としての在り様に高評価を与えており、国や民に想いを寄せる姿には好感すら抱いていた。ただ、ノールンの下に集う者達の中には、国や民よりも自身らのことを最上に位置付けて振る舞っている者がいることも知っていた。

 「アツンド様、本日後の刻には定期の評定が予定されておりますが、その前に改めまして二人だけでお話し致したきことがあり、罷り越しました」ノールンは再び頭を下げた。

 「うむ。構わぬ。どうした?」

 「王国街にセイトゥナ園という学舎がございます」

 「もちろん、存じておる」

 「同園では定期的に試験が行われており、試験後には毎回、優秀者の表彰を行なっております」

 「なるほどな。努力した者が栄に浴するのは良いことじゃ」

 アツンドは一つ大きく頷いてみせた。こうした取組に賛否があることは知っていた。だが、過度にならなければ、上位の者、下位の者それぞれに励み、或いは叱咤激励になると考えていた。過度にならなければ…。

 「仰る通りでございます。そして現在、入園以来、常に最上位の成績を収め続けている者があります」

 不意にノールンの表情に微かな緊張が走ったように見えた。

 「それは素晴らしい」

 「はい。これは同園の歴史を顧みても、非常に稀なことでございます。近年では、唯の一人もおりませぬ。現在の王宮において、その秀でた能力を高く評価されているキーオン・バンもアルズス・ヨリトも、その域には達しませんでした」

 「ほう、あの二人すら届かぬ領域か」

 「はい」

 「しかしまあ、幼少時の実績が、そのまま大人になってからの能力に結び付くとは一概に言えぬ。やはりその間の弛まぬ努力が不可欠であろう」

 「しかしながら、非常に高く稀有な資質を備えていることは間違いありませぬ」

 「確かにな」アツンドは頷いた。

 ここで一つ間があき、沈黙が流れた。ふと、ノールンの顔を見上げた。その顔には、やはり緊張の色が滲んでいる。先程の緊張も見間違いではなかったようだ。

 「どうした?」と問い掛け、先を促した。

 ノールンは意を決したように口を真一文字に結んでから、それを開いた。「養子として迎えられては、いかがでしょうか?」

 再び間があいた。言葉は聞こえていたが、意味を解するのひ時間を要した。

 結果、「養子?私のか?」と、質問に質問で返していた。

 「はい」一方のノールンは即答した。

 戯言などを好む男ではないと知っていたが、その姿に、本気で言っているのだと悟った。

 同時にやや気圧され、「私にも…私達にも息子がおるが…」と、独り言のように溢した。

 「もちろん存じております。しかしながら、優秀な者が王君殿下の身近に多くあることは、王君の御一族や王宮、ひいては王国のためになります」ノールンの顔から緊張の色は解けていた。

 アツンドは小さな唸り声をあげた。言葉が見つからなかった。

 しばらく黙した後、「その者の名は?」と訊ねた。

 「スピネ・ワレントと申します。十二歳で現在はセイトゥナ園のビョルに属しております」

 「ワレント?ワレント家の者か?」

 「はい」

 「確か、ワレント家には其方の…」

 「はい。実妹が嫁いでおります。スピネめは、私の甥でございます」

 ワレント家は王国街でも屈指の名門一族だった。手広く広げた商売は、その全てが順調に推移しており、莫大な利益をあげていた。

 なるほどな--と得心し、ノールンの顔に緊張の色があった理由をアツンドは理解した。


 「養子とは……、さすがに驚いたわ」

 アツンドは笑って言ったが、間違いなくそれは苦笑だった。

 「ノールンのやつめ、そのようなことまで考えていたとは…。しかも、それをアツンド様御本人に進言するとは不届き千万の極みでございます」ガルヴィは、表情にも声にも怒りを滲ませていた。

 アツンドはノールンの申し出に対し、「しばし検討する」とだけ告げ、その場では議論へと移行させなかった。軽々に結論を導き出せる事案ではない。それはノールンもよく理解していたようで、この日はあっさりと引き下がった。

 そんなノールンと入れ替わるようにしてガルヴィが玉座の間に現れた。後の刻に予定されている評定の議題についての最終確認だった筈だが、ノールンの進言を明かしたところ、即座に怒りを露わにした。

 「まあそれも、王宮や国の先行きを思うが故の発露であろう」

 アツンドの心内は、怒り一色とは言えなかった。実子は次期王君として相応しくない--そう告げられたも同然だった。にもかかわらず、怒りだけが突き抜けぬ理由……。思い浮かぶ面影に、再び苦笑がアツンドの顔を覆った。

 「それにしても、度が過ぎております」それに対してガルヴィの怒りは、一向に収まっていないようである。

 シザサーを支持してくれるガルヴィの想いや姿勢は素直に嬉しい。周囲で盛り立てていけば、いずれ必ず王君としての資質を開花させる--ガルヴィをはじめ王太子支持派のこの想いに、少なからず依っている側面はある。

 だが……。

 「そうなる理由は……シザサー自身じゃ」

 嘆息と共に実子の名が漏れたが、アツンドは続けた。「ノールンにとって今のシザサーは、国を、王宮を、そして自身を預けるに足る器ではないのだろう。確かに、あやつの今だけを見れば、そう考える者があっても仕方ない」

 「王太子はまだ十五歳です。十五歳など、まだまだ人生の途上。この先、どのような成長を遂げるか、計り知れません。大方、批判的な者は、己が十五の頃の体たらくなど棚に上げているのです」

 「しかし、各国からは、あやつと同年代の皇子や王太子の話も聞こえてくる。皇国では、十六歳の皇子が神皇帝の側近を殺害したというではないか」

 「それは、悪目立ちというものです。何ら評価するに値しません」

 「それはそうだが…」

 アツンドは黙した。シザサーの顔とノールンの顔が交互に浮かんでは消えた。

 このままでは、いずれ国が割れてしまう。その可能性を認知しながら、そっと先送りし続けてきたことを、改めて自覚する。

 アツンドは一つ大きく息を吐くと、呟くように言った。

 「やはり、シザサー自身が次期王君たる資質を皆に示さねばならぬであろう」

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