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後継〜神皇帝新記 第二章  作者: れんおう
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『5』

『5』

 エイブベティス大陸は、南北に比べ、東西に長い大陸だった。その東西で見た場合、ほぼ中央の南寄りに王国街はある。

 王国街を中心に据えると、南にはチェンバの港があり、東西にはそれぞれ余すこと無く広大な森林山が広がる。北方にも森や山があるが、東西に広がる森林山の険しさや深さに比べれば、いずれも緩やかで、特段重厚な装備が無くとも散策したり、登山することが可能だった。

 なお、エイブベティス大陸における街は王国街だけではなく、港街チェンバをはじめ大陸の各所に点在していたが、いずれも規模は大きくなく、多くの人や物などが王国街に一極集中している状況だった。

 そのエイブベティス王国街を囲む城壁には、東西南北にそれぞれ一箇所ずつ門が設置されている。最も人や物資などの往来が多く、その分、大きな拵えとなっているのが南門で、その他の三門は比較的小規模な門だった。

 それでも北門は、その先にあるリュクゼルの森やハラマタ大池、ブブヨール山などへ散策や登山に出掛ける民も多く、決して少なくない人が行き来する。そうした民に紛れ、定期的に北門を行き来する一行があった。

 一行の人数は十人程で、先頭に一人、後方に二人という体制で、あとはその間に固まっている。その中央には、明らかに素性を隠す意図で目深に帽子を被った者の姿がある。

 こうした一行は通常であれば、門を守衛する衛兵によって、素性を検められるのが必定だが、この一行の場合は先頭の者が衛兵と一言二言交わすと、あとは素通りすることが許された。

 一行は、王太子シザサーと彼を警護する者たちであった。動植物をこよなく愛するシザサーは、定期的に北門から王国街を抜け出し、リュクゼルの森を散策することを嗜好していた。

 よく晴れたこの日も、王太子一行はいつものように十人程で北門を通過した。

 シザサーを警護する家臣は王太子支持派の者達が輪番制で務めている形で、人選はその都度変わった。ただ一人、一行の先頭を担う者だけが常に同じだった。

 キーオン・バン。王国の左政武代ガルヴィの最側近で、左政武代補佐の役職にある三十歳だ。

 優しく頼りになる存在で、シザサーが最も慕っている人物と言えた。シザサーの王太子としての資質を云々する声はキーオンの耳にも聞こえていたが、はじめから優れた者は稀、周りの支えを得て一歩ずつ成長していけば良い、という考えの下、温かい目でシザサーを見守っていた。

 一行が向かうリュクゼルの森は、北門から徒歩で半刻程の距離だった。街を離れ自然の只中へ進んでいくわけだが、散策の名所であるリュクゼルの森やハラマタ大池には毎日のように人出があった。

 声をかけてくる気さくな者達も少なくなかったが、一行もまた気さくに談笑に応じた。それにはシザサーも含まれていたが、目深に被った帽子と、王太子がこの地にいるわけがないという確固たる先入観によって、その正体が明らかにされたことは、これまで一度も無かった。

 王太子一行がリュクゼルの森に到着したのは、前九の刻を少し過ぎた頃だった。一行以外の者達も、ちらほらと見受けられる。

 リュクゼルの森へ入ると、いつものように一行の隊列が変化する。シザサーを警護していた固まりが崩れ、少し離れた前方と後方に三、四人ずつが布陣した。その中間辺りに、シザサーとキーオン、さらに警護者一人を加えた三人が位置する。

 あたかも、それぞれが別々に散策に訪れた態を装った。散策するにあたってなるべく不自然にならないよう模索した結果、こうなったのだ。

 散策を始めると、シザサーはそれに熱中した。それは、常と変わらぬ光景だった。

 例えば、見慣れない植物を目の当たりにすると、シザサーは衣服に付着する汚れになど全く頓着せず、地べたに長時間這いつくばったりする。当初は思わず窘めるような声をかけていたキーオンも、最近は黙して見守っている。今もその顔には微笑があった。

 植物と相対するシザサーの眼差しは真剣そのものであり、散策中は能動的に自らの意思で動き回る。そこに、周囲の視線を気にして含羞の色を浮かべ、自信のない挙措動作に終始する王宮内の姿は見られなかった。

 また、長時間向き合う程に興味を持った植物であっても、それを刈り取って持ち帰るようなことは決してない。散策中に懐いた小動物などがあっても、同様に連れ帰ることは無かった。

 この地、この場にあることが最良という思いで動植物と接し、どんな小さな命も蔑ろにせず、全ての命を等しく尊きものと捉えている。シザサーが備える優しさの深みを、散策を始めるようになってすぐキーオンは悟り、次第に他の同行者達も知っていった。能動的に振る舞う散策中だからこそ、王太子の優しさが同行する者達にも容易に伝播したのだろう。

 一方、日常の王太子は、思いや気持ちを言葉や行動で表現することが不得手であり、発言や行動は極めて受動的だった。そこには、言葉や行動によって自身の内面を曝すことに対する怯懦があるように、キーオンには見えた。そのため、王太子の為人は偏った人物評として広まり、真髄を見極めている者は限られているように思う。

 だが、その真髄さえ見極められれば、シザサーが次期王君に足る器の持ち主であると、皆が悟る。そう、キーオンは信じて疑っていなかった。

 散策中にシザサーに舞い降りる能動的で積極的な一面が、他の場面では舞い降りないと、どうして言い切れようか。きっと、時の流れが味方する。時の流れが、王太子の成長を、そして覚醒をも導く。その時を待つだけだ。

 眼前にある、綺麗に咲いた一輪の黄色の花と目線を同じにするように屈んだ王太子シザサーの背中に、キーオンは改めて誓った。

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